触れられない距離

神崎

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北の大地の恵み

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 一応沙菜がゴシップ誌に載るかも知れないという事を、石森愛に確認して貰った。すると愛は、直接芹に連絡をしてくる。
「んー……本人は載ろうと載るまいとどうでも良いみたいな感じなんだけどさ。相手は著名人なんだろ?」
 沙菜と噂になっているのは、今勢いのある俳優だった。パソコンでその俳優の画像を写してみても沙菜の好みとは全く違う気がする。
「多分違うな。あいつの好みってもっとすらっとしててさ。」
 この俳優は実力派で、姿で格好いいと言われているタイプでは無い。つい先日結婚したばかりで、奥さんは妊娠中だと言っていた。だから沙菜のようなタイプが浮気相手というのは、ネタとしては面白いだろう。だが事実では無いのだ。
「そっか。何処が元ネタなのかわからないようなネタなんだな。だからそっちは安易に載せないって事か。」
 別の雑誌には載るかも知れない。ずいぶんネタとしては売り込まれているようだったから。
 元のネタの裏付けが無いようなモノは、安易に載せたりすると出版社が痛い目に遭う。つまり双方の事務所に謝らないといけないのだ。それに謝罪文を自分の雑誌に掲載しないといけない。そうなると、雑誌の評価も下がるのだ。
「え?日和は会ったことが無いって言ってたか。いや……会ったことがあるけど、スタジオとかで挨拶したくらいだって言ってたか。ほらあぁいうスタジオって、隣では普通のドラマの撮影とかもしてるときもあるし、その時なんじゃ無いのか。」
 その言葉にやはりデマだったかと愛は納得していたようだ。やはり載せない方向で行くという、ゴシップ誌の編集長の先賢の目は確かなモノだと思っていた。
「ん?別に変な意味じゃねぇよ。別れてないし。……確かに今日はいないけどさ。明日には帰ってくるし。それなりにしてるよ。心配しなくても。」
 沙菜のことを心配していて、沙夜のことをおざなりにしていないか。ちゃんとコミュニケーションは取れているのか。愛には少し不安があったのだ。だがその心配は不要だ。芹はそう思いながら電話を切る。
 そして昼間に行った洋菓子店で、一馬の奥さんがぽつりといった言葉を思い出した。その目は寂しそうだったと思う。
「仕事をお互いにしていて、私も海斗を一馬に任せて出てくるときもあるわ。でも……今は圧倒的に一馬が外にいて帰ってこないときの方が多い。家で帰ってくるかわからない夫を待つ妻をするつもりなんか無かったんだけどね。でも私が選んだのはそんな道なのよ。」
 あの一言で歌詞が書けそうだ。芹はそう思いながら、またパソコンの電源を入れる。だがその一言は、自分にも言えることだと思った。
 もし沙夜と結婚しても沙夜はずっと家に居たりしないだろう。そして家にずっと居るのは芹の方になる。何とか裕太や紫乃の目をくぐって結婚したとしても、沙夜が仕事を辞めるときはおそらく無いのだから。
 辞めたとしてもきっと沙夜は、家にずっと居るような真似をしないだろう。釣りだの畑だの、動き回ってばかり居て家には居ないかもしれない。それが不服だとは思わないし、何なら自分が付いて行けば良いだけの話だ。
 そう思いながら、芹はパソコンの画面をクリックした。その時ドアの向こうで声がする。
「芹。入るよ。」
 沙菜がそういって部屋のドアを開ける。
「どうした。」
「あのさ。出版社か何かに話をしたの?」
「うん。石森さんにさ。」
「やっぱりね。」
 急に事務所から連絡があり、俳優との不倫の記事は載らないことになったと告げられたのだ。そもそも沙菜はそんなことをしていないのだし、俳優だって寝耳に水のことだっただろう。
「根も葉もないことなんだし、載せたとしても証拠が無い。反対にどっからその話が出てきたんだって、情報を垂れ流した女優か?俳優かが苦しい立場になるだろうな。あー怖い。」
 すると沙菜はその芹が座っているテーブルの側に座ると、少し笑った。
「ありがとう。」
「別に良いよ。俺もモヤモヤしてたことだし。お前、不倫はこりごりだっていってたじゃん。」
「うん。まぁね。」
 一時期人の旦那に惚れたことがある。強引に関係を迫って、そして沙菜と寝てしまった男は、その沙菜のテクニックに骨抜きにされたのだ。だがそんな関係がいつまでも続くわけが無く、奥さんに関係がばれて沙菜はその男と別れ接近近視が告げられたと同時に、慰謝料として相当な金額を支払うはめになってしまったのだ。
 一時の気の迷いで大変な目に遭ってしまった。もう二度と不倫はしないと、沙菜はそれを口にしていた。
「でもこの男もあまり上等じゃ無いよな。結婚する前も二股してたこともあるみたいだし。どこが良いんだ。全然ぱっとしないような男なのに。」
「演技をすると別人になるからじゃ無いかしら。」
「ふーん。そんなに凄いか?」
「まぁ、あたしもそんなに観てないけどさ。それこそその朝倉さんって子に聞いてみたら良いんじゃ無いのかしら。」
「やだよ。必要以上に連絡なんか取りたくないし。」
「だったら何で連絡先なんか交換したの?」
「それは……。」
 ずっとモヤモヤしていたことだった。すずのことを拒否したいと、恋人のような振る舞いをしていたのにその割には連絡先をあっさり交換するのだ。やはりすずにも少し感情があるのかもしれないと、沙菜は思っていた。
「少しは気があるんじゃ無いの?」
「無いよ。でも……あの時、沙夜と一緒に居たときに朝倉さんに会ってさ。」
「うん?でも姉さんはそんなこと言っていなかったよね?」
「沙夜は「二藍」の奴らがいたのを見つけて、話をしてたみたいだったから。」
「ふーん……偶然かぁ。」
 本当に偶然なのだろうか。沙夜も芹とすずを二人にさせたかっただけのような気がするから。
 沙夜は自分を卑下してみているところがあるのだ。すずのように純粋で斜に構えて無くて、何よりポジティブな人は沙夜とは逆に見える。それが更にコンプレックスになり、そして芹も肩の力を抜いて話が出来るのだろうと諦めているところがあった。そんな心配などしなくても良いのに。
「沙菜。あのさ。そこまで心配しなくても俺、ちゃんと沙夜のことが好きだし、今日みたいに離れてても何も無いって言えるよ。「二藍」の五人は信用出来るし。」
「翔は隙あれば手を出そうとしているじゃ無い。」
「それを四人が止めようとしてる。だから俺、四人には自分が何をしているのかって言ったんだ。それに……渡摩季のことはもう一馬さんは知っているしさ。」
「一馬さんって……花岡さん?」
「あの人が一番信用出来る。今日、奥さんに会ってわかったよ。奥さんも相当一馬さんを信用しててさ。だから家で息子と待っていられるんだ。俺もそう出来るし。」
 甘い気がする。一馬も沙夜もきっと好きなことをして居るだけでは無いような気がするのだ。それに一馬には不安材料が沙菜にはあった。
 それは沙夜が一度、沙菜に相談してきたピルのこと。沙夜自身が飲んでいるわけでは無いし、沙夜の周りにはそんな女性はいないし、不自然だと思ったのだ。もしかしてそれが一馬の奥さんのことでは無いのかと思っていた。治の奥さんは妊娠中だというし、そして一馬は二人目の子供が欲しいと事あるごとに言っていたのだ。
 もしそれが奥さんが苦痛で、子供が欲しくないとピルを飲んでいたとしたら酷い裏切りに合っていることになる。一馬に同情しそうになりそうだ。きっと「二藍」の誰よりも側にいた沙夜であれば尚更かも知れない。
「ねぇ。芹。もしさ……花岡さんが、姉さんと何かあったりしたら……。」
「ねぇよ。それこそ翔が止めるだろ?」
 それもそうか。翔はあれだけ沙夜ばかりを見ているのだ。
「お前だって不倫してたんだ。わかるだろ?不倫が何も産まないって。」
「まぁ……そうだけどさ。」
「……俺だってしてたからさ。責めるつもりなんか無いけど。」
「芹のことはさ。違うと思うよ。」
 何度も聞いた言葉だった。何故お金を渡してしまったのか。結婚しているわけでは無いのに、慰謝料など払う必要など無かったと思うのに。
「良いよ。別に慰めなくても。」
 すると沙菜は首を横に振った。
「慰めって言うか……芹が思い出す度に苦しんじゃ無いかって思うとさ。」
 その言葉に芹は少し笑って沙菜の方を見る。
「別に良いよ。それがネタに不倫ソングなんかも書けるわけだし、捨てられて未練がましい女の歌詞だってリアルなモノだろ?」
 あっけらかんとそう言っているようだが、内心は苦しいはずだ。そう思うと、沙夜が何故今この場に居ないのかと、芹が可愛そうにすら思えてくる。
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