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スイートポテト
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この間撮った撮影のパッケージ写真を撮る為に、馴染みの無い街に沙菜は降り立った。古い町並みの並ぶところで、明るければ古着屋やレコードショップなどがあり間にあるコンビニがなかなかの違和感だと思った。
K街からはあまり離れていないところだが、おそらく夜になれば立ち飲みの居酒屋やスナックなんかがあるのだろう。いわゆる場末のスナックというモノで、歳を取ったAV女優がスポンサーを捕まえて出店したようなモノもこの街にある。沙菜はそこへ行ったことは無いが、人の話によるとそこのママになっている女優は元々アル中で、今でも酒が無いと生きていけないらしい。医師にはきっと止められているが、止められないのが中毒なのだ。
沙菜はそもそも酒が飲めないし、刺激物も苦手だ。煙草は吸わず、セックス以外は健康的かもしれない。だからこそこの世界にいることが出来るのだ。
そう思いながらその街を歩いて行く。スタジオは駅からあまり離れていないと言うし、携帯電話のナビを使いながらそこへ向かっていた。その時だった。見覚えのある人が見えた。特徴的な長髪と、AV男優のように筋肉の付いた体。見上げるほどの身長。あれは一馬だ。そう思って声をかけようとした。だが沙夜の言葉が浮かぶ。
「「二藍」のメンバーを町中で見かけても不用意に声をかけないで。翔も同じだからね。同居しているなんて、あなたも知られたら大変でしょうし。」
確かにそうだ。恋人が居ると公表しているAV女優もいるが、「二藍」にとってはマイナスしか無い。そして沙菜もマイナスのことしか無いのだ。それは著名人だからだろう。
いけない。そう思って沙菜は視線をさっとそらせた。すると一馬はスナックのある角を曲がっていく。あそこにはラブホテルがあったと聞いたことがあるが、そんなところに何の用事があるのだろう。そう思っていたときだった。
見覚えのある人もそれを追うようにその角を曲がっていった。それは沙夜だった。
「え……。」
家を出て行くときと同じグレーのパンツスーツ。一つに結んだ髪。それは見間違いなんかでは無い。沙夜がどうしてこんな所にいるのだろう。沙菜はそう思いながら、そのあとを追っていく。まだ撮影には時間があるからだ。
そっとあとを追いたどり着いたのは、灰色の建物だった。
「ここって……。」
ラブホテルだった。だが看板はあっても消えているし、ラブホテルと言えばもう少し電飾なんかがあったり、ライトで看板を照らしているようなモノだが、どう見てもここは廃墟にしか思えない。
「何なのここ?」
そう思って、携帯電話で検索をしてみるが全く引っかからない。前のラブホテルであった屋号しか出てこないのだ。
追って行くわけにはいかない。今から沙菜は仕事なのだから。そう思いながら沙菜はその場をあとにする。
一馬と一緒に入っていったのか。元ラブホテルに何があるのか。気持ちは悶々としたまま、沙菜は指定されたスタジオへ向かった。
スタジオは雑居ビルの中。一階は昔ながらの洋食屋。二階は古着屋であり、あまり綺麗とは言いがたかったが、AVのパッケージ写真を撮るくらいのスタジオは、綺麗なスタジオで撮ることはあまり無い。ここだって相当無理を言って取ってもらったのだろう。
裸にならない、男と絡みは無いとかそういう条件があるらしいが、パッケージの写真なのでそんな真似はしないだろう。
サイズの合わない白いブラウスと、黒いタイトスカートは、女性教師のイメージらしい。そして髪をセットされながら、沙菜はそのスタイリストに聞く。
「この辺って初めて来たんだけどさ。」
「良い街よ。昔ながらの古い店もあるけど、新しく作った店にも寛大だし。」
いつもの女性スタイリストだった。元AV女優のその人は、沙菜もよく知っている女性だった。
「こういうところに店を出したかったの?」
「そうね。でも今はこの仕事で十分かな。」
髪をまとめてくれている。白いうなじが出た方が、色っぽいのだ。パッケージで手に取って貰えるか貰えないかが決まる。少しでも見た目が良い方が良い。だからといって修正し過ぎるとパッケージ詐欺と言われかねないのだ。そのさじ加減は難しいだろう。
「ラブホテルも多いの?」
「何件くらいしか無いんじゃ無いのかな。出来てたけど潰れたり。そのあとは買い手が付かなかったから廃墟になったり。」
「廃墟……。」
やはり廃墟だったのだろうか。
そんなところへ沙夜はどうして行ったのだろう。一馬もそこへ入ったとしたら、廃墟で二人が何をするかなど一つしか無い。だが沙夜はそんな所でセックスなどしないだろうし、第一、一馬が既婚者だと言うことはわかっているし、奥さんとも仲が良いのだ。色んな疑問が浮かんで思わず表情が引きつってくる。
だがそんなモヤモヤした状態で撮影など出来ない。思い切って沙菜はそのスタイリストに聞く。
「ここに来る途中にある紫色の看板のスナックの裏手なんだけどさ。」
そう言われてスタイリストは少し笑う。
「あぁ。懐かしいね。あのラブホ。撮影したこともあるよ。あそこで。」
「やっぱりラブホだったの?」
廃墟に見えてラブホテルだったのだ。そこへ一馬が行き、沙夜も行く。それはどういう意味なのか、沙菜でもわかる。手に汗をかきそうだ。
「でも営業してないはずだよ?」
「廃墟みたいだった。」
「廃墟じゃ無いよ。あそこ。貸し倉庫になってるの。」
「倉庫?」
ラブホテルでは無かった。そう思って驚いたように沙菜は聞くと、スタイリストは驚いたように沙菜に言う。
「貸し倉庫だけど、AVの撮影スタジオなんかにも出来るみたいだよ。防音が効いているから音楽スタジオみたいな感じでもあるみたいだし、ピアニストのさ……あたし顔しかわからないけど、良くテレビで見る有名な人なんか、そこに楽譜を置いてたり、ピアノの練習をしたりしているみたいだし。」
倉庫であり練習スタジオみたいな事もしているのか。だったら一馬がそこを借りて練習をしているというのは頷ける。だがどうして沙夜がそこへ行ったのだろう。
「……わからないなぁ。」
やはりメッセージを送ってみようか。そう思ったときだった。沙菜の携帯電話にメッセージの通知が来る。
「……え……。」
芹からのモノだった。沙夜に沙夜の実家へいくことを言っていたので、手土産を持って行きたいが何が良いのか、甘い物が良いのかという他愛の無いメッセージに、沙菜はため息を付く。
沙夜には秘密がある。それを隠して芹を実家に連れて行こうとしているのだろうか。そう思うといらついてくる。
「日和ちゃん。出来たよ。」
携帯電話から目を離して、鏡に自分を映す。そして伊達眼鏡をかけた。するとそこには沙夜に似た自分がいる。沙夜はこんな格好をしないだろうが、眼鏡もまとめている髪も、そしてスーツの姿も沙夜に似ている気がした。
「女性教師に見える?」
そう言ってそのスタイリストを見上げる。レズモノに今度は出るらしいが、確かに女性でもうっかり惹かれそうな感じがしてくるほど色気があるようだ。だがスタイリストはそんな女性は慣れている。
「こんな女性教師がいたら、男の子の出席率が凄く上がりそうだね。」
すると沙菜は少し笑った。だが心の中でモヤモヤすることが消えない。
「じゃあ、スタジオの用意が出来たらスタッフが呼びに来ると思うよ。あたし男優の方のメイクしないと。」
そういってスタイリストは片付けをしてそのまま出て行った。
沙菜はそれを見て携帯電話にメッセージを打ち込む。相手は芹だ。
「話があるの。外で会えないかな。」
その言葉を受け取った芹は不思議そうにそのメッセージを読んでいた。
「沙菜とか……。」
沙菜では無く本当は沙夜に実家へのお土産を選んで欲しかったのだが、沙夜は未だに実家に行くことを渋っている。自分の仕事がまずいのだろうか。やはり作詞もしていることも告げないといけないのだろうか。そう思いながら、メッセージのやりとりをした。その時、会議室のドアが開いた。
「先生。これにサインをお願いします。」
入ってきたのは抱えるほど大きな段ボールを持った藤枝靖だった。
「良いけど、ペンって予備はあるのか。」
「用意してます。ガンガン書いていってください。」
段ボールの中身は今度発売される渡摩季の詩集。これを持って行けば沙夜の両親は黙るのだろうか。いや。それ以前に沙夜を説得しないといけない。事実婚では無く、籍が入らないと夫婦として意味が無いように思えたから。
K街からはあまり離れていないところだが、おそらく夜になれば立ち飲みの居酒屋やスナックなんかがあるのだろう。いわゆる場末のスナックというモノで、歳を取ったAV女優がスポンサーを捕まえて出店したようなモノもこの街にある。沙菜はそこへ行ったことは無いが、人の話によるとそこのママになっている女優は元々アル中で、今でも酒が無いと生きていけないらしい。医師にはきっと止められているが、止められないのが中毒なのだ。
沙菜はそもそも酒が飲めないし、刺激物も苦手だ。煙草は吸わず、セックス以外は健康的かもしれない。だからこそこの世界にいることが出来るのだ。
そう思いながらその街を歩いて行く。スタジオは駅からあまり離れていないと言うし、携帯電話のナビを使いながらそこへ向かっていた。その時だった。見覚えのある人が見えた。特徴的な長髪と、AV男優のように筋肉の付いた体。見上げるほどの身長。あれは一馬だ。そう思って声をかけようとした。だが沙夜の言葉が浮かぶ。
「「二藍」のメンバーを町中で見かけても不用意に声をかけないで。翔も同じだからね。同居しているなんて、あなたも知られたら大変でしょうし。」
確かにそうだ。恋人が居ると公表しているAV女優もいるが、「二藍」にとってはマイナスしか無い。そして沙菜もマイナスのことしか無いのだ。それは著名人だからだろう。
いけない。そう思って沙菜は視線をさっとそらせた。すると一馬はスナックのある角を曲がっていく。あそこにはラブホテルがあったと聞いたことがあるが、そんなところに何の用事があるのだろう。そう思っていたときだった。
見覚えのある人もそれを追うようにその角を曲がっていった。それは沙夜だった。
「え……。」
家を出て行くときと同じグレーのパンツスーツ。一つに結んだ髪。それは見間違いなんかでは無い。沙夜がどうしてこんな所にいるのだろう。沙菜はそう思いながら、そのあとを追っていく。まだ撮影には時間があるからだ。
そっとあとを追いたどり着いたのは、灰色の建物だった。
「ここって……。」
ラブホテルだった。だが看板はあっても消えているし、ラブホテルと言えばもう少し電飾なんかがあったり、ライトで看板を照らしているようなモノだが、どう見てもここは廃墟にしか思えない。
「何なのここ?」
そう思って、携帯電話で検索をしてみるが全く引っかからない。前のラブホテルであった屋号しか出てこないのだ。
追って行くわけにはいかない。今から沙菜は仕事なのだから。そう思いながら沙菜はその場をあとにする。
一馬と一緒に入っていったのか。元ラブホテルに何があるのか。気持ちは悶々としたまま、沙菜は指定されたスタジオへ向かった。
スタジオは雑居ビルの中。一階は昔ながらの洋食屋。二階は古着屋であり、あまり綺麗とは言いがたかったが、AVのパッケージ写真を撮るくらいのスタジオは、綺麗なスタジオで撮ることはあまり無い。ここだって相当無理を言って取ってもらったのだろう。
裸にならない、男と絡みは無いとかそういう条件があるらしいが、パッケージの写真なのでそんな真似はしないだろう。
サイズの合わない白いブラウスと、黒いタイトスカートは、女性教師のイメージらしい。そして髪をセットされながら、沙菜はそのスタイリストに聞く。
「この辺って初めて来たんだけどさ。」
「良い街よ。昔ながらの古い店もあるけど、新しく作った店にも寛大だし。」
いつもの女性スタイリストだった。元AV女優のその人は、沙菜もよく知っている女性だった。
「こういうところに店を出したかったの?」
「そうね。でも今はこの仕事で十分かな。」
髪をまとめてくれている。白いうなじが出た方が、色っぽいのだ。パッケージで手に取って貰えるか貰えないかが決まる。少しでも見た目が良い方が良い。だからといって修正し過ぎるとパッケージ詐欺と言われかねないのだ。そのさじ加減は難しいだろう。
「ラブホテルも多いの?」
「何件くらいしか無いんじゃ無いのかな。出来てたけど潰れたり。そのあとは買い手が付かなかったから廃墟になったり。」
「廃墟……。」
やはり廃墟だったのだろうか。
そんなところへ沙夜はどうして行ったのだろう。一馬もそこへ入ったとしたら、廃墟で二人が何をするかなど一つしか無い。だが沙夜はそんな所でセックスなどしないだろうし、第一、一馬が既婚者だと言うことはわかっているし、奥さんとも仲が良いのだ。色んな疑問が浮かんで思わず表情が引きつってくる。
だがそんなモヤモヤした状態で撮影など出来ない。思い切って沙菜はそのスタイリストに聞く。
「ここに来る途中にある紫色の看板のスナックの裏手なんだけどさ。」
そう言われてスタイリストは少し笑う。
「あぁ。懐かしいね。あのラブホ。撮影したこともあるよ。あそこで。」
「やっぱりラブホだったの?」
廃墟に見えてラブホテルだったのだ。そこへ一馬が行き、沙夜も行く。それはどういう意味なのか、沙菜でもわかる。手に汗をかきそうだ。
「でも営業してないはずだよ?」
「廃墟みたいだった。」
「廃墟じゃ無いよ。あそこ。貸し倉庫になってるの。」
「倉庫?」
ラブホテルでは無かった。そう思って驚いたように沙菜は聞くと、スタイリストは驚いたように沙菜に言う。
「貸し倉庫だけど、AVの撮影スタジオなんかにも出来るみたいだよ。防音が効いているから音楽スタジオみたいな感じでもあるみたいだし、ピアニストのさ……あたし顔しかわからないけど、良くテレビで見る有名な人なんか、そこに楽譜を置いてたり、ピアノの練習をしたりしているみたいだし。」
倉庫であり練習スタジオみたいな事もしているのか。だったら一馬がそこを借りて練習をしているというのは頷ける。だがどうして沙夜がそこへ行ったのだろう。
「……わからないなぁ。」
やはりメッセージを送ってみようか。そう思ったときだった。沙菜の携帯電話にメッセージの通知が来る。
「……え……。」
芹からのモノだった。沙夜に沙夜の実家へいくことを言っていたので、手土産を持って行きたいが何が良いのか、甘い物が良いのかという他愛の無いメッセージに、沙菜はため息を付く。
沙夜には秘密がある。それを隠して芹を実家に連れて行こうとしているのだろうか。そう思うといらついてくる。
「日和ちゃん。出来たよ。」
携帯電話から目を離して、鏡に自分を映す。そして伊達眼鏡をかけた。するとそこには沙夜に似た自分がいる。沙夜はこんな格好をしないだろうが、眼鏡もまとめている髪も、そしてスーツの姿も沙夜に似ている気がした。
「女性教師に見える?」
そう言ってそのスタイリストを見上げる。レズモノに今度は出るらしいが、確かに女性でもうっかり惹かれそうな感じがしてくるほど色気があるようだ。だがスタイリストはそんな女性は慣れている。
「こんな女性教師がいたら、男の子の出席率が凄く上がりそうだね。」
すると沙菜は少し笑った。だが心の中でモヤモヤすることが消えない。
「じゃあ、スタジオの用意が出来たらスタッフが呼びに来ると思うよ。あたし男優の方のメイクしないと。」
そういってスタイリストは片付けをしてそのまま出て行った。
沙菜はそれを見て携帯電話にメッセージを打ち込む。相手は芹だ。
「話があるの。外で会えないかな。」
その言葉を受け取った芹は不思議そうにそのメッセージを読んでいた。
「沙菜とか……。」
沙菜では無く本当は沙夜に実家へのお土産を選んで欲しかったのだが、沙夜は未だに実家に行くことを渋っている。自分の仕事がまずいのだろうか。やはり作詞もしていることも告げないといけないのだろうか。そう思いながら、メッセージのやりとりをした。その時、会議室のドアが開いた。
「先生。これにサインをお願いします。」
入ってきたのは抱えるほど大きな段ボールを持った藤枝靖だった。
「良いけど、ペンって予備はあるのか。」
「用意してます。ガンガン書いていってください。」
段ボールの中身は今度発売される渡摩季の詩集。これを持って行けば沙夜の両親は黙るのだろうか。いや。それ以前に沙夜を説得しないといけない。事実婚では無く、籍が入らないと夫婦として意味が無いように思えたから。
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