触れられない距離

神崎

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パエリア

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 パエリアは正確に言うとこちらの料理ではなく、ヨーロッパの方の料理になる。ソフィアの母親がそちらの出身で、ソフィアはこの料理を小さい頃から作っているのを側で見ていた。だから自然と自分も作れるようになったらしい。
 オリーブオイルとニンニクの匂いがして、トマトソースと魚介類のふんだんに入ったモノは贅沢に思えた。だがこの辺は海辺で魚介類はよく食べられる。肉よりも魚が多いところなのだ。
「父ちゃん。お代わりしたい。」
 普段は給食でも残してしまう徹も美味しそうにそのパエリアを食べていた。その様子に治はこれだけでもここへ連れてきて良かったと思いながら、ソフィアにお代わりの皿を差し出す。するとソフィアは笑顔でパエリアをまたついで徹の前に置いた。
「辛くしても美味しいな。」
 タバスコをかけてもまた美味しくて、味の変化がある。純はそう言ってタバスコをかけて食べているのを見て、遥人は少し笑いながら言う。
「そっか。レコーディングの最後にも作ってくれないかな。俺も辛いモノは好きだし。」
 レコーディングに来ているので、刺激物は口にしないようにしていた。用意されている水だって、氷は入っていない。喉を冷やしたくないのだ。普段はそこまで気を遣わないが、ライブの前やレコーディングの時くらいは喉の負担を減らしている。そんな遥人はチャラそうに見えて案外真面目なのだ。
「遥人。」
 リーの娘であるライリーが遥人に声をかける。言葉が堪能な遥人は話しやすいのかと思っていたが、事情は少し違うようだ。
 沙夜達の国のカルチャーがこの国のブームになっているところがある。きっかけはアニメだったり、漫画だったりするのかもしれないが、それがきっかけで映画や音楽も人気になっていた。ライリーはそういう文化が好きらしい。そして遥人の映画が好きでよく見ていたのだ。だからリーは最初に目を付けたのは、娘が観ていた映画に出ていた遥人だったのかもしれない。そして「二藍」の音楽を聴いて、この中に「夜」が居ることに驚いたのだ。
 そして自分も加わりたいと話を持ちかけたらしい。要はこの娘であるライリーがきっかけだったのだ。
 ライリーは実際遥人に会ってみて、言葉が堪能なことやその外見の良さや人当たりの良さなんかで惹かれ始めている。それは弟のケビンも同じ事だったが、これが進むと二週間後にはどうなるかわからない。沙夜はそう思いながらスープを口にした。
「パエリアって専用の鍋がないと作れないの?」
 翔は沙夜にそう聞くと、沙夜はふと我を取り戻したように言う。
「そうね……。ほら、最終的にはオーブンに入れるでしょう?だからうちにあるフライパンは取っ手があるし、ちょっと無理かなと思って。」
 言葉がわかるマイケルは一馬と話をしているようだ。ジョシュアはリーと話をしている。こちらに関心が無さそうだ。そう思って翔は小声で沙夜に聞く。同居しているなどこの場でも知られたくない。
「だったらあれ、買う?」
「あれ……ねぇ……。」
 沙夜が欲しがっていたフライパンがある。取っ手が採れるモノで、そのままオーブンに入れてそのまま食卓に出すことが出来るのだ。少し高めのモノだったが、後々のことを考えれば買っても悪くないと思う。
 しかし沙夜が心配しているのは、翔の家は間借りをしているだけなのだ。台所用品なんかは買い足しても良いのだろうかと言うこと。もちろん、壊れたりしたモノは買っているが新しく買うとなると尻込みしてしまう。
「良いと思うよ。うちの母親にも聞いてみるけど、反対はしないだろうし。」
「でも良い気分はしないと思うけど。」
「パエリアを作りたいって言ったら別に反対はしないと思うけど。あっちでも作ってお客さんを呼んだりして居るみたいだ。」
「相変わらず楽しそうなのね。そちらの家は。」
「元々そういう人だよ。」
 家に客が多かった。知り合いの知り合いなんて言うのは序の口だし、全国を旅しているという男なんかを一晩泊まらせたこともある。翔と慎吾はどんな人かもわからないまま。ただそれが徒になったこともあるのだ。両親はそれを知らないからのんきに今でも客を呼んでいるのだろう。
「辰雄さんの所だったらいけそうね。と言うか作っていそう。」
 翔は沙夜に西川辰雄のところへは来て欲しくないと沙夜自身が言っていた。だからその場に翔が居ることは無いのだろう。そう思って翔はその話題から避けようとした。おそらく、沙夜は芹からもらったあの安っぽい指輪が手に戻っても、翔を許す気は無い。沙夜もまた強情なのだから。
「あっちの方はラムがテキーラをショットで飲むんだろう。」
 一馬はマイケルにそう聞くと、マイケルは頷いた。
「塩とライムを用意してな。」
 独特のその土地の飲み方がある。マイケルにとって祖父がそうやって飲んでいたのをたまに見ていたのだ。そして自分が酒の飲める歳になったとき、そうやって飲んだら喉が焼けるようだったという。
「度数が高いモノだ。仕方がないだろう。」
「まぁ……慣れだな。あれも。コテージが用意されたら差し入れようか。「二藍」の中には飲めない奴もいるだろうが。」
 遥人はそこそこ飲めるくらいだろう。治は下戸で純はそんなモノを飲んだら倒れてしまう。翔は顔に出やすいがそこまで弱いという感じでは無い。この中で一番飲めるのは一馬と沙夜だろう。
「純と治は止しておいた方が良いな。治は特に全く口に出来ないから。」
「と言うことはあの体型は飯だけか。」
「そう言うことだ。」
 一時期よりは体型は絞られたが、細身の翔や合致視した一馬とは明らかに違う。結婚すると自分の体に気を配らないのだろうか。
「あいつは前からあんな体型なのか。」
「俺が会ったときにはもうあの体型だったな。それでも絞まった方だ。嫁の作る食事が美味いんだろう。」
「お前のところはそうでも無いのか。」
 すると一馬は首を横に振る。
「うちも料理上手だ。手早くさっと作って美味しいと思う。息子も嫁の飯だったら何でも食べるようだ。」
 嫁も息子も居る。家庭を持った男とはあまり思えなかったが、見た目ではない。しかも家庭の愚痴は外に出さないようにしているのか、それとも本当に愚痴るようなことがないのかはわからないが良い家庭を作ってるようだ。
 一馬は筋肉質で背が高く、髪が長い。この国のポルノスターのようにも見えたが、先程から聞いている限りただの健康オタクで体作りが趣味な男なのだ。
「あのコテージで食事を作ると聞いたが、沙夜一人が作るのか。」
「そうだな。たまには外食も良いし買ってきても良いとは思うが。問題があるか。」
 するとマイケルは首を横に振る。
「女だから作らせるのか。」
「は?」
 意外な言葉だと思った。そんなことを気にしているのかと思ったから。
「ソフィアは今日はたまたま作ってくれたが、ソフィアは元々そんなことをしている暇はない。今日はたまたまオフだったから良いが、明日にはまたショーの打ち合わせに行くのだろうし。」
「ショー?」
「ファッションデザイナーなんだ。食事だって自分で作るときもあるし、リーが作るときもある。ライリーが最近はキッチンに立つこともあるんだ。そうやって仕事をしていれば家のことの負担を互いで分担しているんだ。」
「……。」
「それを沙夜一人出させるのは、女だからさせているのか。」
「いや。それは違う。」
 この国は女性だから、男性だからという考えが嫌われる傾向があるのは知っていたが、まさかここまで拒絶反応を起こされると思っていなかった。一馬はそう思うと、マイケルに誤解のないように言う。
「沙夜は料理が趣味のような所がある。」
「趣味?」
「小さい頃からの趣味だ。それに俺らが甘えていると言えば甘えているのかもしれないが、沙夜がしたいことを俺らはさせていると思っているが。」
「……。」
 それなら事情は変わってくる。女だから料理をしないといけないとか、そういう事情ではないようだ。
「それにその料理には俺らも手伝うし、前にフェスに出たときにはみんなで分担をしていたんだがな。」
「そうか。だったら変な勘ぐりをしてしまったな。悪かった。」
 素直に謝れる男なのだ。一馬はそう思いながら、ソフィアの方を見る。するとソフィアはパエリアのお代わりは要らないかと聞いてきた。普段、一馬の奥さんはニンニクを使った料理を作らない。作っても奥さんが休みの前の日くらいだ。嫌いではないのだが、匂いが気になるらしい。匂いはコーヒーの邪魔になるからだ。
 だからこんな料理は一馬にとっても新鮮だった。栄養価のことを考えると食べすぎない方が良いのはわかっているのに、ついお代わりをしてしまう。
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