触れられない距離

神崎

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祝い飯

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 植村朔太郎が担当しているバンドのメンバーとライブハウスへやってくると、入り口に今度は河村優花が担当しているバンドのメンバーがいた。どうやらガールズバンドのようで、沙夜よりも大分若く惜しげも無く足や胸元が開いた服を着ていた。ハードロックらしく、足下はブーツを履いていたり、手元には銀色のチェーンのようなブレスレットがあるのが見えたが、これ以外は普通の女性ばかりだと思う。ただとても可愛らしい。モデルのように顔も小さければ、足も細い。この細腕でよくベースなんかを弾けるなと思っていた。
「ねー。歌詞カードどこやったっけ。」
「またぁ?いつもどっかやって忘れてくるんだから。スタジオに置いてきたんじゃ無い?」
「あーそうかも。あとで新たにメモっとこ。あ、ごめん。財布にあったわ。」
「もー何言ってんのよぉ。また忘れたって言うんだから。歌詞ちゃんと覚えてないの?」
「うろ覚え。」
 その言葉に沙夜は少し呆れていた。確かに持ち歌を歌うことは出来ないが、この場は会社の上司なんかも来るのだ。ここで駄目だと思われたら、否応なく解散を薦められるのはわかっていないのだろうか。
 それくらいなら朔太郎の担当しているバンドでもわかっているようだった。だからギリギリまでスタジオで練習をしていたのだが。
「あ、京じゃん。おひさ。」
 そう言ってギターの男に近づいてくる。
「あぁ……。」
「ねぇ。聞いてよぉ。うちら迎えに来たの、男の人だったんだけどさ。がちで切れてて、お前らもう演奏しない方が良いって言ってくんのよ。マジ腹立つわぁ。あれ誰なの?」
「「二藍」の担当だろ?」
「え?マジで?あんな上から目線なの?でもほら、「二藍」の担当って女の人だったじゃん。」
「男も入ったの。」
「あー人気者だもんね。何であんな人達が人気あるのかわかんない。遥人だけじゃん。姿だけなら。」
「おい……。」
「三十超えたらもう痛いおっさんじゃん。頑張って若くしても、たかがしれてるのに……。」
 そのギターの男が声を上げようとした。その時だった。
「沙夜。もう中に入って良いって言ってるぞ。」
 その会話を聞きながらずっと黙っていた沙夜に、ライブハウスの中から、奏太が顔を覗かせて声をかける。すると沙夜は頷いて、バンドのメンバーに声をかけた。
「中に入って良いそうです。控え室は一階、ステージの奥にあります。中に入っておくが女性の部屋で、手前は男性の部屋です。一番奥は新郎新婦の控え室になるので、立ち入らないようにしてください。」
 その時やっとその女性達は沙夜の存在に気がついたらしい。そして普段はパンツスーツで飾り気の無い人だと思っていたのに、こんなに綺麗になっている沙夜を沙夜と思っていなかったのだろう。
 そして女性達は自分たちの失言に、やっと気がついたようだ。沙夜に対しての失言では無く「二藍」への失言は、担当している人にどれだけ侮辱しているのか、この女性達もわかっていたのだから。
「あの……泉さん?ですよね。」
 恐る恐る女性は沙夜に声をかける。無駄かもしれないが、弁解をしようとしたのだ。だが沙夜は何も言わずにバンドのメンバーを案内する。ライブハウスは窓があまり無い。なのでライトや電気で照らされているが若干薄暗い。
「足下に注意してください。」
 沙夜は表情を変えずに、バンドのメンバーを案内する。そして女の言葉を聞くことも無く、控え室へ押し込むように連れて行った。
 そしてドアが閉まった途端に、沙夜はため息を付く。
 確かにあの女性達が言っていることはあながち間違いでは無い。実力を付ければ文句を言われることは無いが、どうしてもハードロックというのは若い人向けの音楽であり、遥人だってまだ三十を超えたばかりでステージの端から端まで走り回ることもあるが、これだっていつまで出来るのかと考えるとバンドの方向性くらい迷うだろう。海外には五十,六十と過ぎてもバンドとして活躍している人達もいるが、「二藍」はその域に達するだろうか。今はまだわからない。
 ただ、「二藍」はこんなに人を卑下したり、努力をしないバンドでは無いのだ。それだけははっきりと言える。沙夜はそう思いながら、ステージのセッティングを見ていた。スタッフが機材を次々に運んでいくのを見て、沙夜もそれを手伝おうとスタッフに声をかけようとした。その時だった。
「お前は良いよ。」
 奏太が後ろからそう声をかけると、沙夜に買ってきたペットボトルのお茶を差し出す。
「一人でのほほんとしているのは嫌なのよ。」
「その格好で機材を運ぶのか?ヒールに慣れて無いのバレバレ。転けて機材を落として壊す羽目になるわ。」
 意地悪く奏太がそう言うと、沙夜は頬を膨らませた。だが奏太の言うこともあながち間違っていない。そう思ってペットボトルを手にして、その蓋を開ける。
「ずいぶんなバンドだったな。練習もしないでぺちゃくちゃ喋ってて。そっちもそうか?」
「ましな方じゃ無いかしら。人に意見を聞こうって言う姿勢が見えるから。まぁ……言ったところで、努力をするかどうかは別問題ね。少なくともメモ紙を見ながら、歌うような真似はしないと思う。」
 その言葉に、奏太は少し笑う。
「あのバンドの曲は聴いた?」
「どっちの方の?」
「女のバンドの方。」
「えぇ。でもワンフレーズで諦めた。あれね。植村さんのバンドもそうだけど、河村さんのバンドも、どちらかというと姿が重視なのね。」
「そうだよ。ほら。」
 奏太はそう言って携帯電話の画面を見せる。そこには、先程のガールズバンドの新曲のポスターがあった。まるでアイドルかグラビアかという感じのポスターだと思った。
「人気あるのかしら。」
「あるよ。ほら。」
 今度はSNSの画面を見せる。それはそのバンドのSNSのページで、フォロワーは確かに「二藍」よりも多いようだった。
「こんなにフォロワーがいるのね。河村さんは頑張ったみたい。」
「そうでも無いよ。ほら。」
 レコーディングで地方のスタジオへ行った。その帰りに、みんなで温泉へ行ったらしい。その半裸のような格好が画像で挙げられている。つまりグラビアアイドルのようだし、AV女優のような感じで売られているのだろう。
「……この二人はレズビアンの噂があるって。」
「うちもそれについては強く言えないわね。」
「何で?」
「千草さんと栗山さんが良い関係かもしれないって噂があるのよ。それを二人は否定も肯定もしていない。」
「つまり。きっかけは何であれ「二藍」の曲を聴いてもらえるきっかけになれば良いって事か。だから二人は目を瞑ってるのか。」
「千草さんはいやいやって感じだけどね。」
 お茶を口に入れる。さっきまでアルコールを飲んでいたのだが、先程の会話で潤っていた喉が急に渇いた気がする。そのお茶はとてもありがたい。
「けど、それは聴いて貰えるきっかけがあって、聴いて思ったよりも良いじゃんって思って貰って成立することだ。あいつらみたいに、姿だけだったらただスケベなオヤジなんかが鼻の下を伸ばしてみてるだけだろ。」
「あの人達こそ、若くなくなったらどうするのかしらね。」
 「二藍」のことを言っている場合では無いのに、その辺がまだわかっていないのだろう。
「とにかくリハーサル。さっさとしないとな。最初はこっちの女の方のバンドだな。」
「呼んでくるわ。ありがとう。お茶。」
「良いよ。これくらい。」
 沙夜はそう言ってその場を離れ、ステージ奥の方へ足を運ぶ。その間、気が楽になった自分がいた。今まで「二藍」の批判をされても何をされても、自分で耐えるしか無かったのだ。そしてこれからは奏太がいる。人は必要ないと思っていたのに、奏太のおかげで安心している自分がいた。それは芹には無いことかもしれない。
 少しずつ、奏太にも心を開けるかもしれないと安心していた。
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