触れられない距離

神崎

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パエリア

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 食事を終えると、片付けを始めた。食器を洗ったりするのには二階にあるリーの自宅へ行かないといけないので沙夜達はそのサロンを掃除していた。徹や悟だけではなく、ケビンも食べこぼしをすることがある。だから部屋をざっと掃き、モップをかけるのだ。
 窓を開けると秋も深まった季節とは思えない日差しが降り注ぐ。この辺は温暖な気候で四季の差があまりない。元々砂漠や岩山の不毛な土地だったのを開拓したらしい。隣の国も似たようなモノだったが、こちらは大きな川がありジャングルのようになってる。国立公園という名目で、自然を開拓することは禁止されているのだ。
 どんなところだろうと沙夜は思いながら開け放している柵のされた窓の外を見る。だがそこから見えるのは鉄条網が張られている壁だけだ。しかもセキュリティーも管理しているし、警備員もいる。この辺はそこまでしなければ強盗が何もかも取っていくのだろう。そこまで治安が悪いところなのだ。
「あまり寒くないな。ここは。」
 一馬はぼんやりしている沙夜にそう声をかけた。すると沙夜は頷いて言う。
「季節の差があまりないみたいね。その土地その土地の美味しいモノがあって、その一つ一つを見たいと思っていたけれど、それは無理みたいね。」
「あぁ。市場はやっているが、さすがに観光客が行けるような所じゃないんだろう。」
 観光客を見れば騙そうとする人達や、強引に取っていく人達ばかりだ。ここへ来る前にも誘拐されている女性を見た。それでも警察は動かないらしい。強盗、誘拐なんかがあっても警察はいちいち動かないのだろう。
「スーパーが精一杯って感じね。」
「仕方が無いだろう。遊びに来ているわけではないのだから。」
「そうね。」
 いつも沙夜が言っていることを言われると思っていなかった。そう思って沙夜は少し笑う。やはり少し自分も浮かれていたのだろうか。
「沙夜。」
 その時サロンにソフィアが戻ってきた。それと共に沙夜の所へ駆け寄って来る。それを見てマイケルもそこへ向かっていった。ソフィアは沙夜の言葉はあまり良くわかっていないし、沙夜もわからないわけではないが詳しくは良くわかっていない。だから通訳がいるだろうと、マイケルがそれを進んで買ってでたのだ。
 ソフィアはどうやらこれから買い物へ行くので、沙夜も一緒に行かないかと誘っているようだ。すると沙夜はマイケルの方を見て首をかしげる。二人がしている仕事は資料が無いと話が進まない。そしてその資料はおそらく夕方くらいにならないと揃えられないだろう。奏太が送ってくれる手はずになっているが、向こうはまだ深夜でまだメッセージすらおそらく見ていない。
 なので時間があると言えばあるのだろうが、そんなに簡単に外出して良いのだろうかと思っていたのだ。「二藍」に付いてリーとの音楽を聴きたいとも思うし、迷うところだ。
 するとリーがマイケルに近づくと少し笑顔で言う。
「……そうだったか……。」
 マイケルにそれを話したあと、リーは少し沙夜を見て微笑みかける。
「どうしたの?」
「「二藍」のメンツも疲れが溜まっているようだ。肩の力が入ったような演奏になっている。それでも録音されていた演奏よりは良いが、もっと良い演奏が出来るはずだ。そのために少し肩の力を抜かせるために休息が必要だが、それと共に少し外に出て来たらどうだろうか。メンバーを連れて観光ついでに買い物でもしないかと。」
「え?メンバーを?」
 驚いて沙夜はそう聞くと、リーは頷いて沙夜に言う。
「マーケット。」
「マーケットって?」
「市場もあるが、市場はどちらかというと漁業関係者の競りになる。それはそれで見て面白いが、一般人は購入出来ない。だからそういう店が集まっているマーケットという施設がある。そこは観光客も来ることがあるし、そこにソフィアも行くことがあるんだ。」
 今日、そこへ買い物へソフィアは行こうと思っていたので、ついでに沙夜を誘ったのだろう。沙夜が一手に料理を引き受けていることをマイケルから聞いたのだ。
「興味はあるけれど……。」
 子供達を見る。リーの子供達はさらわれるような年頃ではないが、悟に至っては不安の方が大きい。何かあれば治の奥さんに何と言えば良いのだろう。そう思っていた。するとマイケルがその不安を汲み取ったように言う。
「子供達は手をずっと繋いでいれば良い。治にそうさせてやれ。しかし二人と手を繋いでいるわけにも行かないから、もう一人は別のヤツに付いてやれば良いし。」
「えぇ。」
「お前も冷静に行動をしろ。怒りにまかせて口論なんかにならなければ良いんだから。」
「そうね……。だったらみんなに行きたいかどうかを聞くわ。夏目さんなんかは練習したいというかもしれないし。」
「だからこんな所にずっと閉じこもっていても仕方が無いんだ。」
「本人が行きたくないと言っても行かせるわけ?」
 これだから不安がつきないのだ。そう思ってマイケルはため息を付く。その時側に居た一馬が少し笑って言う。
「リーの言うこともわかる。沙夜。少し息抜きをした方が良い。それでなくても夕べはあまり寝れなかったんだ。こんな状態ではレコーディングなんか出来ないだろう。」
「でもスケジュールもあって……。」
「それこそ時間の無駄になる。だったら今日くらいは息を抜いた方が良い。」
 一馬の言葉に沙夜は心の中でため息を付く。そして一馬を見上げて言った。
「二週間の予定だけど、それ以上は延長出来ないわ。あなたもそうだけど帰ってきてからそれぞれの仕事が待っているんだし。」
「もちろんだ。間に合わせる。」
 一馬がここまで言うのだったら、行かないわけにはいかないだろう。それに自分も気になっていたのだ。
「自信があるのね。だったら行きましょう。」
 マイケルはリーとソフィアにそう告げると、ソフィアはパッと顔を明るくした。沙夜とマーケットへ行くのが楽しみだったのだろう。そして子供達の方へ向かう。そして沙夜もメンバーのところへ行き話を告げた。
「お前は沙夜に信用されているんだな。」
 マイケルの言葉に一馬は首を横に振った。
「そう見えるか。」
「俺が言ってもリーが言っても動こうとしなかったのに、お前が言ったら腰を上げた。信用されているからだろう。」
 「信用」という言葉で何か探ろうとしているのだろうか。一馬はそう思って首を横に振る。
「俺だけじゃない。みんながそうしている。俺だけが特別では無い。」
 一馬はそう言うと、マイケルから離れてモップを片付け始めた。その様子にジョシュアがマイケルの方を見て少し笑う。ジョシュアが言った「沙夜と五人はいい仲なのだ」という言葉が信用出来るように思えた。
 既婚者がいる。だから沙夜といい仲だというのは、中には不倫になるのだ。どこの国でも不倫は御法度な所がある。それはマイケルも同様で、そこまで常識が無いのかとマイケルは内心呆れていた。

 リーの車にソフィアとしたの子のケビン。ケビンと言葉が通じない割には身振り手振りで仲良くなっていた徹と悟が乗り込み、治もそこに同乗した。通訳としてジョシュアも中に居る。リーの車も大きくて、みんなが入っても余裕があるようだ。
 マイケルが運転する元々乗ってきた社用車には、治を覗いた「二藍」のメンバーと沙夜。そしてライリーが乗り込んだ。ライリーは遥人から離れない。家族ぐるみのデートのように捉えているようで、とても喜んでいた。マーケットには色んなモノがあると遥人にずっと話しかけている。それを遥人も愛想良く対応をしていた。
 その様子を見て、純は少し笑いながら言う。
「気に入られたな。遥人は。」
 元々アイドルをしていたのだ。三十代になってもその若々しさは劣ることなく、首元にある入れ墨だってこの国で派そう目立つモノではない。普通のサラリーマンのように見える人だって、手元を見れば入れ墨があったりするのだから。入れ墨はこの国ではもうファッションの一部になっているのだろう。
「そう言うなって。さすがに十以上離れて、何より未成年だろ?犯罪って言われるわ。」
 ライリーにわからないようにこちらの言葉で言うと、ライリーは不思議そうに遥人を見ていた。恋愛対象外だと言われているとは思ってもみないだろう。
「その調子デリーのモデルのギターを見たいな。あとエフェクターとか。言ってくれよ。遥人。」
 純はそこしか興味が無いらしい。きっとソフィアが大人であって、純に言い寄ったとしても興味があるのはリーのギターできっとソフィアのことは無視するだろう。
「リーはベースも弾くけどな。」
 マイケルは運転しながらそう言うと、一馬は自分のことを言われたのかとぽつりと言った。
「他人の楽器にはあまり興味が無い。」
 一馬は少し不機嫌そうだ。この車は小型のバスのようなモノで、いつも助手席にはジョシュアが乗っていたが、今は沙夜が乗っている。だから機嫌が悪いのだろう。
「あんたのベースも使い込まれているな。ずっと使っているのか。」
 そんな一馬の機嫌を考えないで、マイケルは一馬に聞くと一馬はまた少し口を開いただけだった。
「あぁ。」
 その不機嫌な理由は翔とソフィア以外はわかっている。いつも冷静で落ち着いて見える一馬だが、意外とそういうところが子供っぽい感じがする。一馬もまたあまり恋愛経験が無いからだろう。
「マイケルはベースも弾くと言っていたわね。」
 沙夜がそういうと、マイケルは頷いた。
「プロにはなれなかった。その程度のベースだ。」
 一馬によく似ている。だから二人で弾いていれば、兄弟のように見えるだろう。もしこの国ではなければ、そういう売り方をするかもしれない。ただ、その時には一馬の知名度で売ることになるだろう。それは一馬も本意では無いし、マイケルも意にそぐわないだろう。
「凄いな。今度合わせてみようか。」
 純がそう言うとマイケルは少し笑って言う。
「そんな時間があると良いな。」
 マーケットへ行くのも迷ったくらいだ。マイケルが純や治達とベースを合わせるような時間が出来るのかと言うことだろう。そう思うとやはり嫌味な感じの男だと思った。
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