触れられない距離

神崎

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ロシアンティー

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 七人はこの国の戻ってくると即、会社へ向かった。機材を会社にあちらの国から輸送させている。だが外国の輸送会社は、粗悪なところも多い。
 実際、治はシンバルを外国から取り寄せているが、この国に届いたシンバルが歪んでいるという事もある。向こうの会社では送る前のモノも画像として送られてきていて歪みが無かったことが確認出来れば、一番疑わしいのは輸送会社なのだ。それでももっと粗悪なところは、自分たちのせいでは内の一点張りでその保証すらしようとしないところもある。
 だから楽器には気を遣っているのだ。
 夕方ほどの時間になり、七人はタクシーから降りると会社へ向かう。そして真っ先に倉庫の方へ向かっていった。沙夜だけは機材庫の鍵を借りるのに総務課へ向かう。
「お待たせ。」
 鍵を借りて倉庫へ向かいその扉を開く。そして山積みにされている段ボール箱を見た。国際便で届いているモノは、英語で全てが書かれている。その一つ一つを開けていくと、翔達はそれをチェックしていた。
「治。このシンバルこんなんだったかな。」
 奏太の声に、治は手を止めてそちらへ向かう。そして手に持ってその歪み具合を見ていた。
「あー……マジか。これめっちゃ良かったのに……。」
 どうやら歪んだシンバルが見つかったらしい。治はがっくりと肩を落とした。
「運送会社に保証が効くかな。沙夜。問い合わせてみて。」
「えぇ。」
 そう言って沙夜はさっとまた他の段ボールに手を付ける。飛行機でもわざと席を離したし、会話をすることも無かった。沙夜の方が奏太を避けているような気がする。奏太はそれを感じ、ため息を付いた。
 本気で「夜」として「二藍」に関わるのを嫌だと思っているのだろうか。沙夜も大概頑固だが、奏太も負けていない。
 紫乃と繋がりがあると言うだけでここまで嫌がられるわけもわからない。
「こっちも断線してる。」
「写真を撮るわ。それから向こうに送って……。」
 奏太がその言葉に沙夜の方に向かって言う。
「それはこっちで対処する。」
「お願いね。」
 それでも沙夜は奏太の方を見ない。目も合わせたくないのだろうか。そう思うと奏太は焦りが出てくる。
「お、帰ってきていたんだね。」
 倉庫の入り口を見ると、そこには西藤裕太の姿があった。そう言えばオフィスに来ないままに倉庫にやってきたのだ。確かにそれは非常識だったかも知れない。
「すいません。今来まして。」
「良いよ。フェスの様子はこちらでも確認出来た。評判は良いようで、来年も来て欲しいと言われたよ。それよりも機材はどう?」
「向こうでも壊れたヤツがあって買い直したのに、こっちに戻ってきたらまた壊れてますよ。」
「それは向こうに請求して良いことだ。望月君。ごねるようだったら、こっちに回しても良いから。」
「えぇ。そのつもりです。俺、幼く見えるのか、あっちで嘗められてたから。」
「そうかもね。どちらにしても向こうでは幼く見えるんだろうし。」
 一番不安だったのは沙夜だろう。あちらではこちらの国の女性は性に奔放で特に地味な女が狙われやすい。沙夜はナンパなんかにあわなかっただろうか。
「泉さんは平気だった?」
 そう裕太が効くと、沙夜は箱を開けると一馬の方を見る。
「一度、現地の人から声をかけられて連れ込まれそうになったんですけど、か……花岡さんが来てくれて。」
「一馬は向こうでも大きい方じゃ無かったかな。」
「別に普通でしたよ。」
「純は体格のいい人から頭を撫でられていたよな。」
「子供に見えたのかな。俺。」
 こちらの国では特にそう思わないが、この中では一番小柄なのだ。子供のようだと思われても仕方が無いかもしれない。
「部長。」
 奏太は機材を取り出すと、裕太の方へ足を向ける。そしてその前に立つと、裕太は少し笑って奏太を見下ろす。
「何?改まって。」
「何で沙夜が「夜」だって黙ってたんですか。」
 すると裕太は驚いたように沙夜の方を見る。すると沙夜の表情はあまり変わらなかった。沙夜の中ではもう覚悟を決めたのだろう。
「そうだね。君とは性格上はともかく、音楽的には合わないだろうなと思っていたからね。」
「俺だけのけ者ですか。」
 おそらくそれが奏太にとって一番腹が立ったことなのだろう。「二藍」のメンバーは知っていたのだから。
「黙っていたのは、君が天草紫乃と知り合いだと言っていたから。」
「だから何で紫乃と知り合いで繋がりがあるってだけで、そんなのけ者になるんですか。意味分からない。」
「渡摩季という作詞家がね。」
「……渡?」
 何度か聞いた名前だと思った。そしてその名前に沙夜が焦ったように裕太を見る。五人は渡摩季のことを知らないのだ。
「渡摩季って、新曲の詩を書いてくれた人だろう?」
 遥人はそう言うと純も頷いた。詩の感じからしてきっと女性だと思っているのだ。
「そう。渡先生が、紫乃を相当嫌がっていてね。愛からも聞いたけれど、渡先生と紫乃が対談をしたいという話も、渡先生の方からすぐに却下されたんだ。」
「……作詞家なんて別に一人じゃ無いんだし。」
「そういう考えが良くないんだよ。紫乃は、渡先生も嫌がっている。泉さんも嫌がっている。それだけで女性に対してはどんな女性なのかわかるだろう。同性に嫌われる女性は、男性受けが良くても人間がわかるようだ。」
「俺は別に全部の人間に好かれようとは思いませんけど。」
「それはそうだと思う。俺だって敵は多い。それは泉さんもそうだし、「二藍」のメンバーもそうだろう。けれどその理由にお金が絡んでいるとなると、それは事情が違う。金銭の貸し借りは人の信用を失わせるんだよ。」
「……金で解決が出来ることだったらそれで良いと思いますけどね。」
「それは確かに一理あると思う。けれど、バンドの中だけでは無く人間同士の付き合いでトラブルの原因になるのは、金、酒、女って決まっているんだ。」
 それでも奏太は納得出来ないようだった。プライベートで付き合っている人間関係にも口を出されるのであれば、一馬と沙夜の関係も責められて良いと思うのだから。
「逆にどうして君は紫乃をそこまで信用出来るのかわからないな。確かに書評している本は売れて居るみたいだけれど、本業ではあまり良い評判を聞かないんだけどね。」
「……でも……噂を立てられただけだと言ってましたけど。どこかの作家と寝たから仕事を取って来れたのだとか。子供を連れて作家の所へ行ったのは、作家を焦らせるためだとか。」
「そうじゃないのかな。」
「見た目だけで判断されていると思って……俺。」
「火の無いところに煙は立たない。見た目だけでそう言われるのは、根拠もあるから。そういう相手とは付き合いたくない。まぁ、実際は見てみることが大事だと思うけどね。」
「そう言えば、部長は天草紫乃さんとは付き合いがありましたよね。」
 沙夜がそういうと、裕太は少し頷いた。
「確かにあったよ。でも渡先生と会って、ちょっとメッセージとか会話の内容とかを思い出したんだ。あの時にはそう思わなかったけれど、そういう目で見ればしたたかだなと思ってね。」
「……。」
「そういう目で見てしまったら、もう元には戻れない。俺の方から紫乃を切ったんだ。二度と連絡しないで欲しいとね。」
「もしかして……。」
 ずっと黙っていた一馬が立ち上がって、裕太の方を見る。すると裕太は頷いて言った。
「紫乃と会ったのは、死んだ「Glow」のメンバーの葬儀の時。紫乃はその場で他のメンバーとも連絡先を交換していた。気を遣うような言葉を言って、あの時にはずいぶん心の支えになってくれたと思う。けれど……他のメンバーと連絡を取ってみてわかったよ。心を許すようなことを言い、上手く信用させていた。そしてその信用で情報を得たり、自分の得になるようなことしかしていないようだ。俺と繋がりを持とうとしていたのは、こちらのレコード会社の……特にハードロックの部門の事情を知りたかったからだと言える。」
「……やはりそうだったか。」
 一馬は頭を抱えると、奏太の方をちらっと見る。それでも奏太は納得がいかないのだろうか。
「それって部長の捉え方ですよね。俺には……。」
「何を言ってきたの?それに、紫乃が近づいてきたのはいつくらいから?」
「こっちの部門に来てからの付き合いです。」
「と言うことは「二藍」の担当になったから近づいた。唯一繋がりがある一馬にはずっと無視をされているので、君に事情を聞きたかったと言えるだろうね。」
「そんなに斜に構えるような……。」
「構えるよ。俺もこのまま君が紫乃のと付き合いを続けるというのであれば、どこかで線引きをしないといけないだろうね。」
「……え?」
「プライベートのことで担当を外したりは出来ないけれど、泉さん。」
「はい?」
 沙夜は震える手を握り、裕太の方を見る。
「望月君には外国への橋渡しと、向こうの国への連絡のみにして貰う。それで君の仕事は軽減されるかな。」
「まぁ……言葉を一から学ばないといけないのかと思っていたので、軽減されるのは助かります。」
「それで、望月君には新たにバンドを見て貰いたい。」
「俺二つ担当するって事ですか?」
「そっちがメインになって貰う。デビューが出来るように指導をしてあげて。君、得意なんだろう?資料は休み明けにでも渡そうか。」
 つまり「二藍」には今までのようにがっつりと担当では無くなるのだろう。そして音楽を見るのは沙夜の方がメインになる。それが裕太の判断だった。
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