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ロシアンティー
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夏野菜は、あまり保存が利くモノが少ない。なので加工をして保存させるモノがほとんどだ。トマトはトマトソースに、キュウリは漬物やピクルスに、なすは火を通して冷凍しておいたりする。カボチャだけは割と保存が利くので、送る段ボールの中に入れておいた。沙夜が帰ってきたらこのカボチャは、天ぷらにしたり味噌汁やスープにしたりするだろう。
「加工するのは茂が得意なんだよ。あいつの家の先にハーブを植えててさ。それを乾燥させて入れたりして。」
「人は良さそうな人だよな。」
「元々そういう人だったんだよ。」
小柄な男だったが中学、高校まではバスケット部に入っていた。体格で損はしているが、その人当たりの良さでレギュラーの控えくらいにしか慣れなかったが、キャプテンをしていて人をまとめるのが上手かったと聞いている。だからあんな事件を起こしたのが嘘のようだった。
「あの人、刑務所に入ってたって言ってたっけ。」
「人を殺したんだよ。高校生くらいの時に。」
「人を殺した?」
「しかも殺した相手は自分の身内でさ。お祖母さんが痴呆が入って、暴れ初めてそれを止めるのに殺してしまったみたいなんだよ。」
「それって情状酌量の余地があるよな。」
「それでも身内なんだ。そこまで甘くないから。」
殺したい相手は芹にもいる。だが今は逃げるしか出来ない。
それでも嫌でも対峙しないといけないときは来るだろう。沙夜を嫁に貰いたいときには、嫌でも顔を合わせないといけないのだから。
「殺したい相手ねぇ。」
芹がぽつりと言うと、辰雄は煙草に火を付ける。食事が終わって、一服するためなのだ。
「俺にも殺したい相手ってのはいるけど、実際に行動には起こさない。だって殺したい相手がどんなにクズでも、死ねば悲しむ人間がいるんだから。」
「そうかもな。」
「世界的に虐殺をした政治家は、戦争が終わってそのまま裁判にかけられ、死刑になったあと遺体を海に投げられた。墓すら用意してくれなかったんだ。それでも悲しんでいる人はいる。死んで良い人間なんかいないんだよな。結局。」
辰雄はそう自分に言い聞かせているようだった。そしてちらっと縁側から仏間の方を見る。そこには写真がいくつかあり、その一つに自分の姉がいるのだ。名目は自殺になっている。だが自殺にまで追い込んだ相手は、まだのうのうと生きているというのに腹が立つ。ここへ来て謝罪の言葉すら無かったのだ。
「かも知れないな。」
「お前の場合は、裕太だろう?」
「兄はそうでも無いな。今は。」
「……だったら嫁か。」
そう言うと芹は頷いた。すると辰雄は煙草の灰を灰皿に落とすと、ため息を付いた。まだその嫁というのを許せない感情があるのかと。
「どこかで線引きをしないとキリが無いんじゃ無いのか。」
「それもわかるよ。沙夜を嫁に貰おうと思うんだったら絶対挨拶をしないといけないし、それに兄夫婦が同席するのは当たり前だと思う。けど、あの女は俺が幸せになること自体が許せないみたいで。」
「……その女って最近テレビで見ることもあるよ。色気が歩いているような女だよな。年齢を考えなければ、グラビアなんかに出てきそうだ。」
書評の本が秋に出るらしい。増刷をしているし、二冊目も売れると踏んでいるのだろう。そうなればまた本のPRと言ってまた目にすることも多くなる。芹にとっては悪夢だった。姿を見るだけで思いだしてしまうのだから。
「俺さ……全部があの女が最初だったんだ。だから忘れられないのかな。」
すると辰雄は少し笑って言う。
「純粋。すげぇな。お前、遊んだりしないのか。」
「沙夜と付き合う前は遊ぶこともあったけど。」
「ふーん。」
「女って単純だなって思ってた。ちょっと良いことを言って、気持ちに寄り添えばホイホイ付いてくるんだし。」
「まぁ、わからないでも無いけど。」
「でも沙夜は違う。沙夜は……。」
「お前、沙夜が何か?神様か何かかと思ってる?」
「え?」
「沙夜だって女なんだし、今のまま隠れるように付き合ってるのを黙って着いてくると思ってんのか。そんなんじゃ捨てられるぞ。」
「……。」
沙夜が別の男に転ぶとしたら奏太だろう。ピアノをずっとしていたところは共通しているし、「二藍」のメンツよりも一緒に居る時間が長いのだから。驚異だと思う。
「寂しい思いをさせるなよ。それから沙夜の親にも挨拶に行けば?」
「沙夜の親も結構凄いみたいだし。」
「へぇ……。」
「見合いをさせようと思ってるって言ってた。」
「あいつ、見合いなんかしても無駄だと思うけど。」
「何で?」
「あいつは若干人間不審なところがあるから。お見合いなんかで、軽く会ったような男に付いて行くわけ無い。気に入らないとなったら五分でどっかいくだろうな。」
想像は出来た。それを思うだけで笑えてくる。
「でも気に入った相手には凄い尽くすよ。「二藍」なんかはそうじゃないかな。」
「「二藍」はちょっと違うだろ。仕事上の付き合いだけだ。」
いや。そうじゃない。そうでは無ければ、一馬にカモフラージュを頼んだりしないだろう。
「……。」
その時辰雄の携帯電話が鳴った。それを見て、辰雄は煙草を消すと立ち上がる。
「医者から説明が十四時かららしい。悪いな。そろそろ行かないと。」
「そしたら皿くらい洗うよ。」
「うん。そうしてくれ。俺、鶏舎を見てくるから。」
小屋になっている鶏舎は窓やドアを開け放たれているが、人がいないときは閉められて換気だけは良くしている。そうでは無いと鶏が山から下りてきた野生動物の餌食になったり、蛇に襲われたりするらしい。特に蛇には気をつけている。鶏だけでは無く卵まで被害が及ぶのだから。
家に帰ってきて、芹は一度仕事のためのパソコンを開く。メッセージには仕事の依頼や、修正などのメッセージが届いていた。そのメッセージを確認してちらっと卓上のカレンダーを見る。沙夜が帰ってくるのは明後日。そのあと三日間の休みを貰う。「二藍」のメンバーはもう次の日から働く人もいる。翔も同じように次の日からスタジオへ行くらしい。アニメのサウンドトラックの追い込みを始めるのだ。
沙夜はほとんど翔のスタジオへは行かないらしい。翔は曲を作っているのだし、沙夜がアドバイスをすることは無いと思っていたのだろう。
翔が手がけているアニメは元々ライトノベルのレーベルで出されているモノだった。ライトノベルというとファンタジーなんかが多いのかも知れないが、この作品は宇宙戦記になるのだろう。よくある勧善懲悪とは違い、自分が正しいと思っているモノが本当に正しいのかという葛藤がよく描かれている。こういった感じのモノはほとんど読まなかったが、割と面白いモノだと思った。
ターゲットは中学生か高校生くらいだろうか。今時の学生が活字を読むのかは知らないが、アニメになれば見ることもあるだろう。
そう思っていたときだった。石森愛からのメッセージが届いている。そう思ってそれをクリックした。
「え……。」
そこには写真が一枚添え付けられていた。数日前に沙菜と一緒に居酒屋へ行き、その場で藤枝靖達と合流して盛り上がったのだ。その帰り、上手く撮っているが二人で駅へ行くようなそんな風に見える写真だった。
思わず芹は携帯電話で石森愛に連絡をした。すると愛はすぐに電話に出る。
「見たよ。あれ、別に普通に帰ってるだけだけど?」
すると愛は靖からその話を聞いていて、別におかしくは無いと言ってくれた。それに芹と沙菜が並んで歩いていても、AV女優が一般人の男、それが恋人であってもそれを記事にするようなゴシップ記者はいないだろうと言っていた。
だが問題なのは、その送り主だった。
「え……兄?」
メールアドレスを確認すると、それは天草裕太が所属するレコード会社だったのだ。裕太はずっと芹を探しているとレコード会社にも公言しているらしく、この男が芹に似ているというのだ。そこで繋がりのある愛にこの写真を送り、沙菜のグラビアなんかを載せているエロ雑誌の担当に見せて欲しいと言ってきたのだ。つまり沙菜にこの隣に居る男が誰なのか聞いて欲しいという。
「俺、兄には会ってるよ。会いたくは無いけど、一度会ってきっぱり言った。会いたくないって。」
だが世の中的には行方不明になった親族を探す、情の深い兄なのだろう。
「だったら、会いたくない理由をこちらがレコード会社に言っても良いけど、それで良いかな。」
すると愛は笑いながら言う。芹にはそれでも隠せるところはあるが、裕太にはマイナスしか無いだろう。特に裕太の妻である紫乃にはダメージが大きくなる。テレビなんかで見ることが多くなった紫乃が、汚い手を使って義理の弟を脅していたなど公言されれば、誰も紫乃に手を差し伸べることは無いだろう。
「加工するのは茂が得意なんだよ。あいつの家の先にハーブを植えててさ。それを乾燥させて入れたりして。」
「人は良さそうな人だよな。」
「元々そういう人だったんだよ。」
小柄な男だったが中学、高校まではバスケット部に入っていた。体格で損はしているが、その人当たりの良さでレギュラーの控えくらいにしか慣れなかったが、キャプテンをしていて人をまとめるのが上手かったと聞いている。だからあんな事件を起こしたのが嘘のようだった。
「あの人、刑務所に入ってたって言ってたっけ。」
「人を殺したんだよ。高校生くらいの時に。」
「人を殺した?」
「しかも殺した相手は自分の身内でさ。お祖母さんが痴呆が入って、暴れ初めてそれを止めるのに殺してしまったみたいなんだよ。」
「それって情状酌量の余地があるよな。」
「それでも身内なんだ。そこまで甘くないから。」
殺したい相手は芹にもいる。だが今は逃げるしか出来ない。
それでも嫌でも対峙しないといけないときは来るだろう。沙夜を嫁に貰いたいときには、嫌でも顔を合わせないといけないのだから。
「殺したい相手ねぇ。」
芹がぽつりと言うと、辰雄は煙草に火を付ける。食事が終わって、一服するためなのだ。
「俺にも殺したい相手ってのはいるけど、実際に行動には起こさない。だって殺したい相手がどんなにクズでも、死ねば悲しむ人間がいるんだから。」
「そうかもな。」
「世界的に虐殺をした政治家は、戦争が終わってそのまま裁判にかけられ、死刑になったあと遺体を海に投げられた。墓すら用意してくれなかったんだ。それでも悲しんでいる人はいる。死んで良い人間なんかいないんだよな。結局。」
辰雄はそう自分に言い聞かせているようだった。そしてちらっと縁側から仏間の方を見る。そこには写真がいくつかあり、その一つに自分の姉がいるのだ。名目は自殺になっている。だが自殺にまで追い込んだ相手は、まだのうのうと生きているというのに腹が立つ。ここへ来て謝罪の言葉すら無かったのだ。
「かも知れないな。」
「お前の場合は、裕太だろう?」
「兄はそうでも無いな。今は。」
「……だったら嫁か。」
そう言うと芹は頷いた。すると辰雄は煙草の灰を灰皿に落とすと、ため息を付いた。まだその嫁というのを許せない感情があるのかと。
「どこかで線引きをしないとキリが無いんじゃ無いのか。」
「それもわかるよ。沙夜を嫁に貰おうと思うんだったら絶対挨拶をしないといけないし、それに兄夫婦が同席するのは当たり前だと思う。けど、あの女は俺が幸せになること自体が許せないみたいで。」
「……その女って最近テレビで見ることもあるよ。色気が歩いているような女だよな。年齢を考えなければ、グラビアなんかに出てきそうだ。」
書評の本が秋に出るらしい。増刷をしているし、二冊目も売れると踏んでいるのだろう。そうなればまた本のPRと言ってまた目にすることも多くなる。芹にとっては悪夢だった。姿を見るだけで思いだしてしまうのだから。
「俺さ……全部があの女が最初だったんだ。だから忘れられないのかな。」
すると辰雄は少し笑って言う。
「純粋。すげぇな。お前、遊んだりしないのか。」
「沙夜と付き合う前は遊ぶこともあったけど。」
「ふーん。」
「女って単純だなって思ってた。ちょっと良いことを言って、気持ちに寄り添えばホイホイ付いてくるんだし。」
「まぁ、わからないでも無いけど。」
「でも沙夜は違う。沙夜は……。」
「お前、沙夜が何か?神様か何かかと思ってる?」
「え?」
「沙夜だって女なんだし、今のまま隠れるように付き合ってるのを黙って着いてくると思ってんのか。そんなんじゃ捨てられるぞ。」
「……。」
沙夜が別の男に転ぶとしたら奏太だろう。ピアノをずっとしていたところは共通しているし、「二藍」のメンツよりも一緒に居る時間が長いのだから。驚異だと思う。
「寂しい思いをさせるなよ。それから沙夜の親にも挨拶に行けば?」
「沙夜の親も結構凄いみたいだし。」
「へぇ……。」
「見合いをさせようと思ってるって言ってた。」
「あいつ、見合いなんかしても無駄だと思うけど。」
「何で?」
「あいつは若干人間不審なところがあるから。お見合いなんかで、軽く会ったような男に付いて行くわけ無い。気に入らないとなったら五分でどっかいくだろうな。」
想像は出来た。それを思うだけで笑えてくる。
「でも気に入った相手には凄い尽くすよ。「二藍」なんかはそうじゃないかな。」
「「二藍」はちょっと違うだろ。仕事上の付き合いだけだ。」
いや。そうじゃない。そうでは無ければ、一馬にカモフラージュを頼んだりしないだろう。
「……。」
その時辰雄の携帯電話が鳴った。それを見て、辰雄は煙草を消すと立ち上がる。
「医者から説明が十四時かららしい。悪いな。そろそろ行かないと。」
「そしたら皿くらい洗うよ。」
「うん。そうしてくれ。俺、鶏舎を見てくるから。」
小屋になっている鶏舎は窓やドアを開け放たれているが、人がいないときは閉められて換気だけは良くしている。そうでは無いと鶏が山から下りてきた野生動物の餌食になったり、蛇に襲われたりするらしい。特に蛇には気をつけている。鶏だけでは無く卵まで被害が及ぶのだから。
家に帰ってきて、芹は一度仕事のためのパソコンを開く。メッセージには仕事の依頼や、修正などのメッセージが届いていた。そのメッセージを確認してちらっと卓上のカレンダーを見る。沙夜が帰ってくるのは明後日。そのあと三日間の休みを貰う。「二藍」のメンバーはもう次の日から働く人もいる。翔も同じように次の日からスタジオへ行くらしい。アニメのサウンドトラックの追い込みを始めるのだ。
沙夜はほとんど翔のスタジオへは行かないらしい。翔は曲を作っているのだし、沙夜がアドバイスをすることは無いと思っていたのだろう。
翔が手がけているアニメは元々ライトノベルのレーベルで出されているモノだった。ライトノベルというとファンタジーなんかが多いのかも知れないが、この作品は宇宙戦記になるのだろう。よくある勧善懲悪とは違い、自分が正しいと思っているモノが本当に正しいのかという葛藤がよく描かれている。こういった感じのモノはほとんど読まなかったが、割と面白いモノだと思った。
ターゲットは中学生か高校生くらいだろうか。今時の学生が活字を読むのかは知らないが、アニメになれば見ることもあるだろう。
そう思っていたときだった。石森愛からのメッセージが届いている。そう思ってそれをクリックした。
「え……。」
そこには写真が一枚添え付けられていた。数日前に沙菜と一緒に居酒屋へ行き、その場で藤枝靖達と合流して盛り上がったのだ。その帰り、上手く撮っているが二人で駅へ行くようなそんな風に見える写真だった。
思わず芹は携帯電話で石森愛に連絡をした。すると愛はすぐに電話に出る。
「見たよ。あれ、別に普通に帰ってるだけだけど?」
すると愛は靖からその話を聞いていて、別におかしくは無いと言ってくれた。それに芹と沙菜が並んで歩いていても、AV女優が一般人の男、それが恋人であってもそれを記事にするようなゴシップ記者はいないだろうと言っていた。
だが問題なのは、その送り主だった。
「え……兄?」
メールアドレスを確認すると、それは天草裕太が所属するレコード会社だったのだ。裕太はずっと芹を探しているとレコード会社にも公言しているらしく、この男が芹に似ているというのだ。そこで繋がりのある愛にこの写真を送り、沙菜のグラビアなんかを載せているエロ雑誌の担当に見せて欲しいと言ってきたのだ。つまり沙菜にこの隣に居る男が誰なのか聞いて欲しいという。
「俺、兄には会ってるよ。会いたくは無いけど、一度会ってきっぱり言った。会いたくないって。」
だが世の中的には行方不明になった親族を探す、情の深い兄なのだろう。
「だったら、会いたくない理由をこちらがレコード会社に言っても良いけど、それで良いかな。」
すると愛は笑いながら言う。芹にはそれでも隠せるところはあるが、裕太にはマイナスしか無いだろう。特に裕太の妻である紫乃にはダメージが大きくなる。テレビなんかで見ることが多くなった紫乃が、汚い手を使って義理の弟を脅していたなど公言されれば、誰も紫乃に手を差し伸べることは無いだろう。
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