触れられない距離

神崎

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カレーうどん

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 一馬と途中まで電車でも一緒だった。そして沙夜と翔は駅に着いて、沙夜は芹と共に少し時間を潰すらしい。その間に翔は家に帰る。最寄り駅が一緒だからと言っても、同じ家に帰るのはどう考えても不自然だからだ。
 翔が部屋に帰り荷物や上着をハンガーに掛ける頃、二人は帰ってきたようだ。
「お帰り。」
 ちょうど沙菜がいたのだろう。沙菜の元気な声がドア越しからでも聞こえてきた。
 その声に翔は少し笑う。だがすぐに我に返った。
 沙夜の元カレという人に会った。弁護士をしているという。歳は一つ上。すらっとしていてモデルとはタイプが違うが、普通に歩いていてもナンパをされるような感じに見える。自分を卑下する気は無いが、沙夜の隣にいたとしてもとても自然だと思った。それは芹にも言える。
 沙夜は地味だが、それは格好だけだ。もしドレスアップでもしたら、誰でも声をかけるだろう。沙夜自身がそれを望んでいないので、そんなことはしないと思うが。
「姉さん。ちょっと来てよ。」
 沙菜の声がする。沙菜が沙夜を呼ぶのは珍しいだろう。
「あぁ。用意してくれた?もう来週だから焦ったわ。」
「忘れないでよ。結婚式なんだからさ。」
 誰の結婚式だろう。そう思って翔は部屋の外に出る。そこには沙菜と沙夜の姿があった。
「お帰り。結婚式って聞こえたけど、誰の?」
「植村さんよ。」
「あぁ。沙夜の隣のデスクの人かな。」
「えぇ。さすがに同僚だし、行かないといけないから。」
 面倒だと言わんばかりだ。結婚式もドレスアップも進んでしないのだろう。
「駄目よ。姉さん。美容室は予約した?」
「あ、そうだったわね。」
「そんなことだから、ほら。あたしの行きつけの所に電話をして。これね。それから、お包みはいくらってみんなで話をしている?」
「結婚式はいつもみんな三万って決めているわ。」
「ピン札だよ。」
「え?そうなの?」
「姉さんってそういう所がいつも疎いよね。」
「滅多にある事じゃ無いもの。銀行行かないきゃね。」
 親戚の結婚式すら面倒だから行かないという人なのだ。もっとも親族の結婚式が面倒なのでは無く、母に会うのが面倒なのだろう。
「どんなドレスを着るの?」
 すると沙菜は自分の部屋に翔と沙夜を呼んだ。そして掛かっているワンピースを見せる。
「ほら。これ。良いでしょ?」
 そう言って沙菜が見せてくれたドレスは、ワインレッドの膝上のドレスだった。少し露出が激しく、腕は二の腕まで見えている。
「もう少し地味なのは無いの?」
「これくらい普通だよ。二十代なんだから。」
「それにしても……。」
 せめて腕は隠したい。ショールか何かを羽織らないといけないだろうか。その時、後ろから芹の姿が見えた。
「おう。集まって何をしてるんだ。」
 すると沙菜はそのワンピースを芹にも見せる。
「結婚式のドレス。良いでしょ?このワインレッドの色。凄い綺麗だよね。」
 そのワンピースを見て、芹はため息を付いた。
「駄目。」
「何?はだが出てるのが悪い?あなたにしか見せちゃいけないっての?凄い独占欲よねぇ。翔。」
 すると翔は苦笑いをして沙夜を見る。確かに沙夜がこれを着ている所を見たいと思うが、芹もそう思ったのだろうか。
「違うよ。結婚式だろ?ストリップじゃ無くて。」
「姉さんがストリップなんかに出るわけ無いじゃん。」
 頬を膨らませて沙菜が言うと、芹はそのワンピースを沙夜の体にあてがう。
「膝が出るだろう。結婚式に膝が出るような服は着ないんだよ。十代とか二十代前半ならともかく、お前もう少しで三十だろ?」
「あと何年かあるわ。」
 まだ自分が三十代になるとは思いたくない。そう思って沙夜もそう言った。
「まぁどっちでも良いけど膝が出るような服は着ないんだよ。それから露出は控えめに。花嫁よりも目立ったらいけないんだよ。白も駄目。黒一色も駄目だからな。お前クローゼット見せろよ。」
「あ……待って待って。」
 何も聞かずに芹は部屋の中に入っていく。化粧台なんかにディルドがあるが、そんなモノには興味が無さそうだ。
 クローゼットを開けると、花のような匂いがする。それがおそらく防虫剤か何かの匂いなのだろう。一つ一つワンピースを見て、取りだしたワンピースを沙夜に見せる。それは青色のワンピースだった。胸元にレースが付いていて、肌を二の腕まで隠せるようになっている。
「これが良いわ。」
「ちょっと。あんた勝手に……。」
 沙菜が文句を言おうとすると、翔も笑って沙菜に言う。
「選ぶのは沙夜だろう。」
 全て降られて、沙夜は驚いたようにその青いワンピースと、赤いワンピースを見比べた。
「姉さん。どっちが良い?選ぶのは姉さんなんだし。」
「んー……。沙菜。ごめんね。せっかく選んでもらったけれど、やっぱりこの青いモノにするわ。」
 気を悪くするかと思った。だが沙菜は案外あっさりと頷いた。
「わかったわ。こっちを用意しておくね。ショールも必要でしょう?白で良いよね。」
「クリーム色とか無いのか。」
 芹がそう言うと、沙菜は少し首をかしげて言う。
「クリーム色のショールなんかしたら全体的のぼやけない?紺色ならともかくさ。」
「そうかな。結構はっきりした色だからショールは簿やんとした色でも締まるかと思ったんだけど。」
 沙夜も翔も置いてけぼりになっているようだ。沙夜に至っては本人なのに、沙菜はどこ吹く風なのだから。
「私ご飯の用意をするわ。二人は食べた?」
 そう言うと芹がショールを手にしたまま沙夜に言う。
「カレーがあまり無いけど良いのか?何か作るのか?」
「え?やっぱり無いの?」
 昨日の残りを見て少し不安に思ったが、やはりカレーはあまり無いらしい。
「俺。良いよ。そこのコンビニで何か買おうか?おかずくらいはあるだろうし。」
「駄目よ。何とかするから。」
 沙夜もそうなると意地なのだ。食事を一手に引き受けているという意地かもしれないが、結婚式のドレスなんかには全く興味が無かった。
「姉さん。靴も用意しておいてよ。ヒール付きね。いつも会社に履いて行っているほとんどヒールが無いパンプスは駄目だから。」
「わかったわ。それはさすがに用意する。」
 さすがに靴までは用意しないだろう。どんな色でも合わせられるような黒いヒール付きの靴があって良かった。
「靴とか持ってたんだ。」
「演奏会用よ。」
「演奏会?」
「大学を卒業するときにしなかった?卒業生がみんなで演奏するモノ。」
 ほとんど身内ばかりの演奏会だった。誰しもが両親を呼んだり、兄弟や恋人などが来ていて、花を受け取っていたと思う。だが沙夜の元には、誰も来なかったのだ。
 母親はプロになれない沙夜を絶望していたし、父親は興味が無い。沙菜はその日撮影で演奏会どこ度では無かった。
 大きな花やお菓子を持って帰る同期生を見て、大変そうだなという感想しか無かった。だがその中に一人、ひときわ大きな花を持っている人が居たのを思い出す。それが奏太だった。
 おそらくあの花は母親からだったのかもしれない。溺愛されていても困るモノだと思っていた。
「どうした?沙夜。」
「何でも無いわ。ストッキングを履こうかな。あのワンピースに。」
「生足は良くないよ。」
「え?」
 翔はそう言うとはっと口を塞いだ。
「あぁ。ごめん。生足が悪かったのは、お葬式だった。」
 翔もこういった冠婚葬祭には疎いのだろう。社会人経験が浅いからだ。
「それでもストッキングを履きたいわ。明日にでも買いに行こう。」
「足細いのに。」
 すると沙夜は翔を見上げて言う。
「セクハラね。」
「あぁ嫌だな。何でもハラスメントにするの。高梨さんみたいにさ。少し気を大きく持った方が良いよ。」
「……。」
 高梨の名前でまた思い出してしまった。沙夜はため息を付くとリビングへ向かう。すると翔もやってきて、その不機嫌そうな沙夜に言う。
「ごめん。ごめん。言い過ぎた。それに……今日は高梨さんの名前は無神経だったよ。」
 翔にはあらかたの事情を説明した。そして翔も沙夜が不機嫌な理由を知っている。
「悪いと思うなら手伝ってくれないかしら。ご飯。」
「良いよ。芹じゃ無くても良いの?」
「芹は食べたもの。食べているのに手伝わせるのは酷じゃ無いかしら。」
 そう言って沙夜はエプロンを付ける。そして翔もエプロンに手をかけた。普段は芹が来ているモノだった。それが少し悔しかったが、それでもいいと思う。沙夜の隣に入れるなら、何でも良い。
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