触れられない距離

神崎

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覗き

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 アクリル板に囲まれたそのスペースは、おそらくキャリーのデスクがあるところだろう。沙夜の居る国でも最近出来たような会社はこういう作りになっている所もある。「二藍」のCDジャケットなんかを依頼するデザイン会社は、上司だから、社長だからと言って別の部屋で仕事をすることは無い。だが聞かれたくない話もある。その時のために、社長がいるとわかるように透明なアクリル板で仕切ったスペースにデスクを構えているのだ。だから何を話しているのかはわからないが、内容までは聞き取れないだろう。
 だが今はそのスペースで話をして欲しくなかった。ジョシュアはそう思いながら、アクリル板越しのエイミーをちらっと見る。エイミーはこちらのことを気にすることも無く、淡々と仕事をしているようだった。
「ジョシュア?」
 マイケルの声に、ジョシュアは我に返った。いけない。仕事をしないといけないのだ。そう思っていつもの笑顔になる。
「ジョシュアは奥さんと仲が良いよな。子供が生まれたら子煩悩になりそうだ。」
 翔はそう言うと、ジョシュアはまた更に笑顔になった。
「性別はわかっているのか。」
 一馬がそう聞くと、ジョシュアは頷いた。
「まだわからないようだ。はっきり映らなくてね。」
「そうか。楽しみはあとに取っておくのも良いと思うが。」
 一馬はそう言うと楽器を背負い直した。
 そんな会話の間、沙夜とリー。それにキャリーが報告書を読んでいた。だが沙夜はわからない単語がいくつかあるらしく、その度にマイケルに相談をしている。その内容はマイケルでも想像が付くような内容で、おそらく思わしくない調査結果だったと思われた。
「……指紋なんかもはっきり出てこなかったのですね。」
 沙夜はそう言うと、リーは何か少し呟いてその資料から目を離す。おそらく思うことがあったのだろう。それでもこの怒りを誰にぶつけて良いのかわからないと言ったところなのだ。
「沙夜。型番なんかで購入先がわからないかな。」
 翔はそう聞くと、沙夜は首を横に振る。
「中古品みたいね。それもこの国で買ったモノでは無さそう。メーカーは私たちの国のモノね。ほら。有名なメーカーだわ。」
 子供やペットを見守るための監視カメラのようだった。ずっと録画されているものでは無く動きがあったらその都度作動するようなモノで、その録画先は携帯電話とパソコンとで切り変えられている。
「どの携帯電話に転送されていたのかわからないかな。」
「この機材自体がもう電源が入らないみたいね。電源が入らなければ、どの携帯とリンクさせていたのかもわからないわ。」
「リーの分は?」
 遥人がそう聞くと、リーは苦笑いをして言う。
「……。」
 どうやらリーの家にあったモノは、また機種が違うらしくそれ専用の受信機に送信されるモノらしい。そしてその受信機のありかはわからないようだ。
「おそらくリーの家にあったモノは、専用の受信機を使って受信していた。こちらの方が容量が多いので、ずっと監視されていたことになるね。」
 ジョシュアはそう言うと、リーは舌打ちをした。そしてぽつりと呟く。
「え……。」
 ジョシュアは驚いたようにリーを見る。それはジョシュアの想像とは違うリーの顔だったからだ。
「何?」
 するとジョシュアが言う前に、マイケルが答える。
「リーは昔から女に手が早いという噂があった。自宅のスタジオに呼ばれた女は、ベッドルームに誘われることが多いと。しかし、それは真実では無い。」
「真実では無い?」
 一馬は驚いたようにマイケルに聞く。ここへ来る前に録音した女性歌手からは、沙夜は特に注意をした方が良いと忠告を受けてきたのだ。だからそういう人だと思っていたのだが真実は違うらしい。
「リーのマネージャーがそういう風に仕向けていたらしい。どう見てもリーは東洋系の顔立ちをしているだろう。」
「そう言えば……。」
 人種なんかあまり気にしていない六人は、ソフィアもリーも同じように扱っていたのだ。言われてやっとそういえばそうだという感じだったのだろう。
「東洋系のヤツって言うのは勤勉で働き者。小金を持っているイメージなんだ。」
「そうでも無いけどなぁ。」
 純はそう言うと、治も頷いた。
「まぁ……それを気にしてマネージャーが余計なことをしていたらしい。ソフィアがいないときなんかに女を派遣させるような事を。」
「本当。余計じゃん。」
 純にとっては嫌気しか差さないだろう。と言うか、純に限らず他のメンツもそう言うことを嫌がるはずなのだ。
「確かに若いときにはそういう遊びをしたこともあるみたいだが、今はそんな真似はしない。第一そんなに若くないからと。」
 その言葉に思わず治が笑う。
「って事はリーもはめられたって感じなのかな。」
「誰が仕掛けたかはわからないけれど、その受信機だっけ?それをたどればわかるんじゃ無いのか。」
 治がそう言うと、ジョシュアが首を横に振る。
「そう簡単な話じゃ無いんだよ。この盗撮器は半径五百メートルくらいで受信出来る。リーの自宅から半径五百メートルとなると、スラムも範囲に入るからね。」
「スラムか……。」
 そこにあるとしたら本当に手が出せない。警察すら足を踏み入れないところなのだから。
「かといってこのままってわけにもいかないよな。沙夜。部長は何か言っている?」
 翔の言葉に沙夜はちらっと一馬の方を見た。このまま話をしていてもらちがあかないと思ったのだろう。それに治の子供達のことも心配なのだ。
「……この盗聴器、盗撮器は中古で購入されたモノ。この国で購入されたモノであれば確かにどこで打ったのかはわからないでしょうね。でもこちらのメーカーのモノは私たちの国で作られたモノ。そして購入したのも私たちの国で購入したモノだとわかったわ。」
 その言葉に驚いてジョシュアが沙夜の方を見た。
「確かにそうなの?」
「えぇ。電源は入らなくて壊れているけれど、品番がわかったの。」
「品番?」
「えぇ。輸出されているモノと、自国で販売するモノは品番が違う。私たちの国で買われたモノだったら、販売店はすぐに見つかるでしょう。インターネットで買ったとしても同じ。買った人物はすぐに割り出せると思う。」
 その言葉にジョシュアの拳が握られた。品番は無いと思っていたのに、どこかにあったのだろうか。
「調べて貰っているの?」
「部長が問い合わせていてね。そして今、その購入者がわかったわ。」
 沙夜はそう言って携帯電話を取り出す。そしてその相手を見て心の中でやっぱりと思っていた。
「誰?」
 キャリーも身を乗り出して、沙夜の言葉を待つ。するとその相手は意外な人物だった。
「……植村さんね。」
「植村?え……。沙夜のデスクの隣の?」
 翔は驚いて沙夜に聞く。
「えぇ。植村朔太郎さん。結婚された植村さんよ。」
 その名前に一馬は意外だと思った。
「植村?」
 リーも驚いたように朔太郎の名前を聞いていた。だが朔太郎はこの国へ来たことも無ければ、リーと面識があるわけが無い。そのリーの自宅にどうやって仕掛けたのだろう。そう思っていたときだった。
「来たことが無い。リーにも面識が無ければ、こちらの知り合いや友達なんかに頼んだんじゃ無いのか。リーの家に入れるような友人がいるとか。」
 ジョシュアはそう聞くと、リーは首を横に振った。あの家は別荘になり、リーも「二藍」が来るからと言って二,三日前にやってきたのだ。その前にハウスクリーニングを入れていてその時には異常は無いと言っていたし、そのあとにあの家を訪れた人は数えるほどしかいない。その中に朔太郎の知り合いも友人もいなかった。
「でもその朔太郎という人が、この機械を買ったという事実は変えられないんだろう。だったらその男が怪しいね。」
 ジョシュアはそう言うと、沙夜は首をかしげる。
「それだけで植村さんを怪しんで良いのかしら。」
「え?」
 沙夜はそう言って一馬の方を見上げる。そして決意を込めたように口にした。
「植村さんは奥様がいらっしゃって、今度子供が生まれるの。奥様が子供をお腹で育てている間、植村さんはずっと欲を殺さないといけなかった。」
「欲?」
 マイケルがそう聞くと、沙夜はぽつりと言った。
「性欲。」
 その言葉にジョシュアは手に持っていた資料を思わず落とした。もしかしたら沙夜は全て気が付いているのでは無いかと思って。そしてそれをキャリーの前で口走るのでは無いかと思っていたのだ。
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