触れられない距離

神崎

文字の大きさ
上 下
438 / 664
焼きプリン

437

しおりを挟む
 食事を終えると有佐は別の仕事のあとにスタジオへ来ると言っていた。沙夜も食事を終えると、少し雑務をこなしたあとに外へ出ようとした。その時オフィスに奏太が戻ってくる。
「お疲れ。今からスタジオか?」
「えぇ。どう?そちらのレコーディングは。」
「良いと思うよ。真面目な奴らで良かった。」
 一時は少しギクシャクしていたようだが、奏太も引くところを覚えたのだろう。演奏をしているのはバンドのメンバーで奏太では無いと言うことがわかったから。作り出す音楽は、バンドのメンバーが納得すれば良いということに気が付いたのだ。
「今日、みんな集まるのか?」
「橋倉さん以外ね。」
「それで曲を聴きたいってんだから、水川さんも相変わらず我が儘だよな。」
 我が儘は何となくわかるが、自己本位の我が儘では無い。せっかくコーディネーターとして外国を案内するのだ。しかも自分の国から。恥をかきたくないと思っているのだろう。
「昔から知っているのね。」
「向こうに居たときにな。世話になったよ。」
 その世話の礼くらいの気持ちで寝たのだが、思ったよりも気に入られたらしい。おそらく有佐は素直な反応をしているのだと思う。普通だったら恥ずかしいという感情があって顔を赤くするのかもしれないが、有佐はそれを恥だと思わない。素直に感じたことを表現しているだけなのだ。
「そうね。色々とお世話になったんでしょうね。」
 沙夜はそういうと、奏太は慌てたようにいう。
「言っとくけど、水川さんとはそんな関係じゃ無くて。」
「セフレでしょ?向こうにいたときの。」
「あー……まぁ、世話になったからさ。あの人のおかげでこっちの国に帰れたようなモノだし。」
 だからといって寝るというのは違う気がするが、そんな世界の人達なのだろう。沙菜だってそうだ。だからそれに対して自分が思っている正論を振りかざしても仕方ない。それにもういちいち奏太の女関係を突っ込みたくも無かった。
「良いじゃ無い。まだお互い独身同士なんだし。あぁ、水川さんは向こうで恋人が居ると言っていたけれど。」
「そっか。だから……。」
 そう言いかけて口をつぐんだ。これ以上性に奔放だと沙夜に思われたくなかった。だがこの間有佐と寝てしまったのは事実で、前に寝たときよりも若干大人しくなっていたのはそのせいだろう。
「そっちはどうなんだよ。」
 誤魔化したくて沙夜にそう聞いた。一馬とのことだとわかっていて、止めたいと思うのにやはり聞いてしまうのは自分が馬鹿だからだろうか。
「どうでも良いでしょう。もう行くわ。」
 自分のことは言いたくなかった。だが今度芹と出掛けるのは、自分にとって少し不安でもある。一馬と寝る度に自分が変わっているような気がする。それに芹は気が付いてしまうのだろうか。
「あぁ、そういえばいつもなんかお菓子とか弁当とか用意しているだろ?今日は何か作ってきたのか。」
「えぇ。」
「俺の分は?」
「スタジオにいる人だけによ。あなたには無いわ。」
「冷たいヤツ。」
「恋人でも作れば良いでしょう。料理が上手な人。あなただったらすぐに作れるんじゃ無いのかしら。合コンとかで。」
「今は全然行ってねぇよ。」
 ただ入れ込んで欲しいという女ばかりだ。だからホテルへ行く間もなく、居酒屋のトイレでセックスをしたのを妹の沙菜に見られたのはまずかった。それが奏太の品位を下げる結果になったのだから。
 沙夜がオフィスを出て行く。だがいつものバッグだけで行く姿に、いつもの保冷バッグなんかは持っていないようだ。差し入れを持っていない姿に少し違和感を持ちながら、奏太はその後ろ姿を見ていた。

 会社を出て、裏手にある公園へ向かう。昼時には休憩をしているサラリーマンやOLなんかが弁当を食べたり仮眠をしているようなところだが、もうその時間は過ぎていて人の姿はまばらだった。その中に芹の姿がある。保冷バッグといつものバッグを持っていて、ジーパンとシャツ、それにフードの付いた上着を着ている。
「芹。」
 声をかけると、芹は持っていた携帯電話を降ろして沙夜の方を見た。
「お疲れ。」
「ありがとう。わざわざ持ってきてくれて。」
「良いよ。俺もこっちに用事があったから。」
 詩集が発売されるのはあと二,三日後。予約が結構入っていて、予約だけで重版されるらしい。だが今日の打ち合わせは「草壁」のライターとしての本の打ち合わせだった。こちらも知る人ぞ知るという感じで、予約が入っているらしい。だが「渡摩季」としての詩集の方が、まだ売れるような感覚だ。
 保冷バッグを沙夜に手渡すと、沙夜はその中身を確認する。治は来れないはずなので、人数分だけを用意した。治が居たら少し余分を用意するのだが、他はそんなにガツガツしていないからだろう。
「海斗が凄い美味しいって絶賛してたよ。」
「あぁ。もう来ているの?」
「うん。親子揃ってさ。今は家に居て、俺が帰ったら商店街の方へ買い物に行くよ。夕飯は用意してくれるって。」
「そう……。」
 いつもどんなに忙しくても食事は用意していた。それがあの家に居る価値だと思ったから。だがその役割も一馬の奥さんや海斗で奪われた気がする。それが少しやるせない。
 二人には事情があって家に居てもらう。それはわかっていて、それを納得した上のことだ。
「寂しそうな顔をするなよ。」
「え?してた?」
 そう言って顔に触れる。すると芹は少し笑って沙夜に言った。
「あの奥さんさ、居るのは一時的なモノだろう。それに普段はK街の雑踏の中に家がある。それに比べると、うちは住宅街の中で夜だって静かなモノだ。海斗はあの静かな中で寝られるかって言うと微妙だと言ってた。どっちにしても長くあの家には居ないと思うけど。」
「そうね。」
 沙夜の気持ちを芹はいつも汲み取ってくれる。それが嬉しかった。
「大した料理は出来ないけれどって言ってた。煮たり、焼いたりするくらいしか出来ないって。」
「十分じゃ無い。」
「だよなぁ。でもお前は少しあの奥さんに頼れば良いよ。無理に朝早く起きて食事や弁当を用意しなくても良いし、頼れるところは頼って良いと思うけど。」
「えぇ。そうね。」
「でも……あれだ。」
「どうしたの?」
「一馬さんのことは少し気にしていたな。外国へ行くまではホテル暮らしをするって言ってたけど、食事なんかはどうするのかって。」
「それも含めて聞いてみるわ。これから練習なの。」
「そうだったな。」
 奥さんは一馬がホテル暮らしをするなんて事は思っていない。奥さんも一馬がスタジオを持っていることは知っていて、そこに寝泊まりすることはわかっている。だが奥さんはそのスタジオへ足を運ぶことは無い。
 きっと奥さんは、そのスタジオで何をしているのかもう気が付いているのだ。それなのに沙夜には自然に振る舞っている。友人のように話をすることもあるのだ。
 どうしてそんなことが出来るのかわからない。もし逆の立場で、芹が他にセックスをするだけの相手が居るとしたら、沙夜は怒りにまかせて別れを告げるかもしれない。それだけ一馬がどれだけ沙夜とセックスをしていても本心からでは無く、奥さんでは吐露出来ない感情を沙夜にぶつけているのだと納得しているのだろうか。それとも自分には一馬には言えない感情が、真二郎やオーナーにぶつけることが出来るのでそれで良いと思っているのだろうか。
 どちらにしても二人は夫婦であるのに、隙間や溝があるような気がした。沙夜はそう思いながら、芹と別れる。その隙間は芹と自分にもあるような気がした。
 一馬と体を重ねる度に、どうにかなりそうな自分の感情と裏腹に、体は益々乱れていく。
 もうこんな関係を辞めようと思う感情と辞めたくないと思う感情が入り乱れ、自分の体がバラバラになりそうだと思った。
 スタジオへ向かうその途中、携帯電話が鳴り沙夜はそのメッセージに目を落とす。その相手は一馬の奥さんだった。そのメッセージに沙夜はため息を付く。
「夕食を作ったら一馬のところに持って行って欲しい。」
 それは一馬と沙夜の関係を認めてしまったと捉えてしまう。それに甘えて良いのだろうか。感情のままに抱かれて、それで良いのだろうか。迷いながらも沙夜の気持ちも体もまだ一馬を求めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

処理中です...