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ドーナツ
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夕方ほどになり五人は楽器の片付けをし始めようとしたとき、沙夜が片隅にあるプリンターから紙を取り出す。それをリーとマイケルに手渡した。
「これは?」
その内容にリーは驚いて沙夜を見る。すると沙夜はため息を付いて口にした。
「「夜」のことは口外しないこと。もし他で漏らしたりしたら、会社の契約を破棄する。つまり、リーはレコード会社から契約を破棄され、マイケルはクビになる覚悟があるのかと言うこと。それで良ければ全て話をするわ。」
その言葉をマイケルからリーは聞くと、迷わずにその紙にサインをした。こちらの言葉で書かれているモノと、英語表記のモノでどちらもコピーをして保存しておくのだ。そのコピーはキャリーに手渡せば良いと言ってくれた。
「沙夜?」
録音ブースがゴタゴタしているようだと、五人が録音ブースへやってきた。そこでやっと沙夜がしていることに気が付いたようで、翔が沙夜に近づいていく。
「沙夜。平気なのか。」
「ここまでしておいて、冗談でしたとは言えないわ。で、マイケルはどうするのかしら。」
するとマイケルはテーブルに置いていたそのペンを手にすると、サインをする。そして沙夜にその二枚の紙を手渡した。
「あなたにとってはリスクが高いと思うけれど。」
沙夜はそう言うとマイケルは首を横に振った。
「構わない。」
「リスク?」
遥人は不思議そうに聞くと、沙夜は頷いて言う。
「ベーシストとしても需要があると聞いたわ。スタジオミュージシャンのような感じね。」
「……。」
「こんな秘密を持ってしまったら、使おうというプロデューサーは同じ秘密を共有しているリーくらいしかいないと思うけれど。」
沙夜はそう言うとリーは苦笑いをした。そこまで沙夜が見ているのだとわかったから。
「構わない。ベースは……。」
ちらっと一馬の方を見た。すると一馬はそれに気がついて、席を外す。そしてスタジオのドアの鍵を閉めた。誰が聞いているかわからないからだ。
「マイケルさ。簡単に諦めるとか言わない方が良いと思うけど。」
遥人がそう言うと、遥人もまた一馬の方を見る。
「諦める?」
「俺もモデルをしてるんだけど、あぁ、翔もしてたことがあったよな。」
すると翔は頷いた。
「うん。」
「でも……沙夜さんと一馬がモデルをしてるのを見て、あぁ、体格の差とか歩き方とか、俺、モデルとして全く何もしてなかったんだと思ってさ。」
「体格は仕方ないだろう。俺だって好きで背が伸びたわけじゃ無い。」
おそらく身長が高いのは血筋なのだ。マイケルもマイケルの父親もまた身長が高い方なのだから。
「それは別に良いんだけど、ベーシストとしてまだ需要があるんだったら無理に諦めることは無いと思うけど。」
「同感だな。」
治もそう言うとマイケルを見る。
「どれだけ弾けるのか知らないけど、ライブとかレコーディングなんかに付き合えるくらいは弾けるんだろう?」
「それでもそこまでじゃないけど。」
どうも卑屈になっているな。翔はそう思いながら一馬をちらっと見る。すると一馬はため息を付いて沙夜の方を見た。一馬には何となく沙夜の気持ちがわかった気がする。沙夜はマイケルに全てを知られたくないのだ。なので無理にでも拒絶したいと思っているのだ。
なのにマイケルは食らいつこうとしている。自分のベーシストとしてのキャリアを捨ててまで沙夜と一緒に居たいと思っているのだろうか。
「つまり、沙夜はマイケルには知られたくないと思っているのか。」
翔がそう言うと、沙夜は頷いた。
「しかしもう無理だろう。沙夜。」
一馬がそう言って沙夜の肩に触れる。すると沙夜はその手に落ち着いたように頷いた。
「そうね……。もう知られてしまったことだし。」
「大丈夫だ。何があってもみんなで全力でお前を守るから。」
すると沙夜は少し笑って言う。
「おかしいわ。あなたたちを管理しているつもりなのに、私があなたたちに守られるなんて。」
「それはお互い様だろう。一人に全部負担をかけてもらおうとは思ってないよ。沙夜さん。安心してもらって良いから。」
純もそう言って少し笑う。
その光景にマイケルは少し不機嫌そうな表情になった。だがリーは意味がわかって笑い始める。本当に良い仲間だと思えたから。そして昔バンドを組んでいた自分たちを見るようだと思っていた。
沙夜が「夜」であることは明確だろう。昼間に一馬と一緒にワンフレーズだけ合わせたのだ。それだけで実力があるのはわかる。だがそれだけでは少し弱いとリーは言う。なので一度演奏をして欲しいとリーは申し出てきた。
ただ録音はされたくないと、沙夜は演奏ブースにマイケルとリーを呼ぶ。それに付いてくるように五人も演奏ブースで演奏の準備をした。沙夜一人で演奏すると言っていたのだが、どうせなら六人で演奏をしたいと思っていたから。
「曲はどうするの?」
「ずっと気になっていた曲をしたいわ。」
「インストの曲なら、俺は出番が無いかな。」
遥人はそう言うと沙夜は首を横に振る。
「この曲がしたいの。」
そう言って沙夜が指さしたのは、先行発売され用としている映画の曲だった。不倫の映画での主題歌で、発売前から評判が良い。
「これ?歌い方ってどうすれば良い?」
「栗山さんは特に帰ることは無いわ。ただ、歌詞の意味を汲んで歌って欲しい。」
芹の書いたモノだ。おそらく不倫がテーマになっている曲は、芹の苦しい記憶から出て来たモノだろう。
「夏目さんはアコギで弾いてくれるかしら。そのソロのところはあなたに任せるけれどなるべく固い音で弾いて欲しい。」
「固い音ね。わかった。」
「橋倉さんはシンバルは一種類でスネアとバスドラだけで演奏して欲しい。」
「シンプルな感じだな。バスドラはあまり聞かせない方が良い?」
「その分、弦バスに存在感を置いてくれる?一馬。伸ばす音は弓を持ってきて欲しい。」
「持ってきておいて良かった。」
そう言って一馬も弓を取り出すと油を引いた。
「翔は音を三つに絞って欲しい。」
「エレクトーンの方がまだ音があるくらいだね。」
「なるべくシンプルにしたいの。」
音を少なくすると言うことはそれぞれの実力が試される。一馬はそう思いながらまた楽譜に目を落とした。
おそらく沙夜と一緒に合わせる機会は一馬が一番多かったのだ。だからといって油断はしていない。
沙夜はいつでも一馬に合わせて弾いていたのだ。だが今日は沙夜に合わせないといけない。それがプレッシャーになる。自信満々でいつも弾いていたわけでは無いが、プロなのだというプライドはどこかに合ったような気がする。だから沙夜に合わせられない、自由すぎて付いていけないというのはただのいい訳にしか過ぎないのだから。そうは言わせない。沙夜の音を一番わかっている理解者であり、体だけの付き合いなのでは無いとマイケルに知って欲しかった。
「一馬。」
治が声をかけてきた。それに一馬は応えるように振り向く。
「沙夜さんと合わせたときって大分自由に弾いていたのか。」
「そうでも無い。むしろ俺に合わせてくれていたような感じがして……。」
すると治は頷いた。
「だとしたら、試されているのはどっちなんだろうな。」
リーは結局最後の曲にはまだまだOKを出していない。あと数日でレコーディングは終えないといけないのに。
「シンプルな楽器しか使わないと言うことは、音の鳴らし方も響き一つにも気を遣わないといけないだろうな。計算するような……。」
そう言いかけて一馬はやっと気が付いた。そして治に言う。
「いや。違う。」
「え?」
「これと言った決まりは無い。自由に弾いて良いはずだ。その道筋は沙夜がしてくれる。」
「それじゃ良くわからないかもしれないのに。」
「俺らが合わせるんだ。沙夜が自由に惹いているのに。もしここは響きを押さえて、音程を揃えて、リズムを揃えて何て言っているとやっているのは奏太と同じようなことだ。」
「奏太と……。」
「きっちり揃えて演奏するのはクラシックだけで良い。ここはバンドなんだ。」
その言葉に沙夜は薄く笑みを浮かべた。やはり一馬が一番理解してくれる。それが何より嬉しかった。
芹の書いた歌詞。それにメロディーを付ける。それは沙夜がずっと望んでいたこと。五人のお陰でそれが実現出来るのだ。
「これは?」
その内容にリーは驚いて沙夜を見る。すると沙夜はため息を付いて口にした。
「「夜」のことは口外しないこと。もし他で漏らしたりしたら、会社の契約を破棄する。つまり、リーはレコード会社から契約を破棄され、マイケルはクビになる覚悟があるのかと言うこと。それで良ければ全て話をするわ。」
その言葉をマイケルからリーは聞くと、迷わずにその紙にサインをした。こちらの言葉で書かれているモノと、英語表記のモノでどちらもコピーをして保存しておくのだ。そのコピーはキャリーに手渡せば良いと言ってくれた。
「沙夜?」
録音ブースがゴタゴタしているようだと、五人が録音ブースへやってきた。そこでやっと沙夜がしていることに気が付いたようで、翔が沙夜に近づいていく。
「沙夜。平気なのか。」
「ここまでしておいて、冗談でしたとは言えないわ。で、マイケルはどうするのかしら。」
するとマイケルはテーブルに置いていたそのペンを手にすると、サインをする。そして沙夜にその二枚の紙を手渡した。
「あなたにとってはリスクが高いと思うけれど。」
沙夜はそう言うとマイケルは首を横に振った。
「構わない。」
「リスク?」
遥人は不思議そうに聞くと、沙夜は頷いて言う。
「ベーシストとしても需要があると聞いたわ。スタジオミュージシャンのような感じね。」
「……。」
「こんな秘密を持ってしまったら、使おうというプロデューサーは同じ秘密を共有しているリーくらいしかいないと思うけれど。」
沙夜はそう言うとリーは苦笑いをした。そこまで沙夜が見ているのだとわかったから。
「構わない。ベースは……。」
ちらっと一馬の方を見た。すると一馬はそれに気がついて、席を外す。そしてスタジオのドアの鍵を閉めた。誰が聞いているかわからないからだ。
「マイケルさ。簡単に諦めるとか言わない方が良いと思うけど。」
遥人がそう言うと、遥人もまた一馬の方を見る。
「諦める?」
「俺もモデルをしてるんだけど、あぁ、翔もしてたことがあったよな。」
すると翔は頷いた。
「うん。」
「でも……沙夜さんと一馬がモデルをしてるのを見て、あぁ、体格の差とか歩き方とか、俺、モデルとして全く何もしてなかったんだと思ってさ。」
「体格は仕方ないだろう。俺だって好きで背が伸びたわけじゃ無い。」
おそらく身長が高いのは血筋なのだ。マイケルもマイケルの父親もまた身長が高い方なのだから。
「それは別に良いんだけど、ベーシストとしてまだ需要があるんだったら無理に諦めることは無いと思うけど。」
「同感だな。」
治もそう言うとマイケルを見る。
「どれだけ弾けるのか知らないけど、ライブとかレコーディングなんかに付き合えるくらいは弾けるんだろう?」
「それでもそこまでじゃないけど。」
どうも卑屈になっているな。翔はそう思いながら一馬をちらっと見る。すると一馬はため息を付いて沙夜の方を見た。一馬には何となく沙夜の気持ちがわかった気がする。沙夜はマイケルに全てを知られたくないのだ。なので無理にでも拒絶したいと思っているのだ。
なのにマイケルは食らいつこうとしている。自分のベーシストとしてのキャリアを捨ててまで沙夜と一緒に居たいと思っているのだろうか。
「つまり、沙夜はマイケルには知られたくないと思っているのか。」
翔がそう言うと、沙夜は頷いた。
「しかしもう無理だろう。沙夜。」
一馬がそう言って沙夜の肩に触れる。すると沙夜はその手に落ち着いたように頷いた。
「そうね……。もう知られてしまったことだし。」
「大丈夫だ。何があってもみんなで全力でお前を守るから。」
すると沙夜は少し笑って言う。
「おかしいわ。あなたたちを管理しているつもりなのに、私があなたたちに守られるなんて。」
「それはお互い様だろう。一人に全部負担をかけてもらおうとは思ってないよ。沙夜さん。安心してもらって良いから。」
純もそう言って少し笑う。
その光景にマイケルは少し不機嫌そうな表情になった。だがリーは意味がわかって笑い始める。本当に良い仲間だと思えたから。そして昔バンドを組んでいた自分たちを見るようだと思っていた。
沙夜が「夜」であることは明確だろう。昼間に一馬と一緒にワンフレーズだけ合わせたのだ。それだけで実力があるのはわかる。だがそれだけでは少し弱いとリーは言う。なので一度演奏をして欲しいとリーは申し出てきた。
ただ録音はされたくないと、沙夜は演奏ブースにマイケルとリーを呼ぶ。それに付いてくるように五人も演奏ブースで演奏の準備をした。沙夜一人で演奏すると言っていたのだが、どうせなら六人で演奏をしたいと思っていたから。
「曲はどうするの?」
「ずっと気になっていた曲をしたいわ。」
「インストの曲なら、俺は出番が無いかな。」
遥人はそう言うと沙夜は首を横に振る。
「この曲がしたいの。」
そう言って沙夜が指さしたのは、先行発売され用としている映画の曲だった。不倫の映画での主題歌で、発売前から評判が良い。
「これ?歌い方ってどうすれば良い?」
「栗山さんは特に帰ることは無いわ。ただ、歌詞の意味を汲んで歌って欲しい。」
芹の書いたモノだ。おそらく不倫がテーマになっている曲は、芹の苦しい記憶から出て来たモノだろう。
「夏目さんはアコギで弾いてくれるかしら。そのソロのところはあなたに任せるけれどなるべく固い音で弾いて欲しい。」
「固い音ね。わかった。」
「橋倉さんはシンバルは一種類でスネアとバスドラだけで演奏して欲しい。」
「シンプルな感じだな。バスドラはあまり聞かせない方が良い?」
「その分、弦バスに存在感を置いてくれる?一馬。伸ばす音は弓を持ってきて欲しい。」
「持ってきておいて良かった。」
そう言って一馬も弓を取り出すと油を引いた。
「翔は音を三つに絞って欲しい。」
「エレクトーンの方がまだ音があるくらいだね。」
「なるべくシンプルにしたいの。」
音を少なくすると言うことはそれぞれの実力が試される。一馬はそう思いながらまた楽譜に目を落とした。
おそらく沙夜と一緒に合わせる機会は一馬が一番多かったのだ。だからといって油断はしていない。
沙夜はいつでも一馬に合わせて弾いていたのだ。だが今日は沙夜に合わせないといけない。それがプレッシャーになる。自信満々でいつも弾いていたわけでは無いが、プロなのだというプライドはどこかに合ったような気がする。だから沙夜に合わせられない、自由すぎて付いていけないというのはただのいい訳にしか過ぎないのだから。そうは言わせない。沙夜の音を一番わかっている理解者であり、体だけの付き合いなのでは無いとマイケルに知って欲しかった。
「一馬。」
治が声をかけてきた。それに一馬は応えるように振り向く。
「沙夜さんと合わせたときって大分自由に弾いていたのか。」
「そうでも無い。むしろ俺に合わせてくれていたような感じがして……。」
すると治は頷いた。
「だとしたら、試されているのはどっちなんだろうな。」
リーは結局最後の曲にはまだまだOKを出していない。あと数日でレコーディングは終えないといけないのに。
「シンプルな楽器しか使わないと言うことは、音の鳴らし方も響き一つにも気を遣わないといけないだろうな。計算するような……。」
そう言いかけて一馬はやっと気が付いた。そして治に言う。
「いや。違う。」
「え?」
「これと言った決まりは無い。自由に弾いて良いはずだ。その道筋は沙夜がしてくれる。」
「それじゃ良くわからないかもしれないのに。」
「俺らが合わせるんだ。沙夜が自由に惹いているのに。もしここは響きを押さえて、音程を揃えて、リズムを揃えて何て言っているとやっているのは奏太と同じようなことだ。」
「奏太と……。」
「きっちり揃えて演奏するのはクラシックだけで良い。ここはバンドなんだ。」
その言葉に沙夜は薄く笑みを浮かべた。やはり一馬が一番理解してくれる。それが何より嬉しかった。
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