触れられない距離

神崎

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ドーナツ

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 サロンを出て行った翔は、そのままポケットに入っていた携帯電話を取り出す。この家にはWi-Fiが繋がっているので、メッセージやアプリ越しの通話くらいなら出来るのだ。メッセージを打ち込みが像を貼り付ける。その画像は先程の沙夜と一馬の姿。これを見たときどう思うだろう。そう思っていたときだった。
「翔。」
 声をかけられて翔は思わずそちらを見た。動揺しすぎたのか携帯電話を思わず落とす。
「あ……やば……。」
 そう言って拾い上げようとしたとき、声をかけた純がそれを拾い上げる。そして画面を見た。
「この写真を送ろうとしていたのか。相手は……。」
「見ないでくれ。」
 翔の言葉を無視するように純はそれを見る。相手は想像していた人とは違って、思わずため息を付く。
「響子さんじゃ無かったのか。」
 翔は動揺を隠して携帯電話を受け取った。
「何で響子さん?」
「……でも何で芹さんなんだ。芹さんが嫉妬すると思う?」
「芹はしないと思う。疑ったとしても電話をして事情を説明したら、沙夜の言うことだったら変だと思っても納得するだろうし。」
「だったら何でそんな意味の無いことを?」
「嫉妬しない方がおかしいと思うから。」
 隣に居るのがどうして自分では無いのだろう。きっと翔だけでは無くマイケルもそう思っていたに違いない。本当に好きなら問い詰めて、そんな仕事はしなくても良いんじゃ無いのかというに決まっている。仕事上のことであっても一馬は既婚者だということを考えて、そんな軽率なことを進んでするような真似はしないと思っていたのにあっさりそれを引き受けた一馬も沙夜も望んでモデルをしたと思えて悔しい。
「翔さ。芹さんを疑ってるのか。」
 芹が浮気をしていたからと言っても、沙夜は責められない。沙夜だって一馬と不倫をしているのだから。
「……実は。俺、ここへ来る前に家でコンドームの袋の切れ端みたいなモノを見たんだ。」
「コンドーム?沙夜さんと芹さんが?家でするなって言って無いのか?」
「言ってる。だから二人は家では前とは変わらない。同居人みたいな感じだ。」
「でもそれって翔とか沙菜さんがいなきゃわからないよな。」
「最近は、芹と二人になれるのも厳しかったのに?」
 家には海斗と響子がいたのだ。誰かしら居るような家の上に、沙夜もほとんど家に居ない状態だ。セックスをするのは難しいだろう。
「お前に心当たりが無いなら、芹さんか沙菜さんが家に誰か呼んだとか?」
「それも考えにくいんだよな。」
 沙菜はたまに男を連れてくることもあるのだろうが、そういう男は割り切っていて自分の部屋にしか行かせない。立ち寄ってもトイレくらいだ。芹は付き合う範囲が狭すぎる。翔でも把握出来るほどしか付き合いは無い。
 一度芹の母親が来たそうだが、それは芹の母親だから事後報告でも納得した。
「だったら……。」
「芹は沙菜と関係がある。」
 その言葉に純は驚いて翔を見た。そこまで考えているのだと驚いたのだ。
「それを確かめる為にメッセージを?」
「……あぁ。」
 しかしそれだけでは無いことくらいは純がいくら鈍くてもわかる。芹に悪意を持っているとしても、嫉妬からこんなことをするのは少し違う気がした。
「だったら芹さんと沙夜さんが別れて、翔の所へ来ると思う?」
「……。」
「俺さ。沙夜さんは翔のことを全く見ていないから、翔はもう沙夜さんから手を引いている気がしたんだよ。なのにわざわざそんなことを芹さんに送るって不自然なんだよな。もしかしてさ。芹さんだけじゃ無いんじゃ無いのか。送る相手。」
 その言葉に翔は驚いて純の方を見る。何を知っているのだろうと思ったからだ。
「何で……。」
「やっぱりそうだったのか。嘘だったら良かったのに。」
 純はそう言ってため息を付いた。翔は嘘が苦手な人なのはわかっている。だから誤魔化すことも出来なかったのだろう。
「純は……どこまで知ってるんだ。」
 携帯電話をもつ手が震えている。後ろめたいことがあったからだ。
「俺は「かもしれない」という事しか知らない。それも人づてで聞いただけだし、誤魔化そうとすれば出来るのに、翔はそれをしなかったんだよな。人が良いって言うか。」
「……誰に……。」
「英二だよ。」
「英二って……。」
 純の恋人で、ライブバーのオーナー。純と一緒に住んでいると聞いたことがある。
「英二もその話を聞いたのは、志甫からだったって聞いてる。志甫は、お前が恋人が出来たのかって嬉しそうだったって。そしてその恋人は、沙夜さんに見えたらしい。」
「沙夜に?」
 それはあり得ない。沙夜とここ最近は二人で出ることは無かった。ここへ来る前にバスが一緒になったが、それくらいなのだ。そもそも沙夜はメンバーであれば外で二人きりで歩くことなど結構あるのだ。そんなことを今更何も言われたくない。
「いや……それは勘違いをしてる。」
「だと思った。沙夜さんだってここへ来る前は一気に仕事をしていたし、俺らともあうことはあまり無かった。でも志甫は沙夜さんとお前が歩いていたと言っていたんだ。とすると沙夜さんに似た人と歩いていたと言うことになる。そして似た人って言うのは、もしかして響子さんじゃ無いのか。」
 沙夜と響子は似ていると思う。沙夜の方が若干背が高いが、伸ばしっぱなしの黒い髪や細身の体だし、スーツ以外のファッションはシンプルなモノが多い。その辺もよく似ているのだ。
「……俺がどうして響子さんと?」
 翔はそう言うが、明らかに動揺している。それを見て純はため息を付いた。
「居たところはK街って言ってた。一馬がいないK街に沙夜さんが行く理由は無いだろうし。響子さんだったら家もあるから両親を警戒しながら行くこともあるんだろうけど。でもそこにどうして翔が居たんだ。」
「それは……引っ越しの手伝いを……。それから海斗君を保育園に連れて行ったり……。」
「響子さんが手が離せなかったらそれで良い。でも響子さんが居てお前がいるっていうのが不自然なんだよ。」
「……。」
「人妻だろ?」
「でも……沙夜も人の旦那に……。」
「一馬と何かあるから、お前も響子さんと出来て良いとは言えないんだよ。」
「……。」
「響子さんは一般人だろ?それにあんな事件の被害者なんだ。そこでお前が顔を出したら、やっぱりそういう女だったって思われるとは考えなかったのか。」
 純はそう聞くと、翔は首を横に振った。
「考えたよ。でも……無理だった。」
「……。」
「俺……また間違いをしてる。」
 それでも響子から差し伸べられる手を避けれなかった。それと同時に一馬が許せないという感情が産まれ始める。
「また?」
「……詳しくは言えないし、言いたくないけど……。」
「だったら別に良いけど。翔。それを響子さんに送らない方が良い。響子さんは芹さんほど理解があるわけじゃ無いんだ。」
「俺……。」
「一つ聞いて良いか。」
 純はそう行って翔の方を向くと、翔は少し青白い顔色のまま純を見る。
「何だよ。」
「寝た?」
「……いいや。でも……。」
 あの家の中で海斗と響子。そして翔とで川の字で寝たことがある。途中で起きて自分の部屋へ行くつもりだったのに、つい寝過ごしてしまったのだ。
 あの日の夜中に、ふと目が覚めた。このまま自分の部屋へ行こうと起き上がったときだった。響子も目を覚まして体を起こしたのをみた。
 海斗を挟んで眠っていた。それが真二郎と被ってしまったと響子は謝ってくれたのだった。
 謝らなくても良いから部屋に戻ろうとしたときだった。響子の手が翔の手を止める。そして響子はゆっくりと翔の体に身を委ねたのだ。それが嬉しかった。
 コンプレックスがあったのに、響子がこういう行動をしてくれたのが嬉しかったのだ。そして翔はそのまま響子を抱きしめると、そのまま響子の唇にキスをした。一馬に悪いと思う気持ちと、罪悪感が心を占めながら。それでも止められなかったのだ。
「それについては過ちだったって言えるだろうな。それよりもちょいちょい出てくるけど、前、翔って何をしたんだ。まさか不倫をしたことがあるのか?」
 純がそう聞くと、翔は首を横に振った。
「それ以上は言いたくない。でも……このメッセージは芹だけに送るよ。響子さんには送らない。」
「本当に?」
「不安定にさせて自分に振り向いて欲しいって思うのは、卑怯だった。わかってたのにな。」
 そう言って翔は作ったメッセージを消去した。
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