触れられない距離

神崎

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北の大地の恵み

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 大浴場にやってきた翔と純は、体を洗うと湯船に入る。昼間の疲れがどっと出て行くようで、翔はぐっと体を伸ばした。
「はぁー。気持ちいいな。」
「本当。俺、普段はシャワーばっかだからたまには湯船に浸かるのも良いよな。」
 入っている人は少ないように思えた。とっくに日を超えている時間で、治は朝に入るといってシャワーだけ浴びて寝るらしい。
「入っていたのか。」
 湯船の向こうには一馬の姿があった。長い髪をくるっと巻いていて、一瞬誰なのかわからなかったが、浅黒い焼けたからだと鍛えられた筋肉は周りの人とは一線を置いている。向こうにいる男がチラチラと一馬を見ているのは、きっとその男が好みだからとかそんな理由だろう。だが二人に声をかけてすっと男は視線をそらせた。そういう趣味の男では無いと思ったのだろう。
「今入ったんだ。遥人は来なかったのか?」
 純がそう聞くと、一馬は首元を触りながら言う。
「あいつには入れ墨があるだろう。こういうところでは入れないらしい。シャワーを浴びて寝ると言っていた。」
「あいつのタトゥーは確かに格好いいけど、こういうとこでは不便だな。」
 純はそう言うと、一馬はため息を付いて言う。
「格好良いのか。痛い思いをしてまで体に絵を描く意味がわからないが。」
「一馬らしいよ。」
 着るモノには無頓着だが、良いモノをずっと手入れをして着ている一馬はセンスが悪いわけでは無い。だが入れ墨なんかのお洒落は全く理解が出来ないのだ。
「温泉もたまには良いよな。ほら、昔言ったツアーでは行った温泉もまた良かったけど。」
「山の中の温泉場にわざわざ宿を取ったな。遥人がどうしても入りたいと言って。」
 メジャーは温泉場は、入れ墨を入れていると断られることがある。だが田舎の温泉場はその辺が緩い。なのでたまにそういう所に入りたいときには、沙夜に我が儘を言っているらしい。
「どうしても入りたいなら家族風呂って手もあるけどな。」
 翔はそう言うと、一馬も頷いた。
「一馬は家族で温泉とか行かないのか。」
 遥人がそう聞くと、一馬は少し考えて言う。
「子供が小さかったからな。そろそろ連れて行っても良いとは思うが、それこそ家族風呂なんかが付いているところでは無いと難しいかも知れない。」
「新婚旅行は温泉場だっけ。」
 翔がそう聞くと、一馬はまた頷いた。
「お互い忙しくて近場で済ませたんだ。それでも満足はしているし、近いからこそ時間があればまた行こうという気になった。」
「近いとそういう所が良いな。」
「お前らは行かないのか。」
 すると翔は少し首を横に振った。
「一人では行かないかな。俺、基本引きこもりだし。正月に親が帰ってきたときにこっちの温泉に入りたいって連れて行ったけど。」
「翔は外見とは全く違うからなぁ。そこまで動かないのに良く太らないよ。」
 純はそう言って少し笑うと、翔は少し笑う。どういうイメージなんだと思ったからだ。
「向こうの温泉は事情が違うようだな。」
「あぁ。一馬の親もヨーロッパの方だっけ。行かなかったのか?」
「向こうにも温泉が湧いているが、サウナに近いようだ。だから、こっちの温泉では満足が出来ないらしい。」
「サウナねぇ。息が詰まる感じが苦手だな。俺。」
 純はそう言うと、一馬は首を横に振る。
「無理をして入るモノでは無いが、サウナは新陳代謝が良くなる。温めて冷やして休憩。その繰り返しで体が綺麗になる感じがして、ジムのあとには俺も良く入るんだ。」
「ジムのサウナって、俺も入ることはあるけどさ。ゲイっぽい人が多くてちょっとな。」
 翔はそれで無くてもゲイの噂がある。知っている人は近づきたいと思っているのかも知れない。だがそれは誤解で、翔はずっと沙夜しか見てないのだ。それを感じて、一馬は居たたまれなくなる。これから沙夜の所へ行こうと思っていたからだ。
 誤魔化すように純に一馬は聞いた。
「純は温泉は行かないのか。」
「行くよ。英二とたまにさ。一馬と同じで休みがほとんど合わないけど、休みが二日続けてあったときなんかは泊まりで行ったりする。」
「泊まり……。」
 男二人で温泉宿に泊まる。その意味は、安易に想像が出来るだろう。だが純はセックス自体に嫌悪感を持っているのだ。泊まるといってもプラトニックな、それを通り越して長年連れ添った夫婦のような感じなのだろうと二人は想像する。
「あいつさ。少しあまのじゃくな所があってさ。」
「あまのじゃく?」
 その言葉に翔も一馬も驚いたように純を見る。想像とは違うのだろうか。
「例えば、ほら、泊まるとなると直接宿に連絡して部屋を取るよりも旅行会社なんかに取ってもらった方が、安く上がる場合もあるじゃん。」
「交通費なんかを考えるとそうかも知れないな。」
 個人で旅行へ行ったりするときには一馬も翔もそうしている。飛行機も電車も速く取っていた方が安く上がったりするし、そうやって少しずつ節約しているのだ。
「男二人ですって旅行会社にいうと、その旅行会社のヤツが一瞬戸惑うんだよ。それに宿に着いても、キーを渡すホテルマンとか仲居さんなんかの時が止まってさ。それが面白くてたまらないって。」
「何処が。」
 翔は呆れたようにそういうと、一馬も少し笑っていた。そしてかけられている時計を見ると、そろそろ時間だと思って湯船を上がる。
「俺は先に上がる。お前らはゆっくり入っていろよ。」
「あぁ。明日何時だっけ。」
「八時にロビー集合だと言っていた。寝過ごすなよ。純。」
「わかってるよ。」
 出口へ向かう一馬の背中を見て、純は見事な体つきにため息を付く。ボディービルダーでは無いが、背中や尻が全て絞まっていてゲイであれば手を出したい体をしているだろう。女でもこういう体に抱かれたいと思うのだろうか。
 AVをほとんど見たことは無いが、男優はこういう体つきの人が多い。一馬がAVのソフトの音楽を入れる仕事をしたときに、そこのスタッフから男優をしないかと言われたのも何となくわかる気がする。
「奥さんって満足してるんだろうな。一馬に。」
「うん?そうだな。あれだけ家族思いなんだし。」
 翔は何も思っていないようだ。本当にゲイの趣味は無いのだろう。
「……俺さ。今だから言うけど、一馬には最初嫌な気分しか無くてさ。」
「そうなのか?」
 最初はとあるイベントで一時的なバンドを組んで出演するだけだった。それでも評判が良ければプロデビュー出来るかも知れないと、治も遥人もそれに希望を持っていたように思える。だが一馬だけは違った。ただ言われて弾いているだけに思えて、そこに一馬の意思がないように感じて、純は一馬とはバンドを組めないと思っていたのだ。
「けど、彼女がいる。一緒に住んでいるって聞いて、そっから少しずつ一馬のことがわかってきた。それから少し……意識するようになったと思う。」
「意識って……。」
 翔は不安そうに聞くと、純は湯船のお湯で顔を少し流す。
「翔はわかってるだろう。英二が一馬に少し似ているって。俺、髪の長い男が好きなんだよ。それからがたいが良いやつも。男臭い方が好きでさ。」
「……。」
「でも一馬は奥さんしか見てないじゃん。だから、すっぱり諦めたし、英二しか見てないし。」
「そういえば、英二さんには他にセックスをする相手がいるって言ってたもんな。浮気みたいなモノだと思ってたけど。」
「かといって俺、別に一馬としたいとは思わないよ。大体、尻にあれを入れ込まれるのどうなの。入れ込む趣味も無いし。そもそも一馬のヤツでかいじゃん。」
「まぁ……確かに。」
「痔になるわ。」
 冗談のように言うが、純はきっと苦しかったときもあるのだろう。好きな男がいて、なのにその男は自分の方を振り向くことなど全くなく、女しか見ていない。翔はゲイでは無いが、ゲイのカップルが相手を見つけるのは容易いことでは無いだろう。
 そういう事であれば多少英二が変わり者であまのじゃくだとしても、純はその後ろをついて行くのだ。そしてずっと負い目を感じていたのだ。
 行動は出来るのにしない翔をきっと純は贅沢だと思っているのだろう。
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