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飴細工
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マーケットへ帰ってきた沙夜は、運転手に車の鍵を返す。すると運転手の男はマイケルを呼び、通訳して貰うように言って沙夜に告げた。すると予想通りのことが告げられる。
「あの車には音声を録音するモノが付いているらしい。たまに車の中をモーテル代わりにする人も居る。それを防いでいるようだが、変なことをしなかっただろうかと言っている。」
その言葉に沙夜は首を横に振った。
「いいえ。何も。気になるのだったらチェックすれば良いけれど、マイケルは嫌なことを晒されると思うわ。」
マイケルが父親と一馬を引き合わせたのだ。その内容は想像が出来る。そしてその内容によっては、父親が冷たい目で見られるだろう。
「わかった。だったらそのデータはこちらで内密にチェックして、破棄するようにする。」
「その方が良いわ。お互いにね。」
その会話を聞いて、翔は不思議そうに三人を見ていた。マイケルが関係していることで一馬はあんなに苛立っていたのだ。だが今の一馬はとても落ち着いている。のんきにおいている乾物を見ているようだ。その内容まではまだ翔に告げられないのだろう。
「……。」
マイケルの父親は客を相手にしている。決してこの店は安い方ではない。それでも客が絶えないのは、今は和食がブームでピザやパスタが主流のこの国では、あっさりしたこの国の食事は新鮮なのかもしれない。使い方などを父親は説明しているようだ。こういうところもおそらく勉強しているのだろう。
もし沙夜がこの国に住むことになって音楽から遠ざかっても、おそらくこういう事で食いつなげれるかもしれない。だがその時には音楽は息抜きになり、料理がメインになるのだ。今の状況とは逆になるだろう。
「沙夜。」
ソフィアが沙夜に声をかけてくる。ソフィアの英語も沙夜は何とか聞き取れるようで、その食材の使い方などを告げているようだ。ソフィアにとっても沙夜が来てくれたことで助かっているところがあるのだろう。
「マイケルのお父様。」
沙夜はソフィアから離れると、マイケルの父親の方へ足を向ける。父親も接客が終わり、沙夜の方へ向いた。
「豆腐かな。」
「えぇ。余っているなら譲って欲しいのですが。」
「まだ余裕はあるよ。ちょっと待ってね。」
普通であれば豆腐はプラスチックのパックなんかに詰められて売られているのだが、そういうモノを発注する余裕は無いのだろう。おそらく一人で作っているのだ。ビニール袋に詰められた豆腐をクーラーボックスから取り出す。
「前は冷や奴にして食べたのかい?」
「えぇ。醤油と鰹節で。」
「それは良い。今日もそうするのかな。」
「今日は親子丼です。」
その言葉に父親の表情が少し固まった。親子丼と言えば鶏肉とタマネギ、それに卵で作るのが一般的だが、豆腐を入れるとは少し意外だったからだ。
「親子丼に?」
「橋倉さんのお家ではそうしているそうなので。子供達が少し家の味を恋しがっているようだし、同じモノは出来ないかもしれないけれど近いものを食べさせたいと思いまして。」
「あぁ……そういうことか。」
普段からそうしているわけではないのだろう。そう思って安心して豆腐を沙夜の持っているかごに入れた。
「向こうの国に居たことがあるんですよね。お父様は。」
「あぁ……豆腐屋に勤めていてね。」
「だからお豆腐を?」
「朝が早くてね。二時から仕事をしていたよ。」
「二時。」
早すぎるような気がするが、昔の職人ならそれくらいは一般的なのかもしれない。豆腐屋だけではなく、八百屋だって魚屋だって早くから市場へ行くのが一般的なのだから。
「この国から何もわからずに豆腐屋に勤めたんだ。だからあちらの国の人はみんなそんなモノなのかと思っていたよ。」
職人だからそうしているのだというのを知ったのは大分後のことだった。あの時代はスーパーなんかもそこまで多くなかったし、豆腐は豆腐屋で、野菜は八百屋でなどみんな食材を買いに店をはしごしていたのだ。
「私が住んでいるところもまだ商店街があるんですよ。側には大型のスーパーもありますけどね。そちらの方が何となく見て買えるから。」
「魚を捌けるのか。」
「難しいモノは出来ませんけど、一般的なモノだったら。」
「だったらここの鮮魚のコーナーにある魚も?」
「えぇ。スーパーだと切り身しか無くて、しかも真空パックになっているモノしか無かったので、ここへ来れば魚もそのまま買えるので嬉しいです。」
見た目では無さそうだ。これくらい若い女性が魚を捌けるというのは心強い。
「君のような人を妻にすると楽だろうね。」
「え?」
「俺はあまり音楽なんかを聴く方では無いが、「二藍」の名前くらいなら聞いたことがある。興味が無くても耳に届くというのは、それだけ知名度があるのだろうね。その知名度を上げたのは君の功績でもある。」
「そんなことは無いですよ。いくら知名度を上げても、本人達の実力が無ければ売り込みは出来ませんから。」
その言葉に父親は目を細める。益々良い女性だと思ったからだ。確かに良いモノがあってもそれを売り込む力が無ければ意味が無い。それを一人でしているということなのだから、自分が売り込んだと天狗になっても良いのに沙夜はそれを「本人達の努力があってのこと」だといっている。
「沙夜さんがしていることは内助の功ということだろう。そういう女性が妻になってくれると、夫は働きやすいと思うよ。」
「そうでは無いですよ。私は仕事だからしているんです。いざ恋人とか夫となるとそこまで面倒を見ませんから。」
「おや。そうなのか……。それは……。」
父親がちらっとマイケルの方を見る。するとマイケルがその視線に気が付いて父親の方へやってきた。
「父さん。何を沙夜に吹き込んでいるんだ。」
「お前に嫁に来て欲しいと思っていたのにな。」
「沙夜を?」
驚いてマイケルも沙夜の方を見る。するとマイケルは手を振ってそれを否定した。
「いや……それは無いな。」
「お前の好みはこんな感じの子が多かっただろう。手足が長くて、バイクの後ろにすんなり乗れる子だ。」
「それは確かにそうだけど……。」
ちらっと一馬の方を見る。一馬はこちらの話が聞こえたのかもしれない。目線が止まっているからだ。そしてその向こうでは翔もこちらを見ている。まずい。一馬だけでは無く、翔も変な誤解をしているようだ。
「バイクしか足が無かったからだ。」
「俺のバイクを譲ったときには恋人しか乗せたくないといっていたのにな。」
ニヤニヤしながらマイケルに言うと、マイケルは焦ったように父親にいう。
「またそういうことを言って。そうやって誤解させた人がどれだけいると思っているんだ。父さん。いい加減にしてくれ。」
「わかった。わかった。そういうことにしておく。」
その話を聞きながら、一馬はまたもやっとした気持ちに襲われた。マイケルと沙夜は確かに最初こそ折り合いが悪そうだったが、今は二人でバイクに乗って二人で海岸へ行くこともあるのだ。マイケルが沙夜を心配したというのはうなずけるが、恋人しか乗せたくないと言っていたバイクにあっさりと沙夜を乗せた。普通だったら電車なり、バスなりがあっただろうし、その治安を気にしているのだったらタクシーでも良かったわけなのにバイクに乗せたのだ。
「一馬。」
翔が声をかけてきて、一馬はふと我に返った。
「……どうした。」
「バイクっていっていたけれど……。」
「それがどうした。」
「沙夜はバイクなんかは苦手なのに、どうして乗ったのかな。」
「苦手?」
「うるさいし、振動が嫌だと言っていたんだ。」
「……そうも言っていられなかったんだろうな。ここへ早く来たかったと言うことだろう。俺らを待たせているからとか。」
「でも……。」
「翔。それよりもあとで話をしたい。」
「話?」
「というより……みんなに話をしておかないといけないことがある。」
これ以上、誤魔化せない。マイケルの父親の視線をこれ以上避けられないのだ。
そのためには四人に話をしておかなければいけない。財布の中の指輪のことも、母親のことも。そして自分の父親がマイケルの父親かもしれないという可能性も。
「あの車には音声を録音するモノが付いているらしい。たまに車の中をモーテル代わりにする人も居る。それを防いでいるようだが、変なことをしなかっただろうかと言っている。」
その言葉に沙夜は首を横に振った。
「いいえ。何も。気になるのだったらチェックすれば良いけれど、マイケルは嫌なことを晒されると思うわ。」
マイケルが父親と一馬を引き合わせたのだ。その内容は想像が出来る。そしてその内容によっては、父親が冷たい目で見られるだろう。
「わかった。だったらそのデータはこちらで内密にチェックして、破棄するようにする。」
「その方が良いわ。お互いにね。」
その会話を聞いて、翔は不思議そうに三人を見ていた。マイケルが関係していることで一馬はあんなに苛立っていたのだ。だが今の一馬はとても落ち着いている。のんきにおいている乾物を見ているようだ。その内容まではまだ翔に告げられないのだろう。
「……。」
マイケルの父親は客を相手にしている。決してこの店は安い方ではない。それでも客が絶えないのは、今は和食がブームでピザやパスタが主流のこの国では、あっさりしたこの国の食事は新鮮なのかもしれない。使い方などを父親は説明しているようだ。こういうところもおそらく勉強しているのだろう。
もし沙夜がこの国に住むことになって音楽から遠ざかっても、おそらくこういう事で食いつなげれるかもしれない。だがその時には音楽は息抜きになり、料理がメインになるのだ。今の状況とは逆になるだろう。
「沙夜。」
ソフィアが沙夜に声をかけてくる。ソフィアの英語も沙夜は何とか聞き取れるようで、その食材の使い方などを告げているようだ。ソフィアにとっても沙夜が来てくれたことで助かっているところがあるのだろう。
「マイケルのお父様。」
沙夜はソフィアから離れると、マイケルの父親の方へ足を向ける。父親も接客が終わり、沙夜の方へ向いた。
「豆腐かな。」
「えぇ。余っているなら譲って欲しいのですが。」
「まだ余裕はあるよ。ちょっと待ってね。」
普通であれば豆腐はプラスチックのパックなんかに詰められて売られているのだが、そういうモノを発注する余裕は無いのだろう。おそらく一人で作っているのだ。ビニール袋に詰められた豆腐をクーラーボックスから取り出す。
「前は冷や奴にして食べたのかい?」
「えぇ。醤油と鰹節で。」
「それは良い。今日もそうするのかな。」
「今日は親子丼です。」
その言葉に父親の表情が少し固まった。親子丼と言えば鶏肉とタマネギ、それに卵で作るのが一般的だが、豆腐を入れるとは少し意外だったからだ。
「親子丼に?」
「橋倉さんのお家ではそうしているそうなので。子供達が少し家の味を恋しがっているようだし、同じモノは出来ないかもしれないけれど近いものを食べさせたいと思いまして。」
「あぁ……そういうことか。」
普段からそうしているわけではないのだろう。そう思って安心して豆腐を沙夜の持っているかごに入れた。
「向こうの国に居たことがあるんですよね。お父様は。」
「あぁ……豆腐屋に勤めていてね。」
「だからお豆腐を?」
「朝が早くてね。二時から仕事をしていたよ。」
「二時。」
早すぎるような気がするが、昔の職人ならそれくらいは一般的なのかもしれない。豆腐屋だけではなく、八百屋だって魚屋だって早くから市場へ行くのが一般的なのだから。
「この国から何もわからずに豆腐屋に勤めたんだ。だからあちらの国の人はみんなそんなモノなのかと思っていたよ。」
職人だからそうしているのだというのを知ったのは大分後のことだった。あの時代はスーパーなんかもそこまで多くなかったし、豆腐は豆腐屋で、野菜は八百屋でなどみんな食材を買いに店をはしごしていたのだ。
「私が住んでいるところもまだ商店街があるんですよ。側には大型のスーパーもありますけどね。そちらの方が何となく見て買えるから。」
「魚を捌けるのか。」
「難しいモノは出来ませんけど、一般的なモノだったら。」
「だったらここの鮮魚のコーナーにある魚も?」
「えぇ。スーパーだと切り身しか無くて、しかも真空パックになっているモノしか無かったので、ここへ来れば魚もそのまま買えるので嬉しいです。」
見た目では無さそうだ。これくらい若い女性が魚を捌けるというのは心強い。
「君のような人を妻にすると楽だろうね。」
「え?」
「俺はあまり音楽なんかを聴く方では無いが、「二藍」の名前くらいなら聞いたことがある。興味が無くても耳に届くというのは、それだけ知名度があるのだろうね。その知名度を上げたのは君の功績でもある。」
「そんなことは無いですよ。いくら知名度を上げても、本人達の実力が無ければ売り込みは出来ませんから。」
その言葉に父親は目を細める。益々良い女性だと思ったからだ。確かに良いモノがあってもそれを売り込む力が無ければ意味が無い。それを一人でしているということなのだから、自分が売り込んだと天狗になっても良いのに沙夜はそれを「本人達の努力があってのこと」だといっている。
「沙夜さんがしていることは内助の功ということだろう。そういう女性が妻になってくれると、夫は働きやすいと思うよ。」
「そうでは無いですよ。私は仕事だからしているんです。いざ恋人とか夫となるとそこまで面倒を見ませんから。」
「おや。そうなのか……。それは……。」
父親がちらっとマイケルの方を見る。するとマイケルがその視線に気が付いて父親の方へやってきた。
「父さん。何を沙夜に吹き込んでいるんだ。」
「お前に嫁に来て欲しいと思っていたのにな。」
「沙夜を?」
驚いてマイケルも沙夜の方を見る。するとマイケルは手を振ってそれを否定した。
「いや……それは無いな。」
「お前の好みはこんな感じの子が多かっただろう。手足が長くて、バイクの後ろにすんなり乗れる子だ。」
「それは確かにそうだけど……。」
ちらっと一馬の方を見る。一馬はこちらの話が聞こえたのかもしれない。目線が止まっているからだ。そしてその向こうでは翔もこちらを見ている。まずい。一馬だけでは無く、翔も変な誤解をしているようだ。
「バイクしか足が無かったからだ。」
「俺のバイクを譲ったときには恋人しか乗せたくないといっていたのにな。」
ニヤニヤしながらマイケルに言うと、マイケルは焦ったように父親にいう。
「またそういうことを言って。そうやって誤解させた人がどれだけいると思っているんだ。父さん。いい加減にしてくれ。」
「わかった。わかった。そういうことにしておく。」
その話を聞きながら、一馬はまたもやっとした気持ちに襲われた。マイケルと沙夜は確かに最初こそ折り合いが悪そうだったが、今は二人でバイクに乗って二人で海岸へ行くこともあるのだ。マイケルが沙夜を心配したというのはうなずけるが、恋人しか乗せたくないと言っていたバイクにあっさりと沙夜を乗せた。普通だったら電車なり、バスなりがあっただろうし、その治安を気にしているのだったらタクシーでも良かったわけなのにバイクに乗せたのだ。
「一馬。」
翔が声をかけてきて、一馬はふと我に返った。
「……どうした。」
「バイクっていっていたけれど……。」
「それがどうした。」
「沙夜はバイクなんかは苦手なのに、どうして乗ったのかな。」
「苦手?」
「うるさいし、振動が嫌だと言っていたんだ。」
「……そうも言っていられなかったんだろうな。ここへ早く来たかったと言うことだろう。俺らを待たせているからとか。」
「でも……。」
「翔。それよりもあとで話をしたい。」
「話?」
「というより……みんなに話をしておかないといけないことがある。」
これ以上、誤魔化せない。マイケルの父親の視線をこれ以上避けられないのだ。
そのためには四人に話をしておかなければいけない。財布の中の指輪のことも、母親のことも。そして自分の父親がマイケルの父親かもしれないという可能性も。
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