触れられない距離

神崎

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キノコの和風パスタ

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 昼前に沙夜は会社の最寄り駅の時刻表のある位置ほどで、芹を待っていた。芹は共同しても行かないといけないところがあると、デートの前に出版社へ行っていたのだ。芹だって特に暇なわけでは無い。しかしこうやって都合を付けてデートをしてくれるのだ。
 一馬は今日は朝からある仕事をこなしたあと、奥さんの祖父が眠る霊園へ行くと言っていた。奥さんの祖父は喫茶店を経営していて、コーヒーがとても美味しかったらしい。沙夜は飲んだことが無いが、一馬は一度前に組んでいたジャズバンドのメンバーと共にたまたま入ったその喫茶店でコーヒーを飲んだのだ。
 その時から奥さんとは顔を合わせていたのかもしれない。
 なのでその祖父の墓参りをするというのは一馬にとっても意味があるのだ。それに家族なのになかなか会えない状況でもある。数時間かもしれないが、隠れるように家族に会える貴重な時間なのだ。
 そして沙夜もなかなか芹とこうしてデートをすることは無い。沙夜にとってもこの時間は貴重なのだ。だが後ろめたさがあるし、一馬のことを思うと複雑だった。
 携帯電話のメッセージから、一馬はもう仕事を終えて霊園へ向かったらしい。そしてそこで遥人に会い、四人でお茶をしているようだ。きっと一馬自体も他人が居た方が楽かもしれない。そう思っていたときだった。
「沙夜さん?」
 声をかけられて携帯電話から目を離す。そこには純の姿があった。ギターを背負っているが、ギターはアコースティックのように見える。エレキギターでは無いのが珍しいと思った。
「夏目さん。今から別の現場へ行くの?」
「俺、今から仕事だよ。珍しいけど、この音が欲しいんだって。」
 アニメのサントラの仕事だった。入れる曲は数曲で、曲自体も短いようだがアコースティックギターがメインの曲なのだ。それを沙夜も聴いて、面白い曲だと思っていた。星の数ほど作曲家や編曲家がいる中、沙夜のような突拍子も無いような曲を作る人も居るが、それ以上に才能が溢れた人は居る。この狭い国内でもこんなに居るのだから、海外へ行けば尚更だろう。
「どこのスタジオ?」
「Aの方かな。珍しいよね。そんなところにスタジオなんか会ったかなって思ったけど。」
「そうなんだ。」
「沙夜さんは今日は休み?」
「えぇ。」
「海外へ行くのに、買い物なんかはしなくても良いの?」
「大丈夫。ある程度はもう買ってあるから。」
「準備万端だ。」
「えぇ。」
 道行く人が純に目が留まり振り返っている。最近、純も遥人とラジオに出たりすることが多いし、個人的にラジオ番組のパーソナリティーになった事もありこうやって振り向かれることも多いのだ。
 徐々に遥人だけが注目されるのでは無く、個人個人が注目されている。それだけ「二藍」の知名度は上がっているのだ。
「今日はデート?」
「あら。どうしてそう思うのかしら。」
 すると純は少し笑って言う。
「感だよ。待ち合わせみたいに見えるし、それにいつもよりも綺麗な格好をしている。」
「いつもよりって……。普段どんな格好をしていると思ってるの。」
 すると純は手を振って益々笑った。
「いつもはスーツだけど、私服の時はもう少しこう……気合いが入っていないような格好だったし。」
 田舎へ行くことが多いのだ。なので汚れても構わないような格好をしていることが多いからかもしれない。芹とデートをするから小綺麗にしていると思われて、沙夜は少し恥ずかしいと思った。
「これは沙菜のお下がりなんだけどね。」
 白いチュニックは、沙菜が着ると太って見えるらしい。胸がありすぎて、そこだけ盛り上がるのだ。
「デートの相手は芹さん?それとも一馬?」
 その言葉に沙夜は驚いたように純を見た。純もまた一馬との関係を知っているのかと思ったのだ。
「え?どうして一馬が出てくるのかしら。」
 すると純は少し笑って言う。
「俺、既婚者と付き合うのって別に良いと思うよ。俺だってそうなると思うし。」
 純には恋人が居る。バーのオーナーをしている男。加藤英二は、純よりも年上で一緒に住んでいるらしい。だが体の関係は無いのだ。それは昔、純が女にレイプされセックス自体に嫌悪感を示しているから。キスすら男が相手でも嫌だという。
 その代わり、英二は純の他に遊ぶ相手やセックスをする相手が居る。それは男であり、遊ぶ相手なのだ。自分がしたくないからと我が儘を言っているから、英二にもそれを付き合わせたくないと純はそれを見てみないふりをしているらしい。
「加藤さんが別の人と、一緒になるかもしれないの?」
 すると純は首を横に振る。
「そうじゃないけどね。ただ、英二は女と結婚すると思うよ。そうなった時、俺と別れるかって言われると別れないって言ってる。ただ一緒には住めない。俺の方が愛人みたいなモノだし。」
「……。」
「だから俺は沙夜さんを一馬が求めたのはわかるよ。あの奥さんだったら一馬もずっと気を遣っていたんだろうし。それを沙夜さんに求めたのは仕方ないのかなって思うから。」
 もう全部お見通しのように思えた。沙夜は少しため息を付くと、純に言う。
「芹に非は無いのよ。ただ……私が余計なことを言ってしまったからかしらね。それに芹自体もまだ前の恋人を忘れられないこともあるし。」
「沙夜さん自体も求めてたんだ。」
「都合が良いかもしれないけどね。」
 すると純は首を振って言う。
「いいや。仕方ないよ。」
 もし以前だったら、純はこういう関係を知れば真っ先に反対したかもしれない。潔癖なところがあり、尚且つネガティブなところがあるから。それに相手が一馬だと言うこともあれば、尚更だろう。バンドを組んだ一時期は、純は一馬に惹かれていたこともあったから。だが一馬が結婚すると言うことで、その気持ちに線を引いたのだ。一馬が純の方を振り返ることは絶対無いのだから。
「毎日一馬の所に食事を運んでいるって聞いたよ。それから一緒に食べているって。」
「それでも、それだけよ。」
「え?」
「状況を考えて手を出すかしら。そこまで一馬が非常識だと思う?」
 真面目な男なのだ。そんなことをするわけが無い。
「それもそうだ。悪いことを聞いたね。」
「ううん。夏目さん。そろそろ行かなくても大丈夫?」
「あぁ。そうだった。立ち話しちゃったな。」
 純はそのまま改札口へ足を向けようとしたときだった。沙夜の携帯電話が鳴る。その名前に、沙夜は驚いて行こうとした純を止めた。
「夏目さん。」
 すると純もその足を止めて、沙夜の方を振り返る。
「どうしたの?」
「水川さんからなんだけど……。あなたは一馬の居所とか、奥様の居るところとか伝えていないわよね?」
「水川さん自体に会ったのって、この間合わせたときが最後だよ。」
「そうよね。だったら誰から……。」
「どうしたの?」
 遥人からのメッセージだった。遥人と一馬、そして奥さんと子供でAにある霊園からほど近くの植物園でお茶をしていたとき、有佐がその場にやってきたのだという。
 どうしてここに居ることがわかったのだろう。そして必要以上に、奥さんと子供に近づいてきていた。それが遥人には違和感だったという。
「……どうして水川さんがそこに居るのを知っていたのかな。遥人が言うとは思えないし。そもそも遥人は結構水川さんのことを嫌っているしなぁ。」
「そうよね……。」
 また心がモヤモヤする。有佐はさっぱりしていているが、人の心を考えないところがある。そして一馬の奥さんにずっと執着をしていたのだ。それが一馬にとって少し、複雑な気持ちにさせていた。
 有佐の出現は、また六人によどんだ空気を送り込むような存在だったのかもしれない。それを沙夜が守り切れるのだろうか。そう思うと不安になる。
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