触れられない距離

神崎

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北の大地の恵み

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 空港へたどり着いて五人を確認する。見送りに来るほどでは無いが、遥人のマネージャーもそこに居た。遥人は明日帰ってまた仕事があるらしい。
「わかってると思うけど、飛行機に乗り遅れるなよ。撮影の予定もあるんだから。」
「わかってるよ。あっちを十二時な。」
 どうやら遥人はそのあと十四時からのテレビの生放送に出演するらしい。なので時間はギリギリと言ったところだろう。
「オカンだな。」
 治はそう言うと、純は少し笑って言う。
「遥人のあのマネージャー長いよな。遥人に付いて。すでに家族みたいになってるみたいだ。」
 これから北の地へ飛行機で渡る。そのあとはイベンターが用意してくれたレンタカーでフェスの現地へ行き、すぐにリハーサルを行われる。
 一泊の予定で海外へ行くよりはみんな軽装だった。もっとも純や一馬は手持ちの楽器があり、そのための席まで確保している。飛行機に持ち込まないと安心出来ないのだ。
「蔵本さん。その辺でいいですか。もう時間になるんですよ。搭乗手続きをしたいんですが。」
「えぇ。わかりました。泉さん。お願いします。」
「お土産を買ってくるよ。」
「そんなのは俺らにはいいから映画のスタッフに買って来いよ。」
「すげぇ数いるじゃん。そっちは郵送するから心配しなくても良いよ。」
 その時沙夜はふと降りてきた背の高い男に目を留めた。芸能人のようにサングラスをかけて、浅黒い肌を持っている。筋肉質で少し一馬に似ている気がするが、一馬よりも若干歳を取っている気がする。それにとても美男子だと思った。
「あれ……。」
 沙夜がそういうと、治がそちらを向いて驚いたように言う。
「「薔薇」の悪役の役者じゃん。」
「え?やっぱり?」
「どこかで映画でも撮影があったのかなぁ。それかCMとか。」
 元AV男優の男だ。今は一般の役者をしているが、嫌みな感じが離れなかったように思えるが、今度の映画では主役級の役をする。それは今までの男のイメージとは違い、病気の妻を支えるような役所になる。だから髪も切って黒くなっているのだろう。
「そういえば橋倉さんは映画雑誌のインタビューをしてこちらに来たのよね。朝倉さんはどうだった?」
「良かったよ。また仕事を一緒にしたいな。朝倉さんにあの人が居たって言ったら小躍りするだろうね。」
「ファンなの?」
「みたい。けどAV男優だった頃のことは知らなかったな。」
 真面目に今しか見ていないすずらしい。ゴシップには興味が無く純粋に今の役者のことしか見ていないのだ。
「いい仕事が出来て良かったわね。」
 沙夜はそう言うと、バッグを持ち直した。そして遥人のマネージャーに挨拶をすると搭乗カウンターへ向かう。そして六人分の予約を確認して貰った。
 その間、一馬は何も話をしなかった。ただ沙夜がいつものように動いているのをじっと見ているだけであり、それはいつもと変わらないモノだったと思う。
 北の地へ行けば、また違うのかも知れない。あの日、沙夜を抱いたあの感触をまだ忘れていないのだ。二人になれる時間は無いと思うと沙夜は言っていたが、どうにかならないだろうかと一馬は心の中でため息を付く。
 するとマネージャーと別れた遥人が一馬に声をかけた。
「一馬さ。」
「何だ。」
「フェスが今日終わるじゃん。」
「うん?」
「打ち上げがあるじゃん。きっとほら、他のバンドのヤツなんかも来てさ。ソロの歌手なんかもいるだろ?で、バックバンドのヤツとかも。」
「何が言いたいんだ。」
 一馬はそう聞くと、遥人は少し笑って言う。
「人数多いわけじゃん。紛れるよな。一人二人居なくても。」
「……駄目だろう。翔にはばれる。」
 治と純、そして翔は映画について話をしている。治の熱が冷めないようで翔も純も帰ってきて暇があったら映画でも観ようと思うほどだった。
「今度帰ってきたら映画会しないか。」
「いいな。何か摘まめるモノと、酒でも用意してさ。」
「俺、アクションがいい。治チョイスで頼むわ。」
「アクションかぁ……最近のさ。」
 まだ盛り上がっていて話は尽きそうに無い。その間に沙夜が五人の元に戻ってきた。そしてチケットをおのおのに手渡すと、搭乗手続きを始める。
 やがて飛行機に案内されると、沙夜は手に持っていた番号の席に着いた。そして荷物を頭上にあげて貰うと、その席に座る。搭乗手続きでは、沙夜の隣には遥人が来て、治が座る。純と一馬は楽器があるので一席余分に取ってある。そう思っていた時だった。隣に一馬が座って沙夜は驚いたように一馬を見る。
「一馬。どうして……。」
「席を変わって貰った。」
 後ろの席を見ると窓側に遥人が座り、楽器を置いてその向こうに純が座っている。
「ちょっと……勝手にしたわね。」
「遥人は感づいていてな。」
 その言葉に沙夜は言葉に詰まる。だが内心嬉しかった。こうして並んで座るのは、あのホテルの時以来だったから。
「すいません。膝掛けを貰えませんか。」
 搭乗手続きでバタバタして居るであろう乗務員に、一馬はそう聞いた。すると乗務員は嫌な顔をせずに笑顔で応える。
「膝掛けなんて……。」
「飛行機の中は寒いだろう。エアコンが効きすぎている。」
 よく見ると遥人はマスクをしていた。エアコンの風が喉をやられると思ったのだろう。
「……そうね。」
「風邪をひかれたら困る。」
 すると先程の乗務員が灰色の膝掛けを持ってきた。それはちゃんとビニールに包まれていて、クリーニング済みなのか新品なのかはわからない。それを一馬は受け取るとそのビニールを外し、沙夜の膝にかけた。
 しばらくして飛行機が離陸体勢に入る。シートベルトを締め、しばらくは乗務員も誰もが身動きが取れない。
 それを見て、一馬は膝掛けの下から手を入れる。そして沙夜の手を握った。
「ちょっと……。」
 誰が見ているかわからない。だから軽率なことをされたくなかった。だが一馬の表情は変わらない。だが沙夜はすぐにわかった。一馬の頬が少し赤くなっているのを。自分だけが恥ずかしいわけでは無いと、沙夜は少し嬉しい思いでその手を握り返した。

 AV女優の雑誌のインタビューというのは、大体週刊誌の中でもエロ本に近いようなモノばかりだ。沙菜がそういう仕事も受けているのは、仕事を選んでいるからだろう。女優仲間の中には、ストリップに出ていたり風俗で稼いでいる人も居る。AV女優という名前があれば、客が入りやすいからだ。だが沙菜はそういう仕事はしていない。
 ただ最近はSMの女王様の仕事はいいかもしれないと思い始めていた。SMクラブは一度行ったことがあるのだが、そこまで下品だという感じもしなかったし、緊縛師に縛られている女性は綺麗だと思う。
 そう思いながらその考えを払拭させる。自分が縛られるのでは無いのだと。それに裸を見せたい相手は今はここに居ない。自分の姉と共に北の地に居るのだ。仕事としているとはいえ、嫉妬しそうになる。そしてその嫉妬をしているであろうもう一人がここに居るのだ。
「ただいま。」
 家に着いた沙菜はサンダルを脱ぐと、芹の部屋へ向かう。すると芹はパソコンの向かって何か書いているようだった。
「んー……。」
 机の側には資料のような紙が沢山ある。そうやって仕事をずっとしていたのだろう。その背中が最近とても頼もしく思えた。
「ただいま。」
「お。いつ帰ってきたんだよ。」
「今。ずいぶん集中してたね。」
「うん。どう表現しようかって思って。」
「何が?」
「まぁこっちの仕事のことだよ。お前にはわからないヤツ。」
「姉さんならわかるんだろうけどね。」
 わざと沙夜の名前を出した。そうやって馬鹿にした芹を見返すつもりだったのだ。
「るせぇな。」
 案の定いらついてきた。翔だけでは無く一馬も一緒に北の地へ行っている。それが腹が立つのだろう。
「きっとさ。こういう事も多くなるんだろうね。今度の秋だっけ?結構長く外国に行くって言ってたし。」
「その前に、俺、沙夜と一緒に実家へ行くよ。」
 芹の実家は割と近くの所にある下町だった。沙夜も行ったことがあるようで母親とは特に話が合っていたように思える。芹の母親はスーパーの惣菜を作るパートをしているらしいし、それより前から料理上手だと言っていた。だから沙夜も参考になると言っていたのだが、改めて沙夜と実家へ行くというのはどういうことか沙菜にも想像が付いた。
「あのさ。その前にすることがあるんじゃ無い?」
 沙夜側の実家に行くこと。両親に挨拶をすること。それから芹の兄である天草裕太にも話をしておかないといけない。大きな問題だと思う。
「だから実家。」
「実家って……芹の実家じゃ無くて?」
「それはとっくに顔を見せに行ったよ。そうじゃなくて沙夜の実家。」
 その言葉に沙菜は首を横に振った。
「いきなり行ってどうするの。うちの母さんは何も知らないのよ。この間だってお見合いの写真を送ってきたんだから。」
「それどうしたの?」
 そんな話を沙夜から聞いていない。いぶかしげに芹はそれを聞くと、沙菜は呆れたように言う。
「速攻で送り返していたわ。」
「どんな奴?」
「開けても無いからわからないけどね。」
 厚さで見合い写真だとわかった沙夜はそのまま拒絶するように送り返していたのだ。沙夜がお見合いなどするわけが無い。沙菜もそれは同感だった。だが芹があの母親を説得出来るかと行ったら微妙だと思う。
 体の入れ墨を入れ、安定していない職に就いている芹。金に執着する兄。それに会社勤めでは無く個人の小さな店の職人の父親。家柄なんかを見る母親が諸手をあげて結婚させるとは思えなかった。
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