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北の大地の恵み
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会場の脇にある建物の中がリハーサルが行われている。ステージに見立てた一角でパンクバンドが曲を止めながら打ち合わせをしているのが見えた。直球な歌詞と聴きやすいメロディー、それに単純なコード進行が学生なんかに受けているバンドで、このバンドもまた勢いがあるようだ。
そう思いながら七人はその会場に入っていく。そして片隅にある機材がまとめられているところへ安藤は案内をした。機材の周りには赤い三角コーンとロープが引かれている。それに立ち入り禁止のメモ紙も張られているし、中には安藤と同じようなTシャツを着ている人達が数人居る。兼備は厳重らしい。
「機材のチェックをしてもらって良いですか。何かあったら俺の方まで連絡してもらって良いので。」
「ありがとうございます。忙しいのに。」
沙夜はそう言うと、安藤は満面の笑みで言う。
機材の運搬はレコード会社のスタッフがしていたが、それ以降はこのフェスの運営の責任になる。なのでその辺を気にしていて、厳重に機材なんかを見守っているのだろう。
「食事はあそこに置いてます。お茶と水は紙コップが用意されてるんで、名前でも書いておいてください。」
安藤はイベントもそうだが、自分たちが作ったものを食べて貰える嬉しさが来ているのだろう。特にトウモロコシご飯は気になるのだ。
「はい。」
「楽しみだなぁ。トウモロコシご飯が。」
「そうね。」
打ち上げでは食事もするのだろう。なのにそこでも食事をするつもりなのだ。その治の食欲に純は少しげんなりした様子でそれを見ていた。
そして安藤がその場を去り、三角コーンを避けると機材のチェックを始めた。治は特にシンバルを気にしているようだった。外国から帰ってきた時、シンバルが駄目になったのだ。国内での移動なのでそこまで乱雑にされることは無いだろうが、シンバルは特に換えが無い。何かあってからでは困るのだ。翔のようにコードが切れていたり機材が壊れていたりしても換えはあるのだろうが、治はそれが出来ないのでその辺が神経質になっているらしい。
沙夜も加わってその機材の梱包を解いていた。その間もステージではパンクバンドが喧嘩のような言い合いをしている。バンドが解散するのでは無いかという感じに見えなくも無いが、このバンドではこれが普通なのだ。
その時だった。
「お疲れ。」
振り返るとそこには天草裕太の姿がある。今日は白いハットをかぶって、丸いサングラスをしている。どう見てもうさんくさいように見えるが、これが裕太のキャラなのだ。
「あぁ。天草さん。お疲れ様です。」
沙夜は梱包を解きながら、裕太に挨拶をする。だが他のメンバーは目も合わせようとはしない。こういう時に愛想が良い治は裕太に構うほど今は余裕が無いし、一馬も翔も相手にしたくなかった。純と遥人はそもそも繋がりが無いので、無視をしているような感じになっている。その様子に裕太は心の中で舌打ちをした。
「「二藍」は俺らのあとだろう?」
「えぇ。そうなっているようですね。」
フェスのバンドの順番が決まったのは最近だった。こういうモノはさっと決まるモノだと思っていたが、決まらなかったのは「Harem」の存在だったのかもしれない。「Harem」は派手なミクスチャーロックが売りになっている。このあとに出てくるバンドとなるとどうしても派手では無いと自分たちの音が地味な印象になってしまうのだ。だからどのバンドも歌手も「Harem」のあとは嫌だと言っていたのだろう。
だが「二藍」はそれ以上に人気がある。だからお願い出来ないだろうかと沙夜に安藤から連絡があったのだが、正直沙夜も「Harem」のあとは嫌だと思っていた。それは音楽的なことも言えるが、この裕太という人間とはあまり関わりたくないというのが主な原因だろう。だが裕太はそんなことをみじんも感じさせないほど馴れ馴れしく「二藍」に近づいてきたのだ。それを無碍にも出来ない立場にある沙夜は愛想笑いで乗り切ろうとしていた。だが裕太はその笑いを誤解している。
「飛行機はずいぶん遅い時間のモノを取ったんだね。」
「みんなそれぞれに忙しかったので。」
「俺らは昨日から入っててさ。瀬名はこっちで仕事もあったし。」
「瀬名?」
「新しいギタリストだよ。ほら、あそこに居る。」
そう言って裕太は自分のバンドの方を指さした。そちらも荷ほどきをしているようだが、裕太はここに居ても良いのだろうかと思う。翔の機材が多いのと同じようにキーボードをしている裕太は、機材が多いのだろうと思ったからだ。
「噂には聞いてました。新しいギタリストとドラムが入ったとか。」
「ギタリストは特に良いよ。前のヤツとは雲泥の差でさ。俺の思ったことを汲み取ってくれる。」
「はぁ……。」
あまり前のメンバーの悪いところなどは言わない方が良いに決まっているが、裕太はその辺がわかっていないのだろうか。沙夜はそう思いながら、梱包を解いていた。
「マネージャーさんさ。その瀬名なんだけど、純のファンらしいんだよ。連れてきても良いかな。」
「夏目さんの?」
すると純もその声が聞こえたように驚いてそちらを見ていた。あまりファンだという人は居なかったので驚いたのだ。
「二藍」の中で人気はもちろんボーカルである遥人が一番人気なのだが、その次は翔でありそのほかの三人はあまり騒がれることは無かった。もっとも一馬は最近その存在感が表に出てきて人気が出てきているようだが。
「沙夜さん。良いよ。」
純はそう言って少し笑って沙夜にそう言った。ファンだと言われて気分が悪いわけが無いのだから当然だろう。
「だったら連れてくるよ。」
そう言って裕太はその場を離れる。すると心配そうに翔が純に聞いた。
「大丈夫か?」
「ファンですっていわれて悪い気分はしないだろう?良いよ。会うくらいだったら。それにその瀬名って男だろ?」
本番前でナーバスになっていると思ったが、純は案外あっさりとそう言った。気分が悪いわけは無い。沙夜だって「夜」として活動していた時に「ファンです」と言われて、悪い気分にはならなかった。だがその裏で何を言われていたかと言われるとぞっとする。
「夏目さん。あまりまともに取らない方が良いわ。」
沙夜は心配そうにそう言うと、純は頷いた。
「もちろんだよ。ギターだってシンセなんかと一緒。テクの盗み合い、機材の盗みあいなんか日常なんだし、まともには取らないよ。」
純もそういう経験はしているのだ。ある程度の覚悟はしているのだろう。
「お待たせ。」
そう言って連れてきた男を見て沙夜は気後れした。金髪の長髪。色素の薄い顔色。まるでこの国の人とは思えないような容姿だった。目の色も違うようだ。それに顔立ちだってこの国の人とは違う。それは誰かに似ていると思っていた。
「瀬名です。」
瀬名はそう言ってまず沙夜に挨拶をしてきた。それに沙夜は立ち上がると、頭を下げる。
「「二藍」のレコード会社で担当をしている泉です。」
そう言うと瀬名は手を刺しだしてきた。沙夜はその手を握り、握手をする。しなっとした手には指輪やブレスレットがあり、こういうモノが好きなのだろう。
「あの……純さんは……。」
すると瀬名は目を細め適材の方を見る。すると純の方から近づいてきた。
「瀬名さん?瀬名君?どう呼べば良いのか。」
「別に呼び捨てでも構わないです。」
瀬名はそう言って手を差し出すと、純にも握手を求める。ちらっと沙夜の方を見ると、沙夜は頷いた。変のモノは持っていないと思ったのだ。それに安心し手順はその手を握る。すると瀬名の顔に少し笑顔が見えた。
「嬉しいです。俺……「Circle」の頃から純さんのファンで。」
「インディーズの頃から知ってたのか。凄いな。」
「心地良いギターの音で、俺……それがきっかけでギターをしようと思ってたんです。」
その離しに沙夜は違和感を覚えた。この男はそんなに若いのだろうかと思ったからだ。するとその疑問を沙夜が感じていると思った裕太が笑いながら言う。
「泉さん。こいつ、まだ十代なんだよ。」
「十代?」
すると瀬名は頷いて言う。
「十七です。」
「若っ。」
純はそう言って驚くと、瀬名は少し笑う。その笑顔にきっと惹かれるファンも多いのだろう。だが違和感がある。そして後ろを振り向くと、一馬はその男にも視線を合わせようとしなかった。おそらく一馬は話しもしたくないと思っているのだろう。その理由が沙夜にも何となくわかる。
そう思いながら七人はその会場に入っていく。そして片隅にある機材がまとめられているところへ安藤は案内をした。機材の周りには赤い三角コーンとロープが引かれている。それに立ち入り禁止のメモ紙も張られているし、中には安藤と同じようなTシャツを着ている人達が数人居る。兼備は厳重らしい。
「機材のチェックをしてもらって良いですか。何かあったら俺の方まで連絡してもらって良いので。」
「ありがとうございます。忙しいのに。」
沙夜はそう言うと、安藤は満面の笑みで言う。
機材の運搬はレコード会社のスタッフがしていたが、それ以降はこのフェスの運営の責任になる。なのでその辺を気にしていて、厳重に機材なんかを見守っているのだろう。
「食事はあそこに置いてます。お茶と水は紙コップが用意されてるんで、名前でも書いておいてください。」
安藤はイベントもそうだが、自分たちが作ったものを食べて貰える嬉しさが来ているのだろう。特にトウモロコシご飯は気になるのだ。
「はい。」
「楽しみだなぁ。トウモロコシご飯が。」
「そうね。」
打ち上げでは食事もするのだろう。なのにそこでも食事をするつもりなのだ。その治の食欲に純は少しげんなりした様子でそれを見ていた。
そして安藤がその場を去り、三角コーンを避けると機材のチェックを始めた。治は特にシンバルを気にしているようだった。外国から帰ってきた時、シンバルが駄目になったのだ。国内での移動なのでそこまで乱雑にされることは無いだろうが、シンバルは特に換えが無い。何かあってからでは困るのだ。翔のようにコードが切れていたり機材が壊れていたりしても換えはあるのだろうが、治はそれが出来ないのでその辺が神経質になっているらしい。
沙夜も加わってその機材の梱包を解いていた。その間もステージではパンクバンドが喧嘩のような言い合いをしている。バンドが解散するのでは無いかという感じに見えなくも無いが、このバンドではこれが普通なのだ。
その時だった。
「お疲れ。」
振り返るとそこには天草裕太の姿がある。今日は白いハットをかぶって、丸いサングラスをしている。どう見てもうさんくさいように見えるが、これが裕太のキャラなのだ。
「あぁ。天草さん。お疲れ様です。」
沙夜は梱包を解きながら、裕太に挨拶をする。だが他のメンバーは目も合わせようとはしない。こういう時に愛想が良い治は裕太に構うほど今は余裕が無いし、一馬も翔も相手にしたくなかった。純と遥人はそもそも繋がりが無いので、無視をしているような感じになっている。その様子に裕太は心の中で舌打ちをした。
「「二藍」は俺らのあとだろう?」
「えぇ。そうなっているようですね。」
フェスのバンドの順番が決まったのは最近だった。こういうモノはさっと決まるモノだと思っていたが、決まらなかったのは「Harem」の存在だったのかもしれない。「Harem」は派手なミクスチャーロックが売りになっている。このあとに出てくるバンドとなるとどうしても派手では無いと自分たちの音が地味な印象になってしまうのだ。だからどのバンドも歌手も「Harem」のあとは嫌だと言っていたのだろう。
だが「二藍」はそれ以上に人気がある。だからお願い出来ないだろうかと沙夜に安藤から連絡があったのだが、正直沙夜も「Harem」のあとは嫌だと思っていた。それは音楽的なことも言えるが、この裕太という人間とはあまり関わりたくないというのが主な原因だろう。だが裕太はそんなことをみじんも感じさせないほど馴れ馴れしく「二藍」に近づいてきたのだ。それを無碍にも出来ない立場にある沙夜は愛想笑いで乗り切ろうとしていた。だが裕太はその笑いを誤解している。
「飛行機はずいぶん遅い時間のモノを取ったんだね。」
「みんなそれぞれに忙しかったので。」
「俺らは昨日から入っててさ。瀬名はこっちで仕事もあったし。」
「瀬名?」
「新しいギタリストだよ。ほら、あそこに居る。」
そう言って裕太は自分のバンドの方を指さした。そちらも荷ほどきをしているようだが、裕太はここに居ても良いのだろうかと思う。翔の機材が多いのと同じようにキーボードをしている裕太は、機材が多いのだろうと思ったからだ。
「噂には聞いてました。新しいギタリストとドラムが入ったとか。」
「ギタリストは特に良いよ。前のヤツとは雲泥の差でさ。俺の思ったことを汲み取ってくれる。」
「はぁ……。」
あまり前のメンバーの悪いところなどは言わない方が良いに決まっているが、裕太はその辺がわかっていないのだろうか。沙夜はそう思いながら、梱包を解いていた。
「マネージャーさんさ。その瀬名なんだけど、純のファンらしいんだよ。連れてきても良いかな。」
「夏目さんの?」
すると純もその声が聞こえたように驚いてそちらを見ていた。あまりファンだという人は居なかったので驚いたのだ。
「二藍」の中で人気はもちろんボーカルである遥人が一番人気なのだが、その次は翔でありそのほかの三人はあまり騒がれることは無かった。もっとも一馬は最近その存在感が表に出てきて人気が出てきているようだが。
「沙夜さん。良いよ。」
純はそう言って少し笑って沙夜にそう言った。ファンだと言われて気分が悪いわけが無いのだから当然だろう。
「だったら連れてくるよ。」
そう言って裕太はその場を離れる。すると心配そうに翔が純に聞いた。
「大丈夫か?」
「ファンですっていわれて悪い気分はしないだろう?良いよ。会うくらいだったら。それにその瀬名って男だろ?」
本番前でナーバスになっていると思ったが、純は案外あっさりとそう言った。気分が悪いわけは無い。沙夜だって「夜」として活動していた時に「ファンです」と言われて、悪い気分にはならなかった。だがその裏で何を言われていたかと言われるとぞっとする。
「夏目さん。あまりまともに取らない方が良いわ。」
沙夜は心配そうにそう言うと、純は頷いた。
「もちろんだよ。ギターだってシンセなんかと一緒。テクの盗み合い、機材の盗みあいなんか日常なんだし、まともには取らないよ。」
純もそういう経験はしているのだ。ある程度の覚悟はしているのだろう。
「お待たせ。」
そう言って連れてきた男を見て沙夜は気後れした。金髪の長髪。色素の薄い顔色。まるでこの国の人とは思えないような容姿だった。目の色も違うようだ。それに顔立ちだってこの国の人とは違う。それは誰かに似ていると思っていた。
「瀬名です。」
瀬名はそう言ってまず沙夜に挨拶をしてきた。それに沙夜は立ち上がると、頭を下げる。
「「二藍」のレコード会社で担当をしている泉です。」
そう言うと瀬名は手を刺しだしてきた。沙夜はその手を握り、握手をする。しなっとした手には指輪やブレスレットがあり、こういうモノが好きなのだろう。
「あの……純さんは……。」
すると瀬名は目を細め適材の方を見る。すると純の方から近づいてきた。
「瀬名さん?瀬名君?どう呼べば良いのか。」
「別に呼び捨てでも構わないです。」
瀬名はそう言って手を差し出すと、純にも握手を求める。ちらっと沙夜の方を見ると、沙夜は頷いた。変のモノは持っていないと思ったのだ。それに安心し手順はその手を握る。すると瀬名の顔に少し笑顔が見えた。
「嬉しいです。俺……「Circle」の頃から純さんのファンで。」
「インディーズの頃から知ってたのか。凄いな。」
「心地良いギターの音で、俺……それがきっかけでギターをしようと思ってたんです。」
その離しに沙夜は違和感を覚えた。この男はそんなに若いのだろうかと思ったからだ。するとその疑問を沙夜が感じていると思った裕太が笑いながら言う。
「泉さん。こいつ、まだ十代なんだよ。」
「十代?」
すると瀬名は頷いて言う。
「十七です。」
「若っ。」
純はそう言って驚くと、瀬名は少し笑う。その笑顔にきっと惹かれるファンも多いのだろう。だが違和感がある。そして後ろを振り向くと、一馬はその男にも視線を合わせようとしなかった。おそらく一馬は話しもしたくないと思っているのだろう。その理由が沙夜にも何となくわかる。
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