触れられない距離

神崎

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キノコの和風パスタ

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 絶頂に達しすぎて気を失っていたのかもしれない。目を開けてもぼんやりとしていた。サイドテーブルにはデジタルの時計があり、時間は四時を指している。まだ寝れるな。沙夜はそう思ってまた目を閉じようとしたが、やっと我に返って慌てて体を起こす。
「あ……。」
 一糸まとわぬ裸のままだった。そして隣には一馬が眠っている。一馬も裸のままだった。一気に目が覚めてベッドから降りようとした。だがその手を握る人がいる。
「一馬……。」
 一馬も起きてしまったらしい。手を握られてベッドから降りれない沙夜は困ったように一馬を見下ろす。
「もうこの時間だ。誤魔化しなんか出来ないだろう。」
「正直に言える?私は芹に。あなたは奥様に。」
 すると一馬は少し笑って沙夜を引き寄せる。すると沙夜はそのまま一馬の側にまた倒れ込むように横になった。
「心配しなくても良い。翔に連絡をしておいた。」
「翔に?」
 翔にはスタジオのことを言ったことを少し後悔しているところがあった。詳しい場所を告げているわけでは無いが、スタジオの存在があることは知っている。
「沙夜と酒を飲みに行った。良い店があって、長居しすぎて終電を逃した。タクシーも面倒だから始発で帰らせると。」
「さらさら出てくるのね。そう言うことが。」
「この世界はもう十年近くになるし、それくらいはな。」
 スタジオに泊まらせるわけでは無く、この辺もビジネスホテルくらいはある。
「本当にこんなことは初めてなの?」
「は?」
「そう言うことに手慣れている気がするわ。」
「初めてだ。妻しか見ていなかったのに、お前が振り向かせてくれたんだ。」
 そう言って一馬は沙夜の体を抱きしめる。
「そういう歌詞を書けそうね。あなたは。」
「仕事のことを考えさせるな。それよりも……早い時間だしもう一度させてくれないか。」
「え……。昨日何度したと思っているの?」
「足りない。」
 そう言って一馬はまた沙夜の体に触れ始めた。そしてまたキスをする。

 家には始発で帰り、着替えだけをした。その間、リビングへは行かなかった。一馬は翔にメッセージを送っていると入っていたが、翔が一番一馬との仲を疑っているところがある。そんなことを信じるわけが無い。だからまともに話もしたくなかったのだ。
 スラックスとブラウスを着て、ジャケットとバッグは手に持った。軽く化粧をすると、そのままリビングへ向かう。しかし妙だと思った。もうこの時間であれば、奥さんや海斗が起きて朝ご飯の用意をしているのだ。その証拠に朝ご飯の味噌の匂いがすると思っていたのだが、そんな匂いがしない。そう思いながらリビングのドアを開けた。するとそこには沙夜が想像していなかった光景が広がる。
 一馬の奥さんと海斗は一緒の布団で寝ているので、ダブルサイズの布団を使っている。テーブルとソファーを少し避けて布団を敷いているのだが、そこに居たのは一馬の奥さん、海斗、そして翔の姿だった。翔までここで寝ているとは思わなかった沙夜は驚いて、思わず持っていたジャケットを床に落としてしまった。
「……。」
 その音に翔が先に目を覚まし、立ち尽くしている沙夜を見て慌てて体を起こした。
「沙夜……。」
「びっくりしたわ。」
「あぁ。あのさ……別にやらしい意味じゃ無くて……。」
「……。」
 一馬との浮気を疑っていた割には、自分は一馬の奥さんと寝ているのか。沙夜は呆れたようにジャケットを拾い上げると、ダイニングの椅子にそれらを置いた。
「ご飯炊けてるわね。お味噌汁だけ作っておくわ。あと卵焼きと、おひたしが残っていたからそれでご飯にして。悪いけれど、お昼は各自で何とかしてくれないかしら。」
「沙夜。あのさ、違うんだ。」
 翔は立ち上がると、台所に居る沙夜に言い訳をしようとした。だが沙夜は首を横に振って言う。
「顔を洗ってきて。」
 その騒ぎに海斗が一瞬目を覚ましたように起き上がろうとした。だが眠気に勝てず、また横になる。奥さんもまだ起きそうに無い。
 きっと昨日は遊び回って疲れているのだ。沙夜もまた夕べは普段使わないような筋肉を使っているのか、昨日は休みだったのに朝から疲労している。
 一馬は絶倫だという噂を良い意味で取っていない。だがあれだけ一晩に何度もセックスをするとなると、その噂だって真実味を増すようだ。それなのに自分もそれに答えてしまう。それが嫌になりそうだ。
「あのさ……沙夜。誤解しないで欲しいんだけど。」
 翔は顔を拭きながらやってくると、沙夜に早速いい訳を始める。
 夕べは三人しか居なかった。だから海斗の提案でここでみんなで寝れば良いと言っていたのだ。海斗も奥さんもそれに慣れている。それに人が居た方がゆっくり寝れるかもしれない。そう考えると、無碍にも断れなかった。
 翔は人が居ると寝れないタイプだと思っていたので、寝るのは構わないが寝付いたと思ったら自分の部屋に戻ろうと思っていた。だが思ったよりも熟睡してしまったらしい。気が付いたら朝だったのだ。
「……そう。人が居た方がゆっくり寝られる……ねぇ。」
 わからないでも無い。一馬が隣に居てくれただけで沙夜だって十分寝られたのだ。というかおそらくセックスをしすぎて体力が奪われていただけかもしれないが。
「芹も沙菜も夕べは居なかったし。」
「芹は仕事でしょう。まだ帰ってきてないのかしら。」
「そうみたいだ。」
「とすると、知り合いにでも会ったのかしらね。」
「知り合い?」
「夕べの仕事はライターの仕事だと言っていたわ。「草壁」としては顔を晒していないけれど、それこそいつもライブハウスなんかに行けば顔見知りも出来るわ。」
 その一つ一つを沙夜は知らなくても良いと思っているのだろう。そう思いながら沙夜は里芋のぬめりを取るためにザルに向いて切った里芋を入れた。
 里芋はまだ早い気がするが、里芋は沙夜が好きだったのだ。というか芋が好きなのだ。それは芹にも言われたことがある。
「沙菜もいないんだ。」
「沙菜は仕事を無くさない程度に遊べば良いんじゃ無いのかしら。」
「……そんなモノかな。」
 すると翔はザルを持っている沙夜の側へやってきた。そしてその匂いを嗅ぐ。
「……何?」
 邪険に沙夜は翔から離れると、翔は少し笑って言う。
「酒を飲んだって言ってたのに、あまり酒の匂いがしないと思ったからさ。」
「……お酒よりも話が面白かったの。」
「だから声が枯れているんだ。」
「かもしれないわね。」
「そっか。良い店に当たったんだね。今度俺も連れて行ってよ。」
「えぇ。機会があったら。」
 白菜を切り、ざるにあげておく。翔とその飲み屋へ行く機会などあるのだろうか。そう思いながら、鍋の蓋を開ける。
「俺、着替えてくるよ。そしたら手伝うから。」
「良いわ。もうあとは卵焼きくらいしか作るモノが無いし。」
「卵焼きは俺、得意だよ。」
「あら。そうなの?初めて聞いたわ。だったらお願いしようかしら。」
「うん。」
 一馬と喧嘩をしたのだという。きっとその雰囲気は最悪だった。遥人はこういう場に慣れているはずなのに、あとの仕事にまで響くほどピリピリしていたと思う。
 だから翔も一馬の所へ行くという沙夜に詳しいことを聞かないままだった。しかし今そこで料理をしている沙夜は、気が抜けたほど落ち着いている。やはり飲みに行ったというのは嘘なのでは無いかとさえ思えてきた。
 本当は場所も知らない一馬のスタジオへ行き、そのままセックスをしたのかもしれない。一馬だってこれだけ奥さんと離れているのだ。沙夜に転んでしまうのも無理は無いかもしれない。
 そう思うと着ていたスウェットのシャツをベッドに投げてしまった。そしてベッドに腰掛ける。筋肉質でも無ければ背もそこまで高いわけでは無い。世の中では翔のことを王子様という人だって居るが、沙夜はそんなひょろひょろの手を掴まない。
 芹も似たような感じに見えるが、今の沙夜は一馬の手を掴んでいると思う。頼りがいのある、筋肉質で色の黒い手。時に言い合い、時に支え合って、そしてお互いのことを言い合える関係だという。翔もそんな関係になれるはずだった。いつからだろう。一緒の家に住んでいるのに、表面的なことしか話をしなくなったのは。
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