触れられない距離

神崎

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炊き込みご飯

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 担当作家からのメッセージに、天草紫乃はため息を付く。どうやらこの作家はスランプに陥っていて、どうしても書けないと言っているのだ。長く作家生活をしていて、恋愛小説を書かせれば名前だけでも本が売れたり、映像作品になるような作家なのだが気分の浮き沈みが激しく書けないことも良くある。
 そう言うときにはこちらで手を打つ。プロットだけを立ててもらい、あとの文面は売れない作家やウェブ上での知り合いなんかに書いてもらい、それを作家に送ると修正したモノが上がってくる。それを作家の名前で売り出すのだ。いわゆるゴースト作家を紫乃は何人か雇っている。
 ゴーストをするような人というのは金に困っていて、どんな仕事でも受けていた。この作家だってなん作品かそうやって売っている。ゴーストによっては作風が違うモノもあるが、ファンというのはこういう作品も書けるのかと言いようにしか捉えない。読み手だって詳しい作風なんか好きだったらこだわらないのだ。
 それに外装が綺麗だったら更に良い。興味が無い人でも手に取ることが多いのだ。
 だがそのメッセージを読んで紫乃は手を止める。
「前の作品で書いた人に頼みたい。」
 それは芹が書いたモノだ。芹が書いたモノはとても評判が良くて、作家の知名度を上げることが出来るほど質が良い。だからこういう声は多いのだ。
 だが芹とは連絡が取れない。紫乃は舌打ちをして、また違う言い作家を見つけないといけないと思っていた。ゴーストライターなどをしているような作家崩れなど、ウェブ上に沢山いるのだ。自称作家を志しているような素人作家。自分の立場を明かせば金と名前だけで食いついてくれる卑しい作家。芹だってその一人だったのに、あの街であったとなりに居た女が邪魔をしたのだ。腹が立つ。
 それに奏太も怒りがある。弱みは握っているから、情報を垂れ流すと思っていたのに案外口を割らないのだ。やはり寝ておくべきだったかと、紫乃はパソコンのメール没すに返信を送る。その時だった。
「天草さん。」
 声をかけられてそちらを見る。そこにはゴシップ誌を担当している男だった。同期だが男の方が二,三個年上。常に新しい情報を得ようと張り込むことも多く、家にはあまり帰れていないのか薄汚れていて、髪には少しフケのようなモノも見える。本来なら紫乃はこんな男に声をかけるのも嫌なのだが、この男とは繋がりを持っておかないといけない。いざとなればこの男に情報を流して、自分にも利益があるからだ。
「どうしました。島本さん。」
「前に頼まれていた資料を持ってきたよ。」
 そう言われて封書を紫乃に手渡す。
「ありがとうございます。」
「良いよ。お礼なんて。天草さんに頼まれて断る理由も無いし。」
「ふふっ。」
 表向きには紫乃を慕っているからのような会話に聞こえる。だが本当は違うのだ。男は、紫乃に脅されている。
 男は妻と子供がいる家には忙しくて早々帰っていられないのを良いことに、他に女が居るのだ。こんな養子で良く女が出来るなと思っていたが、好みというのは人それぞれなのだろう。
 そう思いながら男が離れていくのを見送ると、その資料の中身を取り出す。そこには「二藍」の担当である泉沙夜の事が書かれていた。
 双子の妹は「日和」として活躍中のAV女優。ウェブで見てみるとさすがによく似ている女性だと思った。一卵性の双子なのだろう。だがわざと沙夜は地味にしているようだ。さすがにこういう仕事をしているので、自分も「日和」と同じだと思われたくないのだろう。それはあの洋菓子店のバリスタも同じような理由だったと思う。
 音楽の大学を卒業して、「Music Factory」に入社。最初はクラシック部門に居たのは、クラシックピアノを専攻していたからだろう。だがすぐにハードロック部門に異動になった。どうやらクラシックの世界では大分煙たがられる存在だったのだろう。沙夜を嫌がる指揮者も何人も居るようだ。
 そしてデビューして少し時が経っている「二藍」の新しい担当になった。当時、三倉奈々子が「二藍」をプロデュースしていたときも、沙夜は奈々子と衝突することも無く、プロデュースから引いても五人とは良い関係のようだ。
 調べれば調べるほど、弱点の無い女だ。本当だったら五人と関係があるとか、不倫をしているとか、そういうネタがあれば弱みとして付け込むことが出来るのにその隙も無い。
「参ったわねぇ……。」
 せめて西藤裕太と良い関係だとかそう言うことがあると良いのだが、西藤裕太は見た目と違い真面目な男だ。男関係でゴシップを立てるのは難しいだろう。
 となると、一番違和感のあることを調べてみるしか無い。そう思って紫乃は携帯電話を手にする。
 「二藍」を崩せば、その枠は「Harem」に来るだろう。本の世界だって一緒だ。人気のある枠というのは椅子取りゲームで、「二藍」の枠に早く「Harem」が来れば良い。そうすれば人気アーティストの妻という名前が手に入るのだから。

 今朝の朝食はパンだったし、お弁当もサンドイッチだった。前の日に翔が仕事先からもらってきたので、それを消費したかったのだ。
 だからご飯は夜に炊けるようにしている。沙夜は帰ってくると、まずその予約のスイッチを切った。そして手を洗い、部屋に戻ると着替えを始める。
 その間少しモヤモヤしていた。
 仕事が終わって電車で帰ってくると、駅で待っていたのは芹と沙菜だった。紗菜は沙夜が乗っていた電車の一本前の電車に乗っていたらしい。芹が沙夜を待っているのを見て、自分も沙夜を待つと言いだしたのだという。
 それは全く問題は無い。だがあの二人で駅の改札口の所に居る姿を見ると、カップルにしか見えなかったのだ。
 髪を短く切った芹は天草裕太にどことなく似ていて、とても綺麗な顔をしていると思う。そんな隣にキラキラしたような沙菜が居たのだ。沙菜はジムへ行っていたらしく、いつもよりは抑えめの格好だった。それが二人のバランスが取れていて、カップルにしか見えなかった。
 それがモヤモヤしていた。沙夜が隣に居てもそんな風には見えないのに。
 そう思いながら、沙夜は首を横に振る。自分がもうそんな嫉妬のようなことをする資格がない気がした。ブラウスを脱いで胸元を見る。薄くなったがそこには跡があったから。一馬と不倫をしている自分が、沙菜に嫉妬なんかできない。そんなに綺麗な人間では無いのだ。
 そう思いながらシャツを着る。そして髪を結び直すと、部屋を出て行った。その時だった。沙菜も部屋から出てくる。沙菜の部屋は沙夜の部屋の向かい。沙菜の部屋からは香水や化粧品の匂いが常にしている気がする。
 だがほのかに香ったその匂いに、沙夜は沙菜の方を思わず見た。
「何?」
 沙菜はいぶかしげな顔をする沙夜に、驚いたように沙夜を見た。
「何でも無いわ。」
 沙菜が何をしていようと別に良い。事務所から首を切られない程度に男遊びをすれば良いと思っていたが、まさかここに男を連れ込んでいるとは思ってなかった。そんな匂いが沙菜の部屋からしたのだ。
 部屋に連れ込むなら、沙夜の部屋なんかには来て欲しくない。自分の部屋だけにして欲しい。翔はそう言っていたが、本当に連れ込んでいるとは思っても無かった。
 そう思いながらリビングへ沙夜は足を運ぶ。その後ろ姿を見て、沙菜は芹の部屋のドアを叩いた。
「芹。」
 ドアを開けると、芹は携帯電話を手に誰かにメッセージを送っているようだった。
「何だよ。」
 ドアを閉めて、座っている芹に近づいた。そして小声で沙菜は言う。
「姉さん、もしかしたら気が付いたのかも。」
 その言葉に芹の表情が固まる。一番沙夜に沙菜と関係があることを知られたくなかったから。
「だからここでは辞めておけって言ったのに。」
「だってさぁ……。」
 一馬の奥さんも海斗も居なかったのだ。家の中に二人きりというシチュエーションはしばらく無かったのもあったし、セックスもしていなかったのだ。それに我慢が出来なかったのは沙菜であり、それに答えてしまったのは芹だった。
「……どうするんだよ。」
「あたしが連れ込んだって言うから。」
「良いのか?」
「正直になんて言えないでしょ?芹だって姉さんと別れたくないんだし。」
 そう言われて芹は頷いた。だが沙菜を抱く度に、沙夜を重ねている感情が無くなるのがわかる。徐々に沙夜では無く沙菜を見ている感じがしたのだ。
 それに沙菜も無理していた。ぐっと拳を握っていたのが、芹にもわかる。そう思い、芹は沙菜の頭に手を置いて撫でる。
「お前だけが悪いんじゃ無いだろ。セックスなんて一人で出来ることじゃないんだし。」
「うん……。」
「これからは外でするか、換気をしっかりしないとな。」
 すると沙菜は軽く頷いた。これからがあるというのが嬉しかったのだ。
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