触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 普段は五人がこんなに一緒に居ることは無い。レコーディング、ライブ、それに新曲のPRの時だけで、普段はみんなそれぞれの活動をしている。
 遥人はモデルだ、役者だと忙しいし、治はドラム教室の講師。純はギターやエフェクターの開発などをし、一馬は相変わらずスタジオミュージシャンや他の歌手のライブなどに付き合っている。翔はモデルの仕事がずいぶん減ったが、その分、作曲やアレンジの講師を始めた。割とそれは評判が良いらしい。
 それぞれに活動の幅は広くなっている。その分プロ意識が高くなってしまい、肝心の自分のことは疎かになってしまった。だから奏太がそのぬるま湯に浸かっている状態の五人に冷や水をかけたとも言える。沙夜では出来ないことだった。
「これから雑誌の取材ね。」
 沙夜はそう言いながら運転席に乗り込む。助手席には当然のように奏太が乗り込んだ。本当だったら奏太が運転をしたかったが、奏太はその出版社へは初めて行くので、道なんかを覚えたいと思っていたのだ。
「石森さんのところだっけ。」
 翔がそう言うと、沙夜は頷いた。
「それから映画の雑誌にも声がかかってるわ。」
「映画の雑誌は俺、何度か取材してもらったことがあるな。」
 遥人は何本か映画に出ている。その時に取材をされたのだろう。主役とか準主役という立ち位置は無いが、脇役でもぱっと目に付くような存在感がある。やはり母親の血を受け継いでいるのだろう。
「良かったわ。」
「え?」
 遥人はそう聞くと、沙夜はエンジンをかける。
「映画の雑誌って石森さんから言われたんだけれど、私はその相手方を知らないしどんな感じなんだろうと思っていたけれど、栗山さんが知っている相手だったら話が伝わりやすいかもしれないわね。」
「でも純は嫌だろうな。あの取材をするヤツ。」
 意地悪そうに遥人が言うと、純は隣の席で目を丸くした。
「何で?」
「超色気たっぷりの女だよ。金髪で、ほら……外国の自殺した昔の女優がいるだろう。あんな感じ。」
「それで香水なんか振ってたら、俺吐くわ。」
「それは大丈夫。一度俺、キツく言ったことがあるし。それから香水の匂いはしなくなったかな。」
 遥人がキツく言うのは、よっぽどのことだろう。奏太はそう思いながら、バッグからその音楽雑誌と映画雑誌の資料とあらかじめ用意されている質問事項を書いた資料を取りだした。
 音楽雑誌は歴史のある雑誌で、今の編集長は女性。奏太は会ったことが無いが、この編集長になってからグンと雑誌の内容が濃くなった気がする。それでいてメーカーの新税品なんかの広告も厳選しているようだ。要らない広告は載せていない。
 質問の内容もほとんどが音楽についてだった。純が喜ぶようなギターについてのことなんかも聞かれる。
「純。この質問はあまり詳しく言うなよ。」
「どの質問?」
 同じ資料を手にしている五人はその紙を見る。
「お前こういうことを聞くとキリが無いだろう。お前の話だけでページが埋まるわ。」
「それ、前に石森さんからも言われたな。」
 治はそう言って笑うと、奏太は首をかしげる。
「その編集長自らが取材してくれるのか?」
「そうじゃないよ。担当しているのは児玉って人で、たまに石森さんも付いてくれるんだ。石森さんだって「二藍」を気に入ってくれているんだから。」
 編集長が気に入ってくれるというのは良い傾向かもしれない。こちらが言わなくても取材をさせてくれと言われることもあるのだから。
「映画会社の質問はやっぱり映画の内容に沿ってのことだな。映画もテーマは不倫だし、その質問は避けられない。」
 ちらっと一馬の方を見ると、一馬は興味が無さそうに外を見ていた。そしてその傍らにはベースがある。やはり自分の側に無いと不安なのだ。
「誰も不倫なんかしてないんだから、答えようが無いね。取材の前に言っておく?」
 翔は沙夜にそう聞くと、沙夜は少し考えて言う。
「そうね。他人の話とかでも良い気がするけれど。」
「他人の?」
「私の知り合いの人は、自分の子供だと信じて育てていた子供が別の人との子供だったって事で離婚した人もいるわ。」
「地獄だな。それ。」
 治がそう呟くと、ため息を付いた。
 だが治は一人目の子供が生まれたとき、治の両親から疑われたことがある。治も妻も肌が割と黒い方なのだが、生まれてきた子供は真っ白で透き通るように白い肌を持っていたのだ。それを見て「似ていない」と言って、子供が治の子供ではないのでは無いかと内密に言ってきたのだ。
 その言葉に治は、両親と縁を切ってやろうかと思ったくらいだ。どれだけ失礼なことを言っているのかわからないのだろうか。
 だが徐々に子供が育っていくと、そんなことはどうでも良くなった。今は治が帰ってくるまで起きているくらい懐いている。似ていなくても何でも、自分の子供だと信じれるのだ。
「一馬の所の子供は絶対一馬の子供だよな。」
 遥人はそう言うと、一馬は頷いた。
「あいつはこだわりが強くてな。その辺は妻によく似ている。けど、妻に言わせるとあの食欲は俺譲りだと言っていた。好き嫌いもアレルギーも無くて良かった。」
「それだけじゃ無くて見た目も一馬に似ているよ。」
「そうかな。まぁ……手足もでかいから、大きくなるのは目に見えているけど。」
「そもそも一馬が大きいよな。何食ったらそんなに大きくなるんだ。」
「健康的な食事と睡眠。それから適度な運動だろう。」
「適度ねぇ。」
 一馬の言うことが全て上っ面に感じた。沙夜と不倫をしているのかもしれない。そう思うと、資料を持つ手に力が入りそうになる。それに全てを暴露してやろうかと思い、沙夜に思い切って聞いた。
「沙夜自身は無いのか。」
「は?」
 信号で車を停めて、沙夜は奏太の方を見る。
「不倫とか、浮気とか。」
「無いわね。」
「だったらさっきのヤツって……。」
「沙菜から聞いた話よ。私の周りにはそんな人はいないから。」
 沙夜は付き合う相手を選ぶのだ。性的な匂いのする人は嫌だし、西川辰雄だって元ホストと言うことであれば付き合いはしないだろう。妻と子供がいるから付き合いがあるのだ。
「ふーん……。だったらこの作詞さ。」
「歌詞?」
「不倫でもしていたヤツが書いたのか?」
 それを書いたのは渡摩季と名前を変えた芹だ。不倫をしていたのは事実だろう。それも兄の嫁を相手にして。それを思い出しながら芹は書いたのだろうか。そう思うとため息が出る。
「そうじゃないと思う。あのね。望月さん。不倫の歌詞を書いた人が不倫をしてると思うのってどうなの?」
「そりゃ……。」
 そう言われて奏太は思わず黙ってしまった。
「確かにそうだよ。奏太さ、純粋すぎ。」
「へ?俺が純粋?」
 言われたことが無かった。遥人が言う言葉に、思わず苦笑いをする。
「純粋じゃん。不倫ソングを作ったらその人が不倫をしたことがあるのかなんて。そしたらミステリー作家はみんな殺人犯なのって言うみたいだ。」
「ははっ。」
 車の中で笑いが起きる。それを不服そうに、奏太は資料を見ていた。
 そしてちらっと一馬の方を見る。一馬は資料を見ながら隣に居る純に話を聞いていた。純もその手の話は苦手な方なのだろう。二人でどう交わすかと口裏を合わせているようだ。
 やがて出版社に着く。大きな会社で、その裏手に駐車場があった。そこに車を停めると、七人はその駐車場に降り立つ。
 純も一馬もその場でも楽器を持っていた。車に置くことをしたくないからだ。
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