触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 来客用のソファーと机に腰掛けて、沙夜は新聞社の担当と話をしているようだ。そのものの言い方ははっきりとしていて、有無を言わせないようにしている。その様子を見て、愛は少しため息を付く。
「頼りになるわね。やっぱり。児玉から話は聞いていたし、渡先生からも話はずっと聞いていたけれど。」
 その言葉に靖は少し暗い顔になる。若い分頼りにならないと言われているようだったから。
「すいません。俺……。」
「あぁ、そんな意味じゃないのよ。」
「俺、学歴も無いのにこんな大手に入って雑用ばかりしていたのに、いきなりそんな話になったから……。」
 やっと大学を卒業したばかりの靖が、渡摩季などの担当になって良いのだろうかと靖自身も思っていたのだ。だから愛も沙夜に声をかけたのだろうか。
「天草紫乃さん相手では、あなたは無理よ。」
「若いからですか?」
 すると愛は少し笑って言う。
「違うわ。多分男だったら誰でも無理かもしれないわね。若ければ尚更。」
「……。」
「あなたみたいに田舎から出てきた若い男の子は尚更だわ。天草紫乃はとても若い男が好きなの。」
「若い男?でも旦那さんも子供も居ますよね。」
「えぇ。でも若い男が好きなの。ホスト通いは聞いたことが無いけれど、ホストにも入れ込みそうなタイプ。」
「俺、ホストとか無理ですけどね。酒飲めないし。」
「そうだったわね。」
 沙夜は何かメモを取りながら話をしている。そして電話を終えると、そのメモを閉じて二人の元へ向かう。
「担当に話をしてみました。渡先生と天草さんの対談は天草さんからの持ち込みの企画で、二人が乗り気では無ければ辞めてもかまわないと言うことです。」
「二人が?」
「そう。二人。だから一人でも嫌であれば、無理矢理対談をさせてまで記事にすることでは無いと。あくまで新聞ですし、読み物を充実させるモノでは無いと言うことでしたし、新聞社が発行している出版社でも無理矢理したような対談は載せないと。」
「天草さんにはそう伝えられるかしら。」
「新聞社の方から伝えるそうです。もしそれでこちらの出版社に何かあれば連絡をして欲しいと、これがその連絡先です。」
 沙夜はそう言って連絡先の書いたメモを靖に手渡す。
「それから今からのこちらへの天草さんからの連絡は録音をしておくようにと。」
「録音?」
「問題があれば証拠品として使えるだろうと言われました。」
 犯罪じみている言葉だったのを、新聞社は重く受け止めたのだ。
 これで紫乃は更に身動きが取れない状況になっただろう。いくら名を馳せても、こういうことをしていれば絞まるのは自分の首なのだから。
「それでは私は戻りますね。」
「「二藍」のインタビューね。私も少し気になるわ。」
「そうですか。でしたら一緒に行きますか。」
 沙夜はそう言って愛と共にオフィスを出て行く。するとそれを見て、靖の上司が声をかける。
「藤枝。あの女に助けられたのか。」
「はい。天草さんのことで。」
 上司も靖から相談を受けていた。だがこの上司も紫乃に言いくるめられて、手出しは出来なかったのだ。だが沙夜はそれをすぐにやってのけた。それがこの上司では頼りにならないと言われているようで嫌な気分になる。
 同期からは上司なのに他の人に頼って良いのかとも言われた。仕方がないと口では言いながらも、嫉妬心でどうにかなりそうだったのだ。
「あの女はあまり頼りにしない方が良い。藤枝君も噂の一人になるかもしれないから。」
「噂?」
 そう言ってその上司は携帯電話の画面を靖に見せる。すると靖は慌てたように目をそらした。
「何を見せてるんですか。仕事場で。」
 その画面にはOL風の女性が写っている。だがそのタイトスカートはとても短く、その長い足を惜しげもなく晒し、高いヒールの靴で男の顔を踏みつけていた。おそらくAVのソフトで、SMプレイモノだったのだ。
「この女優、さっきの人の妹らしいよ。」
「え?」
 沙菜がAV女優だと言うことは知っていた。だが実際そのソフトを観るのは初めてだった。そう思って、靖はその携帯電話の画面をもう一度見る。確かに沙菜のようだった。綺麗にメイクされている顔を初めて見るが、沙夜もメイクをすればこんなに綺麗になるのだろうかと思う。
「あぁ。本当ですね。」
「知らなかったのか?」
「知ってます。それに実際この人にも会ったことがありますね。」
 普通の女性だと思った。こういう仕事をしている人は、情緒不安定な人が多いと思うが、沙菜は普通の女性だと思った。
「結構本数も出てるし、一つのソフトで何人も男を相手にするようなこともしている。その人の姉なんだからさ。」
「何ですか?」
 靖は嫌みで聞いたわけではない。ただ純粋に妹がAV女優だから何だと思っていたのだ。自分の叔母に当たる人は小説家で、官能小説を書くこともある。そして見た目もどこかのAV女優かソープ嬢のような容姿をしている。体の各所に入れ墨を入れていて、その入れ墨を晒すような洋服を着ている。それでも周りの言葉に耳を貸さず、自分をしっかり持った人だった。そして沙夜も沙菜もそういう風に見える。それがレコード会社の人間でも、AV女優でも、小説家でも何も変わらないように見えて、靖は全く職業など気にしたことは無かったのだ。
「あの人だってそうかも知れないって噂があるじゃん。「二藍」の担当をしているって聞いたけど、その五人ともいい仲だっていう噂もあったし。」
「あっただけでしょう?実際そうなんですか?」
「あー。いや。それはわからないけど。仲が良すぎるからそうじゃないかって。」
 噂に踊らされている。そしてそれは叔母にも、そして自分にも言えることだ。
 靖はこの会社に入ったとき、噂を流されたことがある。叔父は、この会社の上役だし、その妻は小説家。そんな中にいて、何も無いわけがないと噂をされたことがある。学歴もあまり無いのに採用されたのが良い証拠だと思っていた。だがそれに恥じないように自分で努力はしてきたつもりなのに、まだそう言うことを言う輩はいるのだ。
 それをかばってくれたのはこの上司だったというのに、この上司もまた同じタイプだったのだろうか。
「幻滅しますね。」
「だろ?だからさ……。」
 自分を頼って欲しい。あの女ではなくて自分を。そう言いたかったのに、靖はその上司の目を見ないまま言った。
「噂に踊らされている人を見ると、本当に幻滅しますよ。」
 そう言って靖はその場をあとにしようとした。すると上司が慌てたように靖に弁解する。だが靖の耳には届いていなかった。

 出版社の廊下は色んな人が行き交っている。ここには写真スタジオなんかは無いのでモデルなんかはここに来ることは無いが、新製品のコスメなんかを手にしたファッション誌の女性や、特ダネを追おうとしている記者が行き交っていた。
「賑やかですよね。相変わらず。」
「あら。レコード会社は静かかしら。」
「そうでも無いですけどね。至る所から音楽が流れてくるし。」
 沙夜が最初にレコード会社に来たときのことを思い出す。至る所から色んな音楽が流れてきたのは天国のようだと思った。だがその中に自分が入ることは無い。あくまで沙夜は売り込むことが目的なのだから。
「うまくやっているかしらね。児玉君は。」
「「二藍」とは長い付き合いになりましたし、児玉さんはいつも音楽関係のことしか聞かないからとても楽ですね。」
「……いいえ。そっちじゃ無くて、あの男。あなたと同じ担当になったって言っていた。」
「望月さんですか。」
「えぇ。あの人、どこかで見たことがあるのよね。何だったかしら。」
 その時後ろから足音が聞こえた。その音に沙夜は思わず後ろを振り返る。するとそこには小柄な女がこちらに走ってきていた。そして愛の前に立つと、その足を止めて息を切らせた。
「泉さん?」
 するとその女性は沙夜に目もくれずに、愛の方へ向かってくる。
「石森さん。酷いですよ。」
「え?」
「「二藍」へのインタビュー。映画の方が先だって聞いたのに。」
「誰がそんなことを言ったの?森さん。」
 その言葉に森と言われた女性はぐっと言葉を飲んだ。
「うちの上司が……。」
「いいえ。うちが先なの。良い気分にさせてからの方が「二藍」も話を進めやすいでしょうし。」
「あたしだって良い気分にさせますから。」
「大した自信だこと。ね。泉さん。」
 金髪の髪。大きな目。沙夜はこの女性を知っていた。そして一歩後ずさりをする。
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