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北の大地の恵み
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一馬に勧められたアップルワインのリーフレットを沙夜は見ていると、どうやらリンゴジュースもあるらしい。リンゴはこの土地よりも違う県の方が有名だが、ここでも美味しいモノはあるらしい。メロンなんかが有名だが、リンゴジュースの方が沙菜が喜ぶだろう。それから生キャラメルとチーズを頼まれていた。それはおそらく空港でも買えるだろう。そう思いながらそのリーフレットをバッグに入れる。その時、沙夜に声をかけてきた人がいる。
「マネージャーさん。」
泉さんとも担当だとも言わない。かたくなにマネージャーだという男は一人しか居ないのだ。沙夜は怪訝そうにその男を見る。すると男は少し笑って沙夜を見た。
「そんなに嫌がらなくても良いのに。」
天草裕太の手にもワインのグラスが握られている。関係者ともう大分話をしたのだろう。こうやって次の年も呼んで貰おうとしているのかも知れない。
「私に声をかけても仕方ないでしょう。」
「そう言わないでさ。ワインは飲んだ?」
「美味しいワインでした。」
「買って帰るのかな。」
「郵送して貰います。」
そう言われて少しまた笑う。この女が芹と付き合っているのはわかる。だからこの女を手にすれば、芹と接点が持てるだろう。そしてまた弱みに付け込む。その弱みとは紫乃だった。
「昼間にも言ったけれど、芹とは別れていないの?」
「別れていませんよ。良いお付き合いをしています。」
「結婚とか?」
「早すぎますね。知り合ってからは長くなりましたが、こういう関係になったのはごく最近ですし。」
「……うちの方にも挨拶に来たと聞いているよ。いずれ結婚となれば、うちの嫁なんかにも挨拶をしないといけないし、それに……。」
「実家へ行ったときに思いましたけどね。」
沙夜はそのグラスのアップルワインを一口飲むと、裕太を見上げる。
「あちらのご両親はあなたのことを居ないものだという感じで話を進めていましたね。何がそうさせたんですか。」
「それは……。」
金の無心をしているからだとは言えない。子供を盾にして、少しずつ借金をしている。金が必要なのだ。借金の返済のために。
「子供さんが可愛くないんですかね。」
「いや。可愛がってくれているよ。嫁に似ていてね。まるで女の子みたいだと。」
「……だったらどうしてそこまで邪険にするんでしょうか。」
「嫁が嫌みたいでね。うちは父親が昔ながらの職人をしているからか、どうしても嫁は家にいるのが当たり前だという考えがある。昔の考えを変えられないんだ。」
確かにそう言う節はあった。おそらく沙夜が芹の嫁になっても働く意思があるということを知り、怪訝そうな顔をしていたのを覚えているから。
「昔と今では時代が違うんですけどね。」
「君が芹と結婚をしても会社を辞めることはしないだろうね。「二藍」の担当から降りることも出来ないだろうし。」
「そんなことは無いですよ。私では無くても代わりはいます。」
「「二藍」がそれを許さないだろう。」
どういう意味でそう言ったのかはわからない。沙夜の仕事を見てそう言っているのか。あるいは、「二藍」との噂を信じているのか。
「「二藍」のメンバーはこだわっているように見えますが、私は普通の仕事をしているだけです。誰にでも出来る仕事で、尚且つ、一般的な常識と「二藍」の意思を汲んで仕事を組んでいるだけですから。」
「意思ねぇ……。」
それだけなのだろうか。噂を立てられても、レコード会社だって沙夜を担当から降ろそうとしないし、「二藍」も信頼を必要以上にしている気がする。
「Harem」の担当は、放任しているように思えた。だから裕太の好きにすることが出来るし、何かあってもそれぞれのメンバーの責任にしているところがある。だから裕太は好きに動いているのだ。
その分、何があってもメンバーの責任になる。テレビ局でのことが裏で公になり、「Harem」は呼ばれることが無くなったのだから。つまり出入り禁止になっているのだろう。
「沙夜。」
裕太に近づいているのに気がついた翔が、皿を手にしたまま沙夜に近づいてくる。沙夜は少しリーフレットを貰いたいというだけだったので、一人でそこに行かせただけだった。それなのにもう裕太から声をかけられていて、翔は焦って沙夜のところへ近づいてくる。
「一馬が呼んでる。ちょっと来てくれないか。」
「えぇ。では失礼します。」
沙夜はそういって小児連れられて、治と一緒にラーメンを受け取っていた一馬の方へ向かっていく。その後ろ姿に、「二藍」を守っているのは沙夜では無く、沙夜を五人が守っているように感じた。
一馬は文書を発表したことで、世間的には良い夫であり良い父なのだろう。だが他の四人は違う。芹に突きつけるとしたらその辺かも知れない。
しかし今は妙な動きは取れない。一馬の一言が残っているからだ。裕太の誤算は、一馬の奥さんだろう。そしてその奥さんの側にいる幼なじみなのだ。瀬名のことが公になれば、瀬名は嫌でも「Harem」を離れないといけない。それだけは避けたい。やっと瀬名のおかげで、盛り返し始めたのだ。
今は下手なことは出来ないが、きっと地に落ちるチャンスは来る。そう思いながら、携帯電話のメッセージをチェックする。
「……。」
どうやら他のバンドのギタリストが、瀬名と一緒に写真に写っているのをSNSでアップした画像が評判になっているらしい。顔だけでは無く実力派だと言われていて、裕太は少し笑った。これだけ自分がしているのだ。実を結ばないのはあり得ない。
瀬名は帰ったら紫乃に会わせる。紫乃がそれを望んでいるからだ。相変わらす、若い男が好きな女に、裕太の気持ちはずっと前からもう離れている。それを繋ぐのは子供の存在だけだった。
あまり遅い時間までは打ち上げをしなかったのに、用意されていた食事はほとんど無くなったように思える。それだけスタッフもアーティストも多かったのだろう。そしてホテルのロビーで、これから二次会へ行く人、そのまま部屋に戻る人とそれぞれに集まっていた。
「二藍」はホテルが違うのでどちらにしてもこのホテルからは出る。そう思いながら二次会へ行く人達の波に乗りながら外に出て行く。するとそんな六人に、安藤が声をかけた。
「「二藍」さんは二次会へはどうしますか。」
すると沙夜は五人を見る。すると五人はそれぞれにもう満足しているような顔だった。
「もう帰ろうかと思いまして。明日も早々に仕事の人もいるんですよ。」
「そうでしたか。」
「今度はスケジュールの都合をゆっくり合わせたいですね。」
治がそういうと、安藤は少し笑って言う。
「ジンギスカンを食べて欲しいですよ。ラムは美味しかったですか。」
すると純は満足そうに頷いた。
「ラムは臭いと思ってましたよ。あっちの方で食べるのは獣臭みたいな匂いが強くて、苦手だったんですけどね。」
「取って時間が経つとどうしても匂いが出てくるんですよ。新鮮なモノだし、尚且つ若い羊だったりすると、匂いが無く美味しく食べれるんです。」
「やっぱ鮮度が一番ですね。」
「その通りです。あぁ。そうだ。鮮度っていえば、泉さん。」
「はい。」
すると安藤がメモ紙を沙夜に手渡した。
「明日市場へ行くんだったらこの人に声をかけてください。俺の幼なじみなんですよ。」
「ありがとうございます。」
市場へ行くのだと、翔はその時初めて知った。驚いたように沙夜を見ると、沙夜はそのメモ紙を手帳に挟む。
「レンタカーは、そのまま返してもらって良いです。ガソリンだけ入れてくれれば。見送りには行けませんけど、また来年もお待ちしてます。」
「わかりました。何から何まで手厚くありがとうございます。」
イベントによってはそこまでアーティストに気を遣うことも無いところもある。なのに、このイベントはホテルもレンタカーも全て見てくれるのだ。それだけは感謝をしないといけない。しかも我が儘も聞いてくれたのだ。それだけ「二藍」も応えないといけないだろう。
また呼んで貰えるように五人が高めないといけない。そしてそれぞれが抱えることも表に出さないようにしないといけないのだ。
「マネージャーさん。」
泉さんとも担当だとも言わない。かたくなにマネージャーだという男は一人しか居ないのだ。沙夜は怪訝そうにその男を見る。すると男は少し笑って沙夜を見た。
「そんなに嫌がらなくても良いのに。」
天草裕太の手にもワインのグラスが握られている。関係者ともう大分話をしたのだろう。こうやって次の年も呼んで貰おうとしているのかも知れない。
「私に声をかけても仕方ないでしょう。」
「そう言わないでさ。ワインは飲んだ?」
「美味しいワインでした。」
「買って帰るのかな。」
「郵送して貰います。」
そう言われて少しまた笑う。この女が芹と付き合っているのはわかる。だからこの女を手にすれば、芹と接点が持てるだろう。そしてまた弱みに付け込む。その弱みとは紫乃だった。
「昼間にも言ったけれど、芹とは別れていないの?」
「別れていませんよ。良いお付き合いをしています。」
「結婚とか?」
「早すぎますね。知り合ってからは長くなりましたが、こういう関係になったのはごく最近ですし。」
「……うちの方にも挨拶に来たと聞いているよ。いずれ結婚となれば、うちの嫁なんかにも挨拶をしないといけないし、それに……。」
「実家へ行ったときに思いましたけどね。」
沙夜はそのグラスのアップルワインを一口飲むと、裕太を見上げる。
「あちらのご両親はあなたのことを居ないものだという感じで話を進めていましたね。何がそうさせたんですか。」
「それは……。」
金の無心をしているからだとは言えない。子供を盾にして、少しずつ借金をしている。金が必要なのだ。借金の返済のために。
「子供さんが可愛くないんですかね。」
「いや。可愛がってくれているよ。嫁に似ていてね。まるで女の子みたいだと。」
「……だったらどうしてそこまで邪険にするんでしょうか。」
「嫁が嫌みたいでね。うちは父親が昔ながらの職人をしているからか、どうしても嫁は家にいるのが当たり前だという考えがある。昔の考えを変えられないんだ。」
確かにそう言う節はあった。おそらく沙夜が芹の嫁になっても働く意思があるということを知り、怪訝そうな顔をしていたのを覚えているから。
「昔と今では時代が違うんですけどね。」
「君が芹と結婚をしても会社を辞めることはしないだろうね。「二藍」の担当から降りることも出来ないだろうし。」
「そんなことは無いですよ。私では無くても代わりはいます。」
「「二藍」がそれを許さないだろう。」
どういう意味でそう言ったのかはわからない。沙夜の仕事を見てそう言っているのか。あるいは、「二藍」との噂を信じているのか。
「「二藍」のメンバーはこだわっているように見えますが、私は普通の仕事をしているだけです。誰にでも出来る仕事で、尚且つ、一般的な常識と「二藍」の意思を汲んで仕事を組んでいるだけですから。」
「意思ねぇ……。」
それだけなのだろうか。噂を立てられても、レコード会社だって沙夜を担当から降ろそうとしないし、「二藍」も信頼を必要以上にしている気がする。
「Harem」の担当は、放任しているように思えた。だから裕太の好きにすることが出来るし、何かあってもそれぞれのメンバーの責任にしているところがある。だから裕太は好きに動いているのだ。
その分、何があってもメンバーの責任になる。テレビ局でのことが裏で公になり、「Harem」は呼ばれることが無くなったのだから。つまり出入り禁止になっているのだろう。
「沙夜。」
裕太に近づいているのに気がついた翔が、皿を手にしたまま沙夜に近づいてくる。沙夜は少しリーフレットを貰いたいというだけだったので、一人でそこに行かせただけだった。それなのにもう裕太から声をかけられていて、翔は焦って沙夜のところへ近づいてくる。
「一馬が呼んでる。ちょっと来てくれないか。」
「えぇ。では失礼します。」
沙夜はそういって小児連れられて、治と一緒にラーメンを受け取っていた一馬の方へ向かっていく。その後ろ姿に、「二藍」を守っているのは沙夜では無く、沙夜を五人が守っているように感じた。
一馬は文書を発表したことで、世間的には良い夫であり良い父なのだろう。だが他の四人は違う。芹に突きつけるとしたらその辺かも知れない。
しかし今は妙な動きは取れない。一馬の一言が残っているからだ。裕太の誤算は、一馬の奥さんだろう。そしてその奥さんの側にいる幼なじみなのだ。瀬名のことが公になれば、瀬名は嫌でも「Harem」を離れないといけない。それだけは避けたい。やっと瀬名のおかげで、盛り返し始めたのだ。
今は下手なことは出来ないが、きっと地に落ちるチャンスは来る。そう思いながら、携帯電話のメッセージをチェックする。
「……。」
どうやら他のバンドのギタリストが、瀬名と一緒に写真に写っているのをSNSでアップした画像が評判になっているらしい。顔だけでは無く実力派だと言われていて、裕太は少し笑った。これだけ自分がしているのだ。実を結ばないのはあり得ない。
瀬名は帰ったら紫乃に会わせる。紫乃がそれを望んでいるからだ。相変わらす、若い男が好きな女に、裕太の気持ちはずっと前からもう離れている。それを繋ぐのは子供の存在だけだった。
あまり遅い時間までは打ち上げをしなかったのに、用意されていた食事はほとんど無くなったように思える。それだけスタッフもアーティストも多かったのだろう。そしてホテルのロビーで、これから二次会へ行く人、そのまま部屋に戻る人とそれぞれに集まっていた。
「二藍」はホテルが違うのでどちらにしてもこのホテルからは出る。そう思いながら二次会へ行く人達の波に乗りながら外に出て行く。するとそんな六人に、安藤が声をかけた。
「「二藍」さんは二次会へはどうしますか。」
すると沙夜は五人を見る。すると五人はそれぞれにもう満足しているような顔だった。
「もう帰ろうかと思いまして。明日も早々に仕事の人もいるんですよ。」
「そうでしたか。」
「今度はスケジュールの都合をゆっくり合わせたいですね。」
治がそういうと、安藤は少し笑って言う。
「ジンギスカンを食べて欲しいですよ。ラムは美味しかったですか。」
すると純は満足そうに頷いた。
「ラムは臭いと思ってましたよ。あっちの方で食べるのは獣臭みたいな匂いが強くて、苦手だったんですけどね。」
「取って時間が経つとどうしても匂いが出てくるんですよ。新鮮なモノだし、尚且つ若い羊だったりすると、匂いが無く美味しく食べれるんです。」
「やっぱ鮮度が一番ですね。」
「その通りです。あぁ。そうだ。鮮度っていえば、泉さん。」
「はい。」
すると安藤がメモ紙を沙夜に手渡した。
「明日市場へ行くんだったらこの人に声をかけてください。俺の幼なじみなんですよ。」
「ありがとうございます。」
市場へ行くのだと、翔はその時初めて知った。驚いたように沙夜を見ると、沙夜はそのメモ紙を手帳に挟む。
「レンタカーは、そのまま返してもらって良いです。ガソリンだけ入れてくれれば。見送りには行けませんけど、また来年もお待ちしてます。」
「わかりました。何から何まで手厚くありがとうございます。」
イベントによってはそこまでアーティストに気を遣うことも無いところもある。なのに、このイベントはホテルもレンタカーも全て見てくれるのだ。それだけは感謝をしないといけない。しかも我が儘も聞いてくれたのだ。それだけ「二藍」も応えないといけないだろう。
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