触れられない距離

神崎

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飴細工

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 コテージに帰ってくると、コーヒーの匂いがした。おそらく一馬がコーヒーを淹れてのみながら話をしたのだろう。ソファーに五人が座っていて、神妙な面持ちをしている。だが沙夜とマイケルの姿を見て、それぞれが笑みを浮かべた。だがその笑みはどちらかというと苦笑いのように思える。
「お帰り。会社には報告は終わったんだね。」
 治がそう言うと、沙夜は頷いて荷物を置く。
「えぇ。何とかね。」
「沙夜さんさ。車の中で一馬と話をしていたみたいだけど、大丈夫だったの?」
 遥人はこういう事に慣れている。会社の車の中だからと言ってそこまで安心していなかったのだろう。
「えぇ。こちらの上司が手を尽くしてくれたの。」
「手を?」
「レコーダーやその他のモノはあったんだけれど、その……。」
 手を滑らせたと言って全て再起不能にしたのだ。それを聞いて、遥人は苦笑いをする。
「そこまでするかなぁ……。」
「信用させるにはそうする人だ。あの人が「二藍」をこちらの国のレーベルに変えないかと言ったわけだし。信用されなければそこまでしないだろう。」
 当然のようにマイケルも荷物を降ろして、一馬を見下ろす。すると一馬もマイケルを見上げた。
「まだお前が弟だとははっきりしていない。」
 するとマイケルは首を横に振った。
「俺はそうだと思ってる。顔や体型だけじゃない。あんたは仕事の姿勢や女の好みまで俺に似ているようだ。」
「女の?」
 ちらっと沙夜の方を見る。すると沙夜はため息を付いて言った。
「変なことを言わないで。あなたは一馬の奥様なんか見たことは無いでしょう。」
「いや。有佐に一度写真を見せてもらったことがある。いい女だなと思った。子供が居るとは思えない。」
「……。」
 それだけではないだろうとは誰もが思っていた。あれだけマイケルが沙夜と一緒に居るのだ。その上でこんなことを言うのだったら、手を出そうと思っているのかもしれない。そう思うと、翔はマイケルに言う。
「沙夜には恋人が居るよ。」
 その言葉にマイケルは少し笑った。
「どんな奴かはわからないが、沙夜が満足出来る相手では無いことは確かだ。」
「え?」
 すると沙夜がため息を付いてマイケルに言う。
「変なことを言わないで。あなたは私の恋人に会ったことは無いのでしょう。」
「無いが、離れていても気にしないような相手だったら、どうでも良い相手だとも言える。」
「人には人のペースがあるのよ。」
「便利な言葉だな。そうやってペースがあって距離感を大事にするというのは、個人のペースという理由では通用するのかもしれないが。」
「……。」
「お前を支えられている相手では無いことは確かだ。」
 その言葉に怒りを抑えられなかったのは、一馬ではなく翔だった。翔は立ち上がると、マイケルに詰め寄る。
「お互いがどれだけ想い合っているのかお前は知らないだろう。お互いの仕事が忙しくてなかなかデートらしいデートも出来ていなくてもそれだけが恋人ではないんだから。」
「何でお前がそんなに必死なんだ。」
 マイケルは冷静に翔に聞く。翔が一番部外者のように思えていたからだ。
「翔。そんなのを相手にするな。」
 一馬はそう言うと、翔は一馬の方を見る。
「所詮、お前も沙夜もあと一週間だけしか付き合わないヤツだ。俺だけは父親である可能性があって、弟の可能性もある。だがだからといってこれまで居ないものとして扱っていた相手だ。その真実はわかっていても、これから先に家族だと思いたくも無い。」
「……。」
「俺の家族は育ててくれた家族と、妻と子供が居る家族だけだ。それを壊そうとするかもしれない芽を、摘み取るだけ。今夜はそれを確かめに行くだけだ。」
 するとマイケルが一馬を見下ろして言う。
「だったら一人で来れば良い。沙夜にはあとで報告すれば良いんだから。」
「それは出来ないって言っているでしょう。向こうにも報告をしないと……。」
 沙夜は焦ったように言うと、マイケルは首を横に振る。
「急いでする必要は無い。レコーダーを破棄したんだ。外に漏れることはまず無いと言えるだろう。帰ってお前の上司に報告しても遅くはない。」
 そのマイケルの反応にずっと黙っていた純が声を上げた。
「あれだよな。マイケル。」
「何だ。」
「腹違いの兄ってヤツかもしれないって事だろ。それを確かめに一馬が行く。それに沙夜さんが付いて行っても行かなくても良いと思うんだけどさ。あんたがしてるのって……一馬に嫉妬してるようにしか見えないんだけど。」
 純の言葉に、マイケルは顔を赤くした。すると治もため息を付く。
「マジか。」
「一週間くらいで少し居る時間が長いからって、ちょっと勘違いしているみたいに見えるよな。」
 遥人がそう言うと、マイケルは首を横に振った。
「俺が沙夜を?馬鹿にするのもいい加減にしてくれ。俺がそんなわけ……。」
 その言葉が大きかったのだろう。二階から徹と悟がやってきた。
「何騒いでるの?」
「喧嘩?」
 その言葉にマイケルは首を横に振る。そして荷物を持つと、沙夜に言う。
「二十一時くらいにコテージの門の所で待ってろ。父さんの車で来るから。」
「えぇ……。」
 他のメンバーには目もくれなかった。そのままマイケルはコテージを出て行くと、沙夜はため息を付く。
「あんな奴だったなぁ。」
 遥人がそう言うと、沙夜はコテージの鍵を閉めて言う。
「マイケルも落ち着きがなかったわ。それは仕方ないかもしれない。」
「どうして、沙夜さんはマイケルの肩を持つの?」
 純がそう聞くと、沙夜は思わず抱きしめられたと口にしそうになった。だがここでそれを言えば一馬がまた冷静では無くなるだろう。それに翔も同様だ。
「腹違いっていっても兄弟がいたかもしれないって思うと、気持ちは微妙だと思うわ。私だって、沙菜の他に兄弟がいたって言われたら冷静にはなれない。一馬だってそうでしょう。」
 一馬の方を見ると、一馬も頷いた。
「正直、花岡の家に来る前のことは思い出したくなかった。無かったモノとして二度と口にすることは無いと思っていたんだがな。」
 一馬はそう言うと、翔も頷いた。
「みんなそんなモノかもしれないな。俺だって思い出したくないことの一つや二つはあるし。三十年も生きてればそう言うこともあるよ。」
「徹と悟だって、この若さで色んな事があったよな。」
 治がそう言うと、悟は無邪気に治に言った。
「父ちゃん。お腹空いたよ。」
「あ、そうだったな。沙夜さん。今日は俺が手伝おうか。」
 治はそう言うと、沙夜は少し笑って言う。
「お願いしたいわ。どんなモノが入っているのかとか、作り方の違いなんかを教えて欲しいし。」
「普通だよ。煮えにくいモノから入れて、最後のネギは火を消す直前ってくらい。」
「でもここのネギって少し固いのよね。」
「だったらタマネギと一緒に炒めたら良いんじゃ無い?今日は親子丼だけ?」
「えっとね……。」
 スーツ姿のまま沙夜と治はキッチンへ向かう。冷蔵庫に入っているモノをチェックするためだ。
「一馬。」
 翔は一馬の隣に来ると、一馬に声をかける。
「何だ。」
「今日は二人で出て行くんだろう。話をしたらすぐに帰ってこれるよな?」
 そう言われて、一馬は翔の方を見る。翔には黙っていたのだが、やはり翔はまだ一馬と沙夜との関係を疑っているのだから。
「状況による。」
「は?こんな危ない地域で、夜になればカップルだってあまりうろうろしないようにといわれているような所で、どこへ行こうと思ってるんだ。」
「お前らには見せられないような顔をしているかもしれない。」
「沙夜には見せられるんだ。」
「沙夜にはお互い言い合っているところがある。どんな顔をしていても気にすることはないだろう。」
「……。」
「お前にはまだ沙夜に言えないこともあるし、俺もお前に話をしていないこともある。もちろん、それは他のメンバーにも言えることだ。しかし沙夜には全て言っている。そして沙夜も話をしてくれた。だから……俺が沙夜とどこへ消えても探さなくていい。ここへ帰ってくるのは確かなのだから。」
「それって……。」
 遠回しに、どこかへ消えるといっている。それを翔は止められない。一馬が言ったように、翔にはまだ沙夜に話していないことがあるからだ。
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