触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 映画雑誌の取材は、滞りなく進んでいったと思う。事前に用意をしていた質問を朝倉が聞き、それを五人が答える。
 その中でどんな映画が好きかという質問に、遥人は有名な映画作品を答えた。今では誰でも知っている映画作品で、公開当初は売れると思っていなかったらしい。低予算で作られ、音楽だってそこまでお金をかけているモノではなかった。だが公開してすぐに色んな映画館で上映され、二年間ものロングランになり、主演者も作曲家も監督もこの作品がきっかけで知名度が上がった。
「続きも出てますよね。この作品。」
 タブレットを当たりながらその予告編を見ていた朝倉は、遥人の方を見る。すると遥人は少し笑って言った。
「続編は見たけど、一番最初のヤツが一番良かった。続編は出せば売れるって言う魂胆が見えてどうも好きじゃなくて。」
 名前だけで売れているものは背景に金が見える。遥人はそう思っていたようだった。遥人らしい言葉だと思う。
「何だ。この映画は。ボクシングか?テーマは。」
 誰でも知っている作品なのにピンときていないのは一馬だった。ほとんど映画は観ないらしい。
「映画見ないのか?一馬は。」
「進んで観ようとは思わないな。映画音楽なんかを録音したことはあるが、二時間くらいか?映画というのは。」
「そうだね。それくらいだ。」
 翔はそう答えると、一馬はため息を付く。
「苦痛だな。二時間もあれば、ジムでワンセットメニューをこなせる。」
 その言葉に沙夜は少し笑った。一馬は別に嫌みで言っているのでは無い。本当にそう思っているのだろう。
「ランニングしながら映画を観たり出来るよ。俺、最近そうしてる。」
 遥人はそう言うと、翔も頷いた。
「俺もそうしているよ。ランニングマシンの前に小さい液晶が付いていて、この間観た映画が面白かった。」
「なんて映画?」
 遥人がそう聞くと、翔は首をかしげる。
「それが、タイトルは良くわからなくてさ。途中から観たからかな。少しモヤモヤしている。」
「どんな映画だった?」
 治が聞くと、翔は思いだしたように言った。
「ホテルの話だった。年末のホテルで一騒ぎするモノ。」
「有名な映画じゃないか。翔も結構観ないんだな。」
「そりゃ……昔はよく観てたけどさ。」
 志甫と暮らしていたときだった。志甫は映画が好きで、帰ってきたらいつも外国の映画を観ていた。特にラブストーリーが好きで、うっとりしながら「こんな台詞を言われてみたい」と言っていたが、翔は見た目とは違って映画のような台詞を言ったことは無い。
「治は?」
 遥人が聞くと、治は少し頷いて言う。
「俺、あまり有名作品は観ないんだよ。ヨーロッパの方の小国で作られている映画とか、東南アジアの映画とかさ。」
「映画は東南アジアの方が凄い作られているんだよ。」
 その遥人の言葉に朝倉は少し笑って聞く。
「よく知ってますよね。あっちの方の映画はこの国でも徐々に入ってきているんですよ。」
「ダンスが面白くてさ。ラブシーンは御法度なんでしょう?」
「そうです。宗教上のことですかね。ラブシーンの代わりにダンスと歌をみんなで……。」
 あまり気負わなくても良い相手で良かった。あの森という女性であれば、もしかしたらもっと突っ込んだ話をするかもしれない。おそらくマウントを取りたいと思っているから。
「映画の雑誌ってこんな感じか?」
 こそっと奏太が聞くと、沙夜は頷いた。
「この雑誌社の映画雑誌は初めてだけれど、良いインタビュアーだわ。みんな気負いしなくて話が出来ている。」
「せっかく映画の主題歌にされたんだし、その映画についてとか話を聞けば良いのに。」
「まだみんな見ても無いから無理でしょ。」
 不倫の映画だった。子供がいない夫婦が、お互いに思う人が出来て心が離れていく話で、最終的に二人は別れたが不倫相手とも一緒になれなかった。
 その内容を見て、沙夜を少し想った。沙夜もそうなるのかもしれないと思ったから。一馬が沙夜と不倫をしていたとしても、きっと一馬と沙夜が一緒になることはない。どちらも難しい相手だからだ。
「今度の「二藍」さんが主題歌を務める映画って予告編とか観ました?」
 朝倉がそう言ってタブレットでその予告編を見せる。まだ世には出ていないモノで、先にメディア関係に配られたのだろう。
「いや。まだ観てないんだ。」
「あぁ。だったら辞めておきましょうか。」
「そうだね。会社に来ているのをこっそり観よう。どんな感じに仕上げてくれているのかな。」
 すると奏太が声を上げる。
「多分、会社に帰ったらデーターは届いてるよ。帰って観るか?」
「そうだね。」
 あの音楽に乗せた映像が気になるところだ。「二藍」にしてみたら珍しいバラードナンバーで、だからこそ技術が問われる。それにピリピリしていたのは五人だけではなく奏太も一緒だったのかもしれない。

 取材が終わり、七人は会議室をあとにする。朝倉とその映画雑誌の編集長はそのまま七人を会社の出口まで一緒に送ってくれるらしく、エレベーターに付いてきた。
「そんな気を遣わなくても良いんですよ。」
 沙夜はそう言うと、朝倉は首を横に振って言った。
「あたし、こういう取材の方法しかわからなくて、失礼が無かったかって少し心配で。」
「大丈夫です。今度またこういう話があったら、またあなたにインタビューをして欲しいと思いますよ。」
 沙夜はそう言うと、朝倉の顔が笑顔になった。素直な女性だと思う。喜んだり、悲しんだり、表情豊かで沙夜にはあまり無い純粋さだった。女性らしいと言うのはもしかしたらこういう人のことを言うのかもしれない。
 確かにショートカットで一見、男の子のようにも見えるが外見ではないのだ。沙夜はそう思っていた。
「朝倉さん。あの場で言わなかったけどさ。俺の奥さん映画館で働いてるんだよ。」
 治がそう言うと、朝倉はぱっと顔を明るくした。
「どこの映画館ですか。シネコンとかだったら誰かわからないな。」
「単館の映画館でね。あっちの方の……。」
 その時だった。向こうの方からヒールの音が聞こえて、沙夜はそちらを見る。聞いたことのある音だったからだ。
 やってきたのは森澄香だった。その姿に遥人が怪訝そうな表情になる。
「朝倉さん。総務課から連絡が入っているわ。」
「え?何ですかね。」
「この間の領収書の宛名が入っていないって。」
「え?あ……そうだった。すぐ行きます。」
 すると編集長がそれを止める。
「駄目。皆さんを送ってからにしてくれないか。」
 その言葉に朝倉の足が止まった。すると澄香はちらっと「二藍」の方を見た。
「お久しぶりです。栗山さん。」
 遥人は愛想笑いをして答えた。
「あなたがインタビューをすると思ってました。」
「その予定だったんですけど、ちょっとこちらの手違いがあって。インタビューをしたことがある人の方が良いと思ったんですけど。」
 すると遥人は首を横に振って言う。
「初対面でしたけどね。朝倉さんは。とてもリラックス出来てインタビューしてもらいました。みんな映画は素人だから、突っ込んだ話をされても困るし。」
 澄香ではそうはいかないと言われているようだ。それを感じて、澄香は内心穏やかではなかった。
「まだここに入って二年目で、至らないところがあったでしょう?」
 本人の前で言うか。沙夜は呆れたように澄香を観る。すると編集長が首を横に振った。
「いいや。朝倉さんはインタビューが上手になったね。前は緊張で何も答えられなかったのに。暇があれば映画を観ているからかな。休みの日はどれくらい観ているんだっけ?」
「四本くらいは。」
 その本数に遥人は驚いて朝倉を見る。
「そんなに見ているの?」
「えぇ。映画雑誌に来てからなんですけど。映画に関わるんだったら、どんな作品でも観ておこうと思って。」
「俺でもそんなに見ないな。役者している割にはその辺が足りないよ。マネージャーからいつも言われる。他の役者の演技も観ておいた方が良いって。」
 すると朝倉は少し笑って言う。
「この間の映画良かったです。あのアル中でヤク中の役。本当にそうなのかなって思っちゃった。」
「そう思わせるのが腕だろ?」
 翔がそう言うと、遥人は少し笑った。
 もう朝倉は「二藍」に受け入れられている。そう思って澄香の心の中で嵐が吹いていた。
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