触れられない距離

神崎

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ドーナツ

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 ジョシュアが離れる事になり、リーと「二藍」との間に言葉の問題があるのだろうかと沙夜は思っていた。ジョシュアはそもそもそういう位置づけでこのスタジオにいたのだ。つまりリーと「二藍」との言葉の架け橋の為。
 だが二,三日様子を見ていても、言葉の不自由さは無いように思える。遥人が自分の事をしながらそれぞれにリーの言葉を和訳して伝えているのだ。つまり、遥人の言語は通訳無しでもいけるレベルなのだろう。
「音がみるみる良くなっているな。」
 打ち合わせの間にマイケルも「二藍」の音に耳を傾ける事が多くなった。あまり興味が無さそうだったのに、今はそうしているのはレベルが上がったからだろう。その分、リーの怒鳴り声が聞けるようになったが。
「……。」
 演奏を止めてマイク越しで演奏ブースに伝えている。今、主に言われているのは純だ。元々リーはギタリストだったので、純の音は嫌でも耳に付くのだろう。
「あぁ……そういう考え方もあるのね。」
 沙夜はその様子を楽しそうに時折見ている。リーの言葉が沙夜にも響いているのだ。それは音楽を作り手としての事なのだが、この中ではそんな事は言えない。まだ「夜」として沙夜はこの場で名乗る事は出来ないから。
「……。」
 その横顔をマイケルは見ながら、心の中でため息を付く。
 あの日の夜。沙夜と一馬はセックスをしたはずだ。次の日にも嫌でも顔を合わせる事になったのだが、二人ともどこか棘が抜けたようにすっきりした顔になっていたから。
 沙夜の体というのは、東洋人にしては割と良い体をしている。背も高くてすらっと伸びた足も、締まった腰も、おそらく胸も大きな方なのだろう。それを想像するとマイケルはイライラしてくるのだ。
「マイケル。やはりこの国で発売するCDは限定でポストカードよりも、ボーナストラックを入れられないかしら。」
 沙夜がその音から自分たちの仕事の方へ気を向けた。それを見てマイケルも自分の仕事へ戻る。
「今更曲を増やしたくないと言ったのはお前だろう。」
「だからよ。曲のベースは変えないで、もっとアコースティックな感じにしたいわ。」
「この曲をか?」
「えぇ。本人達にあとで了解をもらうけれど、一発撮りみたいな感じで。」
「大胆だな。」
「そうかしら。ファンにしてみたら、写真なんかよりもそういったモノの方が喜ぶと思うんだけど。」
 沙夜らしいと思う。そしてその考えは「二藍」のメンバーにはきっと受け入れられるだろう。純もアコースティックギターを持ってきているし、一馬もダブルベースを持ってきている。アコースティックと言うよりもジャズっぽい感じになるかもしれない。マイケルはそう思いながら、アレンジする曲の歌詞が書いた紙を手にする。
 この曲は映画の主題歌になったらしい。映画は不倫の映画で、その映画にそった曲を作ったようだ。歌詞を英訳したモノを読むと、触れてはいけないのに触れたい衝動が抑えられない。いけないとわかっていても止められない気持ちがある。そんな歌詞だった。
 この歌詞を書いた人はきっと女性だろう。不倫の経験があるような感じの女性で、きっと辛い過去を背負っているのだ。そうでは無いとここまで臨場感のある歌詞は書けない。そう思っていたときだった。
 スタジオのドアが開いた。そこに入ってきたのはライリーだった。ライリーは最近このスタジオにあまり来る事が無かったのに、どうしたのだろうとマイケルは不思議そうにライリーを見た。
「……。」
 声をかけると、ライリーは沙夜にも挨拶をしてマイケルに伝える。
 今、この建物にはリーの家族や「二藍」の関係者がいるだけではない。ソフィアの仕事仲間がショーの打ち合わせに来ているのだ。
 ソフィアはそもそもファッションデザイナーとしての顔もあり、その専門はブライダルになる。つまりウェディングドレスやそれに合わせたタキシードなんかをデザインしているのだ。
 そのショーがクリスマス近辺にあるらしく、その打ち合わせに一階のサロンを開放しているのだ。そしてちょうどお昼時期になったので休憩をしようと話が持ち上がったらしい。
「……それで、そのお昼を「二藍」も一緒にどうだろうかという事らしいが、どうだろうか。」
 「二藍」は人と混ざらないところがある。本人達に聞いてみないとわからないが、厳しいと思う。沙夜はそう思っていたが、ライリーのキラキラした目を見ていると無碍に断るというのは気が引ける。それにライリーもそうだが、弟のケビンだって付き合いは一週間を過ぎたのだ。話くらいはしておいても良いと思う。
「みんなに聞いてみないといけないわね。その仕事仲間という人達は女性が多いの?」
「そうだな。ブライダルだと大体女性が多いか。しかしほとんどは既婚者だ。だから徹や悟の面倒も見れているんだろう。」
 徹や悟の面倒も見てもらっているのだ。だったら益々断りづらいかもしれない。そう思いながら、沙夜は音が止まったのを見て席を立った。そしてリーの所へ向かう。その後ろからライリーもやってきた。
 リーはあまりそう言った事を断るタイプでは無い。誘ってくれればどこでも行こうとするのだ。
 そしてリーからマイク越しに、「二藍」のメンツに話を聞く。すると五人は顔を見合わせて、沙夜の方を見るがその表情は断りづらくしているのかもしれない。
 しばらくすると、五人は楽器を置いて録音ブースにやってきた。
「沙夜さん。みんなと食事をするのはOKって言ってくれないか。」
「あら。良いの?」
 あまり人と混ざらないような感じなのに、あっさりOKしたのは沙夜を思っての事だったのだろう。
「良いよ。知らない仲じゃないし。」
「女性が多いって言っていたわ。」
「でも言葉がわからないじゃん。」
 純はそう言うと、沙夜はそれに対して笑う。
「そうね。それもそうだわ。」
 万が一声をかけられたり、誘われたりしても言葉がわからないと言えば無視出来る。そうやって自己防衛をすると言っているのだ。
「パエリアかな。あれ、凄い美味しかったけどな。」
 治はそう言うと、沙夜は首を横に振る。
「テイクアウトのモノを買ってきているんですって。」
「そっか。ソフィアも忙しいもんな。」
 翔はそう言うと、ライリーは少し笑って言う。
「……。」
「え?マジで?」
 遥人は驚いたように沙夜に言う。
「ソフィアはこのレコーディングが終わったら、その中庭でバーベキューをしたいんだってさ。」
「あら。そんな事までしてくれるの?」
「バーベキューはリーの得意技なんだってさ。」
「リーの?」
 驚いて沙夜はリーの方を見る。するとリーは笑って言った。
「この国ではバーベキューは男の仕事だよ。火起こしから肉の調達までするんだってさ。マーケットへ行って肉を調達してくると言っている。」
 マーケットの言葉に、沙夜は少し抵抗を感じた。マイケルの父親がいるところだから。だが悟られてはいけない。そう思って笑顔で言う。
「お願いしますと伝えてくれる?」
「うん。」
 遥人はリーにそう告げると、リーは腕まくりをして見せた。自信があるのだろう。
 そして一行はスタジオを出ると、リーはそのスタジオに鍵を閉める。そして階段を上がっていった。するとここまで良い匂いが漂ってくる気がする。
「サロンってこっちだっけな。」
 ここ一週間くらいはソフィアが手作りのものを用意する事もあったが、テイクアウトの時もあった。だがサロンで食事をするのは最初の日だけで、あとはスタジオで食事をする事が多かったのだ。なのでサロンの場所がうろ覚えだったらしい。
「こっち。」
 マイケルはそう言って誘導すると、リーは先導してそのサロンのドアを開けた。
「……。」
 「二藍」の姿に、その場にいた人達はみんな一瞬注目をする。だが仲間が来たかのように、受け入れてくれた。リーはみんな顔見知りらしく、ハグをしたり握手をしている。
 その中心にはソフィアがいた。金髪でいかにもヨーロッパ系のソフィアなのだが、そのスタッフというのは人種がそれぞれらしい。東洋人もいれば、浅黒い肌の人もいる。だがそのほとんどは女性で有り、純は少し気後れしたように思えた。
「香水の匂いがするな。」
 こちらの人は香水を付けるのは、普通の事だった。昔は毎日風呂に入る習慣がなかった名残で、匂いを誤魔化すのに香水を使っていたのだ。だが純にとっては嫌な臭いのうちの一つだった。無理矢理レイプされた事を思い出すからだ。
「純。気分が悪いんだったら、外で食べるか。付き合おうか。」
 一馬はそう言うと、純は首を横に振った。
「いや。良いよ。」
 純はそう言って少し笑った。
「良いのか?」
「夏にさ。ヨーロッパへ行ったとき、あの女もソフィアって名前だったかな。その女が香水はこの国にとって文化で、外国から来た俺らはそれに慣れないといけないっていう話をしていたじゃん。」
「無理に慣れる事は無いだろう。」
「それでもさ。俺が昔、何があったと言っても、香水を付けるのがそいつにとって辞められなかったら、俺もそいつも損をしているわけじゃん。たかが香水で縁が切れるような真似もしたくないし。」
 その言葉に一馬は少し驚いたように純を見た。純がこんなことを言うと思っていなかったからだ。
「そうか。でも無理はしなくても良い。」
「それに、これ、香水の匂いじゃないみたいだ。」
「え?」
「花みたいな匂いだ。」
 その言葉が聞こえたのだろう。東洋系の女性が二人に声をかけてきた。
「香水の匂いかと思ったか。」
「そうですね。」
「残念。この匂い、布の匂いよ。」
「布?」
「シルクもある。シルクはすぐ虫が食うから。」
「なるほど。防虫剤の匂いというわけだ。」
 それで納得した。防虫剤は強いモノが多いので、天然のモノを使っているのだ。だから香水の匂いに感じたのは、防虫効果のある花の匂いだったのだろう。
「沙夜?」
 向こうでしょうが沙夜に声をかけているのが聞こえた。沙夜は、ぼんやりと何かを見ているように思えた。その視線の先を見て、一馬もさっと目をそらす。
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