触れられない距離

神崎

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フィッシュ&チップス

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 食事も酒もこの会場で済ませ、尚且つお目当てのバンドの演奏も聴けた「二藍」のメンバーと沙夜、奏太はバスを待っていた。駅の方へ向かうバスはイベントが終わるまで特別に走らせている臨時バスなのだ。
 メンバーはその駅までは行かない。途中のコテージの近くで降りるのだ。だが沙夜と一馬はそのまま駅へ向かった。一馬の買い物に沙夜が付いて行くと約束をしているから。
「そんなに遅くはならないわ。先にシャワーでも浴びていてね。」
 沙夜はそう言って一馬とバスに乗って行ってしまった。それを見て奏太はため息を付く。
「やっぱり一馬は沙夜さんを相当信用しているんだな。」
 純はそう言うが、それは信用だけではないだろう。
「それに一馬がいたら安心だよ。」
 治までそう言うと、遥人は首をかしげる。
「そうかな。ちょっと最近思ってたけど、一馬は割と沙夜さんにひっつきすぎのような気がするけど。よく奥さんが文句言わないよな。」
「遥人は映画を見すぎじゃ無いのか。」
 治はそう気軽に言っている感じがあるが、遥人の言っていることもわかる。沙夜は一馬にだけは一馬と呼び捨てにするし、一馬も沙夜と呼んでいる。沙夜と呼ぶのは翔くらいだったのに、いつの間にか一馬もそう呼んでいたのだから。そして沙夜もかたくなにみんなのことは名字で呼んでいる。翔に至っても、家では呼び捨てなのだが一歩表に出てくると千草さんと呼ぶのだ。
「でも俺は、沙夜さんがずっと一馬だけじゃなくて俺らのことも気にしているのはわかるよ。」
 純はそう言うと少し笑った。
「何で?」
「奏太。あのソフィアって女が会場に来てたんだろう?」
 すると奏太は頷いた。距離は取っていたみたいだが、純はそれを知っていたのだろう。
「そうなんだ。「二藍」に会わせてくれって言われたんだけど、プライベートだったしやめて欲しいって言って……。」
「奏太は別に女嫌いじゃ無いんだろう?」
「別に女は嫌いじゃ無いよ。」
「あぁ、トイレでナニをしてたって言ってたよな。」
 翔がそう言うと、奏太は焦ったようにそれを止めようとした。その様子に純はため息を付く。
「よくやるよ。女となんか。」
 嫌みで言ったのかと思った。だがそれは本音だった。
「お前が女嫌いだからってそれを俺にも求めるなよ。香水だって、別にこの国では普通なんだろう?ソフィアが言うのもわかるよ。慣れろ。」
「そんな問題じゃ無いし。」
 その言葉に奏太は驚いたように純を見る。純がそんなことまで言うのは初めて見るから。普段は悲観的で、だが人の意見はあまり否定しないような純がそこまで言うと思っていなかったからだ。
「そんなに香水って苦手なのか。文化だぞ。こっちの国の。俺らの国だってお香くらい焚くじゃん。」
「嫌なモノは嫌なんだ。無理矢理セックスさせられたことを思い出して吐き気がする。」」
 その言葉に奏太は驚いて純を見る。○イプのようにされたセックスで嫌気がさしていると思っていなかったからだ。
「レイ○?」
「俺、最初の相手は女の人だった。中学の時に新聞配達のバイトをしていた先輩の女。凄い香水臭くて、嫌だった。それでもあの女は合意だったって言いくるめてさ。あの香水の香りを嗅ぐとそれを思い出して嫌になる。」
 だから香水の匂いを嗅ぐと頭が痛くなると言っていたのだろう。
「純。あまり無理しないでも良い。」
 治がそう言うと、純は首を横に振った。
「奏太はここまで俺たちに関わっているんだ。知っておかないといけないこともあると思うし……。それにこれからそういう付き合いがあったりしたら、付き合えない人も理解してもらわないといけないから。」
 それは純の決意だったのかも知れない。そう思って治は止めようとした言葉を飲む。純もこれを言うのは一馬と沙夜に告げただけだった。沙夜は理解してくれて、なるべく女性には近づけさせないようにしていたし、整髪料の匂いすら気を配ってくれたのだ。
「それは慣れろって言っても無理かも知れないな。」
 翔はそう言って頷くと、ちらっと遥人の方を見る。遥人も同意見のようだった。だが遥人の場合、また少し違う。遥人はゲイに対して嫌悪感があるのだ。それでも純を受け入れているのは、純がセックスをしないからだ。
「AV見ただけで気持ち悪い。女の体も気持ち悪い。」
「でも沙夜は違うんだよな。」
「沙夜さんはジェンダーレスに見えるよ。男でも女でも無い感じ。それは俺の彼氏にも通じるかな。」
「母親っぽいよな。」
 遥人がそう言うと、翔が笑いながら言う。
「沙夜は年下だけど?」
「でも誰よりもオカンって感じだよな。飯だって美味しいし。うちの奥さんとも仲が良いんだよ。おかずを交換することもあるし。それに……うちのが臨月になったくらいの時には、スケジュール空けてくれてさ。普通のサラリーマンではそうはいかないし。」
 ジェンダーレスという言葉が奏太の中で引っかかった。そして母親のようだというのも。もしかしたら一馬もそんな感覚で接していたのかも知れない。だとしたら、男と女だといっているのが相当野暮に感じた。

 有名店は駅前に集中している。洋服の有名ブランドや、化粧品のブランドなんかも軒を連ねていて、この時間になっても開いている。行き交う人達も足の先から爪の先まで気合いが入っている人が多い。
 その中に居る一馬が一人で居ると言うは確かに異様かもしれない。良い体付きをしているからといってTシャツとジーパン姿なのだ。そしてその隣に居る沙夜も、リクルートスーツを着ている。旅行者だとは誰も思わないだろう。
 一軒の店から、一馬と沙夜が出てくる。そして手には紙袋が握られていた。
「悪かったな。付き合わせて。」
「良いのよ。ご馳走して貰ったわ。」
 沙夜の手にも紙袋が握られていた。それは一馬が沙夜に買ってあげたモノで、中身は小さいチョコレートのアソートボックスで、溶けないようにと保冷剤が撒かれている。一馬の持っている紙袋にもチョコレートがあるが、こちらはアソートボックスなどではなく量り売りされているチョコレートだった。本来ならこれから形成してチョコレートにするのだろう。
「あぁやって売られているのは初めて見たわ。」
「妻の幼なじみから頼まれていたんだが、一人で買うのは少し抵抗もあったし。助かった。」
「そうだろうと思った。女性ばかりだったモノね。」
 一馬の奥さんの幼なじみは、奥さんが勤める洋菓子店のパティシエで一馬とも仲が良い。それに沙夜とも顔なじみだった。だが一馬はあまり近づかない方が良いと忠告してくれた。その理由は、その男がとんでもない女たらしで、男たらしでもあるからだという。それでもパティシエの腕は相当なモノだし、研究心が半端ない。もっと良いモノを、もっと質の良いモノをと、向上心が半端ないのだ。
「バス停はどこかしらね。駅の方へ行った方が良いのかしら。」
 高級な店舗が建ち並ぶ通りではあるが、それと同時に治安が悪いところでもある。つまり高級な店舗には、金を持っている人が多いからかっぱらいやスリなども多いのが現状なのだ。それを気にして一馬は沙夜に手を伸ばす。
「沙夜。今だけはこうしていた方が良い。」
 そう言って一馬は沙夜の手を握る。昼間にナンパをされたときのように、奥さんだか恋人だかだと思わせておいた方が良いかもしれないと思ったのだ。
「いいえ。駄目よ。」
 沙夜はそう言ってその手を離す。
「危ない目に遭うかも知れない。」
「だけど、こちらに来ているメディア関係も居るのよ。あなたは奥様しか見ていないという文書を出したばかりだし、それが嘘だと言われる可能性だってあるのだから。」
「……そうか。ここまであいつらが来るかもしれない可能性もあるか。それに俺はこんなモノを背負っているから尚更、俺だとわかってしまうかも知れないな。」
「そうよ。だから危ない目に遭う前にさっさと帰りましょう。駅の方へ行けば、バスが出ているだろうし、なければタクシーもあるでしょう。」
 そういったが沙夜の中でその手を繋がれ、それを振りほどきたくない気持ちは少しあった。だがいくら一馬の奥さんが良いといっても、沙夜の中にはまだ芹が居る。芹を置いてきたのだ。芹に言えないことをこれ以上増やしたくない。
「だったら沙夜。これを受け取ってくれないか。」
 そう言って一馬は足を止めた沙夜の前に立つと、その手に小さなチャームを置いた。それは一馬がしているブレスレットの装飾にもよく似ている。
「……これを?」
「この間の結婚式の時に慌てて付けたモノだが、奏太にはおそらく印象的に写っただろう。アンクレットは持ってきていないのか?」
「落としたら嫌だし。家にあるわ。」
「だったら帰って付けてくれないか。」
「……えぇ。わかったわ。ありがとう。それにしてもずいぶん可愛いモノね。」
「そんなモノを選ぶのは恥ずかしかったが、お前のためだ。」
 その言葉に沙夜は一馬の方を見上げる。
「駄目ね。誤解してしまうわ。」
 誤魔化すように照れ笑いをする。すると一馬は少し笑って言う。
「誤解しても良い。」
「え?」
 すると一馬はその手のひらに載っているチャームを包むように、沙夜の手ごと両手で包み込んだ。だがふと我に返ると、その手を離す。
「行こう。」
「え……えぇ。」
 頬が赤くなりそうな感覚のまま、沙夜はそのチャームをポケットにしまう。そして一馬の横を歩く。手が触れそうになったが、その手を引っ込める。本当は触れたいと思っていたのに。お互いがそう思っていたが、お互いに想う人がいるのだ。その人を心に押し込めて、コテージへ帰っていく。
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