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卵焼き
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先にホテルに来ていた一馬は、その部屋のあちこちをチェックしていた。兄からは問題ないホテルだとは聞いていたが、それでも自分の目でえチェックをしたいと思う。窓を開けてみると不自然な車は見当たらない。コンセントも変なモノは無いようだ。
そしてベッドに腰掛けると、兄の言葉がまた浮かんできた。
「昨日だったかな。海斗を迎えに来たのは奥さんじゃ無かったよ。金髪の凄い男前。娘だけじゃ無くて奥さんまでぽーっと見てたよ。男前なんかホストなんかで見慣れていると思ったんだけどな。」
おそらく迎えに来たのは真二郎なのだ。それを妻は言うことは無かった。確かに秋のデザートは決まっていて、それに合わせるコーヒーや紅茶に試行錯誤をしていたようだが、子供の迎えも二人がままならないのに真二郎を頼るというのはどうなのだろう。息子も真二郎に懐いていて、ベースよりも真二郎が作る見た目が綺麗なそういうケーキをキラキラした目で見ていた。
兄の子供のうち男の子の方は兄の姿を見て、おそらく酒屋を継ぎたいと思っているのだろう。なのに自分の息子はベースでは無く、側にいる真二郎の作っているケーキを見ているのだ。その上、子供はもっと落ち着いたらで良いかと言われて次の子供のめどすら立たない。
広いベッドに横たわると、ため息を付いた。ずっと一緒に居たい。だから結婚をしたはずなのに、一緒に居る時間は少なすぎる。そしてその穴を埋めるのに奥さんは真二郎や勤めている店の人を頼りにしているように感じた。
自分だって好きで始めた仕事で、家族との時間は取れないのはある程度覚悟をしていた。そして妻も家に引きこもって、一馬の帰りを待ちながら子供の世話をして味噌汁を作るような真似をして欲しくないと思う。なのに今はそれが寂しい。
ずいぶん我が儘になったと思う。
そしてこれから沙夜を抱こうと思っていた。コンドームを新たに買ったのは、家にあるモノを持ってくればいくら何でも妻に怪しまれるから。これは自分のバッグの底にでも入れておこう。沙夜にしか使いたくない。
一度キスをしたとき、沙夜は一馬を求めているような気がした。たどたどしい行為がとても愛しく思える。妻以外の人とこんなことをした事は無いし、妻以外の女とキスをすることは無かったから。。
そう言えば昔初めてセックスをしたとき、付き合っていた鈴子はずいぶん慣れていて一馬をリードしていた。処女では無いとその時初めて知ったが、その時は余裕のあるふりをした。処女では無いと言われ、だからどうしたと言ったが内心は穏やかでは無かったから。高校生の頃から付き合っていた女なのに、自分以外の人とセックスをしたのだろうかと思うと腹が立った。だから自分のことしか考えずにセックスをしたつもりだったが、それが帰って鈴子を盛り上がらせたように思える。
だがそれも大学を卒業してから、お互いの生活が違ってくると心も変わっていく。自然消滅みたいな形で、鈴子とは連絡がいつからか付かなくなった。そして今、鈴子はヤクザの奥さんになっている。沙夜に聞くところによると、ヤクザの姐さんらしくないように見えるがその実状は違い相当肝が据わっているという。それは大学の時から変わらないらしい。
一度鈴子が出るというコンテストを観に行ったことがある。その時鈴子は盛大に間違えたのがわかったが、それでもその間違いが間違いに聞こえないほど堂々としていたのだ。そういう所が一馬が好きだったのだと思う。
沙夜もそういうタイプなのだろう。きっと沙夜なら間違ってしまったら、それをアレンジして演奏するだろう。どちらにしても規定からは外れているので審査の対象外にはなるのだろうが。
そう思いながら一馬はバスルームへ向かう。そして風呂を覗いた。広い湯船だ。きっと二人では居ることを想定している。そしてシャンプーやボディーソープに混ざって、ローションが置いてあった。妻とはこういうモノを使ったことは無いが、沙夜に使うとどうなるのだろう。そう思いながら、湯船にお湯を溜め始めた。セックスをするにしてもしないにしても、汗はかいている。風呂くらいは入りたいと思っていたのだ。
その時、入り口のチャイムが鳴った。その音が聞こえて一馬は入り口へ向かう。ドアを開けると顔を赤くして息切れをしている沙夜が居た。
「どうしたんだ。走ってきたのか。」
そう言って一馬は部屋に沙夜をあげる。そしてドアを閉めると沙夜はため息を付いて言った。
「そこのコンビニで声をかけられてね。」
「コンビニ?」
ホテルへ行く前にコンビニで時間を潰してから来ると言っていた。このホテルでは男女が別々に入ることが出来る。だから一馬が先に入り、あとから沙夜が入るようにしていたのだが、その間コンビニで何があったのだろうか。
「水を買おうとレジに並んでいたら、サラリーマンみたいな男から声をかけられてね。」
「サラリーマン?」
「えぇ。きっとデリヘルか何かと間違えられたわ。コンビニを出てもしつこく追いかけられそうになったから走ってきたのよ。」
「外国でも同じようなことをされていたな。」
あの時にも一馬が助けてくれた。そうでは無ければおそらく沙夜は車で連れ去られていただろう。外国であれば尚更身の危険はあるのだが、この国でも同じようなことが起こっていたのだろうか。
「俺だって警官から声をかけられたんだが。」
「そうね。バイヤーか何かに間違えられたのかしら。」
駅で待ち合わせていたときに、一馬の前にパトカーが止まったのだ。そして警官が一馬に声をかけてきたのだという。髪を下ろしてサングラスをかけるとおそらくこの国の人に見えないからだ。「二藍」という名前もきっとその警察官は知らないのだろう。
「お風呂を沸かしているの?」
バスルームに光があるのが見えて、沙夜はそこを覗いたときに水の音が聞こえたのだろう。
「あぁ。汗もかいているし、気持ち悪いだろう。」
沙菜の言葉を思い出した。沙菜はセックスの前にシャワーを浴びたり、歯を磨かないような男とはセックスをしたくないらしい。芹もいつも自然と沙夜にシャワーを浴びるように促していた。そういう事をしなかったのは、誠二くらいだろう。
「セックスをする気なの?」
沙夜はそう聞くと、一馬は少し戸惑った。沙夜はセックスをするつもりでここに来たわけでは無いのだろうかと思ったから。
「したくないか。」
セックスをしたくないなら仕方が無いだろう。無理矢理するのは好きでは無いし、気分だってあるのだから。
「……奥様には何て言ってきたの?」
「仕事の打ち合わせと言って来た。打ち合わせだから楽器は置いてきても不自然では無いと思ってな。お前は?」
「その先に、スタジオがあるのはわかる?」
クラッシックなんかの練習をしたい人達が集まるスタジオで、少し広いところだと吹奏楽やオーケストラなんかも入るほどの練習が出来るのだ。当然、ピアノを置いている部屋もあるらしい。そこではピアノの独奏の練習だったり、または別の楽器の合わせなんかをすることもあるのだ。
「俺も世話になったところだな。」
「そこへ行って来ると言ってる。だから……長くは居れないわ。」
「俺もそうだ。だからここは泊まりにしていない。でも風呂くらいは入っても良いんじゃ無いのか。」
「それはそうね。汗をかいているし。」
やはり沙夜はセックスをする気でここに来ているのでは無いのだろう。一馬はそう思いながら、沙夜が床にバッグを置いたのを見た。
「一馬?」
それを一馬はソファの上に置く。少しは我が儘を聞いて欲しいと思うから。ベッドに一馬は腰掛けると、沙夜もその横に座った。すると一馬はその下ろしている髪に触れる。
「癖が無いんだな。」
「いつか、結婚式があったでしょう?」
「あぁ。植村さんだったか。」
「えぇ。その結婚式の時に美容室へ行って髪を上げて貰ったんだけど、あまりにも癖が無くて、まとめにくいと言われたわ。」
「俺はくせ毛でな。」
外にいるときには髪を下ろしていたが、今は結んでいる。その髪を結んでいるゴムを取ると、毛先が跳ねて広がりそうだった。沙夜はその髪に触れると少し笑う。
「本当。それに結構髪も太いわね。禿げそうに無いわ。」
「……父親がどんな人なのかは知らないが、多分禿げては無いだろうな。お前の髪も結構太い方だな。それに量も多い。」
互いの髪に触れて、そしてその手が触れる。そしてその手を握ったのは一馬の方からだった。沙夜の目が少し俯き頬が赤くなる。
一馬はそのまま屈むと、その俯いている沙夜の額に唇を寄せた。
そしてベッドに腰掛けると、兄の言葉がまた浮かんできた。
「昨日だったかな。海斗を迎えに来たのは奥さんじゃ無かったよ。金髪の凄い男前。娘だけじゃ無くて奥さんまでぽーっと見てたよ。男前なんかホストなんかで見慣れていると思ったんだけどな。」
おそらく迎えに来たのは真二郎なのだ。それを妻は言うことは無かった。確かに秋のデザートは決まっていて、それに合わせるコーヒーや紅茶に試行錯誤をしていたようだが、子供の迎えも二人がままならないのに真二郎を頼るというのはどうなのだろう。息子も真二郎に懐いていて、ベースよりも真二郎が作る見た目が綺麗なそういうケーキをキラキラした目で見ていた。
兄の子供のうち男の子の方は兄の姿を見て、おそらく酒屋を継ぎたいと思っているのだろう。なのに自分の息子はベースでは無く、側にいる真二郎の作っているケーキを見ているのだ。その上、子供はもっと落ち着いたらで良いかと言われて次の子供のめどすら立たない。
広いベッドに横たわると、ため息を付いた。ずっと一緒に居たい。だから結婚をしたはずなのに、一緒に居る時間は少なすぎる。そしてその穴を埋めるのに奥さんは真二郎や勤めている店の人を頼りにしているように感じた。
自分だって好きで始めた仕事で、家族との時間は取れないのはある程度覚悟をしていた。そして妻も家に引きこもって、一馬の帰りを待ちながら子供の世話をして味噌汁を作るような真似をして欲しくないと思う。なのに今はそれが寂しい。
ずいぶん我が儘になったと思う。
そしてこれから沙夜を抱こうと思っていた。コンドームを新たに買ったのは、家にあるモノを持ってくればいくら何でも妻に怪しまれるから。これは自分のバッグの底にでも入れておこう。沙夜にしか使いたくない。
一度キスをしたとき、沙夜は一馬を求めているような気がした。たどたどしい行為がとても愛しく思える。妻以外の人とこんなことをした事は無いし、妻以外の女とキスをすることは無かったから。。
そう言えば昔初めてセックスをしたとき、付き合っていた鈴子はずいぶん慣れていて一馬をリードしていた。処女では無いとその時初めて知ったが、その時は余裕のあるふりをした。処女では無いと言われ、だからどうしたと言ったが内心は穏やかでは無かったから。高校生の頃から付き合っていた女なのに、自分以外の人とセックスをしたのだろうかと思うと腹が立った。だから自分のことしか考えずにセックスをしたつもりだったが、それが帰って鈴子を盛り上がらせたように思える。
だがそれも大学を卒業してから、お互いの生活が違ってくると心も変わっていく。自然消滅みたいな形で、鈴子とは連絡がいつからか付かなくなった。そして今、鈴子はヤクザの奥さんになっている。沙夜に聞くところによると、ヤクザの姐さんらしくないように見えるがその実状は違い相当肝が据わっているという。それは大学の時から変わらないらしい。
一度鈴子が出るというコンテストを観に行ったことがある。その時鈴子は盛大に間違えたのがわかったが、それでもその間違いが間違いに聞こえないほど堂々としていたのだ。そういう所が一馬が好きだったのだと思う。
沙夜もそういうタイプなのだろう。きっと沙夜なら間違ってしまったら、それをアレンジして演奏するだろう。どちらにしても規定からは外れているので審査の対象外にはなるのだろうが。
そう思いながら一馬はバスルームへ向かう。そして風呂を覗いた。広い湯船だ。きっと二人では居ることを想定している。そしてシャンプーやボディーソープに混ざって、ローションが置いてあった。妻とはこういうモノを使ったことは無いが、沙夜に使うとどうなるのだろう。そう思いながら、湯船にお湯を溜め始めた。セックスをするにしてもしないにしても、汗はかいている。風呂くらいは入りたいと思っていたのだ。
その時、入り口のチャイムが鳴った。その音が聞こえて一馬は入り口へ向かう。ドアを開けると顔を赤くして息切れをしている沙夜が居た。
「どうしたんだ。走ってきたのか。」
そう言って一馬は部屋に沙夜をあげる。そしてドアを閉めると沙夜はため息を付いて言った。
「そこのコンビニで声をかけられてね。」
「コンビニ?」
ホテルへ行く前にコンビニで時間を潰してから来ると言っていた。このホテルでは男女が別々に入ることが出来る。だから一馬が先に入り、あとから沙夜が入るようにしていたのだが、その間コンビニで何があったのだろうか。
「水を買おうとレジに並んでいたら、サラリーマンみたいな男から声をかけられてね。」
「サラリーマン?」
「えぇ。きっとデリヘルか何かと間違えられたわ。コンビニを出てもしつこく追いかけられそうになったから走ってきたのよ。」
「外国でも同じようなことをされていたな。」
あの時にも一馬が助けてくれた。そうでは無ければおそらく沙夜は車で連れ去られていただろう。外国であれば尚更身の危険はあるのだが、この国でも同じようなことが起こっていたのだろうか。
「俺だって警官から声をかけられたんだが。」
「そうね。バイヤーか何かに間違えられたのかしら。」
駅で待ち合わせていたときに、一馬の前にパトカーが止まったのだ。そして警官が一馬に声をかけてきたのだという。髪を下ろしてサングラスをかけるとおそらくこの国の人に見えないからだ。「二藍」という名前もきっとその警察官は知らないのだろう。
「お風呂を沸かしているの?」
バスルームに光があるのが見えて、沙夜はそこを覗いたときに水の音が聞こえたのだろう。
「あぁ。汗もかいているし、気持ち悪いだろう。」
沙菜の言葉を思い出した。沙菜はセックスの前にシャワーを浴びたり、歯を磨かないような男とはセックスをしたくないらしい。芹もいつも自然と沙夜にシャワーを浴びるように促していた。そういう事をしなかったのは、誠二くらいだろう。
「セックスをする気なの?」
沙夜はそう聞くと、一馬は少し戸惑った。沙夜はセックスをするつもりでここに来たわけでは無いのだろうかと思ったから。
「したくないか。」
セックスをしたくないなら仕方が無いだろう。無理矢理するのは好きでは無いし、気分だってあるのだから。
「……奥様には何て言ってきたの?」
「仕事の打ち合わせと言って来た。打ち合わせだから楽器は置いてきても不自然では無いと思ってな。お前は?」
「その先に、スタジオがあるのはわかる?」
クラッシックなんかの練習をしたい人達が集まるスタジオで、少し広いところだと吹奏楽やオーケストラなんかも入るほどの練習が出来るのだ。当然、ピアノを置いている部屋もあるらしい。そこではピアノの独奏の練習だったり、または別の楽器の合わせなんかをすることもあるのだ。
「俺も世話になったところだな。」
「そこへ行って来ると言ってる。だから……長くは居れないわ。」
「俺もそうだ。だからここは泊まりにしていない。でも風呂くらいは入っても良いんじゃ無いのか。」
「それはそうね。汗をかいているし。」
やはり沙夜はセックスをする気でここに来ているのでは無いのだろう。一馬はそう思いながら、沙夜が床にバッグを置いたのを見た。
「一馬?」
それを一馬はソファの上に置く。少しは我が儘を聞いて欲しいと思うから。ベッドに一馬は腰掛けると、沙夜もその横に座った。すると一馬はその下ろしている髪に触れる。
「癖が無いんだな。」
「いつか、結婚式があったでしょう?」
「あぁ。植村さんだったか。」
「えぇ。その結婚式の時に美容室へ行って髪を上げて貰ったんだけど、あまりにも癖が無くて、まとめにくいと言われたわ。」
「俺はくせ毛でな。」
外にいるときには髪を下ろしていたが、今は結んでいる。その髪を結んでいるゴムを取ると、毛先が跳ねて広がりそうだった。沙夜はその髪に触れると少し笑う。
「本当。それに結構髪も太いわね。禿げそうに無いわ。」
「……父親がどんな人なのかは知らないが、多分禿げては無いだろうな。お前の髪も結構太い方だな。それに量も多い。」
互いの髪に触れて、そしてその手が触れる。そしてその手を握ったのは一馬の方からだった。沙夜の目が少し俯き頬が赤くなる。
一馬はそのまま屈むと、その俯いている沙夜の額に唇を寄せた。
応援ありがとうございます!
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