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祝い飯
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ドラムの打ち合わせが終わる。ビジュアルだけのバンドだと思っていて、達也の歌以外はそうでも無いと思っていたのだが、ドラムの男は割と話せる男で良かった。元々はオーケストラでパーカッションをしていた男で、外国に留学していたのも良かったのだろう。奏太とは話が合った。
「何でそのオーケストラやめたんだ?あっちの方が実入りが良いだろ?」
すると男は首を横に振っていた。
「実入りのために尻の穴を拡張されたくなかったから。」
つまりそういう事だ。オーケストラにはパートごとにトップがいる。パーカッションなら尚更どの楽器をするとか、誰が舞台に上がるとかはそのトップが決めるのだろう。そのためにその男はそのトップの男と寝たくは無かったと言うことだった。それを拒否すると自然と舞台に上がる機会は無くなる。つまり飼い殺しをされると言うことだ。
それに見切りを付けて男はこちらに帰ってきた。オーケストラに入るのも悪くなかったが、声をかけてきたのはこのレコード会社だったという。
「でもドラムとパーカッションじゃ、全く違うだろ?そういう音楽を聴いていたのか?」
「ううん。全く。俺、クラシックしか聴いていなかったけど、基礎は一緒だと思った。それに達也の声を聴いて、あぁ、この声の後ろで叩きたいと思ったし。」
それが沙夜とかぶった。沙夜と一緒に演奏が出来る。京は予定をしていなかったとは言え、沙夜と一緒に演奏が出来るのだ。それだけで気持ちが上がってくるし、酒を飲んだときよりもわくわくする。
一馬と一緒というのがネックだが、もうこの場でギクシャクしても仕方が無い。今は何も考えないようにしよう。これが終わったら問い詰める。そう思っていた。
「飯なんかはあるって言ったっけ?」
「あとで表に出れるからそこで食べるよ。ここは飲み物だけ。演奏の前はみんな飯は食べないんだ。食べても補助食品とか、菓子とか、カロリーが高いモノだけ。」
「ふーん。」
割とストイックだ。姿だけだと思っていたが、この姿勢があればレッスンをすれば割と良い線はいくかも知れない。少なくとも優花が担当していたあのバンドよりはましだと思う。
「じゃあ、俺らが終わったらその手はずで。」
「あぁ。袖で聴いてるからな。」
奏太達はプロでは無い。だが素人でも無いのでアドバイスは出来る。それも男はわかっていたのだろう。何より、奏太は割と厳しいことは知っている。そして沙夜も。だから男は認められたいと思っていたのだ。そしてあらか様になった自分たちの実力の無さ。沙夜が初めて音を聴いたときに何も言わなかったのは、きっとアドバイスをする価値も無いと思っていた。そう捉えてしまう。だから沙夜と奏太に、何より聴いている裕太に「良かった」と言わせたかった。
控え室の中に入っていくのを見て、奏太はため息を付く。男が入っていったその隣の控え室では、きっと一馬と沙夜が居るはずだ。二人で中に入っていったのだから。こんな所で何かするとは思えないが、一馬は既婚者で尚且つ世間には奥さんしか見ていないと文書を出したばかりだ。もし二人がいい仲であるなら、誰も見ていないこういう密閉されたようなところでしか触れることも出来ないだろう。人目を避けるようにホテルでしか会わないのであれば、時間は限られているのだから。
そう思って奏太は震える手で隣の部屋のドアノブを掴む。そしてそこを開いた。するとそこからは音楽が流れていた。
「え?」
有名な協奏曲だった。それを沙夜が伴奏をし、エレキベースで一馬が弾いている。おそらく譜面はうろ覚えだったのだろう。沙夜の前にはタブレット型の液晶があり、それに楽譜が映し出されている。
「あぁ、やはりエレキでは無理があるか。」
ベースを演奏する手を止めて一馬はぽつりとそう言うと、沙夜もキーボードを弾く手を止めた。
「その楽器でこれだけ弾ければ立派じゃ無いかしら。」
その演奏に沙夜は少し笑顔になった。そしてふとは言ってきている奏太に目を移した。
「打ち合わせは終わったの?」
沙夜はそう聞くと、奏太は我を取り戻したように言う。
「あぁ……で、何をしてるんだよ。お前ら。」
すると一馬はベースを下ろしてスタンドに立てかけると奏太に言った。
「遊び。」
「遊び?」
「表にいれば変に声をかけられる。落ち着いて飯も食えない。練習でもしようかと思ってこちらに来たが、演奏する四人がいなければ意味は無いだろう。だから時間つぶしの遊びをしていたんだ。」
「側にいてあげられれば良かったんだけど、私もうんざりするほど声をかけられてね。名刺でトランプが出来るわ。」
「お前は名刺をあげたのか。」
「あげたけれど、この名刺みたいに個人の携帯の番号なんか書いていないわ。」
そう言って一馬にその名刺のうちの一枚を手渡す。すると会社の名前、役職、名前などと同時に携帯電話の番号やIDなどが書いていた。
「連絡をしてやれば良いのに。」
「勘違いされる。辞めておくわ。」
「仕事上で必要な奴も要るみたいだ。ほら、これは音響の会社だろう。」
「その時には会社の電話から電話をするわ。でもきっと愕然とすると思うけどね。」
「どうしてだ。」
一馬は素直にそう聞いて、名刺を沙夜に手渡す。
「普段はこんな格好をしていないじゃない。スーツと髪を結んだだけだし。地味な就活生よ。」
「ずいぶん老けた就活生だな。」
「何ですって?」
冗談まで言えるくらいだった。おそらく一馬も沙夜も先程演奏をしていて、高揚しているのだろう。それは初めて奏太が沙夜と演奏をしたときのように。
その時またドアが開いた。そこには裕太の姿がある。
「やっと抜けられたよ。事情を説明するのにも、上司が来てるのもうんざりだな。」
「お疲れ様です。」
件の女性バンドのことだろう。前々から問題があるようだったが、ここでのことで表面化されたのだ。おそらくあの女性バンドはハードロック部門からは外されるだろう。そうなると別の課に行くことになるのだろうが、どこも二の足を踏むだろう。問題を起こしているバンドを、うちが引き入れるという心の広い課はそう無い。
そしていずれ、彼女たちはこのレコード会社を去るだろう。いくら上のモノと繋がりがあると言ってもかばいきれないのだ。
「そう言えば望月君は、あのドラムの人と話が合っていたようだね。」
「えぇ。オーケストラでパーカッションを昔していたとか。」
「多分話は合うと思ってた。あのバンドの中では達也くらいしか話が合わなかったみたいだしね。望月君。良かったら外国へ行ってから一度、彼らの練習に付き合わないか。」
「俺がですか?」
驚いたように奏太が言うと、一馬が思わず笑い出す。
「そうだな。奏太の方が良いかもしれない。沙夜が行くと、いらないことまで口を出しそうだ。」
「え?何で?」
すると裕太も笑いながら言う。
「そうだね。泉さんがあちらの練習に行けば、きっと「そんなフリルが付いている袖で演奏するの?引っかけたりしないの?」とかそういう事を聞きそうだ。」
「それは……彼らのファッションですよね。別にそれをどうこうと言う気は……。」
「いや。言うな。お前なら。」
奏太も負けじとそう言うと、沙夜は口を尖らせる。
「そんなことばかり言って。」
そう言って沙夜はタブレットをしまう。そして一馬にそれを手渡した。
「何かしていたの?」
裕太はそう聞くと、一馬は頷いて言う。
「遊びですよ。この曲を沙夜と一緒にしてました。」
「へぇ……。この曲ってエレキでも出来るの?」
「無理がありますね。それにロックっぽくなるというか。」
「それはそれでいいんじゃ無い?泉さん。一馬君もソロの話しとかないかな。」
「無いですね。ベーシストのソロアルバムは難しいでしょう。」
バッサリとそういう沙夜は椅子から立ち上がると、テーブルに置いているウーロン茶の入ったコップを手にする。その時ふと奏太の目に、沙夜の足首に巻かれているアンクレットが目に映った。それを見て、奏太は少し驚いたように沙夜と一馬を見る。アンクレットには、緑色のチャームが付いていた。さっきまで無かったモノだ。それが今付いていると言うことはどういうことだろう。奏太の胸にモヤモヤしたモノがまた生まれた。
「何でそのオーケストラやめたんだ?あっちの方が実入りが良いだろ?」
すると男は首を横に振っていた。
「実入りのために尻の穴を拡張されたくなかったから。」
つまりそういう事だ。オーケストラにはパートごとにトップがいる。パーカッションなら尚更どの楽器をするとか、誰が舞台に上がるとかはそのトップが決めるのだろう。そのためにその男はそのトップの男と寝たくは無かったと言うことだった。それを拒否すると自然と舞台に上がる機会は無くなる。つまり飼い殺しをされると言うことだ。
それに見切りを付けて男はこちらに帰ってきた。オーケストラに入るのも悪くなかったが、声をかけてきたのはこのレコード会社だったという。
「でもドラムとパーカッションじゃ、全く違うだろ?そういう音楽を聴いていたのか?」
「ううん。全く。俺、クラシックしか聴いていなかったけど、基礎は一緒だと思った。それに達也の声を聴いて、あぁ、この声の後ろで叩きたいと思ったし。」
それが沙夜とかぶった。沙夜と一緒に演奏が出来る。京は予定をしていなかったとは言え、沙夜と一緒に演奏が出来るのだ。それだけで気持ちが上がってくるし、酒を飲んだときよりもわくわくする。
一馬と一緒というのがネックだが、もうこの場でギクシャクしても仕方が無い。今は何も考えないようにしよう。これが終わったら問い詰める。そう思っていた。
「飯なんかはあるって言ったっけ?」
「あとで表に出れるからそこで食べるよ。ここは飲み物だけ。演奏の前はみんな飯は食べないんだ。食べても補助食品とか、菓子とか、カロリーが高いモノだけ。」
「ふーん。」
割とストイックだ。姿だけだと思っていたが、この姿勢があればレッスンをすれば割と良い線はいくかも知れない。少なくとも優花が担当していたあのバンドよりはましだと思う。
「じゃあ、俺らが終わったらその手はずで。」
「あぁ。袖で聴いてるからな。」
奏太達はプロでは無い。だが素人でも無いのでアドバイスは出来る。それも男はわかっていたのだろう。何より、奏太は割と厳しいことは知っている。そして沙夜も。だから男は認められたいと思っていたのだ。そしてあらか様になった自分たちの実力の無さ。沙夜が初めて音を聴いたときに何も言わなかったのは、きっとアドバイスをする価値も無いと思っていた。そう捉えてしまう。だから沙夜と奏太に、何より聴いている裕太に「良かった」と言わせたかった。
控え室の中に入っていくのを見て、奏太はため息を付く。男が入っていったその隣の控え室では、きっと一馬と沙夜が居るはずだ。二人で中に入っていったのだから。こんな所で何かするとは思えないが、一馬は既婚者で尚且つ世間には奥さんしか見ていないと文書を出したばかりだ。もし二人がいい仲であるなら、誰も見ていないこういう密閉されたようなところでしか触れることも出来ないだろう。人目を避けるようにホテルでしか会わないのであれば、時間は限られているのだから。
そう思って奏太は震える手で隣の部屋のドアノブを掴む。そしてそこを開いた。するとそこからは音楽が流れていた。
「え?」
有名な協奏曲だった。それを沙夜が伴奏をし、エレキベースで一馬が弾いている。おそらく譜面はうろ覚えだったのだろう。沙夜の前にはタブレット型の液晶があり、それに楽譜が映し出されている。
「あぁ、やはりエレキでは無理があるか。」
ベースを演奏する手を止めて一馬はぽつりとそう言うと、沙夜もキーボードを弾く手を止めた。
「その楽器でこれだけ弾ければ立派じゃ無いかしら。」
その演奏に沙夜は少し笑顔になった。そしてふとは言ってきている奏太に目を移した。
「打ち合わせは終わったの?」
沙夜はそう聞くと、奏太は我を取り戻したように言う。
「あぁ……で、何をしてるんだよ。お前ら。」
すると一馬はベースを下ろしてスタンドに立てかけると奏太に言った。
「遊び。」
「遊び?」
「表にいれば変に声をかけられる。落ち着いて飯も食えない。練習でもしようかと思ってこちらに来たが、演奏する四人がいなければ意味は無いだろう。だから時間つぶしの遊びをしていたんだ。」
「側にいてあげられれば良かったんだけど、私もうんざりするほど声をかけられてね。名刺でトランプが出来るわ。」
「お前は名刺をあげたのか。」
「あげたけれど、この名刺みたいに個人の携帯の番号なんか書いていないわ。」
そう言って一馬にその名刺のうちの一枚を手渡す。すると会社の名前、役職、名前などと同時に携帯電話の番号やIDなどが書いていた。
「連絡をしてやれば良いのに。」
「勘違いされる。辞めておくわ。」
「仕事上で必要な奴も要るみたいだ。ほら、これは音響の会社だろう。」
「その時には会社の電話から電話をするわ。でもきっと愕然とすると思うけどね。」
「どうしてだ。」
一馬は素直にそう聞いて、名刺を沙夜に手渡す。
「普段はこんな格好をしていないじゃない。スーツと髪を結んだだけだし。地味な就活生よ。」
「ずいぶん老けた就活生だな。」
「何ですって?」
冗談まで言えるくらいだった。おそらく一馬も沙夜も先程演奏をしていて、高揚しているのだろう。それは初めて奏太が沙夜と演奏をしたときのように。
その時またドアが開いた。そこには裕太の姿がある。
「やっと抜けられたよ。事情を説明するのにも、上司が来てるのもうんざりだな。」
「お疲れ様です。」
件の女性バンドのことだろう。前々から問題があるようだったが、ここでのことで表面化されたのだ。おそらくあの女性バンドはハードロック部門からは外されるだろう。そうなると別の課に行くことになるのだろうが、どこも二の足を踏むだろう。問題を起こしているバンドを、うちが引き入れるという心の広い課はそう無い。
そしていずれ、彼女たちはこのレコード会社を去るだろう。いくら上のモノと繋がりがあると言ってもかばいきれないのだ。
「そう言えば望月君は、あのドラムの人と話が合っていたようだね。」
「えぇ。オーケストラでパーカッションを昔していたとか。」
「多分話は合うと思ってた。あのバンドの中では達也くらいしか話が合わなかったみたいだしね。望月君。良かったら外国へ行ってから一度、彼らの練習に付き合わないか。」
「俺がですか?」
驚いたように奏太が言うと、一馬が思わず笑い出す。
「そうだな。奏太の方が良いかもしれない。沙夜が行くと、いらないことまで口を出しそうだ。」
「え?何で?」
すると裕太も笑いながら言う。
「そうだね。泉さんがあちらの練習に行けば、きっと「そんなフリルが付いている袖で演奏するの?引っかけたりしないの?」とかそういう事を聞きそうだ。」
「それは……彼らのファッションですよね。別にそれをどうこうと言う気は……。」
「いや。言うな。お前なら。」
奏太も負けじとそう言うと、沙夜は口を尖らせる。
「そんなことばかり言って。」
そう言って沙夜はタブレットをしまう。そして一馬にそれを手渡した。
「何かしていたの?」
裕太はそう聞くと、一馬は頷いて言う。
「遊びですよ。この曲を沙夜と一緒にしてました。」
「へぇ……。この曲ってエレキでも出来るの?」
「無理がありますね。それにロックっぽくなるというか。」
「それはそれでいいんじゃ無い?泉さん。一馬君もソロの話しとかないかな。」
「無いですね。ベーシストのソロアルバムは難しいでしょう。」
バッサリとそういう沙夜は椅子から立ち上がると、テーブルに置いているウーロン茶の入ったコップを手にする。その時ふと奏太の目に、沙夜の足首に巻かれているアンクレットが目に映った。それを見て、奏太は少し驚いたように沙夜と一馬を見る。アンクレットには、緑色のチャームが付いていた。さっきまで無かったモノだ。それが今付いていると言うことはどういうことだろう。奏太の胸にモヤモヤしたモノがまた生まれた。
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