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焼きプリン
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営業時間には少し早い時間なのに、続々とスタッフが集まってきた。それはここで「二藍」が新しいアルバムの曲を合わせるという話を聞いていたから。元々このライブハウスは音が響く作りになっていて、デビュー前のバンドやデビュー直後のアーティスト達がお披露目をする場でもある。なのである程度良く聞こえるようにしているのだが、「二藍」のようなバンドが演奏すると更に精度が上がって聞こえる。
しかしその環境に慣れてはいけない。録音はまた違うのだから。
「夏目さん。そのソロの動きだけど、もう少しはっきり引いてくれないかしら。ごちゃごちゃして聞こえるわ。」
「OK。」
「それから翔は、その音の切り替えね。もっと素早くやって。その二小節前くらいから出来る?」
「腕は二本しか無いんだよ。ギリギリにしか出来ない。」
「だったら素早くやって。じゃないと前の音がかぶって聞こえるわ。」
有佐が言いたかったことを全て言ってくれている。沙夜はその音を全て聞き逃さない正確さがあるようだ。この響く会場では、聞き分けは難しいだろうに一人一人の音を性格に聞いてアドバイスをしているように思える。
「治。そのハイハットは響きを残すな。純のソロにかぶらないようにしてくれ。」
「OK。一馬もラストのところさ……。」
治も一馬の言葉を良く聞いているし、一馬も治の言葉を良く聞いてプレイしている。それだけでは無い。五人、いや、沙夜を含めた六人で音楽を作っているようだ。その中に有名なプロデューサーとはいえ、他人が入って大丈夫なのだろうか。有佐はそう思いながらその様子を見ていた。
「……。」
テーブルの隅に置いているプリンを食べ終わった容器。沙夜は食事を作って五人に食べさせることもあるらしい。こういう取りかかりから、きっと五人の心を掴んでいた。きっとどんなに美味しい食事や真二郎が作ったデザートよりも、こういうモノが五人は好きでそれを沙夜もわかっている。
それだけに不安だと思った。
やがて時間になり、練習を終える。最後の曲を通したあと、スタッフ達が思わず拍手をした。それくらいこのインストの曲は良い曲だと思える。
「みんなこれから予定があるの?」
片付けをしていた五人に、有佐は声をかける。すると遥人はマイクを片付けながら頷いた。
「俺、また今から撮影スタジオへ行くんですよ。」
「モデルの?」
「まぁ。そうですけど。」
中途半場だと言われて良い気分はしていない遥人は、不機嫌そうに有佐の問いに答えた。すると有佐はステージに上がると、遥人に微笑みかける。
「そうつれなくしないで。良い声をしていたわ。基礎をしっかりしていたような感じ。ミュージカルなんかにも出ているのかしら。」
「えぇ。今度また話が来てて。」
「向こうのミュージカルも一本くらい見たら良いわ。また考え方も変わってくるから。」
「そうなんですか。」
それは時間が合ったら、観に行こうと密かに計画をしていた。ただ、本場のミュージカルをするところは、レコーディングをするところとは場所が離れている。いけないだろうと少し諦めかけていたのだ。
「花岡も、ジャズのライブハウスへ行きたいんでしょう?」
すると一馬も片付けをしながら頷いた。
「一度あそこで演奏をしたことがあるんですけどね。今はまた新しいジャズプレーヤーも出て来ているだろうし。」
ちらっと沙夜の方を見る。沙夜は翔の片付けを手伝っていた。治の方は今日はここにあるドラムセットを使ったのだ。来れるとは思っていなかったので、治のモノは用意していなかったから。それでも何の遜色も無く叩いていたように思える。
もし可能だったら沙夜と一緒に行きたい。あの離れた土地では、一緒に歩いていてもとがめる人は居ないだろうから。
「泉さんはどこかへ行きたいところは無いの?」
有佐はそう聞くと、沙夜は少し笑って言う。
「海が近い所でしたよね。釣りは出来ませんか。」
「釣り?そんなモノに興味があるの?」
音楽とは全く関係ないことに有佐は驚いて沙夜の方を見る。
「海鮮が美味しいかと思ってですね。アクアパッツァとか美味しいかと。」
「まぁ……美味しいと思うけれど。」
すると翔が少し笑って言う。
「沙夜なら作りそうだよね。」
「えぇ。大きな鍋で作ってみたいわ。美味しいお店とか無いかしら。その味を参考にして作りたいわ。」
「その時はまたご馳走してよ。」
「もちろん。」
沙夜はそういうと少し笑う。その様子に有佐は違和感を持った。わざと沙夜は音楽の話題を避けたような気がするから。しかし先程の練習の時には、目が違った。それに聞く耳もある。
やはり、沙夜は「夜」なのでは無いか。有佐はそう思っていた。
そして向こうのプロデューサーから頼まれていることがある。去年発売されたアルバムのクレジットに載っている「夜」という人のこと。おそらくこの人の影響で、「二藍」は更にハードロックの枠にとらわれないジャンルになったと思う。それは悪いことでは無い。むしろ良い影響だと思う。だからこの人と話をしたいと。
あらかたの片付けが終わり、翔の機材はスタッフが運んでくれる。このままこの機材は外国へ送られるのだ。
「じゃあ、純。このあとよろしく。」
翔はそういうと、純は少し笑う。
「手加減してくれよ。」
「それはわからないな。納得したモノを送りたいし。」
スポーツドリンクのCMの曲を頼まれている。そのギターに、純のギターを使いたいと翔は言っていたのだ。だがその前のレコーディングの時、翔はどうしても納得しなくて何回も撮り直し、気が付いたら日を超えていたらしい。それを純は根に持っているのだ。
「翔の言っているのってふわっとしててわかりにくいよ。もう少しはっきりしたのがあると良いんだけどさ。」
「長年の付き合いだから、わかってくれると思ってたのに。」
「わからないって。」
おそらく「二藍」の時には沙夜が間に入っているから、翔の伝え方をわかりやすく純に伝えているのだろう。しかしこれは翔の仕事であるから、沙夜は関わらない。だからまたわかりにくくなっているのだろう。
「治はもう帰るか?」
「さすがにな。あぁ。帰りにミルクを買って帰らないと。」
「ミルクは混合か?」
「あぁ。そうじゃないと妻が寝れないし。」
一馬とは子供が居る者同士わかり合うこともあるのだろう。ライブハウスを出ると、それぞれに別れた。バスで移動する人、迎えが来ている人と様々だ。
そして沙夜と翔、そして純と有佐はそのまま会社の方向へ行こうとした。翔のスタジオは、会社の近くにある。なので途中までは一緒に行くのだろう。そう思っていたときだった。
「沙夜。ちょっと良いか。」
ダブルベースを背負い、エレキベースを手に持っている一馬が沙夜に声をかけた。沙夜も奥さんから気になることをここへ来る前に言われたばかりだ。沙夜も頷くと、一馬のところへ駆け寄る。
「水川さん。二人と先に会社に戻っていてください。」
翔も一馬が沙夜と何を話したいのかわかる。大体、一馬の奥さんと子供に家に来ても良いと言ったのは翔なのだ。だからその関係の話をしたいのだろうと言うのは安易に想像が出来る。
「水川さん。向こうのスタジオって、「Millennium」のアルバムで……。」
純は何のことだかわからないのだろうか、それでも興味のあることを話そうとしている。向こうの国に居る人からのリアルな声を聞きたいと思っているのだ。
「純はあのバンド好きだよな。」
「あぁ。昔生活がカツカツだったときに、切り詰めて切り詰めて買ったCDがそれだったわけだし。で、買って凄い……。」
有佐は行こうとしたその後ろをふと振り返る。そこには一馬と沙夜の姿があった。少し距離が近い気がする。一馬は元々奥さんとも付き合っていたとき、手を繋いで歩くのも恥ずかしがるような人だったのだ。だが今のその距離はとても近い。
「……。」
「あ、どうしました。水川さん。」
思い始めたら、すぐに行動をしないと嫌なのだ。だから有佐の足は二人の方へ向かう。そして行こうとする二人に声をかけた。
「先に行っていて良いわ。」
有佐はヒールを鳴らしながら、一馬と沙夜のところへ向かう。そのヒールの音は少し激しいような音に聞こえた。
しかしその環境に慣れてはいけない。録音はまた違うのだから。
「夏目さん。そのソロの動きだけど、もう少しはっきり引いてくれないかしら。ごちゃごちゃして聞こえるわ。」
「OK。」
「それから翔は、その音の切り替えね。もっと素早くやって。その二小節前くらいから出来る?」
「腕は二本しか無いんだよ。ギリギリにしか出来ない。」
「だったら素早くやって。じゃないと前の音がかぶって聞こえるわ。」
有佐が言いたかったことを全て言ってくれている。沙夜はその音を全て聞き逃さない正確さがあるようだ。この響く会場では、聞き分けは難しいだろうに一人一人の音を性格に聞いてアドバイスをしているように思える。
「治。そのハイハットは響きを残すな。純のソロにかぶらないようにしてくれ。」
「OK。一馬もラストのところさ……。」
治も一馬の言葉を良く聞いているし、一馬も治の言葉を良く聞いてプレイしている。それだけでは無い。五人、いや、沙夜を含めた六人で音楽を作っているようだ。その中に有名なプロデューサーとはいえ、他人が入って大丈夫なのだろうか。有佐はそう思いながらその様子を見ていた。
「……。」
テーブルの隅に置いているプリンを食べ終わった容器。沙夜は食事を作って五人に食べさせることもあるらしい。こういう取りかかりから、きっと五人の心を掴んでいた。きっとどんなに美味しい食事や真二郎が作ったデザートよりも、こういうモノが五人は好きでそれを沙夜もわかっている。
それだけに不安だと思った。
やがて時間になり、練習を終える。最後の曲を通したあと、スタッフ達が思わず拍手をした。それくらいこのインストの曲は良い曲だと思える。
「みんなこれから予定があるの?」
片付けをしていた五人に、有佐は声をかける。すると遥人はマイクを片付けながら頷いた。
「俺、また今から撮影スタジオへ行くんですよ。」
「モデルの?」
「まぁ。そうですけど。」
中途半場だと言われて良い気分はしていない遥人は、不機嫌そうに有佐の問いに答えた。すると有佐はステージに上がると、遥人に微笑みかける。
「そうつれなくしないで。良い声をしていたわ。基礎をしっかりしていたような感じ。ミュージカルなんかにも出ているのかしら。」
「えぇ。今度また話が来てて。」
「向こうのミュージカルも一本くらい見たら良いわ。また考え方も変わってくるから。」
「そうなんですか。」
それは時間が合ったら、観に行こうと密かに計画をしていた。ただ、本場のミュージカルをするところは、レコーディングをするところとは場所が離れている。いけないだろうと少し諦めかけていたのだ。
「花岡も、ジャズのライブハウスへ行きたいんでしょう?」
すると一馬も片付けをしながら頷いた。
「一度あそこで演奏をしたことがあるんですけどね。今はまた新しいジャズプレーヤーも出て来ているだろうし。」
ちらっと沙夜の方を見る。沙夜は翔の片付けを手伝っていた。治の方は今日はここにあるドラムセットを使ったのだ。来れるとは思っていなかったので、治のモノは用意していなかったから。それでも何の遜色も無く叩いていたように思える。
もし可能だったら沙夜と一緒に行きたい。あの離れた土地では、一緒に歩いていてもとがめる人は居ないだろうから。
「泉さんはどこかへ行きたいところは無いの?」
有佐はそう聞くと、沙夜は少し笑って言う。
「海が近い所でしたよね。釣りは出来ませんか。」
「釣り?そんなモノに興味があるの?」
音楽とは全く関係ないことに有佐は驚いて沙夜の方を見る。
「海鮮が美味しいかと思ってですね。アクアパッツァとか美味しいかと。」
「まぁ……美味しいと思うけれど。」
すると翔が少し笑って言う。
「沙夜なら作りそうだよね。」
「えぇ。大きな鍋で作ってみたいわ。美味しいお店とか無いかしら。その味を参考にして作りたいわ。」
「その時はまたご馳走してよ。」
「もちろん。」
沙夜はそういうと少し笑う。その様子に有佐は違和感を持った。わざと沙夜は音楽の話題を避けたような気がするから。しかし先程の練習の時には、目が違った。それに聞く耳もある。
やはり、沙夜は「夜」なのでは無いか。有佐はそう思っていた。
そして向こうのプロデューサーから頼まれていることがある。去年発売されたアルバムのクレジットに載っている「夜」という人のこと。おそらくこの人の影響で、「二藍」は更にハードロックの枠にとらわれないジャンルになったと思う。それは悪いことでは無い。むしろ良い影響だと思う。だからこの人と話をしたいと。
あらかたの片付けが終わり、翔の機材はスタッフが運んでくれる。このままこの機材は外国へ送られるのだ。
「じゃあ、純。このあとよろしく。」
翔はそういうと、純は少し笑う。
「手加減してくれよ。」
「それはわからないな。納得したモノを送りたいし。」
スポーツドリンクのCMの曲を頼まれている。そのギターに、純のギターを使いたいと翔は言っていたのだ。だがその前のレコーディングの時、翔はどうしても納得しなくて何回も撮り直し、気が付いたら日を超えていたらしい。それを純は根に持っているのだ。
「翔の言っているのってふわっとしててわかりにくいよ。もう少しはっきりしたのがあると良いんだけどさ。」
「長年の付き合いだから、わかってくれると思ってたのに。」
「わからないって。」
おそらく「二藍」の時には沙夜が間に入っているから、翔の伝え方をわかりやすく純に伝えているのだろう。しかしこれは翔の仕事であるから、沙夜は関わらない。だからまたわかりにくくなっているのだろう。
「治はもう帰るか?」
「さすがにな。あぁ。帰りにミルクを買って帰らないと。」
「ミルクは混合か?」
「あぁ。そうじゃないと妻が寝れないし。」
一馬とは子供が居る者同士わかり合うこともあるのだろう。ライブハウスを出ると、それぞれに別れた。バスで移動する人、迎えが来ている人と様々だ。
そして沙夜と翔、そして純と有佐はそのまま会社の方向へ行こうとした。翔のスタジオは、会社の近くにある。なので途中までは一緒に行くのだろう。そう思っていたときだった。
「沙夜。ちょっと良いか。」
ダブルベースを背負い、エレキベースを手に持っている一馬が沙夜に声をかけた。沙夜も奥さんから気になることをここへ来る前に言われたばかりだ。沙夜も頷くと、一馬のところへ駆け寄る。
「水川さん。二人と先に会社に戻っていてください。」
翔も一馬が沙夜と何を話したいのかわかる。大体、一馬の奥さんと子供に家に来ても良いと言ったのは翔なのだ。だからその関係の話をしたいのだろうと言うのは安易に想像が出来る。
「水川さん。向こうのスタジオって、「Millennium」のアルバムで……。」
純は何のことだかわからないのだろうか、それでも興味のあることを話そうとしている。向こうの国に居る人からのリアルな声を聞きたいと思っているのだ。
「純はあのバンド好きだよな。」
「あぁ。昔生活がカツカツだったときに、切り詰めて切り詰めて買ったCDがそれだったわけだし。で、買って凄い……。」
有佐は行こうとしたその後ろをふと振り返る。そこには一馬と沙夜の姿があった。少し距離が近い気がする。一馬は元々奥さんとも付き合っていたとき、手を繋いで歩くのも恥ずかしがるような人だったのだ。だが今のその距離はとても近い。
「……。」
「あ、どうしました。水川さん。」
思い始めたら、すぐに行動をしないと嫌なのだ。だから有佐の足は二人の方へ向かう。そして行こうとする二人に声をかけた。
「先に行っていて良いわ。」
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