触れられない距離

神崎

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ロシアンティー

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 フェスが終わり、コテージの片付けをしたあと七人は会社へ足を運んだ。なんだかんだでも世話になったのだから、挨拶をしておかないといけないと思っていたのだろう。
 だが沙夜には少し違和感があった。フェスの出番もリハーサルもソフィアの姿が無かったからだ。来たのはソフィアの上司であるハリーという男で、笑顔が印象的な男に思える。この場の誰よりも年上に見えて、年齢的には西藤裕太くらいだろう。それでも裕太ほど軽薄なイメージは無く、紳士だと思った。誰にでもしているように、女性であれば手の甲にキスをするのだろうが、沙夜がそれを嫌がったらあっさりそれをやめてくれる。それくらい理解をしてくれるような男なのだ。
 この日もハリーがエントランスで迎えてくれた。そしてカフェで七人のコーヒーや紅茶をおごってくれ、オフィスに案内してくれる。ソフィアの時にはオフィスまでは案内してくれなかったが、この男はそれに抵抗がないらしい。
 ここのオフィスはワンフロアになっていて、それなのにきっちり個人個人のスペースには仕切りがしてある。一人一人に席が与えられているのは当然だが、空いている席は話し合いや打ち合わせをするのに使われているようだ。
 奏太はそのオフィスを見てどこの国もあまり変わらないと思っていた。自分たちの居る国がきっちりしすぎているだけかも知れないが、他の国では大体こんな感じだからだ。
 もちろん話を聞かれたくないための個室はあるが、アクリル板であり外からは誰が入っているのかはわかる。沙夜はそんなオフィスをキョロキョロと見渡していた。それに奏太が声をかける。
「あまりじろじろ見るなよ。」
「でも……ソフィアがいないと思って。」
「まぁ……確かにな。休みかな。あいつとはリモートでの打ち合わせもあったし、挨拶くらいしておいた方が良いけど……。」
 だがその会話に純がいぶかしげな顔をする。ソフィアと会うのが嫌だったのだろう。だがこちらの国はどうかはわからないが、沙夜達がいる国では礼儀などは重要視される。挨拶はその中でも基本なのだ。
 沙夜は席に着くと、ハリーにその話をしてみた。するとハリーはちらっと奏太の方を見て言う。その言葉にその場に居た人が驚いてハリーを見ていた。
「え……。」
 ソフィアは部署を変えられたという。ソフィアは外国からのゲストの担当をしていて、「二藍」だけでは無く他の国からのアーティストも担当をしていた。
 リモートで打ち合わせをしたり、メッセージを送ったりしていたのだがその中で他のバンドのメンバーだけで無くその担当者とも体の関係があったらしい。それだけなら個人の勝手だろう。だがソフィアは「二藍」もそうしたいと思っていたのだ。特に奏太と純はお気に入りだった。だからずっと誘っていたのに、あまりにも二人はソフィアを相手にしなかった。
 その恨みもあったのかもしれない。ソフィアは勝手に「二藍」はフェスに出られないとキャンセルの手続きをしようとしていたのだ。そして代わりのバンドを強引に入れ込もうとしていた。
 だがそんなことが出来るわけが無い。すぐにその違和感にハリーは気がついて、その手続きをやめさせた。すると今度はソフィアはハリーに逆ギレをしてきたらしい。
「つまり……自分になびかない「二藍」のステージをやめさせようと思ったわけだ。」
 奏太はそう言うと、沙夜は呆れたようにその言葉を聞いていた。あまりにも我が儘だと思ったから。
「まだ子供だしな。そんなこともあるかもしれない。」
 治はそう言うと、奏太は首を横に振る。
「子供だから許されるってわけじゃ無いんだよ。会社に居て、働いて、給料を貰ってるんだったら「子供だから」ってのは言い訳にもならないんだ。もし子供だって思うんだったら、働かないで親のすねでもかじってれば良いんだから。」
「まぁ、そうだな。こっちの国でもバイトだからって甘い顔はしないわけだし。」
 一馬はそう言うと、先程貰ったコーヒーを口に入れる。だが奥さんが淹れてくれるコーヒーとは雲泥の差だと思った。
 イベンターからは「二藍」の評判は上々だと告げられる。もうソフィアの話題はしたくないようだ。すぐに仕事の話題に戻ったのだから。
「来年も?」
 来年も来て欲しいという言葉や、他のフェスでも出てくれないかという誘いがある。そこまで買ってくれるのは嬉しいことだ。
「その時はあんたが担当するのか。」
 するとハリーはもちろんと明るく言い、その時までにはこちらのこと場も少し勉強するし、沙夜達の国にも足を運びたいと言っていた。来たことが無いからだ。
「わかった。ありがとう。」
 そう言うと、ハリーは一人一人に握手をする。いきなりハグなどをしないのは、きっとこちらに合わせたからだ。そして迷惑をかけたと思っているのだろう。

 国際空港のサンドイッチ屋さんで、サンドイッチを買うと、ベンチに腰掛けて七人は食事をしていた。この国の食事はしばらくは食べられないだろう。
「刺身とか食べたいなぁ。」
「大げさ治は。五日くらいしか食べてないのに。」
「でも治のサンドイッチの具はスモークサーモンだろ?似たようなモノじゃん。」
「ちょっと違うんだよなぁ。刺身は。」
 それぞれが好きなことを言い合いながらサンドイッチを口にしている中、沙夜は黙ったままサンドイッチを手にしたままぼんやりしている。それに一馬が気がついて翔と席を変わり、沙夜の隣に座った。
「どうした。何か気になることでもあったのか。」
「……あなたたちの時間って少し遅れたじゃ無い?」
「そうだな。」
「ソフィアが関係していたのね。」
「沙夜。あまり気にするな。」
「……でも……。」
「出る杭は打たれるんだ。それは他の国に来れば露骨だったと言うことだろう。少なくとも、ステージで火が上がるよりはましだ。」
「……。」
 それはいつか、翔のステージで火が上がったことを言っているのだろう。あと一歩で大惨事だった。確かにそれに比べると、向こうの会社の人がしっかりしていたので何とかなったのだ。しかしこれから海外へ出ることが多くなるかも知れないとは、言われている。その度に沙夜がしっかりしていないといけないのだろうか。
「良いから食事はしっかりしろ。純もやっと食えるようになったんだから。」
「そうね。」
 これから起こることを怖がっていても仕方が無い。沙夜はそう言われているようだった。そこでサンドイッチにまた口を付ける。
「一馬。お前そのサンドイッチだけで足りるのか?」
 遥人がそう聞くと、一馬は少し笑う。
「あとで土産のついでにもう少し小腹を満たしておくか。」
「お前の腹はいくつあるんだよ。
 遥人がそう言ってから買うと、沙夜も少し笑った。そしてふとサンドイッチの具に目を移す。
「……。」
「沙夜?」
「……ちょっと緊張の糸が途切れたのかしら。急に疲れたわ。」
「アーティストよりも担当が疲れるのか。」
「音をギリギリで変更したのも、心配だったわ。」
 その言葉に翔が驚いて沙夜を見る。あまり音楽に対しては奏太の前では口に出さないと思っていたのに。当然、奏太も驚いたように沙夜を見る。
「変更に文句があったのか?」
 奏太はそう聞くと、沙夜は首を横に振った。
「ただ……私では考えつかないアレンジだった。そういう所は翔に適わないなって思うから。」
「沙夜……それ以上は……。」
 奏太に知られたくないのだろう。だからずっと隠していたのに、沙夜はあの練習の途中で屋上へ一馬と行ってから少し変わった気がする。「夜」であることがばれても良いような感じだったのだ。
「翔に?だって翔はプロなんだよ。お前は大学で勉強したくらいで、しかもコンクールだって入選止まりだったじゃん。」
「……コンクールの基準に合わなかっただけだろう。」
 一馬はそう言うと、沙夜は頷いた。
「譜面どおりに弾くのが嫌だったのよ。私ならこうするのにどうしてこうなんだろうって思っていたから。」
「お前、そんなに偉いのかよ。」
 奏太はそう言ってサンドイッチの残りを口に入れる。すると沙夜は首を横に振って言った。
「調子には乗っていたかも知れない。なんせ……顔を見せない人達の賞賛を浴びていたのだから。」
 その言葉にサンドイッチが思わず詰まってしまった。慌てて水を飲むと、奏太は沙夜の方を改めて見る。
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