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ロシアンティー
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思えば不自然な部分がいくつか紫乃にはある。「二藍」の担当になって程なくして、会社近くにあるあのコーヒーが美味しい喫茶店のカウンター席で声をかけられたのだ。その時紫乃は自分が出した本を奏太にプレゼントをした。
その本を帰って読んでみると、確かにわかりやすい文章で薦められている本に興味が出てくるように思えた。そしてそのあとにこの本がきっかけでテレビやインターネットなどに顔を見せるような、著名人であることを知る。確かに噂の美人コラムニストなんていう名目で、テレビなんかに出てきそうだと思った。
何回かその喫茶店で会い、連絡先を交換した。女性を前面に出した雰囲気は沙夜には無いものだ。それに好みもあるのかもしれないが、男だったら少し手を出してみたいタイプではある。
だがそれだけで奏太が紫乃を擁護するような言葉は言わない。もっと他に理由はあるはずだ。
「お前、その女と寝たのか?人妻だってわかってて。」
治がそう言うと、奏太は首を横に振る。
「いや。寝てない。何回かホテルへ行こうと言われたことはあるけど。」
あの喫茶店ではそういう場なのだ。女を買ったり男を買ったりするのに金の交渉をしたり、不倫カップルが人目を避けるようにデートをするような所のなのだ。そういう会話をするのは、あの喫茶店では普通の会話なのだろう。
「じゃあ寝ようとしてたんじゃ無いのか。」
遥人もそう言うと奏太は少し迷ってやはり首を横に振る。
「嫌……寝ようとは思ってない。俺にも選びたいところもあるし。人妻だと言うことも知ってたから、尚更寝ようとは思わなかった。不倫だけはしないように気をつけていたから。」
ちらっと一馬の方を見るが、一馬はそんなことを気にしていなかった。
「奏太。お前が紫乃さんという人にどんな印象を持っているのかわからないけど、少なくとも俺はその旦那って言う裕太さんとは仕事を一緒にしたくない。沙夜にもそう言っている。」
「そんなに性悪か?」
奏太はそう聞くと、一馬も頷いた。
「なるべくなら関わりはもたない方が良い。翔はソロアルバムを出すときに、裕太からつきまとわれたんだろう。」
その言葉に翔は頷いた。確かに電車の中で偶然会ったのかもしれないし、計算しているとは思えないが、まだ翔のソロアルバムの話が公に出ていなかったのにそれを調べ上げられ、尚且つ望月旭のようにそれに参加させてくれないかと切り出したのだ。それを偶然違う車両に乗っていた沙夜がホームに出たときに気がついて、きっぱりとそれを断ってくれた。そんな強引なことをされたら、話があったとしてもやっぱりやめておこうという話になると思わなかったのだろうか。
「それに……これは、別に確信があるわけじゃ無いんだけど、音楽番組に出たときステージの上で火を出されたこともあって。」
「は?それはその天草裕太がしたのか?」
「天草さんでは無いの。したのはテレビ局の女性スタッフ。でもその女性スタッフは天草さんの息がかかっていた。それは表沙汰にはならなかったけれど、そのテレビ局ではもう「Harem」を呼ぶことは無いと言っていたし。」
「……そりゃ、不信感になるよな。でもそれだからって紫乃も同じとは限らないだろう。」
「あくまで紫乃の味方をするんだな。」
その様子に紫乃のことを知らない治すら呆れたように言う。確かにあのステージ上で火が出て危うくステージ自体が無くなりそうだったのだ。だがそれを沙夜が機転を利かせて体を張ってそれを止めたことで事なきを得る。それを治も知っていたので、普段は温厚な治もその天草裕太という人間をいぶかしげに見ていたのだから。
「話さなければ良かったわ。」
「二藍」のために、奏太が尽くしてくれるのはわかる。沙夜では足りないところもカバーしてくれたし、事務作業もずいぶん楽になったと思う。だがそんなこと炉から紫乃に漏れるのは嫌だと思うし、それを介して芹のことが表に出るのも嫌だ。
紫乃は芹の居所がわかれば、きっと芹に近づいてくる。そしてまた関係を持とうとするはずだ。罪悪感をまた呼び起こし、芹はまた逃げてしまうかも知れない。
そうなれば自分のせいだ。
「ちょっと待てよ。俺が紫乃にお前のことを話す前提で話が進んでいるのか。」
「そうならないとは言えないだろう。俺が話した方が良いと言ったのだが、やはり人間の根底は変わらないようだ。」
一馬も責任を感じていたのだろう。「夜」のことを話した方が良いと薦めたのは一馬なのだから。
「一馬のせいじゃないだろう。俺らだって話はしておいた方が良いと思ってたわけだし。」
純がそう言うと、治も頷いた。
「沙夜さん。どうする?」
治がそう聞くと、沙夜はため息を付いて言う。
「いったん口に出したモノを忘れてとは言えないわね。私が軽率だったのがいけないんだから……そうね……部長と話をしないといけないし、その対応次第では「夜」として「二藍」に関わらないと言うことも考えられる。」
「え……。」
せっかく表に現れた「夜」がもう活動をしないと言うことだろうか。
「元々積極的に関わろうとはしていなかったし、沙夜がしたいようにすれば良いよ。」
翔はそういうと沙夜の方を見た。
「えぇ。そうね。」
「待てよ。俺のせいか?」
奏太は慌てた様子でそう聞くと、遥人はため息を付く。
「お前はその紫乃さんって人と関係を切りたくないんだろう。こっちだってリスクのあるような人とは付き合いたくないんだ。映画の雑誌の時にもわかっただろう。」
「……映画の雑誌?」
「朝倉って人が来てくれて良かったよ。前に俺がインタビューされた女が来たら、どうしようって思ってたわけだし。」
「それは……。」
「俺個人で活動するんだったらどんな仕事でもうけようとは思うけど、「二藍」は五人で活動をしているんだ。一人が嫌だというモノを無理に受けたくは無いし。」
「もっともあれだよな。一馬なんかは露骨だけど。」
「俺が?」
一馬は驚いたように言われた翔の方を見る。
「気に入らない相手とは話しもしたくない。目も合わせたくないってのがすぐにわかるから。」
否定は出来ない。そう思って一馬は苦笑いをする。そして沙夜の方を見ると、沙夜も覚悟を決めたように少し笑っていた。
「奏太。俺らはもうすでに沙夜が六人目のメンバーだと思ってる。けど沙夜が嫌だと言って俺らをマネジメントする立場にだけ徹するというのだったら、それはそれで仕方が無いと思う。お前を信用しようと思ってやった結果なんだから。」
治がそう言うと、奏太は焦ったように言う。
「……紫乃と繋がりがあると言うだけで信用が無くなるのか。」
「無くなるだろう。裕太という人間は俺が多分この中では一番わかっている。昔はただ音楽を演奏したい、作りたい。そのために新しい機材が欲しいから昼、夜関わらずバイトにいそしんでいた人間だ。それを変えて、楽な道に導いたのが紫乃という人間だと思う。それに……あいつは、紫乃と出会って妻も陥れようとしたこともある。そんな人間に成り下がってしまったんだ。だから出来るだけ繋がりは持ちたくない。」
一馬が一番裕太を許せないのはそういう所だろう。
「……そこまでクズだったのか?嫌……誤解って事は無いのか。」
「まだ信用してるんだ。」
純すら呆れている。こうなれば体の繋がりが無いという奏太の言葉も信用出来ない。体の繋がりがあって、ズブズブな関係であればそういう事も考えられるからだ。
「あー……いや。誤解って言うか……。」
「もう結構よ。」
沙夜が先に匙を投げてしまった。そして奏太の方を見る。
「考えてみれば部長も紫乃さんのことを信用していた節があったわ。そういう人なんでしょうね。男の人を有無も言わせず味方にするような。」
「……。」
「それをこれだけ言っても信用が出来ない。私たちよりもそちらを優先するのであれば、やはり相談をするわ。私が「夜」としてもう関わらないようにするって。」
「沙夜。早まるな。」
一馬がそれを止める。だがもう限界だったのだ。裏切られているとさえ思えた。
「沙夜さんの前では言えないのかも知れないな。奏太。ちょっと席を変えよう。一馬。悪いけど沙夜さんについていてくれないか。」
「わかった。」
紫乃と裕太のことの事情は一番一馬が知っているはずだ。だがそれよりも沙夜の精神状態の方が重要に思える。
一馬はそのまま席を立つと、沙夜も席を立った。
「沙夜。小腹を満たしにいこうか。」
「食べたばかりよ。」
「この国はあまり甘い物は有名では無いが、ビクトリアケーキはここの発祥だろう。それからスコーンとか。」
「奥様に聞いたの?」
「幼なじみにな。コーヒーよりも紅茶の文化だし、お前も俺もコーヒーの方が好きかも知れないが、紅茶もまた味が違うんだろう。」
「そうね……。」
沙夜が普通に会話をしているのは、一馬が隣にいるからだ。一馬も本当は奏太に話が聞きたかったのかもしれないが、それよりも沙夜を優先したかった。
その本を帰って読んでみると、確かにわかりやすい文章で薦められている本に興味が出てくるように思えた。そしてそのあとにこの本がきっかけでテレビやインターネットなどに顔を見せるような、著名人であることを知る。確かに噂の美人コラムニストなんていう名目で、テレビなんかに出てきそうだと思った。
何回かその喫茶店で会い、連絡先を交換した。女性を前面に出した雰囲気は沙夜には無いものだ。それに好みもあるのかもしれないが、男だったら少し手を出してみたいタイプではある。
だがそれだけで奏太が紫乃を擁護するような言葉は言わない。もっと他に理由はあるはずだ。
「お前、その女と寝たのか?人妻だってわかってて。」
治がそう言うと、奏太は首を横に振る。
「いや。寝てない。何回かホテルへ行こうと言われたことはあるけど。」
あの喫茶店ではそういう場なのだ。女を買ったり男を買ったりするのに金の交渉をしたり、不倫カップルが人目を避けるようにデートをするような所のなのだ。そういう会話をするのは、あの喫茶店では普通の会話なのだろう。
「じゃあ寝ようとしてたんじゃ無いのか。」
遥人もそう言うと奏太は少し迷ってやはり首を横に振る。
「嫌……寝ようとは思ってない。俺にも選びたいところもあるし。人妻だと言うことも知ってたから、尚更寝ようとは思わなかった。不倫だけはしないように気をつけていたから。」
ちらっと一馬の方を見るが、一馬はそんなことを気にしていなかった。
「奏太。お前が紫乃さんという人にどんな印象を持っているのかわからないけど、少なくとも俺はその旦那って言う裕太さんとは仕事を一緒にしたくない。沙夜にもそう言っている。」
「そんなに性悪か?」
奏太はそう聞くと、一馬も頷いた。
「なるべくなら関わりはもたない方が良い。翔はソロアルバムを出すときに、裕太からつきまとわれたんだろう。」
その言葉に翔は頷いた。確かに電車の中で偶然会ったのかもしれないし、計算しているとは思えないが、まだ翔のソロアルバムの話が公に出ていなかったのにそれを調べ上げられ、尚且つ望月旭のようにそれに参加させてくれないかと切り出したのだ。それを偶然違う車両に乗っていた沙夜がホームに出たときに気がついて、きっぱりとそれを断ってくれた。そんな強引なことをされたら、話があったとしてもやっぱりやめておこうという話になると思わなかったのだろうか。
「それに……これは、別に確信があるわけじゃ無いんだけど、音楽番組に出たときステージの上で火を出されたこともあって。」
「は?それはその天草裕太がしたのか?」
「天草さんでは無いの。したのはテレビ局の女性スタッフ。でもその女性スタッフは天草さんの息がかかっていた。それは表沙汰にはならなかったけれど、そのテレビ局ではもう「Harem」を呼ぶことは無いと言っていたし。」
「……そりゃ、不信感になるよな。でもそれだからって紫乃も同じとは限らないだろう。」
「あくまで紫乃の味方をするんだな。」
その様子に紫乃のことを知らない治すら呆れたように言う。確かにあのステージ上で火が出て危うくステージ自体が無くなりそうだったのだ。だがそれを沙夜が機転を利かせて体を張ってそれを止めたことで事なきを得る。それを治も知っていたので、普段は温厚な治もその天草裕太という人間をいぶかしげに見ていたのだから。
「話さなければ良かったわ。」
「二藍」のために、奏太が尽くしてくれるのはわかる。沙夜では足りないところもカバーしてくれたし、事務作業もずいぶん楽になったと思う。だがそんなこと炉から紫乃に漏れるのは嫌だと思うし、それを介して芹のことが表に出るのも嫌だ。
紫乃は芹の居所がわかれば、きっと芹に近づいてくる。そしてまた関係を持とうとするはずだ。罪悪感をまた呼び起こし、芹はまた逃げてしまうかも知れない。
そうなれば自分のせいだ。
「ちょっと待てよ。俺が紫乃にお前のことを話す前提で話が進んでいるのか。」
「そうならないとは言えないだろう。俺が話した方が良いと言ったのだが、やはり人間の根底は変わらないようだ。」
一馬も責任を感じていたのだろう。「夜」のことを話した方が良いと薦めたのは一馬なのだから。
「一馬のせいじゃないだろう。俺らだって話はしておいた方が良いと思ってたわけだし。」
純がそう言うと、治も頷いた。
「沙夜さん。どうする?」
治がそう聞くと、沙夜はため息を付いて言う。
「いったん口に出したモノを忘れてとは言えないわね。私が軽率だったのがいけないんだから……そうね……部長と話をしないといけないし、その対応次第では「夜」として「二藍」に関わらないと言うことも考えられる。」
「え……。」
せっかく表に現れた「夜」がもう活動をしないと言うことだろうか。
「元々積極的に関わろうとはしていなかったし、沙夜がしたいようにすれば良いよ。」
翔はそういうと沙夜の方を見た。
「えぇ。そうね。」
「待てよ。俺のせいか?」
奏太は慌てた様子でそう聞くと、遥人はため息を付く。
「お前はその紫乃さんって人と関係を切りたくないんだろう。こっちだってリスクのあるような人とは付き合いたくないんだ。映画の雑誌の時にもわかっただろう。」
「……映画の雑誌?」
「朝倉って人が来てくれて良かったよ。前に俺がインタビューされた女が来たら、どうしようって思ってたわけだし。」
「それは……。」
「俺個人で活動するんだったらどんな仕事でもうけようとは思うけど、「二藍」は五人で活動をしているんだ。一人が嫌だというモノを無理に受けたくは無いし。」
「もっともあれだよな。一馬なんかは露骨だけど。」
「俺が?」
一馬は驚いたように言われた翔の方を見る。
「気に入らない相手とは話しもしたくない。目も合わせたくないってのがすぐにわかるから。」
否定は出来ない。そう思って一馬は苦笑いをする。そして沙夜の方を見ると、沙夜も覚悟を決めたように少し笑っていた。
「奏太。俺らはもうすでに沙夜が六人目のメンバーだと思ってる。けど沙夜が嫌だと言って俺らをマネジメントする立場にだけ徹するというのだったら、それはそれで仕方が無いと思う。お前を信用しようと思ってやった結果なんだから。」
治がそう言うと、奏太は焦ったように言う。
「……紫乃と繋がりがあると言うだけで信用が無くなるのか。」
「無くなるだろう。裕太という人間は俺が多分この中では一番わかっている。昔はただ音楽を演奏したい、作りたい。そのために新しい機材が欲しいから昼、夜関わらずバイトにいそしんでいた人間だ。それを変えて、楽な道に導いたのが紫乃という人間だと思う。それに……あいつは、紫乃と出会って妻も陥れようとしたこともある。そんな人間に成り下がってしまったんだ。だから出来るだけ繋がりは持ちたくない。」
一馬が一番裕太を許せないのはそういう所だろう。
「……そこまでクズだったのか?嫌……誤解って事は無いのか。」
「まだ信用してるんだ。」
純すら呆れている。こうなれば体の繋がりが無いという奏太の言葉も信用出来ない。体の繋がりがあって、ズブズブな関係であればそういう事も考えられるからだ。
「あー……いや。誤解って言うか……。」
「もう結構よ。」
沙夜が先に匙を投げてしまった。そして奏太の方を見る。
「考えてみれば部長も紫乃さんのことを信用していた節があったわ。そういう人なんでしょうね。男の人を有無も言わせず味方にするような。」
「……。」
「それをこれだけ言っても信用が出来ない。私たちよりもそちらを優先するのであれば、やはり相談をするわ。私が「夜」としてもう関わらないようにするって。」
「沙夜。早まるな。」
一馬がそれを止める。だがもう限界だったのだ。裏切られているとさえ思えた。
「沙夜さんの前では言えないのかも知れないな。奏太。ちょっと席を変えよう。一馬。悪いけど沙夜さんについていてくれないか。」
「わかった。」
紫乃と裕太のことの事情は一番一馬が知っているはずだ。だがそれよりも沙夜の精神状態の方が重要に思える。
一馬はそのまま席を立つと、沙夜も席を立った。
「沙夜。小腹を満たしにいこうか。」
「食べたばかりよ。」
「この国はあまり甘い物は有名では無いが、ビクトリアケーキはここの発祥だろう。それからスコーンとか。」
「奥様に聞いたの?」
「幼なじみにな。コーヒーよりも紅茶の文化だし、お前も俺もコーヒーの方が好きかも知れないが、紅茶もまた味が違うんだろう。」
「そうね……。」
沙夜が普通に会話をしているのは、一馬が隣にいるからだ。一馬も本当は奏太に話が聞きたかったのかもしれないが、それよりも沙夜を優先したかった。
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