触れられない距離

神崎

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飴細工

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 レストランやカフェであればどこから話が漏れるかわからない。酒を出すような店なら尚更だ。それを気にしたマイケルは、三人をエマのホテルへ案内した。エマは好きに使ってもらって良いと言ってくれたし、エマのホテルなら尚更盗聴器や盗撮器に心配は無いだろう。
 ベッドに腰掛けたのは一馬と沙夜。そして椅子に座ったのはマイケルの父親。そしてソファに座ったのはマイケルだった。
 マイケルは落ち着かないように腕を組んで、その指の先をトントンとせわしなく動かしていた。その仕草は一馬によく似ていると思う。
 そしてマイケルの父親はため息を付くと、覚悟を決めたように一馬に告げた。
「一馬君。結論から言おうか。」
「……あなたの息子かもしれないと言うことですよね。」
「まさか、ここまでお膳立てをして置いて豆腐の作り方をレクチャーするわけではないだろう。」
 冗談を言いながら、父親は苦笑いをする。だがそれに誰も笑っていなかった。そう思って父親は仕切り直したように一馬に言う。
「俺は君の父親である可能性はDNA鑑定でもしなければわからない。」
「え?」
 沙夜は驚いたように父親を見る。そしてその言葉にマイケルも驚いたように目を見開いた。
「あなたの息子では無いかもしれないと?」
 一馬はそう聞くと、父親は頷いた。
「確かにマイケルとはよく似ていると思うが、だからといって兄弟だとは言い切れないんだ。」
「どういうことですか。」
 沙夜はそう聞くと、父親は一枚の写真を撮りだした。そしてそれを一馬に見せる。
「……これってどこか温泉でも行った写真ですか。」
 沙夜達がいる国のように見えた。看板には北の方の温泉地の名前が書いてあり、その周りには十人ほどの男女がいる。みんな浴衣姿だった。
「商店街の中には商工会というのがあってね。そこが企画した温泉なり、旅行なりが一泊二日で年に一度開催される。この年は俺が行ったんだよ。みんな順番で行くモノだ。」
 外国からの従業員を雇うくらいの規模の豆腐屋に勤めていたのだ。それくらいはするかもしれない。
「この人……。」
 若いマイケルの父親は一馬にもマイケルにもよく似ていたような気がする。だが問題はそこではなく、片隅に映っていた一人の女性だった。浴衣姿をきっちりと着こなしている凜とした美しさのある女性のように見えた。そしてその女性の隣には背の高い男性がいる。
「この女には見覚えがあるだろう。」
「えぇ。母親ですね。」
 一馬がそう言って、沙夜もその写真をのぞき見た。温泉旅館の浴衣で髪を一つにまとめている。おそらくすっぴん姿なのだろうに、とても肌が綺麗に見えた。そして後れ毛が少し波打っているところを見ると、癖があったのかもしれない。
「この人が一馬のお母様なの?」
「あぁ。もっとも……俺が見慣れていた姿とはほど遠いが。顔立ちは一緒だ。」
「……。」
 黒髪は茶色か金色に見えたし、すっぴんではなく化粧をいつもしていた。それにすっぴんになると肌がいつも荒れていたように思える。おそらく生活が不規則だった性だろう。
「近くの和菓子屋の若女将でね。とても気っ風が良くて、世話好きだった。俺のような外国人の中には言葉がまだ満足に使えない人もいたら、言葉を進んで教えるような人でね。」
「はぁ……。」
 懐かしむような口調だった。それにあまり母親のことを悪く言っていない。だが最初からあの女は……など言わないだろう。どちらにしてもこの男が、母親を妊娠させたかもしれないのだ。そして産まれてきた一馬と母親を捨てたのかもしれない。
「一馬は三年くらい?一緒に居たのよね。」
「……その時とは全く印象が違うな。」
「そうね。車の中で聞いた印象とは全く違うわ。少なくとも、自分の思い通りにならないからって、子供でも手を上げるような人だったみたいだし。」
 すると父親は首を振って言う。
「子供に手を上げるような人じゃない。和菓子屋でもほら……飴をおいていてね。お使いに来た子供や母親なんかと一緒に来た子供に飴をサービスであげるような女性だったんだ。」
「あの飴は……。」
 悟と徹に渡していたあの棒付きの飴は、確か飴細工だった。それを見たとき一馬は少し懐かしい気分になったのだ。それはどうしてか今までわからなかったが、おそらく母親がその飴を作っていたのだろう。
 殴られたり怒鳴られたりすることの方が多かったので、そういう優しさを忘れていたのかもしれない。
「父さん。そんな人がどうしてそんな場末のアパートに一馬と住むようになったんだ。やっぱり父さんが手を出して、その和菓子屋を追い出されたからなのか。」
 マイケルはそう聞くと、父親は首を横に振った。
「あの若女将は表向きにはそういう顔を見せていた。だが夜になると、そういう外国の労働者や近所の若旦那なんかを連れ込んで、○rgy……をすると噂があってな。」
「……何だ。それは。」
 一馬はきょとんとしてそれを聞くと、沙夜は咳払いをする。
「つまり……グループセックスみたいなモノね。」
「あぁ……。なるほど。そっちか。」
 あまりそう言うことには詳しくない男なのか。マイケルは少し驚いたように一馬を見る。不倫なんかをしているのだ。そう言うことくらいはしているのかもしれないと思っていたのに全く違うようだ。
「それがいつの間にか頼めばセックスをさせてくれるという噂になった。そうなると和菓子屋の品位も問われるだろう。」
「それもそうね。」
「そうなのか。」
 マイケルは聞くと沙夜は頷いた。
「あそこの店の奥様は股が緩いなんて言われて黙っておくわけないわ。」
 だがその噂はまんざら嘘ではなかったらしい。父親の同僚も、童貞を捨ててきただのオーラルセックスをされただのという話を聞いた。だが父親はそんなことなどどうでも良かったのだ。
「仕事をしに行ったわけだし、別に童貞を捨てようと思ってきたわけじゃ無いんだし。」
「それなのに、あなたはその奥様とセックスをしたんですよね。」
 沙夜はそう聞くと、父親は頷いた。
「一度だけだった。事情を聞けば力になってやりたいと思っていたし。」
 その和菓子屋の旦那は、他に女が居てその愛人には子供が居るらしかった。なのに、その本妻である若女将にはいつまで経っても子供は出来なかったのだ。それを大女将である旦那の母からはチクチクと言われていたらしい。
 次第に若女将は妊娠した事が発覚する。しかしその子供は夫の子供ではあり得ないと言われたのだ。
 旦那とは数ヶ月セックスをしていなかったのに、妊娠したのはおかしい。不貞でもしているのだろうと言われ、若女将は和菓子屋を追い出されてしまったのだ。
 そしてその時の子供が一馬だという。
「だから……父さんが父親かもしれないって言う可能性もあったって事?」
「それはでも……その旦那様の子供である可能性もあり得ますね。」
 沙夜はそう言うと、父親は首を横に振った。
「あの若旦那の子供ではあり得ない。後妻として呼ばれてきたその愛人の子供も若旦那の子供ではなかったようで、また一悶着あったようだ。つまり……その若旦那は子供が出来ない体質だったらしいんだ。」
 程なくして和菓子屋は閉店を余儀なくされた。商店街からも姿を消し、その家族を見ることは無くなったからだ。
「どちらにしても追い出されたんだろう。俺の母親は……。そしてあんたが父親である可能性もある。」
「……でも一度だけで?」
 沙夜がそう言うとマイケルは首を横に振った。
「一度だけで妊娠出来るとしたら、よっぽど命中率が良かったんだろうけどさ。」
「命中率って……。」
 沙夜は苦笑いをすると、マイケルは少し口を尖らせて言う。
「それしか言い様がないだろう。」
「それは別に良い。マイケル。お前の考えを教えてくれないか。」
 父親がそう言うと、マイケルは告げる。
「父さん。あんた、俺を作るのも相当苦労したって母さんから聞いたけど。」
「……。」
「え?」
 するとマイケルは一馬に言う。
「父さんは、元々精子が少ない方だって言ってたっけ。それで……人工授精で俺が出来たって。」
「……。」
「人工授精は相当金がかかったって言ってたけど。」
 沙夜達の住む国では、不妊治療に保険が効くようにと議論されているが、この国ではそもそも保険が効かない。不妊治療となれば尚更金がかかるだろう。
「それでもお前が産まれたんだ。」
「まぁ……そうだけどさ。」
 それなら一度だけしかしていないというのを妊娠させたというのは、不自然な気がした。だが一馬には少しもやっとしたモノが残る。
 精子が少ないというのは、外的な要因もあるが遺伝の場合もある。つまり、一馬もそういう傾向にあるので、その血を受け継いだ可能性があるのだ。そう思うと、手放してマイケルの父親が自分の父親では無いかもしれないとは言えないのだ。
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