触れられない距離

神崎

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北の大地の恵み

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 北の地におり付いた六人はフェスの人達が用意してくれているレンタカーに乗り込むと、そのままナビにしたがって会場のある街へと向かう。街の方は普通の街とあまり変わりは無いが、一歩そこを抜けると畑や牛の姿が見える。だが北の大地だからといってもあまり暑さは変わらない感じがした。
「こっちの方は涼しいと思ってたのになぁ。」
 純はそういって忌々しそうに外を見ていた。すると治が笑いながら言う。
「南の方でもそうだったみたいに、暑い期間が短いってだけだろう?それに都会よりは涼しいよ。」
「そっかなぁ。ジャケットも持ってきたけど結局必要なさそうだよ。」
 それでも沙夜は相変わらずスーツ姿なのだ。かたくなにそれを崩したくないのだろう。ツアーの時にはスタッフがツアーのTシャツなんかを着ていることもあるが、沙夜はかたくなにスーツを脱がない。何か意味があるのだろうかと翔は思っていた。
「沙夜さ。」
 助手席には翔が座っている。飛行機の中では一馬が隣に座っていたのだ。窓側に座りたいという遥人に変わってやったと言っていたが、そもそも遥人はそんなことにこだわったりはしないのに不自然に思えた。
「何?」
 沙夜は運転しながら翔に聞く。一本道の道は平坦で何処まで進んだかも良くわからない。ナビは相変わらずこのまま直進だと言っているが、本当に合っているのかすら少し不安になるのに、翔から声をかけられて少しいらつくようだ。
「スーツは暑くない?」
「大丈夫よ。会場は野外だから暑いかも知れないけれど、水分を取りながら何とかするわ。それよりも本当にこのナビは合っているのかしら。翔。目的地を確認して貰える?」
「OK。」
 ナビは車によって使い方が違う。レンタカーの業者が教えてくれたが、若干不安な部分があったのだろう。
「大丈夫。この道をまだ真っ直ぐだ。」
 翔が確認を終えると、沙夜はハンドルを握り直した。対向車も少なくて、不安になったのだろう。
「ここの土地は初めてじゃ無いんだし、大丈夫じゃ無い?」
 遥人がそう言うが、ツアーなんかでこの土地に来た時はホールの関係者が迎えに来てくれたのでそれにしたがっただけだ。だがフェスとなれば色んなアーティストやバンドが来ていて迎えに来てくれるわけでは無い。車を用意してくれただけありがたいのだ。
「出番って夜だろ?二十時。腹が減るよなぁ。会場で何か食べれるかな。」
 治はそう言うと純は呆れたように言う。
「良く本番前に食べられるよな。俺、本番前は飯なんか食えないし。テレビじゃ無いんだから、失敗出来ないしさ。」
「だからお前はあのフレーズを入れるの辞めておけって言ったんだよ。」
 遥人はそう言うが、純にはこだわりがあった。
「だってさぁ。あのフレーズは絶対入れたかったんだよ。録音を聴いて入れておけば良かったって。」
「指がもつれないようにしてくれよ。」
 その間も一馬は携帯電話で何かメッセージを打ち込んでいるようだった。相手は奥さん。ちょうど休憩中で、連絡が取れるのだ。どうやら勤めている洋菓子店の従業員が結婚をするらしい。その従業員もなんだかんだあったようだし、その奥さんになる人も一馬は知っている。式はするが披露宴はしない。だがお世話になった人なんかと食事会なんかをすると言っていた。その場に一馬も来れないかと言われ、少し迷っていたのだ。
 奥さんが世話になっている店だし、その従業員のこともよく知っている。一時期は奥さんに惚れていて迫っていることもあったそうだが、今は普通の関係になっているし、世話をして世話をされているのも知っている。海斗だってその従業員に懐いていて、冗談のように頭の中が同じくらいなんだろうなんて言っていた。
 だが今の状況を考えるとその場に居づらい。沙夜と関係を持ってしまったのだ。祝いたい気持ちはあるが、冷静になるとその場に居て良いのかと思う。
「仕事の都合を見て返事をする。」
 一馬はそう返信すると運転している沙夜の横顔を見た。隣には翔が居て上手く運転をしている沙夜のサポートをしているような気がする。一緒に住んでいるのだし、少なくともこの中の誰よりも沙夜に近い存在なのだ。そう思うといらつくが、そのいらつきを表に出せない。
「そういえばさ。今日泊まるホテルって温泉なんだろ?」
 治がそう言うと、沙夜は頷いた。
「えぇ。ビジネスホテルなんだけれど、大浴場が別にあるの。温泉場なのね。」
「温泉は久しぶりだなぁ。夜中でも入れるの?」
 治がそういうと沙夜は少し笑って言う。
「二十四時間は入れるようなところよ。打ち上げが終わって入るのも良いかもしれないわ。」
「家族風呂ってある?」
 遥人が聞くのもわかる。遥人には入れ墨があるのだ。場所によっては入れないところもある。それを気にしているのだろう。
「えぇ。でも気にしなくても他にも入れ墨がある人は居るわ。入れ墨があっても入れるんじゃ無いのかしら。」
「良かったよ。」
 家族風呂という言葉に、一馬は少し笑う。沙夜と入れたら良いだろうと思っていたのだ。あのホテルで沙夜を独占したことを思い出していたのだが、今日は無理かも知れない。何とか二人になれる時間が出来るかも知れないと思っていたのだが、今日のフェスに出る人達のメンツを見て無理だと思ったのだ。

 ホテルにまずいって荷物を降ろす。チェックインを住ませ手荷物を預けたあと、フェスの会場へ向かいパスを見せると関係者の駐車場に車を停めた。それぞれの楽器を降ろしている間、沙夜は関係者の人に連絡をする。
 電話でも話をしたが、どうやら男らしい。どんな人なのかはわからないが、フェスの関係者はみんな同じTシャツを着ているのだ。誰かはわからなくても、近寄ってきた人がそうだろうと構えていた。
 すると一人の男が車に近づいてきた。ずいぶん背の低い小柄な男だと思った。
「「二藍」さんですよね。すいません。お待たせしました。実行役員の安藤と言います。」
 「二藍」は一馬が一番がたいがよくて、純が一番小さい。だが純も一般的に見ればそこまで小柄というわけでは無いが、この男は沙夜よりも小さい。おそらく沙夜の肩ほどしか無いだろう。
「「二藍」の担当をしています泉と申します。初めまして。」
「長旅お疲れ様でした。早速ですけどリハーサルの会場に案内します。機材のチェックをして欲しいので。」
「わかりました。」
「あ、持てる荷物があったら手伝いますよ。」
 気を遣って安藤という男は治に声をかけたが、治は首を横に振る。
「大丈夫です。手持ちの荷物だけだし。」
 それに楽器を関係者以外に触れさせたくなかった。一馬は特にその辺が厳しい。それに初対面の人には口も聞かないのだ。
 荷物をそれぞれに持って会場へ向かう。会場の周りには出店が並んでいるようだったが、そこに「二藍」のメンバーが顔を覗かせるわけにはいかないのでそこを避けて行っていたようだが、匂いまではここまで漂ってくる。その匂いに治がつい口に出した。
「美味そうな匂いだなぁ。」
 すると安藤が少し笑って言った。
「焼きトウキビですね。」
「トウキビ?」
「トウモロコシね。この季節は旬だし、美味しいでしょう。」
 沙夜がそういうと安藤は目を輝かせて言う。
「凄い美味しいですよ。今年の出来は凄く良いし。大粒でプリプリで。」
「沙夜さん。食べたい。」
 治がそういうと沙夜は呆れたように言う。
「本番後でね。」
「二十時までお預け?マジで言ってんの?俺、ドラムの音か腹の音かわからない音が出るかもよ。」
 その言葉に沙夜は少し笑う。純や翔なんかは本番前は水分以外を口にしない方だが、治や一馬はそれを気にしない。遥人は本番前は発声練習なんかをしているので、常温の水のみを飲んでいる状態だ。おそらく純や翔なんかと事情が違うのだろう。体に気を遣っているので腹は空いているが我慢をしているのだ。
「心配しなくてもリハーサル会場に軽食だったら用意してます。お茶とか水もありますから好きにとってください。」
「すいません。なんか……気を使わせてしまって。」
 沙夜はそう言うと安藤は笑いながら言う。
「いいえ。いいえ。みんなにしていることですよ。その軽食の中にトウモロコシのご飯で握ったおにぎりがあるんですけどね。俺の家で作っているトウモロコシなんですよ。」
「え?農家なんですか?」
 沙夜はそう聞くと、安藤は頷いた。
「本業は農家ですよ。このフェス自体も地元の農家とか畜産とかあとは漁業関係者でされているモノで、イベント会社と提携して開催しているんです。だから飯は美味いですよ。」
「期待するなぁ。」
 治がそういうと沙夜も少し笑った。そしてここへ来る途中の畑なんかを思い出す。見渡す限りのジャガイモ畑。トウモロコシの畑。小麦や米を作っている水田。西川辰雄のいるような町とは違うが、時間の流れがゆっくりと流れるような所なのだろう。何もかもを忘れてこんな所に入れたら、どれだけ幸せだろうと思った。
 だがそれでも音楽は捨てられないのだろう。沙夜はそう思いながらリハーサルの会場である建物に足を運んでいた。
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