触れられない距離

神崎

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スイートポテト

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 食事を終えて割り勘にするという沙菜の言葉に、芹は断って二人分の食事代を支払う。土産なんかを選んでくれたのだ。それくらいはしても良いと思う。それに沙夜と結婚すれば、沙菜は義理の妹になるのだ。もしかしたら父親はそれをいぶかしげに言うかもしれない。身内にそんな人がいるというのを偏見の目で見るのだろうから。
 そう思いながら、店員からレシートを受け取る。その時だった。
 入り口から二人組の男女が入ってきた。仕立ての良いスーツやコロンの匂いのする男と、青いワンピースを着た女性。芸能人では無ければセレブのカップルに見えた。
 二人は沙菜を見ることも無く、奥からやってきた店員に男の方から声をかける。
「予約はしていないんですけど席がありますか。」
「あ、はい。十分ほどお待ちいただけたらご案内出来ます。」
 その言葉に女性の方が軽くため息を付いた。緩やかな茶色のウェーブのかかった髪や、ブランドモノのブレスレット。沙菜はあまりそういったモノには興味が無い。金持ちを気取っているというのが嫌なのだ。ただ、ブランドは嫌いでは無い。一つ買えば、ずっと持ち続けることが出来るし、こういうモノには流行廃りが無いからだ。
「十分と言ってるけれど、どうする?」
「そうね……。それくらいなら待っても構わない……。」
 会計を終えた芹を見て、女性が驚いたように芹を見た。そして芹も動きが止まってしまった。つっと芹の頬に汗が流れる。
「芹君?」
 女性の方が声を上げた。そして芹の方へヒールを鳴らして近寄ってくる。
「芹君よね?あなた今までどこにいたの?ご両親も心配していたのよ。」
 マニキュアの付いた手で、芹の腕に触れる。しかし芹はその手を払いのけた。
「触るな。」
 その声は沙菜が聞いたことも無いような冷たい声だった。
「何……。あたし達家族がどれだけ心配していたか。あなたが急にいなくなって、警察まで届けようとしたのよ?」
 家族という単語に、沙菜は驚いたように芹と女性を交互に見た。この女性が芹の身内だというのだろうか。だが芹は相当拒絶している。
「届けなかったんだろう?」
「お父さんが「そんなことをしなくても男なんだからどこかで生きている。」って相手にしなかったのよ。ご両親がそこまで冷たいなんて思っても無かったわ。」
 芹の顔色がドンドン悪くなっている。酔っているとかそんな状態では無いことは沙菜でもわかってきた。この女性に拒絶反応をしているのだ。そういう女性を、沙菜はよく知っている。
 AVの世界では、「裏」というモノがある。音楽で言えばインディーズのようなモノで、そこでは何でもやり放題なのだ。未成年を出演させたり、人間では無い動物とセックスをさせたり、酷いモノは本当のレイ○を発売しているモノもある。しかも無修正だったりするのだ。
 そんなモノに出演する女優というのは大体騙されている場合が多い。心に傷を負って、社会復帰が難しい女性も多いのだ。そんな女性の目に芹はよく似ている。
「芹、行こう。」
 沙菜は声をかけると、芹の腕に腕を絡ませた。その様子を女性はいぶかしげな顔をして見る。
「何?あなた……。」
「あなたこそ、芹の何なんですか。せっかく楽しく食事をしてきたのに、芹も芹の家族も責めるようなことを言って。」
「あたしは身内よ。芹君のお兄さんの妻。」
「義理の姉って事ですか?」
「そうよ。」
「おかしいですね。芹からは妹がいるという話は聞いてますけど、お兄さんがいるって話は聞いていないし。」
 とぼけたような言葉を並べる。その態度に女性の表情が怒りに変わる。
「ちょっと芹君。そんなことを言っているの?家族を何だと思ってるの?」
 芹は黙ったままだった。その様子に沙菜はため息を付いて言う。
「さっきから聞いていれば、家族、家族って。あたし達にはお兄さんがいるなんて話したことは無いし、もしいたとしてもその家族に連絡を取りたくなかったから、居ないものとして扱ってたんですよね?」
 すると女性は更にむっとしたように言う。
「あれだけ仕事の斡旋なんかをさせておいて、居ないものなんて扱うそっちの方が恩知らずだわ。」
「……斡旋?芹。ライターの仕事ってこの人から貰っていたの?」
 すると芹は首を横に振る。
「紫乃さんから貰ってた仕事は……高宮勝とか、林健吾とか……。」
 その名前に女性は焦ったように言う。
「ここで言うことじゃないでしょ?」
「あなたが言い出したんですけどね。」
 沙菜はそう言うと、女性は舌打ちをして芹の方を見る。芹は一度もこちらを見ようとしない。
「芹君。ライターをしているなら、うちの出版社の仕事も受けて欲しいわ。あなた昔は文系の仕事をしていたでしょう?」
「……それは出来ない。今は石森さんの所の出版社と契約をしているし。」
 また石森愛だ。そう思ってイライラしたように腕を組むと、落ち着きの無いように指を動かす。すると後ろにいた男性が女性に声をかける。
「天草さん。身内の方なんですか。」
 すると女性は頷いた。
「昔、仕事を斡旋していたんですよ。大学の時から良い文章を書く子で、宮村さん。良かったらこの子の書いているモノを見て貰えませんか。」
 男性は芹の方へ近づくと、バッグの中から名刺入れを取りだして芹の前に差し出す。そこには石森愛とは違う出版社の名前と本人の名前が書かれていた。宮村雅也と書かれている。
「石森さんとはよく知っている仲なんです。話をすればうちでも書けると思いますよ。」
「必要ないです。今の状況で手一杯ですから。」
 芹はそう言ってその名刺を受け取らなかった。だが男が強引にその名刺を芹のポケットにねじ込む。
「あまり強情にならない方がいい。君のためにも。その恋人のためにもね。天草紫乃さんがここまで言っているのだから。」
 やはり天草紫乃だったのか。沙菜はそう思って紫乃の方を見る。怒りの沸点が低いのは沙夜によく似ているような気がするが、それ以外は全く似ていない。
 沙夜から聞く話では、この女性に芹は陥れられたという。そして未だにその魔の手から逃げているのだ。それが芹と結婚出来ない理由の一つだと沙夜からは聞いている。実際に会ってみると、嫌な印象しか無い女だ。

 居酒屋を出て来た芹はまだ顔色が悪い。それに放心しているような顔だった。その様子に、沙菜はため息を付いて言う。
「あれが天草紫乃って人なのね。」
「うん……。」
 沙夜は実際に話をしたことは無いが、遠目から見たことがあるレベルだと言っていた。翔は挨拶をしたくらいだという。ここまでがっつりと話をしたのは沙菜だけだろう。
「強烈な人ね。」
「うん……。」
 芹と沙夜が結婚したら、あの女性も身内になるのだろう。それは確かに気が引ける気がした。まるで蛇のような印象がある。
「芹さ。ついに会ってしまった。また逃げようかなんて思ってない?」
「……。」
 事実だった。紫乃に会ったら、身動きが取れなかった。それくらい嫌気が差していたのだ。
「強烈な人だとは思うけど、隙が沢山あるよ。あの人。」
「え?」
 俯いていた顔が上がる。何とか紫乃を大人しくさせないと、沙夜と一緒になると言うことが出来ない気がしたからだ。
「芹の仕事のことを口走ろうとしたじゃん。さっきのあの名前、何なの?」
「ゴーストをしてた作家の名前。」
「ゴースト?」
「つまり名前は作家の名前だけど、書いているのは別人ってヤツ。俺、そいつらの代わりに書いていた時期があった。それを斡旋したのがあの女。」
「……お金になるの?」
「俺にも金が入ってたけど、微々たるモノだったかな。多分……本当はあの女が、取っていたんだ。」
 それをしていた作家が自殺をしたと聞いたとき、自分がとんでもないことをしたと思った。きっと作家自体のプライドも許せなかったのだ。
「……俺が殺した。」
 芹はずっとそう思っていたのだ。その言葉に沙菜は芹の手を再び握る。
「芹。思い込むのは良いけど、そんな顔で姉さんに会うの?」
「……酷いよな。俺の顔。」
「うん。少し落ち着いた方が良いよ。」
 そう言って沙菜はまだ俯いている芹の手を引き、奥にあるラブホテルを目指した。ここでセックスをしなくても良いから、落ち着くまでこうしていたいと思う。
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