触れられない距離

神崎

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 裕太は逃げるように駅の方へ行ってしまった。そして沙夜は真二郎を初めてここまでまじまじと見たかもしれない。本当に綺麗な男だと思った。そしてその横顔は誰かに似ている。
「泉さんだったかな。」
「はい。遠藤さんですよね。話には聞いていました。」
「真二郎で良いよ。君のことも沙夜さんで良いかな。」
「えぇ。大丈夫です。」
 真二郎は少し目を細めると、手を差しだした。すると沙夜も手を刺しだしてその手を握る。握手をすると言うことだろう。パティシエをしているので、手は少し荒れているような感じがした。それは一馬の奥さんの手と少し似ている。
「あのさ。沙夜。」
 手を離すと、芹が沙夜に言う。
「どうしたの?そう言えばどうして真二郎さんとあなたが一緒に居るのかしら。」
「花岡さんの奥さんの様子を見に来たんだよ。知らない奴らばっかりだし、気を遣ってるんじゃ無いのかって。帰るって言うから、俺もお前を迎えに行きたかったしそれで一緒になっただけ。」
 一馬の予想通りだった。やはり真二郎は家にやってきたのだろう。
「そうでしたか。」
「真二郎さんが来たら、海斗が凄い喜んでさ。本当、誰の子だよって感じだな。」
 その言葉に胸が痛い。それが一馬をずっと悩ませているのだから。
「そうかな。やはり父親と会えないのは寂しいと思うよ。確かにずっと側に居たけれど、俺は父親ってわけでは無いし。やはり一馬さんにはどこかで会う機会があると良いんだけど。」
 ちらっと沙夜の方を見る。スケジュールを管理しているのは沙夜なのだ。だから一馬の都合も良くわかっているので、都合が付かないだろうかと思っているのかもしれない。
「そうですね。少し難しいでしょう。」
「夜ならいけるかな。」
「目立ちますからね。一馬は。」
 軽く一馬と呼べるのかと、真二郎は少しため息を付いた。一馬は人との間に壁を作ることがあるが、沙夜はそれが無いのだろう。
「海斗が可愛そうだと思わないか。保育園にも行けないし、あの家に居るだけってのもなぁ……。」
 芹もそう言うと、少し考えているようだ。
「何も家でじっとしていろと言うわけじゃ無いわ。公園なんかにも行けると思うけれど。」
「知らない奴らばっかりのところで公園にいてもさ。花岡さんの実家へはいけないか。」
 すると今度は真二郎が首を横に振る。
「一馬さんの実家には響子の親がいきなり押しかけたみたいなんだ。かくまっているだろうってね。知らないといっても家の中まで上がってきそうな勢いだったし。」
「だと思った。」
 これも一馬が言ったとおりになった。そして奥さんと海斗を翔の家に避難させておいて良かったと思う。想像もしないところだったからだ。
「ただ、あの家は少し静かだよね。海斗は騒がしいところで育ったから今夜は寝れるかな。」
「すぐ慣れるだろ。子供なんだし、適応力は大人より良いだろうな。」
 それに母親を守ろうとしているのだ。一馬がいない代わりに、自分が守らないといけないと思っているところがある。こういうところは一馬に似ているのだ。
「沙夜さん。」
 ちらっと裕太が行ってしまった駅の方を真二郎は見る。そして誰も居ないことを確認すると、沙夜に聞いた。
「一馬さんはどう?」
 すると沙夜も駅の方を見た。マスコミなんかがいないだろうかと思ったのだが、ここまではマスコミも想像していないらしく、そういう人は見えない。
「帰国してすぐにレコーディングがあるんです。だからその練習をしてましたね。」
「こんな時に?」
 芹は驚いたように言うと、沙夜は首を横に振って言う。
「多分、そうしないと不安なのよ。何かしないときが紛れないと言うか。」
「……それならわからないでも無いな。」
 芹だって、紫乃のことを忘れようとしてライターの仕事を始めたところもある。しかし全く違うことを考えているときは、ただ自分から逃げているだけなのだ。
「一馬さんはやはり少し頼りないところがあるな。なのに沙夜さんのことを心配したりなんかして。」
「……外国へ行って帰ってきたときのことを言っていますか?家に泊まったときのことを。」
 真二郎はその事を言いたかったのだろう。奥さんがショックを受けて海斗にまで気を遣わせたのに、一馬はのこのこ沙夜という他の女を連れてきて泊まらせて欲しいと言ったのだ。確かに沙夜は奥さんと気が合って、仲が良さそうに見える。それでもその辺の気を遣って欲しかったと真二郎は思っていたのだ。
「そうだね。」
「あの時はすいません。自分のことしか考えていなくて。」
「そういうときもあると思うけれど、どうして一馬さんの家だったの?別にホテルをとっても良かったんじゃ無いのかな。」
「……そうですね……。その頃から少しずつ、一馬には気を許していたのかもしれません。一馬もプライベートのことや仕事のことを少しずつ相談されていましたし、それに私も甘えて相談できる間柄になってたんです。だから甘えてしまったんです。すいません。そんなことがあったのも知らないで。」
「節度を持って欲しい。響子のことを思うなら。」
 ただ謝るしか無かった。このままだとぼろが出そうになる。つまり一馬との関係を言わないといけない事態になりそうだ。
「あのさ。」
 その時芹が声をかける。すると真二郎は不思議そうに芹を見た。
「どうした?」
「俺と沙夜って付き合っているっていったじゃん。」
「そうだと聞いてる。でも付き合っているようには見えないけどね。」
「見えなくてもそうなんだよ。」
「それは悪かったね。要らないことを言った。」
「……恋人でも色んな形があるし、夫婦でも色んな形があるだろ?俺が変わったカップルだなって思ったのは、夫婦だけどお互いに別に恋人が居るとかさ。」
「あるね。俺も知っている人はそういう人だって居る。」
「夫婦だから、恋人だからって一から十まで全部腹を割って話せないことだってあるんだよ。それを話せる相手ってのは別に異性じゃ無くても同性でも居て良いんじゃ無いのか。」
「……。」
「あんたと一馬さんの奥さんみたいにさ。昔っから知っている仲だったらそういう仲になるんじゃ無いのか。」
「かもしれないね。」
「沙夜と一馬さんだってそういう相手なんだろ。別に良いじゃん。」
 すると芹を見て真二郎は少し笑って言う。
「ずいぶん、聖人のようなことを言うんだね。」
「そっかな。でも俺も沙夜も話をしてる方だと思うけど。唯一理解できないのは、お前が頑なに籍を入れたくないって言ってることだけど。」
 籍という言葉に真二郎は意外そうに沙夜と芹を見比べた。
「籍?結婚したいんだ。」
 その言葉に沙夜は手を振って言う。
「私は事実婚でも良いと言っているのですが。」
「ゲイカップルみたいに?」
「そういえば真二郎さんはそういう関係の副業をしていたんですよね。」
 真二郎は昔、ウリセンに籍を置いて客を取っていたのだ。きっとその辺の事情は純よりも詳しいだろう。
「そうだけど、事実婚は結構厳しいよ。今は法律が変わってきているけれどね。しかし、贅沢だよね。俺に言わせると。」
「そうですかね。」
「うん。ゲイカップルは結婚できないってどちらかの養子にしたりして、何とか籍を入れようとしているのにさ。」
「……。」
「男女なのにそうしたくないというのは本当に贅沢。」
 すると沙夜は首を横に振る。
「事情があるんです。芹の家にも問題があるように、うちにも問題がありますから。」
「本人だけが良いから、結婚できるというわけじゃ無いんだよねぇ。まだこの国はそういう家と家との繋がりっていうんだろうし。」
 真二郎はそう言ってため息を付いた。家と家の繋がりがあるから、響子は隠れるように身を潜め、一馬と会えないのだ。だから自分がその代わりをしたい。響子のためにも。
 結婚できなくても良い。一馬よりも響子を守れる。その自信があった。そして一馬は自分のことだけを見ていれば良いのだ。家族も守れない男だと結婚したときは思っていなかった。今回のことで、本格的に真二郎は一馬を見損なってしまったのだろう。そしてこの沙夜という女性は、どうしてその一馬を守ろうとしているのだろう。そこまでの男では無いのに。
 もしかして……。
 真二郎の中で課程が産まれた。芹とは結婚をしたくない。事実婚で良い。一馬は何でも話せる間柄なのだ。そして一馬の居所へ軽く沙夜は行くことができる。
 だとしたら、考えたくは無かったがそれが事実ならば、とんでもないことだ。響子の目を盗んで部屋に行くような間柄。そう思うと、真二郎の心の中に悪意が生まれる。
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