触れられない距離

神崎

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スイートポテト

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 昼間はまだ暑いくらいの畑で、沙夜は中腰になりながらサツマイモの収穫を手伝っていた。向こうでは西川辰雄が芋のツルをまとめている。今日収穫するモノは、置いておいても美味しいモノでそのまま沙夜に少しお裾分けをするつもりなのだ。
 この場に芹は居ない。芹は仕事の都合が付かなかったらしい。最近は一人で来ることも多く、一見すると別れてしまったのかと思うが沙夜達に言わせるとそうでは無いらしい。
「あぁ。腰が痛いなぁ。」
 ずっと中腰の状態なのだ。背中を伸ばしてトントンと腰を叩く。その様子に辰雄は少し笑った。
「ばばぁかよ。歳だな。沙夜も。」
「二十代後半だもの。」
 貸してあげた長靴やツバの広い帽子をかぶっているのを見ると、本当に田舎の女性のようだ。将来はこういう仕事をしたいのかもしれない。
「沙夜ちゃん。凄いよぉ。」
 そう言っては長けにやっていたのは昭人だった。昭人は夏ほどに山で崖から落ちて骨折をしたと言っていたが、もう完治しているらしくまた山なんかを駆け回っている。また怪我をするのかもしれないと思っていたが、痛い思いをしたのがわかっているのかその辺は慎重になっているらしい。
「何?ビニールっぽいわね。」
「蛇の抜け殻だよ。」
 昭人に渡された薄い皮のようなモノ。それを手にして沙夜は少し表情をこわばらせた。
「こんなに大きな蛇が居るのかしら。」
「この間、夜にガサガサって音がしたから目を覚ましたんだ。そしたらこれくらいの蛇が天井にいてさ。凄かったよ。」
「へぇ……。」
 芹なら飛び上がってそれを捨ててしまうかもしれない。だが沙夜はあまりこういったモノに抵抗はない。
「蛇なんかも居るのね。ここ。」
「ネズミも居るよ。」
 すると辰雄はそれを聞いて苦々しそうにいう。
「ネズミは作物を囓るしなぁ。蛇は鶏を狙うし、あまり歓迎はしないんだけどさ。茂さんに言ってまた罠を貰うかな。」
「茂さんって……漁師の方よね。」
「あぁ。この間芹が来たときに、鰺の開きを持たせてくれたよ。新製品だって。」
 芹はここへ来て、人脈を広げているらしい。沙夜もあまり茂という人は知らないが、芹は違うようだ。
「そうだったの。」
「聞いてなかったっけ。あぁそうだ。あの時お前は外国に行ってたんだっけな。」
 外国のフェスに出ていたときだった。昭人が入院をしていたので手が足りずに、芹を呼んだのだという。
「まぁ……あの時も一悶着あったし。」
 そう言って沙夜はその抜け殻を昭人に手渡す。すると昭人は無邪気に言う。
「蛇の抜け殻ってお金が貯まるんだって。」
「へぇ……そうなんだ。」
 迷信だろうが、蛇というのは元々縁起の良い生き物だ。子宝を授かれると言うし、もうすぐ生まれる辰雄達の子供のためにも無碍には出来ないだろう。
「妹が生まれるって言ってたんだ。」
「女の子だったの?」
 すると昭人は嬉しそうだった。
「妹が生まれたら、一緒に山に連れて行くよ。」
 その言葉に辰雄は苦笑いをした。
「蛇を掴んで振り回すような女には育って欲しくないけどなぁ。」
「良いじゃ無い。そちらの方がたくましいわ。」
「お前は蛇は別に嫌じゃ無いのか。」
「いきなり出てくればびっくりするけどね。この辺の蛇は毒蛇じゃ無いんでしょう?」
「まぁそうだけどさ。」
 その時上の住居スペースから、声がかかる。
「お茶にしましょう。」
 忍の声だった。忍は大きなお腹を抱えていたが、じっとしているのは嫌だと鶏舎を掃除していたらしい。
「そうだな。休憩するか。」
 休みながら仕事をする。メリハリを付けながらやっているのは、「二藍」に通じるモノがあった。

 台所へ沙夜は行くと、忍は冷蔵庫からタッパーを取り出す。その中身は漬物のようだった。
「高菜漬けって食べたことがある?」
「えぇ。高菜の焼きめしにしたりするわ。」
「美味しいよね。南の方の漬物みたいなんだけど。」
 治が好きだった。そしてその治は合同の練習をしたあと、少し休みを取っている。子供が生まれそうなのだ。条件としては忍と同じような感じかもしれない。
 子供が二人居て、その世話をしながら重い体を動かして家事をするのは大変だろうと治は気を遣ったのだ。だから奥さんは無理をせずに出来ることをしているらしい。
「忍さんは甘い物が好きだと思ったわ。前に作ってくれたスイートポテトなんかもそうだし。」
「好きなのよ。お酒はあまり得意じゃ無いからかな。でもスイートポテトって割と力仕事になるからしないの。大学芋を作ったりするけどね。」
「へぇ。大学芋……。」
 お菓子のようなのにおかずになるモノだ。不思議な食べ物だと思う。
「うちの高菜漬けは少し辛いけれど大丈夫かしら。唐辛子を入れたのを辰雄さんが好きだから。」
「多少なら平気。芹は辛い方が好きだけどね。」
 すると忍は少し笑って茶葉を入れた缶を取り出した。
「芹君と今日は来るのかと思ってた。」
「あちらはあちらで忙しいみたいでね。」
「そう……。ここに来たときくらいしか恋人らしいことが出来ないって言っていたけれど、まだ付き合えているのね。良かった。あ、湯飲みを取ってくれない?」
「えぇ。」
 辰雄のモノと昭人のモノ。そして忍のモノを取りだして、沙夜のモノを鶏だそうとして戸惑った。
「どれを使ったら良いかしら。」
「どれでも良いよ。こだわらないから。」
 そう言われて沙夜は空色の湯飲みを取り出す。そしてシンクの上に置いた。
「あぁ。これを出したの。」
「悪かった?」
「いいえ。これは辰雄さんのお姉さんが使っていたモノだったから。」
「亡くなっていると言っていたわね。」
「外国でね。私、あまり事情は知らないけれど、仏壇に置いている写真を見る限りとても綺麗な人だったわ。」
 沙夜もその写真を見たことがある。気が強そうな感じに見えたが、そういう人ほど脆いのだろう。外国で自殺をしたと言っていたのだから。
「沙夜さんに少し似ているわ。」
「私に?」
「歌を歌っていたそうなのよ。だから、芸術なんかをしている人は似てくるのかしらね。」
 きっと忍もバイオリンをしていたときにはそういう顔をしていたのだ。だが手が動かなくなって、今はバイオリンに触れることもしない。
「昭人君は音楽はしないの?」
 すると忍は少し首を横に振った。
「音楽よりも山を駆け巡る方が良いのよ。あの子。でも辰雄さんに言わせたら親戚の子を昔引き取っていたとき、その子も同じようなことをしていたって。食べれるもの、食べれないものって自分の舌で判断して持って帰ってた。作られた娯楽は苦手なんですって。その子、トランプすらしないって言っていたわ。」
「それは極端ね。」
 沙夜は少し笑った。そしてそういう人を沙夜は知っている。
 作られた娯楽が苦手で、なのに自分は娯楽を作っている。人から裏切られて人が嫌いなのに、信じる人にはとことん尽くす人。
 その人は今日、谷川芙美子のライブの練習へ行っているはずだ。そのあと、会いたいと言って来ている。芹はこんなに短いスパンで求めたりしない。それが新鮮に思えたと同時に、少し怖い感じがする。
「沙夜さん?」
 声をかけられて沙夜は我に返った。そして忍の方を見る。
「え?」
「お茶。入ったけど持って行ってくれる?」
「えぇ。ごめんなさい。ぼんやりしてて。」
 疲れているのかと思った。だがいつもの沙夜と違うのは忍でもわかる。芹のことで悩んでいるのだろうか。その様子を見て若いなぁと思っていた。
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