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祝い飯
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二次会は滞りなく終わり、あとはスタッフなんかが機材を持ち出している。そのスタッフも含めて三次会へ行こうと朔太郎達は声をかけていた。だが沙夜は明日も仕事があるし、時間は早いがもう帰ろうと思っていた。その様子に奏太が声をかける。
「お前、三次会は行かないつもりか?」
すると沙夜は携帯電話の画面から目を離して奏太に言う。
「明日も仕事だもの。あなたは行くんだったら楽しんできて。」
向こうでは一馬が携帯電話にメッセージを送っている。誰に送っているのかはわからないが、おそらく奥さんだろう。奥さんは一馬の実家の方にいるだろうが、もうこの時間なら家に帰っているかも知れない。
「明日ってそんな急ぐような予定があったか?」
「向こうの国から連絡が来ているかも知れないわ。それから雑誌の見本にもチェックを入れておきたいし。」
「昼からでも遅くねぇよ。大体、この中のメンツはみんな明日は定時じゃ無いだろう?」
朝から仕事がある人は途中で帰ったりしていたのだ。ここまで沙夜達が付き合ったのは同僚だから。
「正直、気が乗らないだけよ。」
「急に素直になって。」
奏太はそう言って笑う。うんざりしているのは、おそらくこの綺麗にドレスアップしている沙夜に声をかけようとしている男達の存在だろう。名刺でトランプが出来ると言うくらい、名刺をもらっていたからだ。
「沙夜。」
メッセージを送り終わった一馬は、奏太といる沙夜に声をかける。
「どうしたの?」
「帰るなら駅まで付き合ってくれないか。」
路線は同じだが降りる駅は違う。そう思って一馬は声をかけたのだ。
「そうね。そうするわ。」
他にも帰ろうとしている人がいる。一馬の言葉はあくまで自然だった。だがそれに奏太が声をかける。
「お前と一緒に?」
「別に悪くないだろう。」
アーティストと担当が一緒に駅へ行く自体、別に悪いことでは無い。だが奏太にはモヤモヤした感情が押し寄せる。
「明日はパンにしたいわね。」
「良いな。さっき俺も奥さんからのメッセージで、パンを買ってきてくれないかと言われた。評判のパン屋があるんだろう?」
「えぇ。いつか夏目さんが買ってきてくれたわ。朝は和食って決まっているわけでは無いけれど、和食の方がどうしても手を取るから。あぁ。でもレタスが無いわ。もう八百屋も開いていない時間だし、スーパーで買うしか無いか。」
「K町の商店街は遅くまでやってる。こだわるならそこまで来るか?」
「遠回りしてまではこだわらないわ。スーパーで十分。」
「そうか。」
まるで恋人同士のような会話をしている。それが更に奏太をイラッとさせた。
「俺も駅まで行くよ。」
「結構よ。あなたの家は会社の近くだったモノね。」
「……。」
何かしらの理由を付けて一緒に行きたいと思った。だが良い理由が見つからない。パンを買いたいという二人に付いていきたいが、奏太は朝食を食べないのは沙夜は知っているから行きたいというのは不自然だろう。
「じゃあ、そういう事だ。沙夜。そろそろ行こう。」
「えぇ。パン屋さんは何時まで開いているのかしら。じゃあ、お疲れ様。また明日ね。」
そう言い合いながら、沙夜達は奏太から離れていく。沙夜は元々背が高いのにヒールを履いているので、更に大きく見える。だが隣にいる一馬は背が高くて体つきもがっちりしていた。二人が並んでいても絵になる。それが更に悔しい。奏太と並んでいても同じくらいの身長にしかならないに。
「望月君。」
その二人を観てため息を付いている奏太に、裕太が声をかける。
「部長は三次会行くんですか。」
「一応ね。顔だけ出して、帰ろうと思ってる。君もそうする?」
「……。」
明らかに沙夜を狙っている。だが一馬がずっと邪魔をしているようだ。そう見えて裕太は少し笑っていた。
「ほら、望月君。」
裕太はそう言って奏太を促すように視線を送る。そこには、長い髪を器用にまとめた緑色のワンピースを着た女性がいた。見たことは無いので、おそらく別の会社の人だろう。どこか沙夜に似ている感じがした。
「何ですか。」
「河村さんの友達だそうだ。泉さんに少し似ている感じがしないか。」
「似てないですよ。沙夜は……。」
もっとツンとしている。あんなに簡単に笑ったりしないのだ。
「そうかな。背も高くてスタイルも良い。あんなタイプが好みじゃ無いのか。」
「違いますよ。俺は……。」
沙夜の代わりなんかいない。たとえ一馬のモノだとしても、沙夜しかいないのだ。今日、沙夜と音を合わせてみてわかった。音も、姿も、音楽に対する姿勢も全てが好きなのだ。
「似ている人でも良い。違う人をもう少し見た方が良いよ。それでも忘れられないというのだったら、良いモノがある。」
「良いモノ?」
そう言って裕太は、携帯電話の画面を見せた。そこには沙夜によく似た沙夜の妹である沙菜のグラビアの写真がある。こぼれ落ちそうに大きな胸に、極端に面積の無い水着を着て笑っていた。それがやはり沙夜によく似ていたが、沙夜は逆立ちしてもこんな格好もしないしこんな笑顔は作らない。
「何見せてるんですか。」
「双子の妹だと言っていた。似てるよね。泉さんと血が繋がっているし、どう?」
「どうって?」
「AVでも見れば、泉さんがどんな反応をするかとかわかるんじゃ無い?泉さんは割とマゾヒストだよ。この女優もM女の作品に出ることもあるし……。」
「沙夜の代わりにはならないですよ。たとえ双子でも、沙夜じゃ無い。」
すると裕太はため息を付いて、携帯電話をしまう。
「女々しいよ。望月君。これから一緒に行動することも更に多くなるんだ。君がそんな気持ちを抱えたまま行動すれば、更に苦しくなる。きっぱりと諦めた方が良い。泉さんには離れられない恋人が居るんだから。」
最初から裕太は、沙夜が一馬に転んでいるとは思っていなかった。そしていつか会ったことのある「渡摩季」が、沙夜の恋人なのだと言わなくても大体わかっていた。芹が沙夜を思うように、沙夜もまた芹をずっと思っているとずっと感じていたのだから。
「それでも……俺は……。女々しいって言われても、何でも……あの音と……体に、抱きしめられたいと思う。」
もう奏太の目には涙が溜まっている気がした。それを感じて裕太は奏太をみんなの輪から離す。
「部長。行かないんですか?」
朔太郎から聞かれ、裕太は愛想笑いをする。
「場所を教えてくれないか。後で行くよ。」
「わかりました。じゃあ、行こうか。」
優花と、朔太郎は気を遣いながらみんなと一緒に繁華街の方へ足を運んでいく。そこに残されたのは裕太と奏太だけだった。
「……泉さんに惹かれたのは、音がきっかけ?」
「連弾したんです。でもその前から……大学のあのコンテストの頃からずっと気になってた。確かにピアノを弾くような女と付き合ったこともあるけど、いつもどこかで「違う」と思ってた。沙夜の音だけを追っていたんです。」
「……望月君。それは、恋愛感情じゃ無い。」
そう言って裕太はポケットから煙草を取り出すと、それを一本くわえた。
「違う?」
「うん。そうだね……。君が抱いている感情は、おそらく「憧れ」だと思う。恋愛感情じゃ無い。泉さんがピアノを弾くのは知っていたけれど、俺もギターを弾いてみてわかった。あの音には確かに魅力がある。オリジナルが弾けるなら、すぐにでもデビューさせたいくらいだ。」
「……。」
「憧れが、恋愛感情だと誤解することもあるだろう。君はそう勘違いをしているんだと思うよ。」
「いいや。俺は……。」
ついに奏太の目から涙がこぼれた。それがわかり、裕太は首を横に振る。
「良いから。そういうことにしている方が良い。認めると更に君が辛くなる。泉さんは君に振り向くことは無いんだから。」
そしてもう一人、沙夜に振り向いて貰えない人がいる。一緒に住んでいるだけ、辛いだろう。手を出せないのは生殺しだと思うから。
「お前、三次会は行かないつもりか?」
すると沙夜は携帯電話の画面から目を離して奏太に言う。
「明日も仕事だもの。あなたは行くんだったら楽しんできて。」
向こうでは一馬が携帯電話にメッセージを送っている。誰に送っているのかはわからないが、おそらく奥さんだろう。奥さんは一馬の実家の方にいるだろうが、もうこの時間なら家に帰っているかも知れない。
「明日ってそんな急ぐような予定があったか?」
「向こうの国から連絡が来ているかも知れないわ。それから雑誌の見本にもチェックを入れておきたいし。」
「昼からでも遅くねぇよ。大体、この中のメンツはみんな明日は定時じゃ無いだろう?」
朝から仕事がある人は途中で帰ったりしていたのだ。ここまで沙夜達が付き合ったのは同僚だから。
「正直、気が乗らないだけよ。」
「急に素直になって。」
奏太はそう言って笑う。うんざりしているのは、おそらくこの綺麗にドレスアップしている沙夜に声をかけようとしている男達の存在だろう。名刺でトランプが出来ると言うくらい、名刺をもらっていたからだ。
「沙夜。」
メッセージを送り終わった一馬は、奏太といる沙夜に声をかける。
「どうしたの?」
「帰るなら駅まで付き合ってくれないか。」
路線は同じだが降りる駅は違う。そう思って一馬は声をかけたのだ。
「そうね。そうするわ。」
他にも帰ろうとしている人がいる。一馬の言葉はあくまで自然だった。だがそれに奏太が声をかける。
「お前と一緒に?」
「別に悪くないだろう。」
アーティストと担当が一緒に駅へ行く自体、別に悪いことでは無い。だが奏太にはモヤモヤした感情が押し寄せる。
「明日はパンにしたいわね。」
「良いな。さっき俺も奥さんからのメッセージで、パンを買ってきてくれないかと言われた。評判のパン屋があるんだろう?」
「えぇ。いつか夏目さんが買ってきてくれたわ。朝は和食って決まっているわけでは無いけれど、和食の方がどうしても手を取るから。あぁ。でもレタスが無いわ。もう八百屋も開いていない時間だし、スーパーで買うしか無いか。」
「K町の商店街は遅くまでやってる。こだわるならそこまで来るか?」
「遠回りしてまではこだわらないわ。スーパーで十分。」
「そうか。」
まるで恋人同士のような会話をしている。それが更に奏太をイラッとさせた。
「俺も駅まで行くよ。」
「結構よ。あなたの家は会社の近くだったモノね。」
「……。」
何かしらの理由を付けて一緒に行きたいと思った。だが良い理由が見つからない。パンを買いたいという二人に付いていきたいが、奏太は朝食を食べないのは沙夜は知っているから行きたいというのは不自然だろう。
「じゃあ、そういう事だ。沙夜。そろそろ行こう。」
「えぇ。パン屋さんは何時まで開いているのかしら。じゃあ、お疲れ様。また明日ね。」
そう言い合いながら、沙夜達は奏太から離れていく。沙夜は元々背が高いのにヒールを履いているので、更に大きく見える。だが隣にいる一馬は背が高くて体つきもがっちりしていた。二人が並んでいても絵になる。それが更に悔しい。奏太と並んでいても同じくらいの身長にしかならないに。
「望月君。」
その二人を観てため息を付いている奏太に、裕太が声をかける。
「部長は三次会行くんですか。」
「一応ね。顔だけ出して、帰ろうと思ってる。君もそうする?」
「……。」
明らかに沙夜を狙っている。だが一馬がずっと邪魔をしているようだ。そう見えて裕太は少し笑っていた。
「ほら、望月君。」
裕太はそう言って奏太を促すように視線を送る。そこには、長い髪を器用にまとめた緑色のワンピースを着た女性がいた。見たことは無いので、おそらく別の会社の人だろう。どこか沙夜に似ている感じがした。
「何ですか。」
「河村さんの友達だそうだ。泉さんに少し似ている感じがしないか。」
「似てないですよ。沙夜は……。」
もっとツンとしている。あんなに簡単に笑ったりしないのだ。
「そうかな。背も高くてスタイルも良い。あんなタイプが好みじゃ無いのか。」
「違いますよ。俺は……。」
沙夜の代わりなんかいない。たとえ一馬のモノだとしても、沙夜しかいないのだ。今日、沙夜と音を合わせてみてわかった。音も、姿も、音楽に対する姿勢も全てが好きなのだ。
「似ている人でも良い。違う人をもう少し見た方が良いよ。それでも忘れられないというのだったら、良いモノがある。」
「良いモノ?」
そう言って裕太は、携帯電話の画面を見せた。そこには沙夜によく似た沙夜の妹である沙菜のグラビアの写真がある。こぼれ落ちそうに大きな胸に、極端に面積の無い水着を着て笑っていた。それがやはり沙夜によく似ていたが、沙夜は逆立ちしてもこんな格好もしないしこんな笑顔は作らない。
「何見せてるんですか。」
「双子の妹だと言っていた。似てるよね。泉さんと血が繋がっているし、どう?」
「どうって?」
「AVでも見れば、泉さんがどんな反応をするかとかわかるんじゃ無い?泉さんは割とマゾヒストだよ。この女優もM女の作品に出ることもあるし……。」
「沙夜の代わりにはならないですよ。たとえ双子でも、沙夜じゃ無い。」
すると裕太はため息を付いて、携帯電話をしまう。
「女々しいよ。望月君。これから一緒に行動することも更に多くなるんだ。君がそんな気持ちを抱えたまま行動すれば、更に苦しくなる。きっぱりと諦めた方が良い。泉さんには離れられない恋人が居るんだから。」
最初から裕太は、沙夜が一馬に転んでいるとは思っていなかった。そしていつか会ったことのある「渡摩季」が、沙夜の恋人なのだと言わなくても大体わかっていた。芹が沙夜を思うように、沙夜もまた芹をずっと思っているとずっと感じていたのだから。
「それでも……俺は……。女々しいって言われても、何でも……あの音と……体に、抱きしめられたいと思う。」
もう奏太の目には涙が溜まっている気がした。それを感じて裕太は奏太をみんなの輪から離す。
「部長。行かないんですか?」
朔太郎から聞かれ、裕太は愛想笑いをする。
「場所を教えてくれないか。後で行くよ。」
「わかりました。じゃあ、行こうか。」
優花と、朔太郎は気を遣いながらみんなと一緒に繁華街の方へ足を運んでいく。そこに残されたのは裕太と奏太だけだった。
「……泉さんに惹かれたのは、音がきっかけ?」
「連弾したんです。でもその前から……大学のあのコンテストの頃からずっと気になってた。確かにピアノを弾くような女と付き合ったこともあるけど、いつもどこかで「違う」と思ってた。沙夜の音だけを追っていたんです。」
「……望月君。それは、恋愛感情じゃ無い。」
そう言って裕太はポケットから煙草を取り出すと、それを一本くわえた。
「違う?」
「うん。そうだね……。君が抱いている感情は、おそらく「憧れ」だと思う。恋愛感情じゃ無い。泉さんがピアノを弾くのは知っていたけれど、俺もギターを弾いてみてわかった。あの音には確かに魅力がある。オリジナルが弾けるなら、すぐにでもデビューさせたいくらいだ。」
「……。」
「憧れが、恋愛感情だと誤解することもあるだろう。君はそう勘違いをしているんだと思うよ。」
「いいや。俺は……。」
ついに奏太の目から涙がこぼれた。それがわかり、裕太は首を横に振る。
「良いから。そういうことにしている方が良い。認めると更に君が辛くなる。泉さんは君に振り向くことは無いんだから。」
そしてもう一人、沙夜に振り向いて貰えない人がいる。一緒に住んでいるだけ、辛いだろう。手を出せないのは生殺しだと思うから。
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