触れられない距離

神崎

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卵焼き

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 上手く澄香から逃げることが出来て、エレベーターを降りてきたすずに声をかける。するとすずは驚いたように沙夜を見た。
「待っていると聞いたんですけど、急いでいますか?そんなに駆け込んできて。」
「そう言うわけじゃ無いんですよ。」
 そう言って沙夜は少し戸惑いながら後ろの方を促した。するとすずにも澄香の姿が見えたのだろう。澄香は、忌々しそうに二人を見ている。
「森さんですか?」
「えぇ。実は大学の同期でして。」
「知り合いですか?」
「そこまで知り合いと言うほど知り合いでは無いのですけれど。」
 すると澄香の方が二人に近づいてくる。動きやすいようにスニーカーを履いているすずは学生のようにも見えるのに対し、頭の先から爪の先までブランドモノで固められている澄香は、対照的に見えた。沙夜はすずのようなタイプの方が親しみやすい。ブランドに身を固めているような人の強さは脆いと思うから。ただ例外もあって、石森愛のようにブランド品を身にまとっていてもそう見えない人だって居る。つまり身の丈に合っているのだ。
「朝倉さん。午後から梶さんのインタビューに行くんですって?」
「えぇ。初めて会う方なので、緊張しますね。」
「手土産とかは買ってる?」
「一応。甘い物がお好きだとか。」
「中途半端なものを買わないようにしてね。それで怒られた人だって居るんだし、うちの雑誌に泥を塗るような真似をしないで。」
「はい。」
 嫌みがあるな。そう思いながら、沙夜はその様子を見ていた。
「じゃあ、また泉さん。」
「えぇ。また。」
 また会うかはわからない。だが会いたくないと思う。そう思いながら、エレベーターに乗っていく澄香を見ていた。そしてエレベーターのドアが閉まり、沙夜はため息を付いた。
「ずっと梶淳也さんという監督さんのインタビューは森さんがしていたんですよ。でもこの間のインタビューは、どうしても森さんの都合が合わなくてあたしがしたんです。」
「それでまた次も朝倉さんにと?」
「えぇ。こちらに合わせて貰ってくれると思いました。だから今度は合わせないといけないと思って、森さんに色々聞いたんです。アドバイスはとても助かりますから。」
 嫌みを言ったと沙夜は思った。だがすずは違う。おそらく嫌みすらプラスに捉える人なのだろう。その辺が沙菜とよく似ていると思った。つまりポジティブなのだ。沙夜だったら怒りの方が先に来て、ギクシャクしてしまうだろう。女性同士の付き合いは難しいと思っていたのだから。
「そうでしたか。忙しい時にすいません。」
「いえいえ。こちらがお呼び立てをしたんですよ。お昼前ですし、休憩とか大丈夫なんですか。」
「今から練習スタジオへ行くんです。その現場で食事でもしようかと。」
「お弁当ですか?買ってきたりとか?」
「お弁当を作ってきてます。」
「凄いですね。忙しそうなのに手作りをしてるなんて。あたし、見習わなきゃ。」
 素直な女の子だ。凄い、尊敬するなどなかなか言えることでは無い。特に女性はマウントを取りたがるモノだ。自己評価が低いといえばそうかも知れないが、それ以上に人を良い気分にさせる人だと思う。
 だがこの女性は芹に横恋慕しているのだと沙菜から聞いた。だから沙菜と芹が付き合っているようにしないといけない。沙夜ではきっとこの女性は勝ち目があると思って、芹に言い寄るからだといっていた。そんなことをさせたくない。
「それで資料というのは。」
「あ、これです。」
 そういってすずは手に持っている封筒を沙夜に手渡した。資料を降りたくないと広めの封筒で渡してくる。その中身を確認して、驚いたようにすずを見る。
「「薔薇」ですか。」
「えぇ。いくつか橋倉さんにピックアップして貰った映画の中で、知名度もありますし新しい映画だと思って。」
 少し前の映画だった。昔のこの国のモノで、小説家の男のところに姪である女の子が引き取られる所から始まる。濡れ場が多く、十八歳未満は観れないようになっているようだが、これを題材に治がインタビューを受けるというのは異質だと思った。治はどちらかというと良い夫で有地地であるというイメージがあり、こういう性的なモノとは縁が遠いと思っていたから。
「この悪役の俳優さんは、この映画がきっかけで一般の映画にも出演するようになったんですよね。」
「えぇ。今度主役級の映画に出るとか。楽しみです。」
 AV男優として活躍していた男だ。もう若くは無いが、一般の俳優になってからはその演技の幅は広くなったような気がする。たまに地上波のテレビに出ることもあって、沙菜がこの俳優が好きで録画をしてまで見ているのを見たことがあった。
「でも本当にこの映画で?」
「どうしてですか?とても良い映画ですよ。」
「えぇ。見たことはあるんですけどね。ただ……内容を知っているだけに橋倉さんがこういう映画の話をするのはどうかと。」
 内容を考えていっているのだろうか。すずはそう思い、少し笑って言う。
「大丈夫ですよ。この映画この間、リメイクされて公開したんです。」
「リメイク?」
「十八歳未満は観れないようになっていたんですけど、十八歳以上でも観れるように編集して公開してますから。」
「そうなんですか。」
 だったら尚更濡れ場ありきで進んでいる映画なのだから、どんな内容になっているのかが気になる所だと思う。治にあとで聞いてみれば良い。その内容によっては違う映画にして貰おうと沙夜は思いながら、その資料をバッグにしまう。
「インタビューには泉さんも来てくれるんですか?」
 すると沙夜は首を横に振った。するとすずは少しがっかりしたような顔になる。表情が豊かで心の中が筒抜けのような女だ。だから芹がいくら鈍くてもすずの気持ちがわかるのだろう。
「五人での活動の時には同席することもあるんですけど、一人一人の活動にはそこまで私は関わらないんです。」
「そうだったんですか。」
「内容はあとから報告が来ますよ。あとはインタビューの内容も、こちらに送られますから。」
「橋倉さんはとても話しやすそうで助かります。あぁ、子供さん向けの楽器の教室もしているのだとか。」
「えぇ。最近は少し忙しくて出れてないみたいですけどね。」
「いいお父さんのイメージですね。それを崩さないようにしないと。」
 だったら映画ももっとファミリー向けの映画にした方が良いと思っていたのだが、治が選んだのだったらそれで良いと思う。治ももしかしたらイメージを変えたいと思っているのかも知れない。それは翔も純も、そして一馬も一緒なのだろうか。
 遥人だけは芸能事務所の作っているイメージがある。それに沿えば良いのだ。
「すいません。わざわざこんな所にまで足を運んで貰って。」
「良いんです。ついででしたから。」
「あぁ。さっき練習を見に行くとか。」
「北の方の地であるフェスに出る予定なんです。一週間切ってしまったのでさすがに見に行かないといけないと思って。」
「練習を?」
「そうじゃないと個人が勝手にアレンジをしてしまったり、五人の意見だけで進めてくることもあるし、そういう事が無いように目を光らせないと。」
「なんか……あれですね。泉さんがプロデューサーみたいな感じ。」
 そういわれて沙夜は内心動揺した。気持ちの良い相手だから油断してしまったのだろう。そう思って沙夜は咳払いをする。
「外国のフェスが成功したことで、あまり天狗になって欲しくないんです。天狗になれば鼻を折られるのは目に見えていますから。」
「確かに。映画だって一本ヒットしたら、そういう感じになる人って結構多いんですよ。俳優さんでも監督さんでも。そう言う人は割とすぐにあらが見えますよ。「二藍」は全くそれが見えないし、尚且つ、まだスタジオミュージシャンのようなことをしているメンバーもいるでしょう?」
「えぇ。」
「凄いなぁって思います。調べれば調べるほど初心を忘れていないんだと思って。」
 話せば話すほど好感しか無い。澄香と違い、嫌みも無いのだ。芹には本当はこういう女性の方が良いのでは無いかとすら思う。
「ありがとうございます。本人に伝えておきますね。」
 伝えておけば治も仕事がしやすいだろう。そう思っていた時だった。
「まずいよなぁ。あっちの方って凄い台風が来てるみたいだ。」
「仕事で行ってるからあまり長く滞在出来ないのに困ったよ。「日和」ちゃんの事務所ってなんか言ってる?」
 「日和」という名前に沙夜は少し驚いてエレベーターに乗った人達を見ていた。もしかしたら、沙菜が外国へ行っているのに何かあったのだろうかと思ったのだ。
「あの……泉さん?」
「あ。すいません。ぼんやりしてしまって。」
「こんなことを聞くのってどうかと思うんですけど、その……「日和」さんってご存じなんですか。」
 そう聞かれて沙夜はやっとそれを聞いてきたかと、心の中でため息を付いた。
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