触れられない距離

神崎

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覗き

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 マーケットへ行く前にその側にある公園でやっている大道芸を「二藍」の一行は見ていた。昔の見世物小屋なんかと違い、健全なモノが多い。手品やジャグリングなんていうのもあり、たっぷり遊べる。
 大道芸の中には生の演奏なんていうモノもあり、こちらの国特有のブラスバンドが練り歩いている。それを見て一馬はこういうモノを沙夜に見せたらどう思うだろうと思っていた。だがそれを払拭させる。
 いつからだろう。家族のことよりも沙夜のことを思うようになったのは。セックスの時の「好き」や「愛している」は嘘だと言っていたのに、自分の方がはまってしまっているような気がした。
「一馬。ほら見てみろよ。」
 純がそう言って手にしているのは飴細工だった。おそらく外で作っていたのを買ってきたのだろう。そう言えば、マイケルの父親もこういうモノを子供にサービスとして渡していた。飴細工というのはある程度の技術が必要になる。簡単なモノのようだったが、それでも優れていることに変わりは無い。
「マイケルの父親が作るモノよりも凝っているな。」
 純が持っている飴は、クジャクがかたどられている。色とりどりだがガラスのように透明だった。
「思わず買っちゃったよ。」
「子供に交ざってか?」
「大人も買ってたし、別に良いんじゃ無いの?でももったいな。飴って溶けるだろ?」
「元々食べるものだ。ただ、凄い甘いかもしれないが。」
「少しずつ食べるよ。」
 子供達もボディーガードやリー達と一緒に、火を噴く男を見ていた。リーはおそらくこういうところでプロモーションビデオの出演者を探しているところがある。そのためにここに来ているのもあるのだろう。
「今日のうちにお土産でも買ってた方が良いかもな。遥人は事務所と映画の関係者と結構買って郵送するって言ってたし。」
「そうか……。そうだな。俺もそうするか。洋菓子店が明日から再開すると言っていたし。祝いも込めてそうするか。あのオーナーは甘いものは食べられないし、酒の方がありがたいかもしれないし。」
「……今日さ。」
「ん?」
 翔は向こうの方で遥人と土産物を見ていた。この土地の郷土品があるのだろう。中には簡単な楽器もあって、珍しそうに手に取っていた。
「沙夜さんと出るんだろ?」
「……翔にはうまく誤魔化すけどな。」
 だが二人で出掛けるとなるとそれなりのいい訳が必要だし、男と女の二人でも構わず強盗が襲ってくることもあるらしい。それを押し切って出掛ける理由というのが思い浮かばない。どうすれば良いだろう。そもそもこんな時に出掛けて良いのかとも考えてしまうが、一馬は一緒の家に居て手を出すことは無いという芹ほど聖人にはなれないようだ。
「辞めた方が良いんじゃ無いのか。」
「何故だ。」
「だってさ……。ゴタゴタしてたし、今でも沙夜さんは会社で後始末しているんだろうし、疲れてるだろうし。それに俺たちだって明日からどれだけしごかれるか……。」
「純。これ以上沙夜を混乱させるようなことを言うな。」
「……混乱?」
「いつか言っていたな。沙夜は苦手な女の匂いはしないし、性差を超えて良い関係になれると。」
「うん。」
「お前はもうそれだけじゃない気がする。」
 すると純はため息を付いて言った。
「……いつかさ。奏太に言われたよ。嘘ゲイだって。」
「その相手が沙夜じゃ無いかと俺も思うが。」
「違うよ。」
「……。」
 誤魔化しているように感じた。だがそれ以上聞けない。きっと純だってまだ動揺しているのだから。
 その時向こうから治が徹を連れて二人に近づいてきた。悟はあの体格の良いボディーガードから離れようとしないのだ。言葉は通じなくても楽しいのだろう。
「一馬。純。さっきマイケルから連絡があったんだけどさ、少しこっちに来るのは遅れるみたいなんだよ。」
「沙夜さんとマイケルが来るのが遅れるのか。」
 純はそう聞くと、治は頷いた。そしてちらっと一馬の方を見る。
「手当てをしてくると言っていた。」
「手当?」
「水川さんにちょっと突き倒されたような感じなのかな。足を痛めたとかって。」
 その言葉に一馬は驚いたように治を見る。そして今すぐその会社に乗り込みたいと思った。だがそれがわかり治は止める。
「一馬。良いからここはマイケルに任せろって。」
「しかし……。」
「病院へ行くほどじゃ無いらしいんだ。向こうにある医務室で何とかなるレベルらしい。それよりも沙夜さんは俺らにそれを知られて怒りにまかせるかもしれないってのを一番恐れている。」
「……。」
「けど時間はかかるかもしれないからって知らせてくれたんだ。だからその気持ちを無視していくのは利口じゃ無い。翔だって行こうとしたけど止めたんだからな。」
「だが……。」
 すると純が首を横に振って言う。
「何も無かったから良いってもんじゃ無いんだよ。心配するのは当然じゃ無いか。」
 純の言うこともわかる。だが治は首を横に振る。
「そんなことをされて、水川さんに詰め寄ったらそれこそあっちの思うつぼだろう?そうなったら「二藍」はどうするんだ。体を張って守ろうとしていた沙夜さんの気持ちを無視するのか。」
 その言葉に純は首を横に振る。だが一馬は頷いた。
「そうだな。悪い。冷静にしているつもりだったんだが。」
「……一馬は心配だろうな。けどマイケルに今は任せよう。それに……沙夜さんの普段を見ていれば、水川さんだけが悪いってわけじゃ無さそうだと思わないか。」
 治の言葉に純は少し笑う。
「まぁ……確かにそうかもな。」
 きっと要らないことを言ったのだ。沙夜は頭に血が上ると割と要らないことをいってしまうこともある。それが自分の身に降りかかったのだろう。
 しかし一馬はやはり自分も一緒に行くべきだったかと思っていた。少なくとも水川有佐のことであれば、自分のことも関係してくるのだから。つまりそれは奥さんである響子のこと。しかし響子には有佐がこんなことをしたとは言わない方が良いだろう。きっと響子は自分を責めてしまうだろうから。

 倒れた拍子に足をひねったらしい。沙夜は医務室でテープを巻いてもらい、何とか歩けるようになった。
「あとは冷やすことだ。コテージの冷凍庫には製氷機の機能があっただろうか。」
「あるわ。」
 悟が冷たいモノが好きなのだ。だから氷は作り置きしている。その製氷機に入れる水もちゃんと浄水器に入れたモノで、体に害が無いものだ。
「しかし帰りには氷をコンビニで買っておこう。」
 この国のコンビニというのは、沙夜達のいるコンビニとはまた違う感覚だ。店員から商品を取ってもらうシステムになっている。だから沙夜のように外国人には冷たいこともあり、いざというときにしかマイケルも行かないようにしていた。マイケルはこちらの国の人ではなるが、東洋人に見えるからだ。
「病院へ行って診断書をもらえば、有佐の罪はもっと重ねられると思うがどうしてそうしなかったんだ。。」
 そうなれば会社に籍を置くことも難しくなるだろう。そういうところはシビアなのは、どこの国でも一緒だろう。
「良いの。どちらにしても水川さんはもうこの会社には籍を置くことは出来ないでしょうし。」
 一連のことは全て録画されていたのだ。それを上に提出して、有佐の処分が決まる。クビには出来ないだろうが、この国にも自分の国にも戻れないだろう。おそらく別の国に居ることになり、二度と帰って来れない。それに耐えれなくなれば、有佐は自分から会社を辞めるだろう。そうすればきっと洋菓子店に居る響子の耳にも入る。
 結局有佐のしたことは、響子のことを思ってしたのかもしれないが響子も海斗も失ってしまったのだ。
「これからマーケットへ行くか。遅くなったな。」
「心配しているかしら。「二藍」には言っているのでしょう?」
「あぁ……。」
 マイケルはそう言ってふと思い出したように言う。
「あ……そうだった。」
「どうしたの?」
「社用車はみんなを乗せていったんだっけ。」
「だったらバスとか地下鉄とか、交通機関はあるんでしょう?」
「あるが……。」
 正直、そう言ったモノに沙夜を載せたくなかった。安全で清潔とは言えないモノだから。慣れていれば良いが、観光客は更にカモになりやすい。特に沙夜は足を怪我しているのだ。逃げようにも逃げられないだろう。
「そうなの。そんなに危ないのね。だったらこちらに来てもらう?なんて言ったかしらね。あの運転手の人に。」
「いや……その必要は無い。俺が連れて行こう。こっちだ。」
 あまり気は進まなかったが、仕方ないだろう。そう思ってマイケルは沙夜を会社の外へ連れて行った。日差しが少し柔らかくなった気がする。夕方が近い時間にいつの間にかなってしまったのだ。。
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