触れられない距離

神崎

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パエリア

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 定時より少し早く会社を出た沙夜は、手にはキャリーケースと、いつも持っているビジネスバッグを持っている。外国へ行く割にはあまり荷物は多くない。
 二週間の予定だし、現地で調達できるモノもある。ただ重要なのは薬関係だけで、風邪をひいたと言ってもあちらでは保険が効かないこともあるのだ。少し診てもらうだけで相当なお金が発生する。だからといってドラッグストアなんかで薬を買えば、体質に合わないのはこちらの国よりも多く、余計に医師の世話になることもあるだろう。そう思って最後の買い物だと、近くのドラッグストアへ立ち寄った。
 最近のドラッグストアは薬だけでは無く、日用品や食料品も置いていて充実している。それにとても安い。沙夜は調味料なんかはこういう店で買うことも多いのだ。
 だが今日は食料品では無い。そう思いながら薬の棚を見ていた。何が必要だろう。風邪薬や頭痛薬なんかは必要だろうか。その時、声をかけられた。
「沙夜。」
 そちらを見るとそこには翔の姿がある。翔も手にはキャリーケースが引かれていた。仕事を終えたあとにここへ来たのだろう。翔のスタジオはここから近いのだ。
「翔。薬?」
「うん。それからこれを買っておこうと思って。」
 かごにはアイマスクがある。翔はあまり時差ぼけなんかは関係ないようだが、飛行機は長旅になるのだ。普段はあまり寝られないので、せめて飛行機の中だけでも寝られるようにしているのだろう。
「アイマスクね。そうだ。橋倉さんも必要よね。」
「治には言っているよ。」
「あら。そうなの。」
「前も時差があって本調子じゃ無かったし。それに飛行機では嫌でも寝てもらわないと、子供達を守れないだろう。飛行機なら安全だし。」
「そうでも無いわ。こちらの国の子供はお金を持っていると勘違いされやすいし、飛行機でもさらわれることがあると言われたわ。」
「誰に?」
「望月さんに。あ……風邪薬は漢方薬と、それからこっちの薬で良いかしら。」
 奏太はきっと一緒に行きたかっただろう。しかし自分が担当しているバンドのレコーディングなのだ。そちらを優先するので、今回は外国へ着いてこない。それが翔にとって、一人沙夜を狙う人がいなくなったと思えて少し気が楽になった。
「それから絆創膏なんかもあった方が良いよ。」
「そうね。でもあまり薬は持ち込めないかもしれないわね。検疫で引っかかっても嫌だわ。」
「それで捕まったりしたら俺らも嫌だよ。」
 「二藍」に新たな疑惑が生まれる。それは男関係、女関係だけでは無く薬の疑惑。これ以上余計なことが無い方が良いと思った。
「多分、一馬なんかは持っているんじゃ無いのかな。」
「一馬?」
「あいつはこういうところはしっかりしているし。治は子供達のためのモノも用意してそうだ。」
「確かに。」
 二人は家庭を持っているのだ。こういう事はしっかりしていることが多い。しっかりしていないのは純だ。純は独身だし、あまり自分のことに構っていない。そこが不安だと思う。
「沙夜は空港まではどうやって行くの?」
「バス。」
「俺もだよ。そこのバスセンターまで行こう。」
「そうね。」
 そういってレジへ向かおうとしたとき、ふとコンドームの箱が目に止まった。そういえば芹はこういうモノはこだわると言っていた。こういうドラッグストアでは売っていないらしい。逆に自分はそんなモノにこだわりは無いし、大きさだっておそらく並だろう。それでも志甫も、それに別に寝た女だって満足していると言っていた。
 だが遥人に言わせればそんなのを真に受けるのかと言って鼻で笑っていた。つまり女というのはそんなに素直に気持ち良かったなど本心では言わないのだという。だから遥人はあまり女にガツガツしていないのだろう。女の腹黒さが見えるから。
「どうしたの?レジ、次よ。」
 沙夜がそういって我に返った。そしてレジを済ませると、沙夜も会計をしてもらっている。
 夕べ、コンドームの切れ端を見つけた。
 台所から風呂場へ行く少しのスペースにあったモノだ。と言うことはあの場でセックスをしたのだと思う。沙夜は夕べ定時に帰ったとき、芹も一緒に居たが沙菜も一緒だった。と言うことは沙夜と芹がセックスをしたとは思えない。だったら誰がしたのだろう。
 まさか、芹と沙菜がしたとは思えないがあながち間違いでは無いのかもしれない。二人が一緒に居ることが多いから。
 情に流されて芹が沙菜に転んだ。そう思いたくないが、そうとしか考えられない。沙夜が外に出ていることが多いのだ。当然セックスはおろか、キスすらままならないだろう。だからといってその妹に手を出すのは、常識の範囲を超えている。いや、元々芹は兄の嫁に手を出していたのだ。そんな常識は元々無いのかもしれない。そういう風に考えたくなかったが、そんな人間なのだろうか。
「みんなは今日は仕事をしてから来るの?」
 ドラッグストアを出て、翔はその考えを払拭させるように沙夜に聞いた。すると沙夜は表情を変えずに頷く。
「夏目さんはAの方のスタジオでレコーディングをしたあとに電車で来ると言っていたわ。橋倉さんは子供さんの学校が終わり次第、車で向かうと言っていたし。」
「車?」
「奥さんの妹さんが車を出してくれるみたいね。」
 漫画家をしているという妹の真奈美は、治の家族に関わることが出来て余計な仕事が増えてしまったとは思っていない。おそらくネタが増えたと思っているのだ。
「遥人は撮影だっけ?」
「えぇ。雑誌の撮影。終わり次第マネージャーさんが送ってくれるみたいね。」
 付き合いの長くなったマネージャーだ。おそらく沙夜よりも気心が知れていて、何でも話し合えるらしい。男同士だからその辺は都合が良いのだろう。
「一馬は?」
 一瞬沙夜の表情が硬くなったような気がする。だがすぐにいつも通りだった。
「レコーディングスタジオが空港近くの所なのよね。だから先に行っているはず。空港まではスタッフが送ってくれるみたいだし。」
 撤収するついでに送ってきてくれると言っていた。レコーディングの状況にもよるが、内容を見る限り一馬はギリギリになるかもしれない。海外ならともかく、国内の空港で何が出来るわけでは無いが、ギリギリだというのは気になるところだろう。
「だから今朝早くうちに来ていたんだ。」
「来ていたの?」
「沙夜が行ったあとかな?うちに来てね。しばらく会えないからって団らんを過ごしていたよ。」
 邪魔をしてはいけないと、三人きりに玄関先でさせていた。そして一馬が行ったあと、海斗が笑いながら言う。
「いつも一馬はどこか遠くへ行く前は二人にキスをするみたいなんだ。だけど他人の家の前だからって遠慮したって。」
 それはきっと遠慮では無い。きっと一馬は沙夜の顔がちらついたから出来なかったのだ。沙夜はそう思って少し心苦しい。
「そう……。気にしなくても良いのにね。やはり仲が良いのね。一馬の家族は。帰ってきたら引っ越しをすると言っていたし、良いところがあったのよね?」
「うん。間取りを見ても良いところじゃないかって思うよ。」
 バスセンターに着いた沙夜達は空港までいく路線を探す。このバスセンターは夜行バスや長距離のバスもあり、色んな人がいる。中には翔のことを知っているような人もいるらしく、ひそひそと何か話をしたり話しかけようとする人もいるが、翔の存在がわかる人は沙夜の存在も知っていることが多い。
 翔は一時期はモデルのようなこともしていた。おかげで芸能人をみるような視線を浴びることもあったが、沙夜からは止められることはわかるので全く声はかけられない。
「あっちについてご飯でも食べる?」
「そうね。夕食を食べましょうか。飛行機の出発は遅くになるから食事は出ないし。国際空港なら色んな食事やさんが入っているでしょうね。」
「和食が食べたいな。寿司とか、生の魚。向こうではあまり魚を生で食べないみたいだし。無効なら沙夜だって寿司なんかは作れないだろう?」
「そうね。混ぜ寿司とかちらし寿司くらいなら作れそうだけど。」
「向こうで手に入る食材ってどんなモノがあるのかな。」
 そう言っていると、バスがやってきた。バスは自由席。切符を切ってもらうと、二人は並んで座った。わざわざ離れて座るような理由も無いからだろう。
 バスが進み出す。バスは一時間ほどで空港にたどり着くだろう。それは順調にバスが流れればの話で、いつ渋滞になるのかはわからない。
 他愛も無い話をしていたが、沙夜の言葉が徐々に重くなっている。そしてついにガクンと首がもたれた。それを見て翔は少し笑う。
 沙夜はいつでも「二藍」が関わっていれば、こんなにうたた寝なんかをすることは無い。だが翔だから。二人だから沙夜は気を許していたのだろう。そう思うと嬉しくなる。
 座席の前にある膝掛けを手にすると、沙夜の膝にかけた。そして翔は流れる景色を見る。複雑な感情を抱えながら。
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