触れられない距離

神崎

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スイートポテト

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 外国のプロデューサーからのメッセージに沙夜は、少し苦笑いをした。出来上がったアルバムの全曲のサンプルを送った感想が届いたのだ。
 どうやら良い感触のように思えたが、読み進めると批判も多くなっていた。素直に翔達に言えるかどうかは迷うところだ。
 そう思いながら、沙夜はそのデータをプリントアウトした。その時だった。
「あ……。」
 時計を見てあまり時間が無いことがわかる。今日は、一馬が呼ばれている谷川芙美子のライブの練習に呼ばれているのだ。個人の仕事に顔を出すことはあまり無いが、芙美子側の事務所から直々に沙夜に話が来たのだ。そこまですると無碍に断れない。それに一馬と居れる時間なのだ。そして芹のことを相談したいと思う。
 正直、結婚して欲しいと言われて嬉しくないわけは無い。芹のことが好きだと思うから。だが、心に残る少しの違和感は一馬と、そしてすずのことだろう。
 一馬はきっと反対する。芹のことをあまり良く思っていないし、それ以上に気持ちがそうさせたくないだろうから。そう思っていたときだった。
「……沙夜。ちょっと良い?」
 奏太が話しかけてきた。それに沙夜は不思議そうに奏太の方を見る。
「何?」
「外国でレコーディングする時って、お前も行くんだろ?」
「えぇ。」
「あまり治安が良くないんだよ。時間が経てば経つほど露呈している。」
 広い国で安全なところもあるが、そのプロデューサーが指定したのは海岸が綺麗なリゾート地のような所だった。だがそこは昔から海賊なんかが出て、観光客はかもにされることが多い。
「コーディネーターが付くと言っていたけれどね。」
「信用出来そうか?」
 この国の言葉も堪能な人だった。沙夜も何度もリモートで話をしたり、メッセージのやりとりはしている。夫婦二人のコーディネーターだった。国柄かもしれないが、仕事で話をしているのに肩を抱いてきたり、キスを軽くしたりしていてその辺は慣れないといけないと思う。
「大丈夫だと思うわ。スタジオからホテルまでみっちり付いてくれるみたいだし。」
「不安だよ。特にお前が。」
 前に外国へ行ったときにも連れ去られようとしていたのだ。ふらふら興味のあるところへ行く癖があるようだから。
「単体では行動はしないようにするつもり。」
「二人でってのは辞めた方が良いかもな。男と女の二人組でもあっちが人数が多かったら意味ないし。」
「そうね。」
 どうして自分が行けないのだろう。確かに紫乃とは離れられない理由があるが、もう紫乃とは「二藍」関係のことは口にしていないのだから、気にして欲しくないと思う。それでも信用は出来ないのだ。一度崩れた信用を取り戻すのは容易ではないのだから。
「ん?お前、前指輪していたのに辞めたの?」
 その指輪を見て一馬からの贈り物だろうと思っていたが、あっさりそれを取っているのを見て少し安心する。別れてしまったのだろうかと思ったからだ。
「指に何かあると気になるわ。だから取っているだけ。」
 沙夜らしい言葉だと思う。装飾品が苦手なのだろう。無意味に飾る必要も無いと思っているのだ。
「そっか。」
 大した意味は無かった。そう思って奏太はそのプロデューサーのメッセージを読んでいた。辛口に評価しているが、一番気になるのはこの国という枠に囚われているのは「二藍」のレベルを押さえられている。出来れば外国に籍を置いた方が良いというモノだった。それはつまり外国に「二藍」を移籍しないかということだろう。その時には沙夜も行くのかもしれない。なんせ「夜」ありきで「二藍」は進んでいるのだ。行かない方が不自然だろう。そしてそれに奏太が同席しない。本格的に離れてしまうのだ。
「「二藍」を外国のレーベルにって書いているよな。」
「えぇ。」
 それは沙夜も目を通した話で、沙夜自身はいぶかしげに取っている。そのプロデューサーは外国でも通用するような音楽性を買っているようだが、買いかぶりすぎていると思う。外国のフェスに出演したときも、外国人のゲストだという感じが気になっていた。一バンドとして扱って欲しいのに。
「外国は厳しいかもな。」
 外国に行ったことがある奏太だから言えることだろう。この国でもてはやされたピアノの腕でも、外国へ行けば通用しなかったのだから。それどころか無碍にされた。奏太の代わりはいくらでも居ると言われ、自分が腐りかけた。自信を持っていた分、その評価は厳しいモノだっただろう。
「一馬は一度、外国のレーベルに誘われたことがあると言っていたわね。」
 外国での歌手のレコーディングに付いて行ったのだ。そこでベースを弾いていたら、外国の有名プロデューサーから声がかかり、別の外国の歌手のベースを録音したのだという。その時に外国のレーベルに遺跡をしないかと言われたらしい。
 だが一馬はその話を断っている。理由は外国の土地に合わないと言うことらしい。食事がまずい、コーヒーがまずい、気候が合わないなど色んな理由があるようだが、きっと取って付けたようなモノだろう。奥さんとまだ恋人だった時期だ。離れたくなかったというのが本当の理由であり、それを考えると今の方がもっと離れたくないと思っているかもしれない。奥さんと子供がいるからだ。
「確かに家庭を持っていれば、外国に自分だけ行くわけにはいかないよな。かといってその奥さんも子供も連れて行くわけにはいかないだろうし。」
「えぇ。それは橋倉さんだって同じ事よ。」
 治だけでは無い。純も遥人も外国に籍を置くことはしないだろう。
「お前も離れたくないか?」
 そう言われて沙夜は手を止めた。外国へ行くというのは、沙夜はあり得ない話では無いからだ。事実、「二藍」を最初に担当していた男は、会社からの依頼で外国へ出向したから。会社に言われたら嫌だと言うことは言えるかもしれないが、それは同時に「向上心が無い」と言われかねない。そうなると会社としては扱いづらい社員というレッテルを貼られるだろう。
「会社から言われれば行かないといけないでしょうね。「二藍」のことは他の人でも出来ないことは無いし。」
「「夜」のことは?」
「それこそリモートでどうにかなるんじゃ無いのかしら。時差はあるだろうけど。」
 一馬と離れることは苦痛では無いのだろうか。そう口に出しかけて止める。確証が無いからだ。
「だったら別に外国へ行くのは何とも思ってないわけだ。恋人とは離れるかもしれないのに。」
 そう言われて沙夜の手が止まる。そういう道もあるのだと。
 芹はきっとどこでも仕事は出来る。むしろ外国であれば外国のアーティストのことを書けるかもしれないし、新しい土地へ行けば歌詞の幅が広がるかもしれない。だがそれを芹が拒否したら。
 体よく芹と別れられるかもしれない。
 そう思いかけてその考えを払拭した。そんな理由で別れたくなかったからだ。本当に自分が卑怯になった気がする。
「距離くらいで心が離れるのかしらね。脆い関係だと思わない?」
 そこまで沙夜が言うのを初めて聞いた。そこまで愛しているのだと思わせるようで、奏太は心の中で舌打ちをする。
「そろそろ行くわ。」
「あぁ。谷川芙美子から指名されたんだってな。」
「私が行ってわかるのかしら。ブルースやジャズは良くわからないんだけど。」
「音楽って事は変わりは無いだろ。これも勉強だと思って行けば?」
 奏太のそういう前向きなところは尊敬が出来る。沙夜はそう思いながらパソコンをシャットダウンさせた。
 夕方ほどにまた帰ってきて報告書を書く。沙夜はそう思いながら荷物を片付けていた。
「もう時間か?」
「えぇ。差し入れを買いたいの。」
「そっか。」
 沙夜らしいと思う。あまり進んで行くわけでは無いのに、そういう所の手回しが良い。そういう所は女特有の気の回し方だと思う。奏太もそういう所は見習わないといけない。
 しかし今日一緒に居るのは一馬なのだ。それだけがネックに思える。どことなく嬉しそうなのは一馬だからだろうか。
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