触れられない距離

神崎

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弁護士

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 歓楽街の方へやってきたが、終電が気になるので結局翔と沙夜の二人は二人が住んでいる最寄り駅の方へ戻って行った。そちらの方が時間を気にすることは無かったから。
 住宅やアパート、マンションが建ち並んでいるこの地域には、大型のスーパーがある。そしてドラッグストア、少し歩けば商店街があり住むには不自由しない。
 そしてそれと共に食堂や居酒屋、ファミリーレストラン、カフェもあり、家族なんかが行くところだろう。歓楽街に比べれば選択は限られるが、駅の裏にはスナックやその奥にはラブホテルがある。その存在は知っていて、翔は少し期待していたのだ。
「居酒屋が美味しいといっていたよ。焼き鳥が美味しいって沙菜が言っていた。」
 西川辰雄が降ろしている鶏肉を使っているのだ。美味しくないわけがない。だが沙夜は首を横に振った。
「お酒が欲しくなるわ。気分的には飲みたい気分ではあるけれど、今日は辞めておく。あなたも明日は仕事よね?」
「うん。でも気にしなくて良いよ。沙夜が飲みたいと思うんだったら付き合うし、途中でノンアルにしても良いから。」
 翔も翔なりに気を遣っているのだ。だが沙夜はふとファミリーレストランに目を留めた。
「ファミレスにしましょう。」
「ファミレスで良いの?カロリーとか気にならない?」
「翔はジムへ行っているんでしょう?そこで消費してくれれば良いから。」
「沙夜はジムへ行かないの?」
「ジムへ行かなくても体は動かしているわ。」
 沙夜の言うのはその通りで、仕事だけでは無くプライベートでも沙夜は動かないときが無い。だから体力もある割に細いのだ。食事をするのは不規則だが、そういう所が体力を作っている。
「でもなぁ……。」
 沙夜の言うことはわかる。だがせっかくデートの気分なのだ。居酒屋と言ったのも百歩譲ってのことで、本当はお洒落な店が良いと思っていた。イタリアンのレストランでワインを飲みたいと思っていたのだが、沙夜はそういうモノはあまり好きでは無いのはわかっている。ワインよりも日本酒で、パスタよりもうどんなのだ。
「芹とはレストランなんかに行かないの?」
 あまり聞きたくないことだったが、芹はそうしているのかもしれない。そう思って思い切って聞いてみた。すると沙夜は、少し笑って言う。
「イタリアンの店へ一度行ったわ。ワインが美味しそうだったけれど、結局ランチにしたのかな。イタリアオペラの有名な曲が流れていて、ニンニクやオリーブオイルの匂いがした。家では作れない味だったわ。」
「そっか。」
 やはり恋人同士なのだから、そういう所へ行くこともあるだろう。予想通りの言葉に少し暗くなりそうだ。
「けれど、ファミレスの味は私には作れない。イタリアンも作れないけれど、ファミレスの誰でも美味しいと感じるような料理は私には無理かもね。」
「そんなことは無いよ。いつも美味しいじゃないか。」
 すると沙夜は首を横に振った。
「家庭の味ってだけよ。ファミレスの料理は企業努力もある。余所では食べれない味だわ。」
 その言葉に翔は少し笑顔になる。沙夜はそういう人なのだ。
「唐揚げとかだったら沙夜なら作れそうだ。」
「あの微妙な味を再現は出来ないわ。」
 そう言い合いながらファミリーレストランの中に入っていく。フロアにいる店員は一人。豊島の女性だった。席に案内され、メニューを開く。目がチカチカするようなメニュー表は派手だと思った。
「ハンバーグをずいぶん推しているわね。牛肉しか使っていないって凄いわ。どうやってまとめているのかしら。」
「普通は合い挽き肉だっけ。」
「えぇ。豚肉が入っていないとまとまらないわ。それにジューシーさが欠けると思うから。」
 こういうところでも料理のことを考えているのだ。音楽の次は料理。音楽の息抜きに料理をしているのだから。
「ハンバーグにする?」
「そうね。そうしてみようかな。翔はどうするの?」
「俺もそうするよ。チーズがかかっているものが良いな。」
「二十代みたいな食べ方をするのね。」
「気分はまだ二十代だけど。」
 少し笑い、注文をする。ハンバーグにはサラダやスープ、ライスが付いている。水はセルフサービスだ。沙夜は翔を待たせてドリンクバーにある水をコップに二つ注ぐと、席に戻った。その時やはり翔だと気がついた客が、ひそひそと何か話をしている。やはりこう言うところでも翔は有名人なのだ。そう思って沙夜は翔に言う。
「変装はしないの?」
 沙夜はそう聞くと、翔は首をかしげていった。
「必要かな。」
「目立つからね。」
「遥人ほどじゃないよ。」
 「二藍」はそれぞれ目立つ容姿をしている。遥人は元々有名人だし、純は金髪だ。治は地毛だがアフロヘアに見える。一馬はくせ毛の長髪を一つにいつもくくっていて、遠くからでもわかるだろう。翔はその中で一番目立たないと思っていたが、やはりこの顔立ちと優しそうな雰囲気だけでは無く、王子様のような容姿なのだから。
 遥人とゲイカップルの噂があり、詳しく調べたところやんちゃそうな雰囲気の遥人と、王子様で大人しいイメージのある翔は、遥人が責めで翔が受けになるらしい。つまり翔が尻の穴に性器を淹れられる立場なのだろう。ファンの妄想が激しいなと思いながら、それに沙夜は何も言う気は無かった。真実はどちらもゲイでは無いし、おそらくどちらも男を相手にセックスをしたことは無いだろう。
「翔は栗山さんと良い関係だっていう噂はどうでも良いのかしら。」
 その言葉に翔は少し笑って言う。
「別にどうでも良いかな。どちらかが結婚したらそんな噂は消えるだろうし。その時には本当に音楽で勝負が出来る。楽しみだよ。」
 前向きに捉えていて、それがとても嬉しい。「二藍」の中では純が一番ネガティブな方だろう。ライブの度に「とちった」とか「指がもつれた」と言って反省をしている。翔の場合は細かいミスが多いが、どちらかというと「あそこはあぁすればもっと良かったかもしれない」などという反省が多い。根っからのクリエーターなのだ。
「今度、外国へ行くときにはもっといい刺激があるでしょうね。あなたたちの音を手がけたいというプロデューサーは有名な人だし。」
「沙夜は実際話をした?」
「えぇ。リモートで話をしたわ。たどたどしいけれど、こちらの言葉で話してくれて良かった。そうじゃなければ望月さんの通訳が必要だったし。」
「あっちではコーディネーターが付いているから、奏太は来ないって聞いたけれど。」
「ちょうど望月さんの担当しているバンドが、レコーディングだから。それにコーディネーターはこちらの国の言葉に堪能だし、音楽にも精通している夫婦だから。」
「夫婦?」
「えぇ。新婚の夫婦。見ててこちらが恥ずかしくなるくらいいつもベタベタしてる。」
 その言葉に翔は少し笑った。おそらくこちらの国とは感覚が違うのだろう。そして少し羨ましいと思えた。沙夜と向かい合っていても沙夜に触れることは出来ないのだから。
「新婚だとそんな感じなのかな。結婚したことは無いからわからないな。」
「でも同棲はしていたんでしょう?」
 志甫のことだ。確かに同棲は数ヶ月していた。その前はお互いに学生だったこともあり半同棲みたいな感じだったが、その数ヶ月は本当に苦痛だったのだ。
「そうだね。」
「志甫さんはまだお店に居るみたいね。会ってみたらまた違う感情になるかもしれないわ。」
「違う感情?」
「あなたが同棲をしていたときにはまだお互いが若かったでしょう。志甫さんだって環境が違ってきて、環境は人格も変えてくれる。また惹かれることもあるわ。」
 そういわれて翔は首を横に振った。
「いくら環境が変わっても人間の根底ってそこまで変わらないよ。今、一馬が必死で奥さんを説得していると思うけど、説得出来るかどうかって言うのは難しい気がする。まだ治の方が子供達を説得出来ると思うよ。」
 店員がサラダとスープを持ってきた。あとからハンバーグを持ってくるのだろう。
 それに箸を付けながら、沙夜は翔を見て言う。
「一馬の奥様はその事件が無ければ普通の女性だったわ。元々責任感があって、人のために尽くすことが出来る人。だからこれ以上被害が増えるのを恐れている。きっといい答えを出してくれるわ。」
 口ではそういうが、沙夜にもわかっていた。おそらく奥さんはそれを口にしないと思う。口にすれば大事にしているモノが一つ、崩れるからだ。
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