触れられない距離

神崎

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パエリア

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 十時間近くのフライトで、六人と治の子供達は思い思いの時間を過ごしていたようだ。子供達は商いようにとCAがおもちゃを用意してくれたり、普段はあまり薦めないが携帯型のゲームなんかを与えたり、アニメなんかを見せてくれたりしていたし、食事だって子供達のためのモノを用意してくれた。それに同じような子供も他に居て、色んな話をしていたように思える。金色の髪を持つ女の子は、沙夜が子供モデルをしていたと言ってもたかが知れているというくらい妖精のような容姿をしていた。それに上の子供である徹は、ぽっと頬を赤らませていたのを見て治は苦笑いをする。
 飛行機が降り立ち、入国手続きをした。観光では無く仕事であり、その辺の手続きは観光よりも厳しい。母国を立ったときには夜だったが、こちらの国に到着したのも夜であり、その手続きをしている間、治の下の子供である悟は眠そうに首をもたげた。その様子を見て手続きをしてくれた浅黒い肌をもつ女性は、早く終わらせてあげようと手続きを手早くしてくれる。それだけは感謝をしないといけない。
 やっと手続きが終わり、ロビーへやってくる。するとリモートで話をずっとしていたスミスという男がこちらを見て手招きをしてきた。楽器を背負っている一馬や純が目立ったのだろう。
「初めまして。ジョシュア・スミスだ。」
 若干のたどたどしさはあるが、問題ないくらいのこちらの言葉を操るジョシュアは、見た目は茶色の髪と緑色の瞳を持つ、典型的なこちらの国の男だった。背も高くどっしりとした体型で、握手を求められた手の甲にまでみっちりと毛が生えている。
 だがニコニコしていて、人当たりが良さそうに見えた。奏太からもこの男と話をしたりメッセージのやりとりをしている限り、そこまで心配するようなことは無いだろうということだった。
「呼び名はファーストネームで良いかな。」
 つまり呼び捨てで呼んでも良いかと言うことだろう。そんなことは気にしない。
「構わないよ。堅苦しいのは苦手なんだ。」
 治はそう言うとジョシュアは治と手を繋ぎ合っている子供達に視線を向ける。そしてしゃがみ込むと、挨拶をした。
「治の子供達かい?名前を聞かせてくれないか。」
 上の子供である徹は、物怖じしないように挨拶をした。
「橋倉徹です。」
「徹と?」
 下の子供である悟は、割と引っ込み思案な方だ。治にとって悟が少し不安要素でもある。
「橋倉悟……。」
「悟ね。二人はスタジオに連れて行くのかな。」
「出来ればそうしたいんだけどね。」
「OK。だったらリーの娘に頼んでおくよ。心配しないで。信用出来る人だから。それにリーは息子も居る。同じくらいの年頃だし、子供達とは気が合うと思うよ。きっと仲良くなれる。」
「良かったな。二人とも。」
 治がそう言うが、徹は元気いっぱいに頷いたが、悟の方は何があっているのかわからないといった感じでまだ戸惑っていた。その様子を見て沙夜は次第に慣れてくれるだろうと思っていた。
 その時、一人の男がこちらに近づいてきた。その姿に沙夜は驚いたように男を見る。背が高く、掘りの深い顔立ち。黒髪で頬にかかるくらいの長髪は少しくせ毛。若干浅黒いほどの肌の持ち主であるその男はどことなく一馬に似ている。
「……やっと来たのか。」
「マイケル。トイレが長かったな。」
「混んでた。」
 この男がもう一人のコーディネーターなのだ。沙夜はリモートで一度、それからメッセージでは何通かほどしか会話をしたことが無い。
「こっちの国の人?」
 純はそう聞くと、マイケルといわれた男は首を横に振る。
「クォーターでね。マイケル・フジサキだ。」
「へぇ……顔立ちが若干こっち寄りだよな。それに、一馬っぽい感じがする。」
 そう言われてマイケルは一馬の方を見上げる。だが一馬は少し頭を下げただけだった。興味が無いように見える。
「プロデューサーのリーとの打ち合わせは俺が担当するようになるけれど、マイケルには主に沙夜との打ち合わせが主になってくるかな。」
 ジョシュアはそう言うと、沙夜の方を見る。すると沙夜も少し頭を下げた。
「お世話になります。マイケルさん。」
「マイケルでいい。それに敬語はわかりにくいところもあるから、なんて言っていいか……。俺が使っているような言葉で話してくれないか。」
 ぶっきらぼうなところも一馬に似ている。ジョシュアはきっと壁を作りたくなくて平口で言ってくれといっているのだろうが、マイケルはまた事情が違うらしい。
「わかったわ。」
 するとジョシュアは少し笑って沙夜にいう。
「挨拶はその辺にして、コテージへ案内するよ。沙夜。荷物を持とうか?」
「いいえ。大丈夫。」
 レディーファーストの国なのだ。だから沙夜の荷物を持つと言ってきたジョシュアの行動は自然なのだろう。だが沙夜には違和感しか無かった。
 それでもジョシュアは気を悪くすること無く、八人を案内した。
 この国での行動は、おそらくこの小型のバスのようなモノで移動するのだ。左ハンドルの車に、荷物と楽器を入れると運転席にマイケルが乗り、助手席にはジョシュアが乗った。
 空港からは更に一時間ほど車を走らせる。その間、外を子供達と共に沙夜もその風景を見ていた。自分たちの国とは違うし、更に夏に行ったあの国とも違う。看板も全て横文字で、キラキラしているネオンも現職が多い。つまり派手なのだ。
「沙夜と子供達は夜は出歩かない方が良いよ。この辺はまだギャングがいるから。」
 ジョシュアはそう言うと、純は呆れたように言う。
「何でこんなに危険なところのスタジオにしたの?もっと治安の良いところがあっただろうに。」
 その言葉にぽつりとマイケルが言う。
「お前らの器もわからないで、この国に呼ばれただけ感謝は出来ないのか。」
 その声が聞こえたのだろう。純がマイケルに詰め寄ろうとした。
「何?」
 するとジョシュアが笑顔のままたしなめる。
「ごめん。ごめん。マイケルは悪い人じゃ無いんだけど、思ったことを口にすぐ出してしまうことがあってね。」
 フォローになっていない。沙夜はそう思いながらその会話を聞いていた。だがマイケルの言うこともわからなくは無い。自分たちは運が良かったのだ。世界的に有名なプロデューサーから声がかかって、こんな所にまで呼んでくれた。こちらの国ではスタジオの質も違うし、音楽的なセンスも違う。だから場所が云々など「二藍」くらいのバンドが言える立場では無いのだ。その辺を勘違いしてはいけない。
「純。星の数ほどあるようなバンドの中で、俺らの音を見てくれると言ってくれたんだ。それは感謝をしないといけない。リー・ブラウンがわざわざ見てくれるんだ。その機会を与えてくれた周りの人にも感謝をしないといけない。勘違いをするのが一番良くないんだ。」
 一馬はそう言うと、純は自分が言ったことがわかったのだろう。少し頷いた。
「そうだったな。ごめん。俺もちょっと気が立ってたのかも。」
「無理は無いよ。純はあまり寝られなかったんだろう?」
 翔がそう言うと、純は頷いた。
「飛行機が揺れてたじゃん。怖くなってさ。何で一馬と遥人は寝れるのかって驚いたよ。」
「慣れだな。」
 遥人はそう言うと、一馬も頷いた。
「まぁ……俺はちょっと疲れているところもあったし。」
「あぁ。そうなんだ。佐久間芙美香さんのレコーディングだっけ。」
 遥人がそう言うと、一馬は頷いた。
「初めて呼ばれたんだが、やはり初めての人は緊張する。」
 すると沙夜が少し笑って言った。
「良い格好を見せようと思うから緊張するのよ。一馬もそうだし、夏目さんもありのままで良いんだから。」
 沙夜がそういうと純は驚いたように沙夜を見る。
「俺も?」
「えぇ。リー・ブラウンが元々ギタリストだったからって、変に格好を付けなくても良いからね。」
 沙夜には全部見られているようだった。純はそう思って苦笑いをする。
「わぁ。父ちゃん。海が見えるよ。」
 小高い丘に登ってきて、先程まで居た空港が見えたのだ。それは海の近くで夜だからか、月が海を照らしている。
「晴れたら見事な景色だろうな。ここは。」
「海岸近くは観光地だからね。帰りにでもみんなで寄ってみるかな?」
「そうだね。楽しそうだ。」
 翔はちらっと沙夜を見る。沙夜もその海を見たいと思っているのだろう。休みの日は海や山へ行くことが多いのだという。だから他の土地でもそういう自然物が見たいと思っているのだ。その隣に自分がいれば良い。翔はそう思いながら、その海を見ていた。
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