触れられない距離

神崎

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カレーうどん

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 お湯を沸かして、冷凍のうどん玉を茹でる。そして隣の鍋では水とめんつゆを入れて火にかけた。その間、ネギを刻む。
 隣では翔が残ったご飯をおにぎりにしていた。
「塩むすびで良いの?」
「それは焼くから。そのままで良いの。塩も控えめにね。」
 素手でおにぎりを握っているのを見て、翔もあまりこだわりは無いように思えた。人によっては素手で握ったおむすびなど食べられないという人もいるのだが、翔はこだわりは無いらしい。
「沙夜。嫌な気持ちになるかもしれないけど、少し聞いてくれないか。」
「言ってみないと嫌かどうかはわからないけれど、何かしら。」
 すると翔はそのおにぎりを握りながら言う。
「高梨さんが悪いことをしたっていってた。」
「お母さんの方よね。」
「あぁ。息子さんはあれから来ていないし。」
 高梨にも知られたのだろうか。そう思って沙夜は怪訝そうな顔になる。それがわかり、翔は首を横に振った。
「俺は何も言ってないよ。」
「翔を疑ったりはしないわ。それに誠二さんと何かしらがあったって翔が知ったのは、花岡さんと一緒に居たときに聞いたんでしょう?」
「あぁ……そうだけど。想像は付いてた。それから高梨さんが教えてくれたので確証になったよ。」
「何て?」
「あまり素行が良くなかったって。何度か家にも女性が乗り込んでくることがあったし、結婚してくれてやっと落ち着いてくれたって言っていたから。」
「本当に落ち着いていると思う?」
「そんなわけ無いね。慎吾を見てそう思うよ。」
 慎吾は身から出た錆で、海外へ行っているのだろう。それでも事務所は慎吾を切れない。慎吾を切れば、自分の身が危なくなるのは目に見えているから。
「遊び人としても中途半端な人間だわ。なのにプライドだけは一人前で手に負えない。どうしてあんな人と一緒に居たのか自分が不思議だわ。」
「新しい刺激だったとも言えるね。」
「新しい?」
「出会ったことが無い人だから、新しい人間関係だから。そんな理由だと思うよ。誠二さんと色んな所へ行って楽しかったんだろう?」
「うーん。そう言われると微妙な感じだわ。」
「え?」
「観光地は面白かったし、夕愛知や動物園なんかも悪くは無かった。だけど、やっぱり私は自然の山や海の方が好きだから。」
「沙夜らしいよ。」
 その場に自分がいたい。隣にいるのは芹かもしれないが、自分で会っても良いはずだと思う。
 ましてや一馬では無いと思う。
「沙夜。今度の休みさ。」
「今度の休みは結婚式。」
「そうだった。」
 少し笑って、またおにぎりを作り始める。海苔も巻かない。ただの塩むすびだ。これを焼いたりしたらまた美味しいだろう。
「ちくわも入れよう。」
 沙夜はそう言って冷蔵庫からまた食材を出す。鍋の中は水とめんつゆが煮立ってきているようだ。お吸い物のような良い匂いがする。
「どこで結婚式をするの?」
「Aにあるチャペル。」
「それって奏太も行くの?」
「まぁ、行くんじゃ無いのかしら。本当だったら式には部長とかその上とかくらいなんだけれど、同じ部署の人達の結婚式だし。うちの部署はあまり人もいないから。」
 青いワンピースに身を包んだ沙夜が、奏太の前に出る。奏太は何を思うだろうか。沙夜が酔っ払うことは無いと思うが、飲んだ勢いでホテルへ連れ込んだりしないだろうかと心配になる。だが沙夜には「草壁」という恋人が居るとははっきり言っているのだ。
 それが男なのか女なのかもわからない。もし女性だとしたら、奏太には勝ち目が無いと奏太は諦めるかもしれない。だが芹は奏太に自分のことをいうつもりは無いという。
「で、休みがなんだって?」
 沙夜はそう聞くと、翔は少し笑って言う。
「いいや、良いよ。」
「そう……だったら良いけれど。」
 沙夜はそう言ってちくわを切ると鍋の中に入れた。そして電子レンジで温めたカレーの入ったタッパーを取り出す。その離れている所を見て、翔は心の中でため息を付く。
 カフェで一馬と二人で居た。一馬は既婚者で、奥さんしか見ていないのはわかる。奥さんにベタ惚れしているのだ。それでも沙夜と二人でお茶をしている所を見ると、嫉妬しそうになる。
 一馬は絶倫だという噂があった。自分では並だと言うがそんなことは人と比べるモノでは無いし、わからない部分もあるだろう。もし、沙夜が一馬に惹かれていたら。そして一馬も沙夜に惹かれていたら。そう思うと恐ろしい。
「あー。もうご飯の用意してんのか。こっちはこっちでお前のために選んでやってんのにさ。」
 芹はリビングに入るなり、そう言って台所に詰め寄ってきた。。
「ごめん。ごめん。あまりにもわからないし、それにお腹も空いたしね。」
「カレー少ししか無かっただろう?どうするんだ。」
「カレーうどんにするの。」
「カレーうどん?」
「だからご飯は握って、焼きおにぎりにでもして明日食べようと思ってね。」
「どうするの?」
 カウンター越しにする行程を見ているようだ。それは翔と並んでいる沙夜の姿が嫌だというわけでは無く、ただカレーうどんの作り方を見ているようだった。それがいやらしくも無く、芹は自然に出来ている。
「このダシは何?」
「めんつゆ。」
「めんつゆだけ?」
「顆粒ダシでも良いのかもしれないけれど、めんつゆの方が味が濃いしね。あとで塩を入れたりする手間が省ける。」
「ふーん。で、翔はおにぎりの具は?」
「入れてないよ。塩むすび。」
「へぇ。熱くないか?」
「大分冷めているよ。焼きおにぎりにするんだってさ。」
「良いなぁ。明日楽しみだな。」
 芹は誠二と会ったことをきっと知らない。そして沙夜があのレコード会社に居ることを知っているなら、もしかしたら誠二はまた沙夜に接近してくるかもしれないと思うと、沙夜を守れるのは翔だけのような気がしていた。
 大体、芹がそれを知った所で何も出来ない。芹はあのレコード会社の人間では無いのだから。
「芹。芹の部屋からめっちゃ着信っぽい音がしてるよ。」
「マジで。あぁ。そうだった。藤枝から連絡があるって言ってたっけ。」
 そう言って芹は後ろ髪を引かれる思いで、リビングをあとにする。そして沙菜は先程までいた所に立つと、ワンピースとショールを見せた。
「これでいいんじゃ無い?」
 ちらっと沙夜は見ると頷いた。
「良いわね。それを着ていくわ。」
「姉さんの良いわねは、どうでも良いわね。でしょ?」
「まぁ。そうね。」
「結婚式くらいドレスアップしたいじゃ無い?姉さんあまり着飾らないんだから、こういう時くらいさ。眼鏡も外してコンタクトにしたら?」
「うんざりなのよ。」
「え?」
 沙夜はため息を付いて言う。
「ドレスアップしたら胸があるとか、顔だって化粧をいつもよりするでしょう?そしたら他の客が言い寄ってきたり、女性は女性で「あいつ何?」みたいにひそひそ話されるのも嫌。」
「贅沢だよねぇ。ね?翔。」
 すると翔は少し笑って言う。
「鼻が高いね。俺は。」
「ったく……。」
 そう言って沙夜は温めたカレーをダシの中に入れて溶いた。そしてそのタイミングを見て、冷凍うどんを沸いている湯の中に入れる。
「そう言えば沙菜。」
「何?」
「あの誠二って男に今日会ったわ。」
「え?誠二ってあの?」
「そう。あの誠二。」
 すると沙菜もイラッとしたように舌打ちをした。
「あいつここのところ全く音沙汰無いと思ってたのに。また急に出てきたの?」
「弁護士の資格を取って、地方へ行ってたみたいね。そのあとまたこちらに戻ってきて、弁護士事務所に籍があるみたい。」
「へぇ。本当に弁護士になったんだ。」
「結婚もして子供も居るみたいね。」
「その辺は全く関係ないでしょ?多分結婚しても愛人一号とか二号とかいるよ。絶対。」
「私もそう思うわ。だから必要以上に話をしたくなかった。関わりは必要以上にもたないようにするだけよ。ね。翔。」
「俺?」
 急に話を振られて、翔は驚いたように二人を見る。
「高梨さんにも言うけれど、あの人はあまりあの場には来ないんでしょう?」
「だと思うけど。」
「だったら、連絡先をうっかり教えたりしないでね。」
「そんな事しないよ。」
「どうかな。翔って少し押され弱い所があるモノね。」
 すると沙夜も頷いた。そして茹で上がったうどんをざるにあげる。これを器に盛って、カレーのスープを注げばカレーうどんが出来る。あまりルーが無くても二人分くらいはすぐに出来るのだ。
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