519 / 665
ドーナツ
518
しおりを挟む
一足先に四人はスタジオに戻ってきた。演奏ブースでそれぞれが準備をしている。しかし歌詞をチェックしていた遥人は、先程の光景を見て少しため息を付いた。それを見て治は少し笑う。
「何だ、遥人。ため息なんか付いて。」
歌詞を書かれた紙から目を離して、遥人は首を横に振る。
「いや……何かショックでさ。」
「ショック?二人の姿がか?」
「うーん……。何て言ったら良いかわからないけど……。」
「お前が沙夜さんの隣に居たらもっと良いのにとか思ったのか。」
体格の差は、翔が言われたことで遥人も見込みが無いのはわかっている。この国の人は、回りくどいことを言わないので翔は勇気を振り絞って隣に居たいと言ったのに断られたのだ。それは遥人以上にショックだったかもしれない。
「まぁ……俺は雑誌のモデルくらいだし。そこまで本格的にモデルはしてないから良いんだけど。」
「一馬は様になってたな。でもあぁいう格好はしたくないと前に言っていたのに。」
純がそう言うと、機材にスイッチを入れながら翔が声を上げる。
「仕事だから仕方ないっていう所があるんだろう。」
「まぁ……そうだよな。」
「体格で取られたような感じだったな。沙夜の背が高いから。」
翔はまだ根に持っているかもしれない。遥人はそう思っていたが、純にはもうそれが演技にしか見えなかった。
「それにしても沙夜さんはあぁいう格好は慣れているのかな。歩いているのも様になってたし。」
治はそういうと翔が声を上げる。
「沙夜は昔、モデルをしていたんだ。」
「モデル?え?そうだったっけ。」
沙夜自身がそんな話をしていたような気がするが、小さな頃だったと言っていたしそこまで根を詰めてしていなかったと思っていた。それなのにあんなに堂々と歩けるというのが遥人にとって意外だったのだろう。
「小さい頃だって言ってたよな。」
「それでも身についているモノを、簡単に忘れられなかったんだろう。ショーにも出たことがあるといっていたから、歩き方は尚更かもしれないな。」
「ショーなら俺も出たことがあるのになぁ……。」
遥人はそう言うと、治は呆れたように遥人に言う。
「女々しすぎ。お前、モデルにはそこまで力を入れてなかったじゃん。役者と歌手で満足出来ないのか。」
「一馬はそう言うのに出たこと無いのに、体格だけで決められると微妙な感じになるんだよ。」
遥人がそう言うと三人は顔を見合わせた。遥人がここまで嫉妬しているのが意外だったからだ。
「まぁ……わからないでも無いけどさ。」
純がそういうと翔が驚いたように純を見る。
「純はわかるんだ。」
「翔は一番あとから「二藍」に入ったから状況がわかってなかっただろうけど、一馬は元々「二藍」に入るのも渋っていたところがあるんだ。」
「え?」
「ジャズバンドが解散して、スタジオミュージシャンの仕事をしながら食いつないでいた。それでも一人なら生活が出来る。無理に高望みをすることは無いって思っていたみたいでさ。」
「……。」
家庭を持てば、そんなことは言えなくなる。子供が出来れば尚更だ。だから「二藍」に入ったところがあるのだ。もっとも「二藍」に入っても売れるとは限らなかったが。
「「二藍」も進んでしていることじゃない。モデルだって進んでやることじゃなかった。けど、中にはやりたくても声がかからない奴だっているし、芽が出ないバンドなんかごまんとあるんだから。その中で声をかけてもらってお願いしますって言われるのは、出来ないヤツには嫌味にしか取れないだろう。」
純の言葉はきっと純自身も飽きるほど言われてきたことだろう。ギタリストのスタジオミュージシャンはベースに比べると、相当多いのだから。
「……まぁ……それはわかるよ。俺だって、最初の頃は、俺の音じゃ無くても良いっていわれたこともあるし。」
苦労して作った曲を没と言われたときの悔しさは、今でも糧になっている。その悔しさがあるから、今でも最高に良いモノを作ろうとしているのだ。それは「二藍」であろうと、個人で受けている仕事だろうと変わらない。
「一馬は運が良いところがあるよな。今は黙っていても仕事が来るんだろうし。」
治がそう言うと遥人は首を横に振った。
「それだけ一馬が期待に添えているから声がかかるんだ。モデルだってそうだよな。あの体を作るのに、食事にも運動にも手を抜いていないんだから。」
遥人はそういうとまた歌詞に目を移す。
「体は少しナルシストな所があるよな。」
治はそう言うと、純が少し笑う。
「確かに。」
「ナルシストというか、健康オタクって言うか。」
翔がそういうとまた四人は笑う。そして遥人は少し笑顔になって言った。
「俺は歌と演技で唯一無二を目指すわ。あいつの言うことなんか気にしてられるか。」
「あいつ?」
治がそう聞くと、遥人はそちらを見ずに言う。
「父親。」
「お父さんか?」
有名な演歌歌手の父親が、たまたま遥人に実家であったときに口にしたのだ。
「この間、俺が映ってる雑誌を見たらしくてさ。「若いから需要があるだけだ」って言って来たよ。俺が演歌を歌わなかったのをまだ根に持ってるみたいでさ。」
「言わせておけ。嫉妬してるんだよ。」
「だよなぁ。」
ただ嫉妬しているだけでは無いのはわかる。だがそう考えないと、遥人自身がどうにかなりそうだった。
その時スタジオのドアが開く。そこには、リー、沙夜、一馬、そしてマイケルの姿があった。一馬も沙夜もドレスから普段通りの格好になっている。
「悪いな。少し時間を取ってしまったか。」
スタジオに入ってきた一馬は、そう行って立てかけているベースに手を伸ばした。
「ドーランは落ちたか?」
治がそう聞くと、一馬は首を横に振った。
「俺はそんなモノは付けていないが、沙夜は真っ先に化粧を落としていたな。」
「今はすっぴん?」
そう行って演奏ブースから録音ブースを覗こうと治はそちらを見たが、一馬は首を横に振る。
「あー……いや。普段通りの化粧に戻ってる。」
「何だ。そうだったのか。」
「肌が痒かったらしい。化粧品が合ってなかったようだ。」
「こっちの化粧品って少しキツいもんな。」
海外で映画のロケをすることもある遥人も、化粧をするときには自分が馴染みのあるモノを持ってくる。そうでは無いと、何十時間も化粧を付けているのだ。肌に合わないモノを付けていたら、腫れて次の日は使い物にならないだろうから。
「らしい。だから今度はオーガニックのモノを用意すると言っていたが。」
「今度って……。」
今度があるのかと翔は苦笑いをする。
「進んでしたいとは思わないようだ。どうしても昔を思い出すようでな。」
「あぁ。ブライダルのモデルをしていたこともあるんだって言ってたっけ。」
翔がそう言うと、一馬は頷いた。
「ソフィアはまだ思案中だが、俺らの国でショーをすることも考えているようだ。その時には沙夜にもモデルになって欲しいといわれていたようだが。」
「するかなぁ。」
「さすがに断っていた。プロでは無いからと言って。」
「でもプロっぽかったよ。」
純がそう言うと、一馬は首を横に振る。
「先程も言ったが、沙夜はこういう世界は苦手としている。昔はモデルをしていて、良い部分もあったそうだが嫌な事の方が多かった。もう二度と足を踏み入れたくないと。」
「よっぽどだな。それは。」
「もったいないな。見栄えがするように見えるのに。」
ここにも一馬と同じような人間がいるのだ。遥人はそう思って二人が引かれ合った理由が少しわかったような気がする。だがそれは周りのことを全く考えていない人間のことだ。
つまり嫌味だと本人達も気が付いていないことだった。
「あれ?一馬。それなんだ。」
純が気が付いて一馬のシャツに付けられているピンのようなモノを指さす。すると一馬は苦笑いをしてそれを取ると、純に見せた。
「お礼だそうだ。」
「ピン?」
「ネクタイピンだ。ネクタイをすることもあるだろうし、邪魔にはならないだろうから受け取ってくれと言われて。ソフィアからのお礼のようだ。」
「凄いな。なんか普通のネクタイピンじゃ無い。モチーフが付いてるのか。」
「クリスタルビーズだそうだ。」
「一馬だけに?」
「いや。沙夜にも渡していたようだ。」
沙夜に渡したモノは、髪飾りだった。普段髪にピンなどを付けたりしないが、それもまたクリスタルビーズで出来たモノで、モチーフがお揃いだった。それが二人にとってまた記念になったのだ。
「何だ、遥人。ため息なんか付いて。」
歌詞を書かれた紙から目を離して、遥人は首を横に振る。
「いや……何かショックでさ。」
「ショック?二人の姿がか?」
「うーん……。何て言ったら良いかわからないけど……。」
「お前が沙夜さんの隣に居たらもっと良いのにとか思ったのか。」
体格の差は、翔が言われたことで遥人も見込みが無いのはわかっている。この国の人は、回りくどいことを言わないので翔は勇気を振り絞って隣に居たいと言ったのに断られたのだ。それは遥人以上にショックだったかもしれない。
「まぁ……俺は雑誌のモデルくらいだし。そこまで本格的にモデルはしてないから良いんだけど。」
「一馬は様になってたな。でもあぁいう格好はしたくないと前に言っていたのに。」
純がそう言うと、機材にスイッチを入れながら翔が声を上げる。
「仕事だから仕方ないっていう所があるんだろう。」
「まぁ……そうだよな。」
「体格で取られたような感じだったな。沙夜の背が高いから。」
翔はまだ根に持っているかもしれない。遥人はそう思っていたが、純にはもうそれが演技にしか見えなかった。
「それにしても沙夜さんはあぁいう格好は慣れているのかな。歩いているのも様になってたし。」
治はそういうと翔が声を上げる。
「沙夜は昔、モデルをしていたんだ。」
「モデル?え?そうだったっけ。」
沙夜自身がそんな話をしていたような気がするが、小さな頃だったと言っていたしそこまで根を詰めてしていなかったと思っていた。それなのにあんなに堂々と歩けるというのが遥人にとって意外だったのだろう。
「小さい頃だって言ってたよな。」
「それでも身についているモノを、簡単に忘れられなかったんだろう。ショーにも出たことがあるといっていたから、歩き方は尚更かもしれないな。」
「ショーなら俺も出たことがあるのになぁ……。」
遥人はそう言うと、治は呆れたように遥人に言う。
「女々しすぎ。お前、モデルにはそこまで力を入れてなかったじゃん。役者と歌手で満足出来ないのか。」
「一馬はそう言うのに出たこと無いのに、体格だけで決められると微妙な感じになるんだよ。」
遥人がそう言うと三人は顔を見合わせた。遥人がここまで嫉妬しているのが意外だったからだ。
「まぁ……わからないでも無いけどさ。」
純がそういうと翔が驚いたように純を見る。
「純はわかるんだ。」
「翔は一番あとから「二藍」に入ったから状況がわかってなかっただろうけど、一馬は元々「二藍」に入るのも渋っていたところがあるんだ。」
「え?」
「ジャズバンドが解散して、スタジオミュージシャンの仕事をしながら食いつないでいた。それでも一人なら生活が出来る。無理に高望みをすることは無いって思っていたみたいでさ。」
「……。」
家庭を持てば、そんなことは言えなくなる。子供が出来れば尚更だ。だから「二藍」に入ったところがあるのだ。もっとも「二藍」に入っても売れるとは限らなかったが。
「「二藍」も進んでしていることじゃない。モデルだって進んでやることじゃなかった。けど、中にはやりたくても声がかからない奴だっているし、芽が出ないバンドなんかごまんとあるんだから。その中で声をかけてもらってお願いしますって言われるのは、出来ないヤツには嫌味にしか取れないだろう。」
純の言葉はきっと純自身も飽きるほど言われてきたことだろう。ギタリストのスタジオミュージシャンはベースに比べると、相当多いのだから。
「……まぁ……それはわかるよ。俺だって、最初の頃は、俺の音じゃ無くても良いっていわれたこともあるし。」
苦労して作った曲を没と言われたときの悔しさは、今でも糧になっている。その悔しさがあるから、今でも最高に良いモノを作ろうとしているのだ。それは「二藍」であろうと、個人で受けている仕事だろうと変わらない。
「一馬は運が良いところがあるよな。今は黙っていても仕事が来るんだろうし。」
治がそう言うと遥人は首を横に振った。
「それだけ一馬が期待に添えているから声がかかるんだ。モデルだってそうだよな。あの体を作るのに、食事にも運動にも手を抜いていないんだから。」
遥人はそういうとまた歌詞に目を移す。
「体は少しナルシストな所があるよな。」
治はそう言うと、純が少し笑う。
「確かに。」
「ナルシストというか、健康オタクって言うか。」
翔がそういうとまた四人は笑う。そして遥人は少し笑顔になって言った。
「俺は歌と演技で唯一無二を目指すわ。あいつの言うことなんか気にしてられるか。」
「あいつ?」
治がそう聞くと、遥人はそちらを見ずに言う。
「父親。」
「お父さんか?」
有名な演歌歌手の父親が、たまたま遥人に実家であったときに口にしたのだ。
「この間、俺が映ってる雑誌を見たらしくてさ。「若いから需要があるだけだ」って言って来たよ。俺が演歌を歌わなかったのをまだ根に持ってるみたいでさ。」
「言わせておけ。嫉妬してるんだよ。」
「だよなぁ。」
ただ嫉妬しているだけでは無いのはわかる。だがそう考えないと、遥人自身がどうにかなりそうだった。
その時スタジオのドアが開く。そこには、リー、沙夜、一馬、そしてマイケルの姿があった。一馬も沙夜もドレスから普段通りの格好になっている。
「悪いな。少し時間を取ってしまったか。」
スタジオに入ってきた一馬は、そう行って立てかけているベースに手を伸ばした。
「ドーランは落ちたか?」
治がそう聞くと、一馬は首を横に振った。
「俺はそんなモノは付けていないが、沙夜は真っ先に化粧を落としていたな。」
「今はすっぴん?」
そう行って演奏ブースから録音ブースを覗こうと治はそちらを見たが、一馬は首を横に振る。
「あー……いや。普段通りの化粧に戻ってる。」
「何だ。そうだったのか。」
「肌が痒かったらしい。化粧品が合ってなかったようだ。」
「こっちの化粧品って少しキツいもんな。」
海外で映画のロケをすることもある遥人も、化粧をするときには自分が馴染みのあるモノを持ってくる。そうでは無いと、何十時間も化粧を付けているのだ。肌に合わないモノを付けていたら、腫れて次の日は使い物にならないだろうから。
「らしい。だから今度はオーガニックのモノを用意すると言っていたが。」
「今度って……。」
今度があるのかと翔は苦笑いをする。
「進んでしたいとは思わないようだ。どうしても昔を思い出すようでな。」
「あぁ。ブライダルのモデルをしていたこともあるんだって言ってたっけ。」
翔がそう言うと、一馬は頷いた。
「ソフィアはまだ思案中だが、俺らの国でショーをすることも考えているようだ。その時には沙夜にもモデルになって欲しいといわれていたようだが。」
「するかなぁ。」
「さすがに断っていた。プロでは無いからと言って。」
「でもプロっぽかったよ。」
純がそう言うと、一馬は首を横に振る。
「先程も言ったが、沙夜はこういう世界は苦手としている。昔はモデルをしていて、良い部分もあったそうだが嫌な事の方が多かった。もう二度と足を踏み入れたくないと。」
「よっぽどだな。それは。」
「もったいないな。見栄えがするように見えるのに。」
ここにも一馬と同じような人間がいるのだ。遥人はそう思って二人が引かれ合った理由が少しわかったような気がする。だがそれは周りのことを全く考えていない人間のことだ。
つまり嫌味だと本人達も気が付いていないことだった。
「あれ?一馬。それなんだ。」
純が気が付いて一馬のシャツに付けられているピンのようなモノを指さす。すると一馬は苦笑いをしてそれを取ると、純に見せた。
「お礼だそうだ。」
「ピン?」
「ネクタイピンだ。ネクタイをすることもあるだろうし、邪魔にはならないだろうから受け取ってくれと言われて。ソフィアからのお礼のようだ。」
「凄いな。なんか普通のネクタイピンじゃ無い。モチーフが付いてるのか。」
「クリスタルビーズだそうだ。」
「一馬だけに?」
「いや。沙夜にも渡していたようだ。」
沙夜に渡したモノは、髪飾りだった。普段髪にピンなどを付けたりしないが、それもまたクリスタルビーズで出来たモノで、モチーフがお揃いだった。それが二人にとってまた記念になったのだ。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる