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焼きプリン
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組み立てるテーブルと予備の椅子を持ってきて、テーブルにタッパーを並べた。ここはキッチンなどが付いていないので、破棄出来るように紙の皿や紙のコップを用意している。スープジャーにはかき玉汁が入っているのだ。
「美味しいわね。」
「あぁ。まだ少し温かいな。」
ご飯は塩むすびに海苔を巻いただけだが、ただご飯を詰めるよりもおにぎりにした方が食べやすいと思ったのだろう。
「朝はどうするのかしら。」
「朝と昼はこちらでどうにかすると言っている。夜だけは欲しいと。」
するとおにぎりを食べながら、一馬は少し笑った。
「どうしたの?」
「一緒に住んでいたときには、朝日が昇る前に出て行くこともあったし、夜は日が越えることはざらだ。そんなときには食事は要らないと言っていたが、こうやって離れているときの方が食べることが多くなるのは皮肉なモノだと思ってな。」
しかも夕食を要らないというのが遅くなって、もう用意をしてしまったときもある。普通の奥さんだったらそこで怒りを抑えきれないのかもしれない。だが一馬の奥さんはそんなことで怒ったりはしなかった。食べれなかった夕食は次の日の弁当にしたりしていたりして、捨てたりすることはほとんど無かったように思える。弁当を作る手間が省けたと前向きな言葉すら口にするのだ。
「真似出来ないわ。」
沙夜ならすぐに怒りを露わにするだろう。それが同居している三人もわかっているので、夕方の十七時までに夕食の有無を知らせてくれる。逆に沙夜が作れないときには最近は芹に任せているのだ。最初は卵焼きも作れなかったのに、ずいぶん上達したと思う。
「あいつも料理にはそこまでこだわっていなかった。手早くパッと作れるモノが中心だったのに、一緒になってからは一手間をかけるような料理も作ってくれる。それこそ、餃子なんかを手作りすることもあるんだ。」
「餃子は手間だものね。」
「二藍」の五人が家に来たとき、みんなで餃子を包んだ。もし一人暮らしなどをしていたら絶対餃子なんていう手間のかかるモノは作っていないが、みんながいるから作ったのだ。
「買ったモノはニンニクが入っているから仕事の邪魔になるらしい。」
「ということはニンニクは入れないのかしら。」
「その代わり生姜が沢山入っている。あれはあれで美味しいと思うがな。」
先程から一馬は奥さんの話をずっとしている。奥さんが作った料理を食べているからだろう。やはり一番好きなのは奥さんで、そして子供なのだ。どんなに裏切られたと思っても捨てられないのだろう。
それは奥さんも一緒なのだ。沙夜をここへ来て貰うように言って、一馬をよろしくと言われてもやはり自分の夫で、奥さんもまた一馬を大事にしているのだろう。この料理の一つ一つが物語っている。
一馬は大食漢だ。それに酒も驚くほど飲む。その食べる量なんかも把握しているのだ。
「離れている間、奥様に会うことは出来ないかしら。」
「うちのに?」
「子供さんもそうだし、このまま外国へ行ったら一ヶ月くらいは会えないことになるでしょうし。K街なんかにはきっとマスコミがいるから、別の……そうね……。うちの会社なんかでは……。」
「いいや。その必要は無いだろう。」
一馬はそういうと、鳥の照り焼きに箸をのばした。
「どうして?」
「きっと翔の家には真二郎が行くだろうな。こんな時に気を遣わないヤツじゃ無い。何よりも妻と子供を大事にしているのだから。」
オーナーはそれどころでは無いだろう。とするとやはり頼りになるのは真二郎なのだ。
「真二郎さんがあの家に?」
「来ても問題は無いだろう。息子は懐いているし、いつもの顔があれば妻も安心出来る。なんだかんだ言ってもあの家は他人ばかりで気を遣うだろうし。」
まだ二人きりの方が良かったかもしれない。だがそれでは被害者である奥さんの精神状態が不安なのだ。そういうときに支えてやるのが夫なのかもしれない。だが一馬はずっと付いてやれないのだ。
「ねぇ。やはり外国へ行くのをあなたは、止した方が良いかもしれないわ。」
「治もあの状況で行くと言っているのに、俺が行かないのか?」
「でもあなたの一番は家族なんでしょう?」
家族のためだったら「二藍」を辞めても良いとまでいったのだ。その言葉が沙夜に響き、何をおいてでも家族を優先すると思っていた。それは「二藍」のメンバーはみんな同じ考えだろう。それぞれに大事にしたいモノがある。その両方を取ったのは治だったが、治は外国できっと苦労するだろう。治安が余り良くない土地らしいからだ。それで無くても子供の一人歩きなどをさせただけで、刑罰になるような土地で仕事と子供と全てを見ないといけないのだから。
「俺の一番は確かに家族かもしれない。かけがえの無いものだ。だがそれと同時に大事にしたいモノがある。」
「……。」
「「二藍」であり、お前だ。」
その言葉に沙夜は箸を置く。そして真っ直ぐに一馬を見た。その目に嘘は無く、ただ体を抱きたかっただけの誠二とは全く違うモノだ。
「私?」
「音楽だけでは無く、体だけでは無く、こうして何でも話をすることが出来る貴重な関係だ。「二藍」のメンバーにもいえないことをお前には言える。それを捨てたくない。」
そしてそれは一馬の奥さんにもそういう関係の人がいる。それは真二郎なのだ。きっと奥さんは、一馬よりも信頼しているのかもしれない。
「それを奥様がわかっていて?」
「だからお前をここによこした。俺に好きなことをして欲しいと。」
だが一馬は複雑なのだろう。沙夜と一馬の関係を知らないまま沙夜をよこしたというのであれば、沙夜と何度も体を重ねているのは裏切りになる。だが知っていてよこしたというのであれば、それはもう諦めなのかもしれない。一馬が奥さんと真二郎の関係を諦めているように、奥さんも沙夜との関係を見て見ぬふりをしているのだ。
「あの……一馬。今日は……。」
すると一馬は沙夜が言いたいことがわかったのか首を横に振る。そしてそれを言わせないように、沙夜の前に置いている箸を見て言った。
「良いから食べろ。思い詰めてお前は食べるのを疎かにすることがあるからな。いずれ倒れてしまうぞ。」
その言葉に沙夜は少し笑う。
「そうね。」
また箸を持ち直すと、今度はポテトサラダに箸をのばした。このポテトサラダは美味しい。沙夜が作るモノとは違っていて、厚切りのハムやブラックペッパーの味がする。
「それにしてもオーナーはどうするのか。」
「洋菓子店のオーナー?」
「身内に犯罪者がいるんだ。K街ならともかく、普通の店でそういう人がいるというのは店を維持するリスクが高いだろう。しかも個人店だ。今までも色んな噂を立てられていたが、それを無視するくらいの実力が何も言わせなかったところがある。だがこの事件は、噂では無く事実だ。ニュースになって誰でも知っていることだろう。どう考えても評判が落ちるし、客足が遠のくのは目に見えている。いくら品質が良くてもな。」
それはアーティストでも同じ事だろう。良い作品を作るから売れるというのは一概には言えないのだ。本人が悪くなくても身内に犯罪者なんかが出てくれば、謝らないといけないのだ。
「閉店するのかしら。」
「そうなれば水川さんの思惑通りだ。」
「水川さんの?」
すると一馬はため息を付いて言う。ずっと有佐からいわれていたことだった。
「水川さんはうちの妻に外国へ来て欲しいと言っている。」
そう言われて沙夜も思い当たる節があった。
「え……もしかして……。」
「知っていたか。」
「既存の店で雇われるのは難しいかもしれない。人間関係をうまく築けない人だから。でも個人の店なら出来るかもしれないって前に言っていたわ。」
「甘いと思う。」
外国へ言った一馬がそう感じたのは、理由がある。誰でも美味しいモノというのは存在しないのだとずっと思っていたから。
「甘い?」
「その土地その土地での美味しさというモノがあるだろう。夏ほどに行った外国でも紅茶が美味しい店に入ったのを覚えているか。」
「えぇ……。」
「俺らは美味しいと思えたが、別の声では香りが高すぎて臭いという人もいるんだ。コーヒーもそうだ。あちらの国のコーヒーは薄くて大きなサイズでかうことが多い。そこでうちの奥さんが淹れるようなコーヒーが受け入れられるだろうか。水川さんは、美味しいモノは万国共通だと言っていたが、そんなに甘いものでは無いと俺は思う。」
美味しいポテトサラダと思うが、確かにこれを嫌いだという人もいるだろう。全ての人に受け入れられる味など無いのだから。
「美味しいわね。」
「あぁ。まだ少し温かいな。」
ご飯は塩むすびに海苔を巻いただけだが、ただご飯を詰めるよりもおにぎりにした方が食べやすいと思ったのだろう。
「朝はどうするのかしら。」
「朝と昼はこちらでどうにかすると言っている。夜だけは欲しいと。」
するとおにぎりを食べながら、一馬は少し笑った。
「どうしたの?」
「一緒に住んでいたときには、朝日が昇る前に出て行くこともあったし、夜は日が越えることはざらだ。そんなときには食事は要らないと言っていたが、こうやって離れているときの方が食べることが多くなるのは皮肉なモノだと思ってな。」
しかも夕食を要らないというのが遅くなって、もう用意をしてしまったときもある。普通の奥さんだったらそこで怒りを抑えきれないのかもしれない。だが一馬の奥さんはそんなことで怒ったりはしなかった。食べれなかった夕食は次の日の弁当にしたりしていたりして、捨てたりすることはほとんど無かったように思える。弁当を作る手間が省けたと前向きな言葉すら口にするのだ。
「真似出来ないわ。」
沙夜ならすぐに怒りを露わにするだろう。それが同居している三人もわかっているので、夕方の十七時までに夕食の有無を知らせてくれる。逆に沙夜が作れないときには最近は芹に任せているのだ。最初は卵焼きも作れなかったのに、ずいぶん上達したと思う。
「あいつも料理にはそこまでこだわっていなかった。手早くパッと作れるモノが中心だったのに、一緒になってからは一手間をかけるような料理も作ってくれる。それこそ、餃子なんかを手作りすることもあるんだ。」
「餃子は手間だものね。」
「二藍」の五人が家に来たとき、みんなで餃子を包んだ。もし一人暮らしなどをしていたら絶対餃子なんていう手間のかかるモノは作っていないが、みんながいるから作ったのだ。
「買ったモノはニンニクが入っているから仕事の邪魔になるらしい。」
「ということはニンニクは入れないのかしら。」
「その代わり生姜が沢山入っている。あれはあれで美味しいと思うがな。」
先程から一馬は奥さんの話をずっとしている。奥さんが作った料理を食べているからだろう。やはり一番好きなのは奥さんで、そして子供なのだ。どんなに裏切られたと思っても捨てられないのだろう。
それは奥さんも一緒なのだ。沙夜をここへ来て貰うように言って、一馬をよろしくと言われてもやはり自分の夫で、奥さんもまた一馬を大事にしているのだろう。この料理の一つ一つが物語っている。
一馬は大食漢だ。それに酒も驚くほど飲む。その食べる量なんかも把握しているのだ。
「離れている間、奥様に会うことは出来ないかしら。」
「うちのに?」
「子供さんもそうだし、このまま外国へ行ったら一ヶ月くらいは会えないことになるでしょうし。K街なんかにはきっとマスコミがいるから、別の……そうね……。うちの会社なんかでは……。」
「いいや。その必要は無いだろう。」
一馬はそういうと、鳥の照り焼きに箸をのばした。
「どうして?」
「きっと翔の家には真二郎が行くだろうな。こんな時に気を遣わないヤツじゃ無い。何よりも妻と子供を大事にしているのだから。」
オーナーはそれどころでは無いだろう。とするとやはり頼りになるのは真二郎なのだ。
「真二郎さんがあの家に?」
「来ても問題は無いだろう。息子は懐いているし、いつもの顔があれば妻も安心出来る。なんだかんだ言ってもあの家は他人ばかりで気を遣うだろうし。」
まだ二人きりの方が良かったかもしれない。だがそれでは被害者である奥さんの精神状態が不安なのだ。そういうときに支えてやるのが夫なのかもしれない。だが一馬はずっと付いてやれないのだ。
「ねぇ。やはり外国へ行くのをあなたは、止した方が良いかもしれないわ。」
「治もあの状況で行くと言っているのに、俺が行かないのか?」
「でもあなたの一番は家族なんでしょう?」
家族のためだったら「二藍」を辞めても良いとまでいったのだ。その言葉が沙夜に響き、何をおいてでも家族を優先すると思っていた。それは「二藍」のメンバーはみんな同じ考えだろう。それぞれに大事にしたいモノがある。その両方を取ったのは治だったが、治は外国できっと苦労するだろう。治安が余り良くない土地らしいからだ。それで無くても子供の一人歩きなどをさせただけで、刑罰になるような土地で仕事と子供と全てを見ないといけないのだから。
「俺の一番は確かに家族かもしれない。かけがえの無いものだ。だがそれと同時に大事にしたいモノがある。」
「……。」
「「二藍」であり、お前だ。」
その言葉に沙夜は箸を置く。そして真っ直ぐに一馬を見た。その目に嘘は無く、ただ体を抱きたかっただけの誠二とは全く違うモノだ。
「私?」
「音楽だけでは無く、体だけでは無く、こうして何でも話をすることが出来る貴重な関係だ。「二藍」のメンバーにもいえないことをお前には言える。それを捨てたくない。」
そしてそれは一馬の奥さんにもそういう関係の人がいる。それは真二郎なのだ。きっと奥さんは、一馬よりも信頼しているのかもしれない。
「それを奥様がわかっていて?」
「だからお前をここによこした。俺に好きなことをして欲しいと。」
だが一馬は複雑なのだろう。沙夜と一馬の関係を知らないまま沙夜をよこしたというのであれば、沙夜と何度も体を重ねているのは裏切りになる。だが知っていてよこしたというのであれば、それはもう諦めなのかもしれない。一馬が奥さんと真二郎の関係を諦めているように、奥さんも沙夜との関係を見て見ぬふりをしているのだ。
「あの……一馬。今日は……。」
すると一馬は沙夜が言いたいことがわかったのか首を横に振る。そしてそれを言わせないように、沙夜の前に置いている箸を見て言った。
「良いから食べろ。思い詰めてお前は食べるのを疎かにすることがあるからな。いずれ倒れてしまうぞ。」
その言葉に沙夜は少し笑う。
「そうね。」
また箸を持ち直すと、今度はポテトサラダに箸をのばした。このポテトサラダは美味しい。沙夜が作るモノとは違っていて、厚切りのハムやブラックペッパーの味がする。
「それにしてもオーナーはどうするのか。」
「洋菓子店のオーナー?」
「身内に犯罪者がいるんだ。K街ならともかく、普通の店でそういう人がいるというのは店を維持するリスクが高いだろう。しかも個人店だ。今までも色んな噂を立てられていたが、それを無視するくらいの実力が何も言わせなかったところがある。だがこの事件は、噂では無く事実だ。ニュースになって誰でも知っていることだろう。どう考えても評判が落ちるし、客足が遠のくのは目に見えている。いくら品質が良くてもな。」
それはアーティストでも同じ事だろう。良い作品を作るから売れるというのは一概には言えないのだ。本人が悪くなくても身内に犯罪者なんかが出てくれば、謝らないといけないのだ。
「閉店するのかしら。」
「そうなれば水川さんの思惑通りだ。」
「水川さんの?」
すると一馬はため息を付いて言う。ずっと有佐からいわれていたことだった。
「水川さんはうちの妻に外国へ来て欲しいと言っている。」
そう言われて沙夜も思い当たる節があった。
「え……もしかして……。」
「知っていたか。」
「既存の店で雇われるのは難しいかもしれない。人間関係をうまく築けない人だから。でも個人の店なら出来るかもしれないって前に言っていたわ。」
「甘いと思う。」
外国へ言った一馬がそう感じたのは、理由がある。誰でも美味しいモノというのは存在しないのだとずっと思っていたから。
「甘い?」
「その土地その土地での美味しさというモノがあるだろう。夏ほどに行った外国でも紅茶が美味しい店に入ったのを覚えているか。」
「えぇ……。」
「俺らは美味しいと思えたが、別の声では香りが高すぎて臭いという人もいるんだ。コーヒーもそうだ。あちらの国のコーヒーは薄くて大きなサイズでかうことが多い。そこでうちの奥さんが淹れるようなコーヒーが受け入れられるだろうか。水川さんは、美味しいモノは万国共通だと言っていたが、そんなに甘いものでは無いと俺は思う。」
美味しいポテトサラダと思うが、確かにこれを嫌いだという人もいるだろう。全ての人に受け入れられる味など無いのだから。
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