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キノコの和風パスタ
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夕べライブハウスで今度デビューをするバンドの記事を書いて欲しいと石森愛から依頼され、芹はそのライブハウスへ行った。そしてその場には朝倉すずがいて、予想通り近づいてこようとしていた態度に手を差しだしたのが、沙菜だった。沙菜もこのバンドのことは興味があって見に来たらしい。
すずと沙菜は対照的だ。そしてすずに沙菜と付き合っているように見せれば、すずは引き下がると思っていた。そしてそれはふりのつもりだったのに、いつからかホテルへ行って関係を持ってしまった。
沙菜の体は思った以上に気持ちいい。紫乃と初めて関係を持ってから以降、一晩限りの人も居たし、短い期間だが付き合った女だって居た。だがその誰よりも良いと思えた。沙夜よりもスタイルは良く、肌の艶も良いだけでは無く、とても感じやすいのだ。特に言葉で責めると喜ぶ。
沙夜の体も良いと思えたが、間違っても沙夜相手にそんなことを言えるわけがない。そんなことを口にしたら、沙夜は軽蔑するだろう。
そしてホテルを朝出て、沙菜はまっすぐ家に帰った。そして芹は朝ご飯を食べて帰る。そうやって少し時間をずらして変えれば疑われることは無い。
いつもの駅に着くと、まだ学生やサラリーマンが電車へ乗ろうとしている。時間的には学校には遅い時間だろうし、サラリーマンが出社するのも遅い気がしたが、こんな仕事の仕方をしている人も居るだろう。そう思いながら、芹はその波を逆走するように家へ帰ろうとした。その時だった。
いつも立ち寄る商店街の人達も今から開店らしい。魚屋は木の箱に入れられた魚を店頭に並べ、肉屋もそれぞれの商品を並べている。まだ家には海斗が居るのだ。お土産を持って帰れば喜ぶだろう。そう思って商店街の方へ足を向ける。
「お、芹君。」
八百屋の大将が、芹に気が付いて声をかけてきた。
「朝帰りかい?若いって良いねぇ。」
女将さんもそう言って少し笑う。
「仕事だよ。夜からだったらこの時間までなったんだ。」
「何だ。仕事かい。」
色気の無い話だと、女将さんは少し笑う。
「バナナ良さそうだな。一房頂戴。」
「あいよ。毎度。」
袋に包んでもらい、金を支払う。そしてその場をあとにした芹を見て、女将さんは首をかしげた。
「どうしたんだ。」
「芹君。夜通し働いていた割にはあまり疲れていないなと思ってね。」
「まだ若いから、徹夜をしてもまだ頑張れるんだろう。俺だって相当遊んでいた方だし。」
「そうだったねぇ。」
軽口を叩きながら、それでも手は休むことは無い。夫婦は毎日この作業を繰り返しているのだから。
そして芹は家に帰り着くと、リビングのドアを開けた。すると海斗が本を開いていたがそれを置いて、芹に近づいてくる。
「お帰り。芹君。」
「ただいま。良い子にしてたか?」
「うん。夕べねぇ……。」
夕べ翔と三人で眠った。それを海斗は悪いと思っていない。だがそれをソファーに座っていた沙菜が止める。
「海斗君。こっちに来て。ほら。お父さんが出てる記事があるよ。」
「本当?見る。」
無理矢理海斗から話されたような気がする。そう思っていたが、芹は特になにも思わないまま台所を見た。そこには、一馬の奥さんが居て何かシンクで作業をしているように見える。
「バナナ買ってきたけど、おやつにでもする?って……何しているの?」
シンクには緑がかったクリーム色のような豆がある。それはこーひーの生豆だ。その大きさを選別しているのだろう。
「どうしても現場を離れるとね。」
焙煎は自宅では難しいだろうが、出来ないことは無い。幸い、ここには庭がある。そこで焙煎をしてみようと思っているのだろう。
「自宅でもできるんだ。」
「えぇ。長くしていなかったけれど、祖父がしていたのを見ていたし。」
やはりバリスタとして離れていても、コーヒーを淹れるのは忘れたくないのだ。
その時だった。玄関のチャイムが鳴り、芹は台所を離れる。そして玄関へ来るとのぞき穴から外を見た。そこには見覚えのある人がいる。
「あれって……。」
芹はドアを開ける。そこには一人の女性がいた。ショートカットで、細身のジーパンと白いシャツの上からはジャケットを羽織っている。
「ここは千草翔の自宅じゃ無かったかしら。」
「そうですけど……あっ……そうだ。三倉……。」
「えぇ。三倉奈々子。あなたは?」
「翔の同居人。」
「そっか……。大きい家だし、シェアハウスをしていると言っていたわね。」
年頃は翔達よりも一回り上くらいだろう。ちょうど石森愛なんかと同じくらいの年頃だ。
「翔なら居ないみたいだけど。」
「あぁ。翔君では無いの。用事があるのは。ここに、一馬君の奥さんが居るでしょう?」
「え……あぁ……。」
「話は一馬君には通しているの。会わせてくれないかしら。」
「ちょっと待って。確認してくるから。」
「えぇ。あ、これ、何人同居人がいるかわからなかったけれど、あたしの同居人が作ったモノなの。良かったら。」
「あ、ありがとうございます。」
白い紙袋を手渡され、そのまま芹はリビングへ向かう。その後ろ姿を見て奈々子は少し笑う。シェアハウスをしていると言っていたから、あまり素行が良いような人がいると思っていなかったが、しっかりした男だと思った。普通なら話を半分聞いて、中に通すだろうがちゃんと確認をしてから中に通すのだから。
「中に入って良いってさ。どうぞ。」
芹がやってきて奈々子は玄関の中に入る。
「お邪魔します。」
スリッパを用意してくれた。そしてパンプスを脱ぐとそのスリッパに足を通した。玄関も廊下も掃除が行き届いている。シェアハウスをしているのだから、掃除なんかも決まっているのだろうか。そう思いながら、リビングに通された。
「あ……お久しぶりです。」
奥さんがエプロン姿のまま、奈々子に近づいてきた。すると奈々子は少し笑って言う。
「えぇ。お店で会って以来だったかしら。どう?お店は再開できそう?」
すると奥さんは表情を暗くして首を横に振る。その見通しは立っていないのだ。やはり有佐が言うように、外国なんかへ行き心機一転した方が良いのかと思っていたから。
「あまり調子が良くないようね。ねぇ。コーヒーを淹れてくれないかしら。」
「あ、はい。先程頂いたカップケーキと一緒に食べましょう。」
そう言っておくさんは台所へ向かう。その姿を見て、少し元気が無さそうに見えた。やはり店に淹れないのがキツいのだろうか。奈々子はそう思っていた。
「ねぇ。おばちゃん、母ちゃんの友達?」
子供の声がして、奈々子はそちらを見る。するとそこには一馬をミニチュアにしたような子供が居る。髪が長いので女の子かと思ったが、どうやら男の子のようだ。奈々子は男の子の目線にしゃがみ込む。
「おばちゃんはお父さんのお友達なのよ。あなたは?」
「花岡海斗です。」
「何歳?」
「四歳です。」
「しっかりしてるわぁ。一馬君の育て方が良いのね。」
そう言ってリビングの方を見る。するとそこには二人の男女がいる。一人は先程迎えてくれた男。この男はどこかで見たことがあるが、どこなのかはわからない。
そしてもう一人の女を見て、奈々子は少し驚いた。沙夜によく似ているようだが、色気の度合いが違う。女を武器にしているような感じに見えた。奈々子が一番苦手としているようなタイプで、そして嫌なことを思い出す。死んだあの女性を思い出すから。
「あなた方は同居の?」
「あぁ。俺は芹。こっちは沙菜。」
すると沙菜は少し頭を下げる。どうしてここに「二藍」の元プロデューサーである三倉奈々子が来たのだろうと思いながら。
お互いが違和感を持っている対面だった。だが「二藍」のプロデュース業から手を引いても、こうやって心配をして顔を見せてくれる。ありがたいことだと、奥さんはケトルにお湯を沸かし始めた。
すずと沙菜は対照的だ。そしてすずに沙菜と付き合っているように見せれば、すずは引き下がると思っていた。そしてそれはふりのつもりだったのに、いつからかホテルへ行って関係を持ってしまった。
沙菜の体は思った以上に気持ちいい。紫乃と初めて関係を持ってから以降、一晩限りの人も居たし、短い期間だが付き合った女だって居た。だがその誰よりも良いと思えた。沙夜よりもスタイルは良く、肌の艶も良いだけでは無く、とても感じやすいのだ。特に言葉で責めると喜ぶ。
沙夜の体も良いと思えたが、間違っても沙夜相手にそんなことを言えるわけがない。そんなことを口にしたら、沙夜は軽蔑するだろう。
そしてホテルを朝出て、沙菜はまっすぐ家に帰った。そして芹は朝ご飯を食べて帰る。そうやって少し時間をずらして変えれば疑われることは無い。
いつもの駅に着くと、まだ学生やサラリーマンが電車へ乗ろうとしている。時間的には学校には遅い時間だろうし、サラリーマンが出社するのも遅い気がしたが、こんな仕事の仕方をしている人も居るだろう。そう思いながら、芹はその波を逆走するように家へ帰ろうとした。その時だった。
いつも立ち寄る商店街の人達も今から開店らしい。魚屋は木の箱に入れられた魚を店頭に並べ、肉屋もそれぞれの商品を並べている。まだ家には海斗が居るのだ。お土産を持って帰れば喜ぶだろう。そう思って商店街の方へ足を向ける。
「お、芹君。」
八百屋の大将が、芹に気が付いて声をかけてきた。
「朝帰りかい?若いって良いねぇ。」
女将さんもそう言って少し笑う。
「仕事だよ。夜からだったらこの時間までなったんだ。」
「何だ。仕事かい。」
色気の無い話だと、女将さんは少し笑う。
「バナナ良さそうだな。一房頂戴。」
「あいよ。毎度。」
袋に包んでもらい、金を支払う。そしてその場をあとにした芹を見て、女将さんは首をかしげた。
「どうしたんだ。」
「芹君。夜通し働いていた割にはあまり疲れていないなと思ってね。」
「まだ若いから、徹夜をしてもまだ頑張れるんだろう。俺だって相当遊んでいた方だし。」
「そうだったねぇ。」
軽口を叩きながら、それでも手は休むことは無い。夫婦は毎日この作業を繰り返しているのだから。
そして芹は家に帰り着くと、リビングのドアを開けた。すると海斗が本を開いていたがそれを置いて、芹に近づいてくる。
「お帰り。芹君。」
「ただいま。良い子にしてたか?」
「うん。夕べねぇ……。」
夕べ翔と三人で眠った。それを海斗は悪いと思っていない。だがそれをソファーに座っていた沙菜が止める。
「海斗君。こっちに来て。ほら。お父さんが出てる記事があるよ。」
「本当?見る。」
無理矢理海斗から話されたような気がする。そう思っていたが、芹は特になにも思わないまま台所を見た。そこには、一馬の奥さんが居て何かシンクで作業をしているように見える。
「バナナ買ってきたけど、おやつにでもする?って……何しているの?」
シンクには緑がかったクリーム色のような豆がある。それはこーひーの生豆だ。その大きさを選別しているのだろう。
「どうしても現場を離れるとね。」
焙煎は自宅では難しいだろうが、出来ないことは無い。幸い、ここには庭がある。そこで焙煎をしてみようと思っているのだろう。
「自宅でもできるんだ。」
「えぇ。長くしていなかったけれど、祖父がしていたのを見ていたし。」
やはりバリスタとして離れていても、コーヒーを淹れるのは忘れたくないのだ。
その時だった。玄関のチャイムが鳴り、芹は台所を離れる。そして玄関へ来るとのぞき穴から外を見た。そこには見覚えのある人がいる。
「あれって……。」
芹はドアを開ける。そこには一人の女性がいた。ショートカットで、細身のジーパンと白いシャツの上からはジャケットを羽織っている。
「ここは千草翔の自宅じゃ無かったかしら。」
「そうですけど……あっ……そうだ。三倉……。」
「えぇ。三倉奈々子。あなたは?」
「翔の同居人。」
「そっか……。大きい家だし、シェアハウスをしていると言っていたわね。」
年頃は翔達よりも一回り上くらいだろう。ちょうど石森愛なんかと同じくらいの年頃だ。
「翔なら居ないみたいだけど。」
「あぁ。翔君では無いの。用事があるのは。ここに、一馬君の奥さんが居るでしょう?」
「え……あぁ……。」
「話は一馬君には通しているの。会わせてくれないかしら。」
「ちょっと待って。確認してくるから。」
「えぇ。あ、これ、何人同居人がいるかわからなかったけれど、あたしの同居人が作ったモノなの。良かったら。」
「あ、ありがとうございます。」
白い紙袋を手渡され、そのまま芹はリビングへ向かう。その後ろ姿を見て奈々子は少し笑う。シェアハウスをしていると言っていたから、あまり素行が良いような人がいると思っていなかったが、しっかりした男だと思った。普通なら話を半分聞いて、中に通すだろうがちゃんと確認をしてから中に通すのだから。
「中に入って良いってさ。どうぞ。」
芹がやってきて奈々子は玄関の中に入る。
「お邪魔します。」
スリッパを用意してくれた。そしてパンプスを脱ぐとそのスリッパに足を通した。玄関も廊下も掃除が行き届いている。シェアハウスをしているのだから、掃除なんかも決まっているのだろうか。そう思いながら、リビングに通された。
「あ……お久しぶりです。」
奥さんがエプロン姿のまま、奈々子に近づいてきた。すると奈々子は少し笑って言う。
「えぇ。お店で会って以来だったかしら。どう?お店は再開できそう?」
すると奥さんは表情を暗くして首を横に振る。その見通しは立っていないのだ。やはり有佐が言うように、外国なんかへ行き心機一転した方が良いのかと思っていたから。
「あまり調子が良くないようね。ねぇ。コーヒーを淹れてくれないかしら。」
「あ、はい。先程頂いたカップケーキと一緒に食べましょう。」
そう言っておくさんは台所へ向かう。その姿を見て、少し元気が無さそうに見えた。やはり店に淹れないのがキツいのだろうか。奈々子はそう思っていた。
「ねぇ。おばちゃん、母ちゃんの友達?」
子供の声がして、奈々子はそちらを見る。するとそこには一馬をミニチュアにしたような子供が居る。髪が長いので女の子かと思ったが、どうやら男の子のようだ。奈々子は男の子の目線にしゃがみ込む。
「おばちゃんはお父さんのお友達なのよ。あなたは?」
「花岡海斗です。」
「何歳?」
「四歳です。」
「しっかりしてるわぁ。一馬君の育て方が良いのね。」
そう言ってリビングの方を見る。するとそこには二人の男女がいる。一人は先程迎えてくれた男。この男はどこかで見たことがあるが、どこなのかはわからない。
そしてもう一人の女を見て、奈々子は少し驚いた。沙夜によく似ているようだが、色気の度合いが違う。女を武器にしているような感じに見えた。奈々子が一番苦手としているようなタイプで、そして嫌なことを思い出す。死んだあの女性を思い出すから。
「あなた方は同居の?」
「あぁ。俺は芹。こっちは沙菜。」
すると沙菜は少し頭を下げる。どうしてここに「二藍」の元プロデューサーである三倉奈々子が来たのだろうと思いながら。
お互いが違和感を持っている対面だった。だが「二藍」のプロデュース業から手を引いても、こうやって心配をして顔を見せてくれる。ありがたいことだと、奥さんはケトルにお湯を沸かし始めた。
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