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キノコの和風パスタ
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台所では沙夜と一馬の奥さんが並んで料理をしている。一馬の奥さんは一馬が好きだという煮込みを作ってくれた。醤油ベースの煮込みで、モツや野菜がゴロゴロ入ったいかにも酒が進みそうなモノだと思う。居酒屋で出せばきっと人気のモノになるだろう。酒に合うモノはご飯にも合うのだ。奥さんはそう言っておにぎりも持たせてくれた。
そして沙夜は魚介類の入ったマリネ、それにいつか作っていたビクトリアケーキを作った。そのケーキに海斗が目をキラキラさせて、今度自分も作りたいと言ってきた。やはり音楽よりもこういう甘いお菓子やケーキを作りたいと思っているのだろう。
「父ちゃんさ。お昼もあまり食べなかったんだ。食欲が無いって。だから一杯持って行った方が良いよ。お昼の分も食べるだろうし。」
海斗はそう言っていた。きっと海斗は元気が無い一馬に違和感を感じていたのかもしれないが、詳しいことはわかっていない。もしかしたら保育園へもう行けないかもしれないなど予想もしていないだろう。
そう思いながら沙夜は電車の中から流れる光を見ていた。
この一つ一つに色んな物語がある。中には平凡な家族の姿もあるだろう。沙夜はそれがどんなモノかはあまり良くわかっていなかった。
ただ冬に近づくと、テレビでシチューのCMが流れる。それはいつもホワイトシチューを作った母親が、テーブルによそったシチューを置きそれを美味しそうに子供や父親が口にするようなモノ。沙夜には縁が無いものだった。
小学校の高学年ほどになったとき、その家族の姿がうちには無いことに違和感を持って一度シチューを作ったことがある。そして家族の前に置いたのだ。すると母親はそれを口にしたが、忌々しそうに沙夜を見ていたと思う。父親が嬉しそうだったから。つまり、母親はずっと沙夜に嫉妬していたのだ。自分の思い通りにならない沙夜。ピアノばかり弾き、料理の腕をめきめきと上げるのは、自分の想像していた姿では無かったからだろう。
そんなときも沙菜がいつも声を上げた。
「美味しくないの?母さん。あたし凄く美味しいと思うよ。美味しいものを食べてるときくらい、しかめっ面を辞めたら?美味しいモノも不味く感じるよ。」
そう沙菜は言っていたが、母親は半分も食べないままシチューを残した。そして沙菜にもこれ以上食べたら太るから止しておけと言っていたのだ。太ったモデルやアイドルは需要が無いからだろう。
あの時から母親とは全く合わない感じがした。そしてそれは今でもそうだ。メッセージも着信も拒否している。
自分ではあのテレビの中のような家族は作れない。少なくとも、一馬と体を重ねている自分は、一馬の家庭を壊しているのと変わらないのだから。
そう思いながら、沙夜はそのまま電車を降りる。そして一馬の居るスタジオへ足を進めた。
植物園のあとに遥人と別れて、そのまま三人で食事へ行った。墓参りの時にいつも行く食堂でご飯のおかわりは自由が気に入っていたが、今日はご飯を残してしまった。それに海斗が心配そうに聞いていたが、理由は一つだろう。
沙夜とあれだけ言い合いをして、喧嘩をしたのは初めてだった。沙夜はいつも気が強く我を通すことが多いのだが、こればかりは自分も引けなかった。というか、この国に居たい理由は、「二藍」が理由というだけでは無い。やはり沙夜の存在が重要だった。
そしてその気持ちのまま奥さんと海斗と別れ、仕事場であるスタジオで録音をしたが、その音を聴いて自分でも納得しなかった。しかしいくら弾いても今日は満足できるような音を奏でられるとは思えない。
こんなことを言うのは初めてだったが、プロデューサーに改めて録音をさせて貰えないかと申し出たのだ。するとプロデューサーは意外そうな顔をしたが、今日の一馬の表情を見て何か感じ取ったのだろう。幸いにも納期には余裕がある。都合の良いときにいつでも来て欲しいと言ってくれた。仕事となれば何でも受け、そして結果をずっと出してきた一馬だから信頼されているのだろう。
だがこんなことが続けば信頼されなくなる。一馬はそう思いながら、今日弾いたその曲の練習をしていた。通して弾いたモノを録音して、自分で聞き直してチェックする。だがそれも集中できない。
思い切って少しベースから離れるか。そう思って一馬はベースをスタンドに立てかける。そして携帯電話を手にすると、メッセージをチェックした。
「……余計なことを。」
奥さんからのメッセージで、沙夜に食事を持って行かせること。そしてスタジオに居て欲しいと書いてあった。奥さんは本当に何も気が付いていないのだろうか。このスタジオで沙夜と何度もセックスをしたのに。
もう余計なことを考えたくない。一馬はそう思って携帯電話の画面を消す。そしてそれをポケットに入れ、テーブルに置いている財布もポケットに入れた。出掛けよう。この辺は古い居酒屋や立ち飲み屋がある。酒でも一杯飲んだら、気分が変わるかもしれない。
もしその間に沙夜が来たとしても、合鍵を持っているのだ。昼間にあんなことがあって顔を合わせられるとは思えない。食事を持ってきたとしてもいなければ食事を置いて行ってしまうだろう。そう思いながら、スタジオの電気を消す。鍵を持ってそのままスタジオをあとにしようとしたときだった。
扉を開くと、そこには沙夜の姿があった。ここに来るときにはあのワンピースを着ているはずなのに、昼間に会ったときと同じ格好だった。これでは沙夜と気づかれる。そう思って一馬は思わず沙夜の腕を引くと、スタジオの中に入れた。これ以上目立ってはいけないと思ったから。
「いつからいたんだ。」
電気をまた付けて、一馬はそう聞くと沙夜は一馬に視線を合わせないまま答える。
「さっき来たばかり。少し迷っていたの。」
沙夜もここに来ることを戸惑っていた。だから一馬に声をかけないまま食事はドアノブにでも引っかけておこうかと思っていたのだ。だがこのままというのも嫌だ。一馬に関わらないならそれでも良いかもしれないが、まだ沙夜は「二藍」の担当なのだ。嫌でも関わることになるし、これから外国へも行くのだ。
「……海斗君が心配していたわ。お昼もあまり食べなかったって。響子さんがあなたが好きだからって作ってくれていたの。この煮込みは、とても美味しそうね。」
「……。」
「おにぎりも……。」
「沙夜。」
テーブルに保冷バッグを置いてその中身を取り出そうとした沙夜に、一馬が声をかける。そしてその背中から沙夜の体に手を伸ばす。背中からぎゅっと抱きしめると、沙夜はその手に手を重ねた。
「ごめんなさい。」
「いいや。俺も言いすぎた。悪かった。」
その一言がお互い言いたかったのだ。沙夜は体を一馬の方へ向けると、やっと一馬の顔を見上げる。そして一馬も沙夜を見ていた。
「目を見て言うわ。ごめんなさい。」
「……ごめん。」
その謝罪は色んな意味が込められていると思う。そして沙夜は一馬の体に体を寄せた。すると一馬もその体を抱きしめる。
「このまま抱きたい。」
「え……。」
「この場だけは俺のだと思わせてくれないか。」
そう言って沙夜が着ているチュニックの裾に手を伸ばした。そしてその仲に手を入れ、その柔らかい胸に触れようとしたときだった。
ぐうっ。
沙夜はその音に顔を赤くした。すると一馬は少し笑って言う。
「腹が減っているのか。」
「お昼は少ししか食べれなかったのよ。」
あの港の近くにあるファミレスへ行きランチメニューを食べたが、そのランチすら半分ほど残してしまったのだ。芹もそこまでがっつりと食べるタイプでは無いが、その食の細さに、芹も心配していたのだろう。芹もここへ来ることは反対していなかったから。というか、行ってこいと言ったのは芹だった。
「俺もそうだ。海斗から心配されたし……それに、あれからの仕事は撮り直しを申し出た。明日、またスタジオへ行く。」
「大丈夫なの?」
「急ぐような仕事では無かった。ただ……これが続くと本格的にこの国の活動が厳しくなるだろうな。」
一馬も不安を抱えていたのだ。それがわかり、沙夜は改めて一馬の体に体を寄せる。そして一馬を見上げると、一馬もその頬に手を添えてゆっくりキスをした。
そして沙夜は魚介類の入ったマリネ、それにいつか作っていたビクトリアケーキを作った。そのケーキに海斗が目をキラキラさせて、今度自分も作りたいと言ってきた。やはり音楽よりもこういう甘いお菓子やケーキを作りたいと思っているのだろう。
「父ちゃんさ。お昼もあまり食べなかったんだ。食欲が無いって。だから一杯持って行った方が良いよ。お昼の分も食べるだろうし。」
海斗はそう言っていた。きっと海斗は元気が無い一馬に違和感を感じていたのかもしれないが、詳しいことはわかっていない。もしかしたら保育園へもう行けないかもしれないなど予想もしていないだろう。
そう思いながら沙夜は電車の中から流れる光を見ていた。
この一つ一つに色んな物語がある。中には平凡な家族の姿もあるだろう。沙夜はそれがどんなモノかはあまり良くわかっていなかった。
ただ冬に近づくと、テレビでシチューのCMが流れる。それはいつもホワイトシチューを作った母親が、テーブルによそったシチューを置きそれを美味しそうに子供や父親が口にするようなモノ。沙夜には縁が無いものだった。
小学校の高学年ほどになったとき、その家族の姿がうちには無いことに違和感を持って一度シチューを作ったことがある。そして家族の前に置いたのだ。すると母親はそれを口にしたが、忌々しそうに沙夜を見ていたと思う。父親が嬉しそうだったから。つまり、母親はずっと沙夜に嫉妬していたのだ。自分の思い通りにならない沙夜。ピアノばかり弾き、料理の腕をめきめきと上げるのは、自分の想像していた姿では無かったからだろう。
そんなときも沙菜がいつも声を上げた。
「美味しくないの?母さん。あたし凄く美味しいと思うよ。美味しいものを食べてるときくらい、しかめっ面を辞めたら?美味しいモノも不味く感じるよ。」
そう沙菜は言っていたが、母親は半分も食べないままシチューを残した。そして沙菜にもこれ以上食べたら太るから止しておけと言っていたのだ。太ったモデルやアイドルは需要が無いからだろう。
あの時から母親とは全く合わない感じがした。そしてそれは今でもそうだ。メッセージも着信も拒否している。
自分ではあのテレビの中のような家族は作れない。少なくとも、一馬と体を重ねている自分は、一馬の家庭を壊しているのと変わらないのだから。
そう思いながら、沙夜はそのまま電車を降りる。そして一馬の居るスタジオへ足を進めた。
植物園のあとに遥人と別れて、そのまま三人で食事へ行った。墓参りの時にいつも行く食堂でご飯のおかわりは自由が気に入っていたが、今日はご飯を残してしまった。それに海斗が心配そうに聞いていたが、理由は一つだろう。
沙夜とあれだけ言い合いをして、喧嘩をしたのは初めてだった。沙夜はいつも気が強く我を通すことが多いのだが、こればかりは自分も引けなかった。というか、この国に居たい理由は、「二藍」が理由というだけでは無い。やはり沙夜の存在が重要だった。
そしてその気持ちのまま奥さんと海斗と別れ、仕事場であるスタジオで録音をしたが、その音を聴いて自分でも納得しなかった。しかしいくら弾いても今日は満足できるような音を奏でられるとは思えない。
こんなことを言うのは初めてだったが、プロデューサーに改めて録音をさせて貰えないかと申し出たのだ。するとプロデューサーは意外そうな顔をしたが、今日の一馬の表情を見て何か感じ取ったのだろう。幸いにも納期には余裕がある。都合の良いときにいつでも来て欲しいと言ってくれた。仕事となれば何でも受け、そして結果をずっと出してきた一馬だから信頼されているのだろう。
だがこんなことが続けば信頼されなくなる。一馬はそう思いながら、今日弾いたその曲の練習をしていた。通して弾いたモノを録音して、自分で聞き直してチェックする。だがそれも集中できない。
思い切って少しベースから離れるか。そう思って一馬はベースをスタンドに立てかける。そして携帯電話を手にすると、メッセージをチェックした。
「……余計なことを。」
奥さんからのメッセージで、沙夜に食事を持って行かせること。そしてスタジオに居て欲しいと書いてあった。奥さんは本当に何も気が付いていないのだろうか。このスタジオで沙夜と何度もセックスをしたのに。
もう余計なことを考えたくない。一馬はそう思って携帯電話の画面を消す。そしてそれをポケットに入れ、テーブルに置いている財布もポケットに入れた。出掛けよう。この辺は古い居酒屋や立ち飲み屋がある。酒でも一杯飲んだら、気分が変わるかもしれない。
もしその間に沙夜が来たとしても、合鍵を持っているのだ。昼間にあんなことがあって顔を合わせられるとは思えない。食事を持ってきたとしてもいなければ食事を置いて行ってしまうだろう。そう思いながら、スタジオの電気を消す。鍵を持ってそのままスタジオをあとにしようとしたときだった。
扉を開くと、そこには沙夜の姿があった。ここに来るときにはあのワンピースを着ているはずなのに、昼間に会ったときと同じ格好だった。これでは沙夜と気づかれる。そう思って一馬は思わず沙夜の腕を引くと、スタジオの中に入れた。これ以上目立ってはいけないと思ったから。
「いつからいたんだ。」
電気をまた付けて、一馬はそう聞くと沙夜は一馬に視線を合わせないまま答える。
「さっき来たばかり。少し迷っていたの。」
沙夜もここに来ることを戸惑っていた。だから一馬に声をかけないまま食事はドアノブにでも引っかけておこうかと思っていたのだ。だがこのままというのも嫌だ。一馬に関わらないならそれでも良いかもしれないが、まだ沙夜は「二藍」の担当なのだ。嫌でも関わることになるし、これから外国へも行くのだ。
「……海斗君が心配していたわ。お昼もあまり食べなかったって。響子さんがあなたが好きだからって作ってくれていたの。この煮込みは、とても美味しそうね。」
「……。」
「おにぎりも……。」
「沙夜。」
テーブルに保冷バッグを置いてその中身を取り出そうとした沙夜に、一馬が声をかける。そしてその背中から沙夜の体に手を伸ばす。背中からぎゅっと抱きしめると、沙夜はその手に手を重ねた。
「ごめんなさい。」
「いいや。俺も言いすぎた。悪かった。」
その一言がお互い言いたかったのだ。沙夜は体を一馬の方へ向けると、やっと一馬の顔を見上げる。そして一馬も沙夜を見ていた。
「目を見て言うわ。ごめんなさい。」
「……ごめん。」
その謝罪は色んな意味が込められていると思う。そして沙夜は一馬の体に体を寄せた。すると一馬もその体を抱きしめる。
「このまま抱きたい。」
「え……。」
「この場だけは俺のだと思わせてくれないか。」
そう言って沙夜が着ているチュニックの裾に手を伸ばした。そしてその仲に手を入れ、その柔らかい胸に触れようとしたときだった。
ぐうっ。
沙夜はその音に顔を赤くした。すると一馬は少し笑って言う。
「腹が減っているのか。」
「お昼は少ししか食べれなかったのよ。」
あの港の近くにあるファミレスへ行きランチメニューを食べたが、そのランチすら半分ほど残してしまったのだ。芹もそこまでがっつりと食べるタイプでは無いが、その食の細さに、芹も心配していたのだろう。芹もここへ来ることは反対していなかったから。というか、行ってこいと言ったのは芹だった。
「俺もそうだ。海斗から心配されたし……それに、あれからの仕事は撮り直しを申し出た。明日、またスタジオへ行く。」
「大丈夫なの?」
「急ぐような仕事では無かった。ただ……これが続くと本格的にこの国の活動が厳しくなるだろうな。」
一馬も不安を抱えていたのだ。それがわかり、沙夜は改めて一馬の体に体を寄せる。そして一馬を見上げると、一馬もその頬に手を添えてゆっくりキスをした。
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