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祝い飯
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案の定、リハーサルはぐだぐだなモノだった。朔太郎が担当しているバンドは沙夜が聴いていた感じでもそれほど聴けないモノでは無いという感じだったが、問題はガールズバンドだった。
高校生の文化祭でももう少しまともに演奏をするだろう。そもそもボーカルの女性の声の出し方もカラオケで少し上手だというレベルなのだ。この国の曲ではあるのに、歌詞もうろ覚えだし、メンバーもそれぞれとちったり間違ったりしているところが多い。
「あれじゃ、解散させられるぞ。」
奏太もそう思いながら、その演奏を聴いていた。ハードロックの部門にこのバンドは籍を置いていたのは、CDの売り上げが良いとかダウンロードされているとかそんなことでは無く、SNSのフォロワーが多いとか男性向けの週刊誌なんかでグラビアの売り上げが良いからだろう。
ただこのボーカルの女性だけは楽しそうに歌っている。歌詞を覚えていないのは問題だが、その愛らしい顔が笑顔になっているだけで絵になるようだ。だがそんな問題では無い。
「何とか形にしたいわね。少なくとも、上司が見ても問題が無いくらいに。」
「無理だろ。もう三十分切っているし。」
「そうね……。」
それにギターやベースのことは良くわからない。どう口を出せば良いのかわからないのだ。
「あぁ。麻美ちゃん。」
そう思っていたときだった。同じくリハーサルを聴いていた裕太が声を上げる。
「何ですか?」
演奏途中に止められたボーカルの女性がいぶかしげに裕太の方を見る。
「そのサービスいらない。」
「え?」
歌っている途中で屈んだのだ。それで大きな胸の谷間が観客に見えるようになり、本来なら男が鼻の下を伸ばすようなところだろう。
「結婚式の二次会の余興なんだから、ストリップみたいな真似は止して欲しい。それから最低限、歌詞は覚えてきて。まだ時間があるからね。」
「えー?無理ですよぉ。」
そう言うが、裕太は表情を変えずに言う。
「出来るだろう。君らプロなんだから。」
裕太もいらついていたのだろう。こんな演奏をされていたら、自分の管理もままならないと上司から言われるのが目に見える。
少し不機嫌そうになりながら、また演奏をバンドが始めるとボーカルの女性はまた歌い始めた。裕太はそれを見てため息を付きながら、ちらっと沙夜と奏太の方に気がついて近づいてくる。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「河村さんのところのバンドは噂通りだったね。」
そう言って裕太はため息を付く。こんな高校生が演奏する方がましだというバンドをよく上が売ろうとしていたなと感心していたのだ。
「CDはまともに演奏しているように見えたんですけどね。」
「あれは修正したり、出来ないところは頼んだりしてね。」
「やっぱそうだったのか。」
テレビ番組なんかで見るのも手と音が不自然だと思ったのだ。やはり演奏する代役がいるのだろう。ライブとかでもそうなのだろうか。
「もしさ。泉さんが彼女たちの担当になったら、どう売り込む?」
沙夜はそう聞かれ、首をかしげた。
「アイドルユニットとかの方が良い気がしますけどね。」
「元々アイドルユニットだったんだけどね。踊りながらは歌えないって事で楽器を始めたんだ。」
「歌もそこまでという感じでは無いし、キャラが立っていればバンドよりもテレビや雑誌で売るしか無いですよね。」
「そうなってくると、もうバンドって感じじゃ無いよな。」
奏太もそう言うと、ベースを弾いている女性の手元を見る。まだ何度かくらいしか演奏していないのに手がぷるぷると震えていた。おそらくベースが重いのだろう。
一馬はそれを平気な顔でいつも弾いていた。元々体も鍛えてあるし、重いベースを何時間持っていても苦痛では無いのだろう。そして何より、技術がある。求められていることに答えられるよう、人の求めているモノに答えようとしているところがあった。
そういう所が沙夜が気に入っているところなのだろうか。その辺は奏太も理解が出来る。演奏家としては一流なのだ。
それでも不倫をして良いとは思えない。
リハーサルが終わり、細かいセッティングをしている間に、新郎である朔太郎と新婦である優花がやってきた。結婚式場から、双方の親族を送り出したり友人なんかをこちらに連れてきたりしていたのだ。一番ハードなのはこの二人だろう。もうすでに疲れているようだ。
「お疲れ様です。すいません。俺らのことで……。」
朔太郎は裕太にそう言うと、裕太は手を振って言う。
「会社がきっかけで出会った二人なんだ。会社がここまで面倒を見るのは当然だろう?河村さんは体調は大丈夫?」
緑色のワンピースを着ていた優花は、少し首を横に振った。
「大丈夫です。安定期に入ったし、結婚式だってそこまで無理はしていないので。」
「少しでも体調が悪かったら、すぐに呼ぶんだよ。」
「えぇ……。」
それでも優花は少し不安そうだった。今日のこの二次会の余興で、自分が担当しているバンドが演奏すると言っていた。生で演奏すると言うことは、あの女性達の実力があらわになる。それが不安だったのだ。
持ち歌であれば何とかなったのに、ここでは持ち歌を演奏することは出来ない。何ヶ月か前に話をしていたのだが、まともに練習すらしているところを見たことが無いのだ。と言うのも、最近は優花の言葉はバンドのメンバーはあまり聞いていなかった。要は嘗められているのだ。
「バンドのメンバーはどうですかね。俺が担当しているバンドは昔からのスタンダードな曲を薦めたし、聞いてまぁ悪くないとは思ったんですけど。」
朔太郎はそう言うと、裕太は少し笑う。
「植村君のところは大丈夫かな。そこそこ形になっていたよ。突貫工事のような演奏だったけどね。」
植村君のところはと言う言葉に、ますます優花の不安が募る。まさかこんな場で色気を出すとは思えないが、あのメンバーならやりかねない。
「ちょっと様子を見てきても良いですかね。」
「あぁ。良いよ。今、望月君が行ってる。」
奏太という名前に、優花は不安を覚えた。奏太は口に蓋が出来ないタイプだ。それでも他人の担当しているバンドと言うことで少しは押さえているかもしれないが、怒りの沸点は低いしそれで奏太が切れてしまわないだろうかと思っていたのだ。
「優花。大丈夫だよ。」
朔太郎は何もかもわかっていたらしい。だから優花の不安を払拭させるような言葉を発したのだ。
「うん……わかってるけど。」
「望月君も泉さんも言いたいことはあるみたいだけど、言えないようだ。あの二人は遠慮しているよ。ただ……それだけに不安だね。」
「優花……。」
優花は自分が担当しているバンドがここまで出来ないのは自分のせいだと思っていた。だがバンドのメンバーはもうすでに優花の声に耳を傾けることは無い。妊娠して結婚することで、更に風当たりが強くなってきたのだ。
少し口を挟めば、汚いだの、ヤリ○ンだの言ってきていた。だからもう優花は何も言えずにいたのだ。
「まぁ……言い方は悪いけれど、恥を掻くのは君じゃ無い。あのバンドなんだ。上司がいても上司達に色目を使っていたとしても、そのほかの人達がいる。どんな目で見られるだろうね。」
そう言われるが、やはり優花は不安なのだ。やはり様子を見に行こうと思う。
「朔太郎。控え室って一番奥だったわよね。」
「うん。その間に二組のバンドの控え室がある。」
「ちょっと寄っていっても良いかしら。」
「良いよ。俺も自分の担当のバンドは気になるんだ。」
その時裕太は思い出したように朔太郎に言う。
「あぁ。そうだ植村君。この場で言うのも何だけどね。」
その言葉に朔太郎は驚いたように裕太を見た。冗談だろうと思ったからだ。
高校生の文化祭でももう少しまともに演奏をするだろう。そもそもボーカルの女性の声の出し方もカラオケで少し上手だというレベルなのだ。この国の曲ではあるのに、歌詞もうろ覚えだし、メンバーもそれぞれとちったり間違ったりしているところが多い。
「あれじゃ、解散させられるぞ。」
奏太もそう思いながら、その演奏を聴いていた。ハードロックの部門にこのバンドは籍を置いていたのは、CDの売り上げが良いとかダウンロードされているとかそんなことでは無く、SNSのフォロワーが多いとか男性向けの週刊誌なんかでグラビアの売り上げが良いからだろう。
ただこのボーカルの女性だけは楽しそうに歌っている。歌詞を覚えていないのは問題だが、その愛らしい顔が笑顔になっているだけで絵になるようだ。だがそんな問題では無い。
「何とか形にしたいわね。少なくとも、上司が見ても問題が無いくらいに。」
「無理だろ。もう三十分切っているし。」
「そうね……。」
それにギターやベースのことは良くわからない。どう口を出せば良いのかわからないのだ。
「あぁ。麻美ちゃん。」
そう思っていたときだった。同じくリハーサルを聴いていた裕太が声を上げる。
「何ですか?」
演奏途中に止められたボーカルの女性がいぶかしげに裕太の方を見る。
「そのサービスいらない。」
「え?」
歌っている途中で屈んだのだ。それで大きな胸の谷間が観客に見えるようになり、本来なら男が鼻の下を伸ばすようなところだろう。
「結婚式の二次会の余興なんだから、ストリップみたいな真似は止して欲しい。それから最低限、歌詞は覚えてきて。まだ時間があるからね。」
「えー?無理ですよぉ。」
そう言うが、裕太は表情を変えずに言う。
「出来るだろう。君らプロなんだから。」
裕太もいらついていたのだろう。こんな演奏をされていたら、自分の管理もままならないと上司から言われるのが目に見える。
少し不機嫌そうになりながら、また演奏をバンドが始めるとボーカルの女性はまた歌い始めた。裕太はそれを見てため息を付きながら、ちらっと沙夜と奏太の方に気がついて近づいてくる。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「河村さんのところのバンドは噂通りだったね。」
そう言って裕太はため息を付く。こんな高校生が演奏する方がましだというバンドをよく上が売ろうとしていたなと感心していたのだ。
「CDはまともに演奏しているように見えたんですけどね。」
「あれは修正したり、出来ないところは頼んだりしてね。」
「やっぱそうだったのか。」
テレビ番組なんかで見るのも手と音が不自然だと思ったのだ。やはり演奏する代役がいるのだろう。ライブとかでもそうなのだろうか。
「もしさ。泉さんが彼女たちの担当になったら、どう売り込む?」
沙夜はそう聞かれ、首をかしげた。
「アイドルユニットとかの方が良い気がしますけどね。」
「元々アイドルユニットだったんだけどね。踊りながらは歌えないって事で楽器を始めたんだ。」
「歌もそこまでという感じでは無いし、キャラが立っていればバンドよりもテレビや雑誌で売るしか無いですよね。」
「そうなってくると、もうバンドって感じじゃ無いよな。」
奏太もそう言うと、ベースを弾いている女性の手元を見る。まだ何度かくらいしか演奏していないのに手がぷるぷると震えていた。おそらくベースが重いのだろう。
一馬はそれを平気な顔でいつも弾いていた。元々体も鍛えてあるし、重いベースを何時間持っていても苦痛では無いのだろう。そして何より、技術がある。求められていることに答えられるよう、人の求めているモノに答えようとしているところがあった。
そういう所が沙夜が気に入っているところなのだろうか。その辺は奏太も理解が出来る。演奏家としては一流なのだ。
それでも不倫をして良いとは思えない。
リハーサルが終わり、細かいセッティングをしている間に、新郎である朔太郎と新婦である優花がやってきた。結婚式場から、双方の親族を送り出したり友人なんかをこちらに連れてきたりしていたのだ。一番ハードなのはこの二人だろう。もうすでに疲れているようだ。
「お疲れ様です。すいません。俺らのことで……。」
朔太郎は裕太にそう言うと、裕太は手を振って言う。
「会社がきっかけで出会った二人なんだ。会社がここまで面倒を見るのは当然だろう?河村さんは体調は大丈夫?」
緑色のワンピースを着ていた優花は、少し首を横に振った。
「大丈夫です。安定期に入ったし、結婚式だってそこまで無理はしていないので。」
「少しでも体調が悪かったら、すぐに呼ぶんだよ。」
「えぇ……。」
それでも優花は少し不安そうだった。今日のこの二次会の余興で、自分が担当しているバンドが演奏すると言っていた。生で演奏すると言うことは、あの女性達の実力があらわになる。それが不安だったのだ。
持ち歌であれば何とかなったのに、ここでは持ち歌を演奏することは出来ない。何ヶ月か前に話をしていたのだが、まともに練習すらしているところを見たことが無いのだ。と言うのも、最近は優花の言葉はバンドのメンバーはあまり聞いていなかった。要は嘗められているのだ。
「バンドのメンバーはどうですかね。俺が担当しているバンドは昔からのスタンダードな曲を薦めたし、聞いてまぁ悪くないとは思ったんですけど。」
朔太郎はそう言うと、裕太は少し笑う。
「植村君のところは大丈夫かな。そこそこ形になっていたよ。突貫工事のような演奏だったけどね。」
植村君のところはと言う言葉に、ますます優花の不安が募る。まさかこんな場で色気を出すとは思えないが、あのメンバーならやりかねない。
「ちょっと様子を見てきても良いですかね。」
「あぁ。良いよ。今、望月君が行ってる。」
奏太という名前に、優花は不安を覚えた。奏太は口に蓋が出来ないタイプだ。それでも他人の担当しているバンドと言うことで少しは押さえているかもしれないが、怒りの沸点は低いしそれで奏太が切れてしまわないだろうかと思っていたのだ。
「優花。大丈夫だよ。」
朔太郎は何もかもわかっていたらしい。だから優花の不安を払拭させるような言葉を発したのだ。
「うん……わかってるけど。」
「望月君も泉さんも言いたいことはあるみたいだけど、言えないようだ。あの二人は遠慮しているよ。ただ……それだけに不安だね。」
「優花……。」
優花は自分が担当しているバンドがここまで出来ないのは自分のせいだと思っていた。だがバンドのメンバーはもうすでに優花の声に耳を傾けることは無い。妊娠して結婚することで、更に風当たりが強くなってきたのだ。
少し口を挟めば、汚いだの、ヤリ○ンだの言ってきていた。だからもう優花は何も言えずにいたのだ。
「まぁ……言い方は悪いけれど、恥を掻くのは君じゃ無い。あのバンドなんだ。上司がいても上司達に色目を使っていたとしても、そのほかの人達がいる。どんな目で見られるだろうね。」
そう言われるが、やはり優花は不安なのだ。やはり様子を見に行こうと思う。
「朔太郎。控え室って一番奥だったわよね。」
「うん。その間に二組のバンドの控え室がある。」
「ちょっと寄っていっても良いかしら。」
「良いよ。俺も自分の担当のバンドは気になるんだ。」
その時裕太は思い出したように朔太郎に言う。
「あぁ。そうだ植村君。この場で言うのも何だけどね。」
その言葉に朔太郎は驚いたように裕太を見た。冗談だろうと思ったからだ。
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