500 / 719
飴細工
499
しおりを挟む
話があるというのはおそらく沙夜のことだろう。沙夜が足を怪我をしたのは「二藍」のため。無鉄砲な行動だったかもしれないが、沙夜はいつも「二藍」をかばっていることが多い。だから沙夜の体には細かい傷跡のようなモノが沢山ある。消えてしまったモノもあるが、怪我だけで言ったら相当な数になるだろう。
マイケルはそれを間近で初めて見たのだ。それに文句を言いたいこともあるだろうが、余計な世話だと思う。特に強制しているわけでは無いし、沙夜がしたことなのだ。それに「二藍」が文句を言えばこの会社で居づらくなるのは誰なのか、「二藍」が一番よく知っている。
だがマイケルが連れて来たのは、予想もしないところだった。一角にある東洋の食材が置かれているところ。マイケルの父親が居るところはこのエリアで、一馬もここへは何度か来たことがある。どうしてこんな所に連れて来たのだろう。あとでみんなと一緒にここへ来るのだろうに、先に二人で来ている意味があるのだろうか。そう思いながら、マイケルに付いて言った。
「父さん。」
来ている客に袋を手渡す。この国にとって和食はヘルシーで、マイケルの父親の食材店も割と人気があるようだ。
「ありがとう。」
そう言われて女性客は笑顔になって行ってしまった。その手にした食材で何を作るのかは、マイケルの父親の知ったことでは無い。
「マイケル。来たのか。あれ?他のメンツはどうした。」
「まだ向こうの……果物のコーナーにいる。もう少ししたらこっちに来ると思うが……先に一馬と話があると思って。」
「一馬?」
父親は前掛けで手を拭くと、一馬を改めて見る。
「話をするのは初めてだったかな。」
「えぇ。」
手を差しだした父親に一馬も手を握る。職人をずっとしていたようなゴツゴツとした手だと思った。
「俺も向こうに行ったことがあってね。」
「だと言ってましたね。どこに居たんですか。」
「Aの方でね。豆腐はそこで学んだんだよ。良い店だった。こっちへ帰ると言ったときにも業者を紹介してくれたり、輸入会社を紹介してくれたんだ。」
「そうでしたか。」
そんな話をしたいと連れて来たのだろうか。そう思っていたときだった。マイケルの父親の胸元に指輪のようなモノが下げられている。確かに手を使うような職人だから指輪は出来ないだろう。だがその指輪は結婚指輪と言うよりも、若い男が指に付けるごつい感じの指輪に見えた。そしてその指輪を一馬は見たことがある気がする。
「……。」
そして思いだした。と同時にマイケルを見る。それが目的でここへ連れて来たのかと。だが父親は何も気が付いていないようだ。
「それにしてもマイケルに似ているようだ。兄弟と言ってもおかしく無さそうに見える。」
「歳を取ってからの子供だと言っていましたね。」
「あぁ。そうだよ。向こうの国へ行っていたからか、縁が遠くてね。」
「向こうで結婚したりしていなかったんですか。」
その言葉に父親の表情が少し変わる。だがすぐに元に戻った。
「いいや。遊びに行ったんじゃ無いしね。」
「……。」
するとマイケルは首を横に振った。父親は気が付いていないわけでは無い。正直に言うつもりは無いのだと。父親は尊敬出来る存在なのだが、そういうところは卑怯だと思っていた。
「一馬さんは向こうで家族が居るのだとか?」
「えぇ。嫁と息子が居ます。それに両親も健在です。」
「両親?」
「俺は養子ですからね。両親と血の繋がりはありませんけど、親のように接してくれた人です。」
だから邪魔をしないで欲しい。そう言われているようで、父親の表情が少し曇った。三人が思っているのは可能性であり、だが一馬は少しその可能性は確信になっているようだ。ただこの父親はきっと認めないだろうが。
「息子が居るのか。」
「えぇ。」
「マイケルは奥手でね。そういうことは縁遠いようだ。俺に似たのかね。どうも仕事をし始めたらそれしか目に映らないらしい。」
「父さん。」
「女が出来たと行ってもすぐに姿を見せなくなるし、連絡をマメにする方じゃ無いらしい。君はそこまで大事にしているんだったら家族に連絡をしているのか。」
「えぇ。時差があるのでメッセージで伝えていますけどね。」
一馬がそう言うと、父親は少し笑ってマイケルに言う。
「お前も見習ったらどうだろうか。メッセージを読んで返すことくらい出来るだろう。」
そう言って父親は笑いながら置いている商品を整理しようとしていた。その時、マイケルが声をかける。
「向こうにいたとき、父さんは仕事以外のことを口にしないな。仕事しかしていないわけが無いのに、何を隠したいことがあるんだ。」
マイケルはそう言うと、その父親の手が止まった。そしてマイケルの方を見ると、軽く舌打ちをする。
「あの街は下町でね。職人が多かった。俺のように外国から来た職人も沢山いたよ。同じ国から来ている人は来たところは違っても、自然と集まって飲みに行くこともあった。酒は強い方だからね。いつも酔っ払った人を介抱する役に回っていたよ。」
「面倒見が良いんですね。」
「そうでも無い。それでも困っている人がいれば手を出すのが当たり前だろう。そう言うことをしていただけだ。」
「……その指輪をもらったのもそのお礼みたいなモノですか。」
胸に下がっている指輪に気が付いたらしい。しまうのを忘れていた。父親はそう思って取り繕うとした。だがもう見られてしまったモノは仕方が無い。
「そうだよ。豆腐屋に勤めていたんだがね。その隣が和菓子屋だった。そこに勤める若女将からもらったんだ。俺は若い頃は体が大きくてね。こういうモノが似合うだろうと言って。」
その指輪に触れる。十字架がデザインされていて、外国の人には怪訝されるようなモノだろう。だが父親は無宗教で、そんなことは気にしていなかった。
「……俺、その指輪を見たことがあって。」
「……。」
やはりそうだったか。確信が持てなければ言わない方が良いと思っていた。それに外国とはいえ、こんなに人が多いところで話せばどんな目に遭うかわからない。何より沙夜がそれを嫌がるだろう。
「一馬……。」
マイケルは呟くと、一馬は首を横に振った。
「思い出したくなかったんです。」
「悪かったね。マイケルが余計なことをしたようだ。」
父親はそう言うと、マイケルは驚いたように一馬に言う。
「俺のせいか?」
「知りたくなかったことを無理矢理知らされたんだ。お前のせいじゃなくて何だと言うんだ。」
父親が声を荒げてマイケルに言うと、マイケルは首を横に振って言う。
「もしかしたらって思って連れて来た。それが本当だったら……。」
すると一馬が首を横に振る。
「もう辞めろ。今更なんだと言うんだ。」
一馬が声を荒げて、行き交う人がこちらを見ている。
「……一馬。」
やってきたのは沙夜達だった。その空気を感じたのだろう。徹は治の手をぐっと握り、悟は泣き出しそうだった。元々強面の一馬だ。声を荒げれば、マフィアにでも見えるのだろう。
「一馬。外に出ましょう。」
沙夜が一馬に声をかける。すると一馬は沙夜の声が聞こえて、落ち着いたように頷く。
「ごめん……人に酔ったかな。外の空気を吸ってくる。」
するとマイケルがその一馬に声をかけた。
「一人で行くな。誰かと一緒に行け。」
「大丈夫だ。俺をさらおうなんて人は居ないだろうし。」
しかし沙夜が一馬に駆け寄る。
「一馬。付いて行くわ。」
「沙夜……。」
「良いから。落ち着いたらまたここへ来ましょう。」
背中に手を置かれて、一馬はその感触を思いだした。誰よりも落ち着く手だった。そしてその手に手を這わせると、一馬はその手をぐっと握った。
誰が見てても良いと思ったし、翔が嫉妬しても構わないし、マイケルが何を言っても良かった。ただ二人になれる場を作ってくれたのは良かったと思う。
「良いのか?二人にさせて。」
マイケルが治に聞くと、治は少し笑って言う。
「あの二人は性別を超えて話し合えることが出来るんだ。」
「って言うかまぁ……一馬と沙夜さんだけじゃ無いけどな。」
純がそう言うと遥人も頷いた。
「俺もマネージャーに話せないことは沙夜さんに相談することもあるよ。な?翔だってそうだろ?」
すると翔も頷いた。
「そうだね。」
翔は追うと思っていた。だが翔は二人を追わなかった。それが遥人にとって少し違和感になる。
マイケルはそれを間近で初めて見たのだ。それに文句を言いたいこともあるだろうが、余計な世話だと思う。特に強制しているわけでは無いし、沙夜がしたことなのだ。それに「二藍」が文句を言えばこの会社で居づらくなるのは誰なのか、「二藍」が一番よく知っている。
だがマイケルが連れて来たのは、予想もしないところだった。一角にある東洋の食材が置かれているところ。マイケルの父親が居るところはこのエリアで、一馬もここへは何度か来たことがある。どうしてこんな所に連れて来たのだろう。あとでみんなと一緒にここへ来るのだろうに、先に二人で来ている意味があるのだろうか。そう思いながら、マイケルに付いて言った。
「父さん。」
来ている客に袋を手渡す。この国にとって和食はヘルシーで、マイケルの父親の食材店も割と人気があるようだ。
「ありがとう。」
そう言われて女性客は笑顔になって行ってしまった。その手にした食材で何を作るのかは、マイケルの父親の知ったことでは無い。
「マイケル。来たのか。あれ?他のメンツはどうした。」
「まだ向こうの……果物のコーナーにいる。もう少ししたらこっちに来ると思うが……先に一馬と話があると思って。」
「一馬?」
父親は前掛けで手を拭くと、一馬を改めて見る。
「話をするのは初めてだったかな。」
「えぇ。」
手を差しだした父親に一馬も手を握る。職人をずっとしていたようなゴツゴツとした手だと思った。
「俺も向こうに行ったことがあってね。」
「だと言ってましたね。どこに居たんですか。」
「Aの方でね。豆腐はそこで学んだんだよ。良い店だった。こっちへ帰ると言ったときにも業者を紹介してくれたり、輸入会社を紹介してくれたんだ。」
「そうでしたか。」
そんな話をしたいと連れて来たのだろうか。そう思っていたときだった。マイケルの父親の胸元に指輪のようなモノが下げられている。確かに手を使うような職人だから指輪は出来ないだろう。だがその指輪は結婚指輪と言うよりも、若い男が指に付けるごつい感じの指輪に見えた。そしてその指輪を一馬は見たことがある気がする。
「……。」
そして思いだした。と同時にマイケルを見る。それが目的でここへ連れて来たのかと。だが父親は何も気が付いていないようだ。
「それにしてもマイケルに似ているようだ。兄弟と言ってもおかしく無さそうに見える。」
「歳を取ってからの子供だと言っていましたね。」
「あぁ。そうだよ。向こうの国へ行っていたからか、縁が遠くてね。」
「向こうで結婚したりしていなかったんですか。」
その言葉に父親の表情が少し変わる。だがすぐに元に戻った。
「いいや。遊びに行ったんじゃ無いしね。」
「……。」
するとマイケルは首を横に振った。父親は気が付いていないわけでは無い。正直に言うつもりは無いのだと。父親は尊敬出来る存在なのだが、そういうところは卑怯だと思っていた。
「一馬さんは向こうで家族が居るのだとか?」
「えぇ。嫁と息子が居ます。それに両親も健在です。」
「両親?」
「俺は養子ですからね。両親と血の繋がりはありませんけど、親のように接してくれた人です。」
だから邪魔をしないで欲しい。そう言われているようで、父親の表情が少し曇った。三人が思っているのは可能性であり、だが一馬は少しその可能性は確信になっているようだ。ただこの父親はきっと認めないだろうが。
「息子が居るのか。」
「えぇ。」
「マイケルは奥手でね。そういうことは縁遠いようだ。俺に似たのかね。どうも仕事をし始めたらそれしか目に映らないらしい。」
「父さん。」
「女が出来たと行ってもすぐに姿を見せなくなるし、連絡をマメにする方じゃ無いらしい。君はそこまで大事にしているんだったら家族に連絡をしているのか。」
「えぇ。時差があるのでメッセージで伝えていますけどね。」
一馬がそう言うと、父親は少し笑ってマイケルに言う。
「お前も見習ったらどうだろうか。メッセージを読んで返すことくらい出来るだろう。」
そう言って父親は笑いながら置いている商品を整理しようとしていた。その時、マイケルが声をかける。
「向こうにいたとき、父さんは仕事以外のことを口にしないな。仕事しかしていないわけが無いのに、何を隠したいことがあるんだ。」
マイケルはそう言うと、その父親の手が止まった。そしてマイケルの方を見ると、軽く舌打ちをする。
「あの街は下町でね。職人が多かった。俺のように外国から来た職人も沢山いたよ。同じ国から来ている人は来たところは違っても、自然と集まって飲みに行くこともあった。酒は強い方だからね。いつも酔っ払った人を介抱する役に回っていたよ。」
「面倒見が良いんですね。」
「そうでも無い。それでも困っている人がいれば手を出すのが当たり前だろう。そう言うことをしていただけだ。」
「……その指輪をもらったのもそのお礼みたいなモノですか。」
胸に下がっている指輪に気が付いたらしい。しまうのを忘れていた。父親はそう思って取り繕うとした。だがもう見られてしまったモノは仕方が無い。
「そうだよ。豆腐屋に勤めていたんだがね。その隣が和菓子屋だった。そこに勤める若女将からもらったんだ。俺は若い頃は体が大きくてね。こういうモノが似合うだろうと言って。」
その指輪に触れる。十字架がデザインされていて、外国の人には怪訝されるようなモノだろう。だが父親は無宗教で、そんなことは気にしていなかった。
「……俺、その指輪を見たことがあって。」
「……。」
やはりそうだったか。確信が持てなければ言わない方が良いと思っていた。それに外国とはいえ、こんなに人が多いところで話せばどんな目に遭うかわからない。何より沙夜がそれを嫌がるだろう。
「一馬……。」
マイケルは呟くと、一馬は首を横に振った。
「思い出したくなかったんです。」
「悪かったね。マイケルが余計なことをしたようだ。」
父親はそう言うと、マイケルは驚いたように一馬に言う。
「俺のせいか?」
「知りたくなかったことを無理矢理知らされたんだ。お前のせいじゃなくて何だと言うんだ。」
父親が声を荒げてマイケルに言うと、マイケルは首を横に振って言う。
「もしかしたらって思って連れて来た。それが本当だったら……。」
すると一馬が首を横に振る。
「もう辞めろ。今更なんだと言うんだ。」
一馬が声を荒げて、行き交う人がこちらを見ている。
「……一馬。」
やってきたのは沙夜達だった。その空気を感じたのだろう。徹は治の手をぐっと握り、悟は泣き出しそうだった。元々強面の一馬だ。声を荒げれば、マフィアにでも見えるのだろう。
「一馬。外に出ましょう。」
沙夜が一馬に声をかける。すると一馬は沙夜の声が聞こえて、落ち着いたように頷く。
「ごめん……人に酔ったかな。外の空気を吸ってくる。」
するとマイケルがその一馬に声をかけた。
「一人で行くな。誰かと一緒に行け。」
「大丈夫だ。俺をさらおうなんて人は居ないだろうし。」
しかし沙夜が一馬に駆け寄る。
「一馬。付いて行くわ。」
「沙夜……。」
「良いから。落ち着いたらまたここへ来ましょう。」
背中に手を置かれて、一馬はその感触を思いだした。誰よりも落ち着く手だった。そしてその手に手を這わせると、一馬はその手をぐっと握った。
誰が見てても良いと思ったし、翔が嫉妬しても構わないし、マイケルが何を言っても良かった。ただ二人になれる場を作ってくれたのは良かったと思う。
「良いのか?二人にさせて。」
マイケルが治に聞くと、治は少し笑って言う。
「あの二人は性別を超えて話し合えることが出来るんだ。」
「って言うかまぁ……一馬と沙夜さんだけじゃ無いけどな。」
純がそう言うと遥人も頷いた。
「俺もマネージャーに話せないことは沙夜さんに相談することもあるよ。な?翔だってそうだろ?」
すると翔も頷いた。
「そうだね。」
翔は追うと思っていた。だが翔は二人を追わなかった。それが遥人にとって少し違和感になる。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる